第19話 もうっ!もうっ! なんでこうなるのっ! 男って! くぉの、間抜けな生き物!

 荷物の下に手を差し込む。十五キロといったか。地上で普通にもったら重たいはずだ。いまはドローンが持ち上げているから重さを感じない。

 徐々に荷物が重くなる。

「おお、上昇がとまったんじゃないか?」

「うん、とまったみたい」

「それにしても、ほかに持ち方はないのか?頭の上に荷物が載ってるんだけど、だんだん重くなって、首が」

「だって、十五キロっていってたよ?ちゃんともたないともちきれないよ」

「そうか。しばらくガマンだな」

「うん、ガマンして」

 ドローンは横移動はじめた。

「あれ?あそこ。水がはってない田んぼに人がポツポツいるぞ」

 空が荷物におされてまがった首のまま地上の様子を伝えてくる。わたしは怖いから見ない。

「ああ、たぶんおれたちあそこに向かってるな」

 同じ速度でさがっている気がするから、ドローンくんは少しわたしを手伝ってくれてるみたいだ。地上におりたらどうするんだろう。空を腰にさげて、十五キロの荷物をずっともって過ごさなくちゃいけないのかな。憂鬱だ。腕も足も太くなるにちがいない。

「あ、あれ。松本じゃないか?」

 どうやら、かなり下におりてきたらしい。ちらっと下を見てみる。いやいや、まだ怖かった。でも、松本先生のおかげで成層圏で丸焦げにならなくて済みそうで一安心だ。

「三浦と一緒だとは言ってたけど、抱き合っているなんて聞いてなかったぞ」

 もう立った大人からは手が届きそうな高さまで下がってきた。はあー、死ぬかと思った。

「先生はこんなところでなにしてたんですか」

 空を腰につけて、荷物をもっておりてきたわたしを、先生が全部まとめて地面におろしてくれようとしている。

「プライベートを楽しんでいたんだ」

 やっと地面に戻ってきた。振り返って先生を見上げる。

「ドローンって、法律で規制されたんですよね」

「まあな。二百グラム以上のドローンは市街地なんかを飛ばすには許可が必要だ。あと百五十メートル以上の高さとかな。だからこんな休耕田で飛ばしてるんだ。ここらへんなら許可なんてまるっきりいらないからな」

「わたしたちどのくらいの高さにいたんですか?」

「さあ。車がとおる道の上も飛んだから、三十メートル以上で、百五十メートル未満だ」

「それって規制の範囲内ってことなんじゃ」

「そうだ。おれは教師だからな、法令を守っている」

「まあ、助けてくれたからいいんですけどね」

「そうだった。ご利用ありがとうございました」

「きっとわたしがお助けチケット利用したことを忘れてくれますよね」

「うわっ、高齢者を狙った詐欺みたいなこといった」

「ちょっと忘れっぽい学校の先生を狙ってるだけです」

「とほほ」

 先生は哀れっぽい顔をした。

 すぐそばに駐めた車から一抱えある段ボールを出してきた。どさっと地面に置く。

「なんですか、これ」

「曽根の着替えだ。制服の上から着ればいいだろう」

 先生が段ボールからひっぱりだしたのは、迷彩服だった。そんなのに着替えたくはない。

「なぜ迷彩服なんですか。まさか教え子を戦場に送る非人道的教師じゃないでしょうね」

「おれは、戦争するなら政府の人間同士で殺しあってくれと思っている、とっても平和主義な先生だぞ?さ、どんどん着ていけばわかる」

 迷彩服をわたしにかぶせる。仕方ないから肩にかけたトートバッグは足下に置いて袖をとおす。荷物を持ちながらだからやりづらい。空の頭がなければこんな芸当はできない。先生がボタンをとめる。

「ちょっと、先生胸触んないでください」

「人聞きの悪いこと言うな。触ってないだろ」

「触りましたよ。そこんところで」

 わたしはあごで先生の手の甲を示す。

「おいおい、こんなところで胸触ってなにが楽しいんだ。おれは大人だぞ?胸触りたかったら合法なお店にいって、どうどうときれいなお姉さんのおっぱい触りまくるっていうんだ」

「不潔」

 先生は手を額にペタンと叩きつけてなにかに耐えた。

「つぎはこれだ」

 どっしり重いものが肩にのしかかってきた。防弾チョッキというものらしい。

「よし、荷物はおろしていいぞ。ズボンもはいてくれ。スカートの下にはけばいいだろ」

 やっぱり迷彩の、こんどはズボンを投げてよこした。空を背中側にまわしてズボンに足を通す。いったいわたしに何をさせようというのだろう。スカートは邪魔だから、脱いでトートバッグにしまった。

 次々に着替えをしてわたしは頭の先からつま先まで軍隊の兵士みたいになってしまった。ヘルメットから、ブーツまでだ。いろんなところに手榴弾やら拳銃やらまで差し込まれた。肩には、なんとバズーカ砲みたいなものを担いでいる。これが重くて肩に食い込む。

「おお、いいな。馬子にも衣裳というやつか。いや、コスプレかな。写真撮らせてくれ」

 よくわからないけど、先生に照準を合わせてバズーカを発射するポーズをとってしまった。

「これはなんなんですか」

「ああ、それはロケットランチャーな。さっきドローンで届けた荷物だ」

 あの段ボールの中身は、いまや組み立てられてわたしの肩に担がれていた。

「これ全部入れても三浦の体重に足りないだろうな。ちょっと曽根につかまりながら立ってみろ、三浦」

 空がわたしの腰からそろりと立ち上がって、肩に手を置く。

「ちょっと手を離してみるか」

「浮いたらすぐ押さえてよ?」

「大丈夫だ」

 空が手を離す。足元を見る。浮かない。ほっとする。歩ける。けど、重たい。

「さっきより浮く力が弱くなったみたいだな」

「なんだ。お助けチケット使わなくても地上におりられたんじゃない?」

「そうかもな。でも、使っちゃったものは取り返しがつかないからな」

「いいですけど」

 どうせ先生はそんなこと忘れちゃうだろうし。

「しかし、空に浮かんでしまうなんて。さっき急になったのか?」

「いえ、もう三週間くらい前から体重がマイナス三キロくらいになっていて、一回放課後にもっと軽くなったくらいです。今日みたいに空と一緒に浮いちゃうほどなんてことはなかったんですけど」

「ふーん。それにしても、科学を無視したケシカラン体質だな」

「わたしにいわれても」

「どうしたらそんなことになるんだろうな。ヘンなものでも食ったか?」

「食べません。食べ物に期待しすぎです。なにか特別な人がいると、必ずなに食べたらそうなるんだって聞くけど、なにか食べたくらいで特別になんてなれるかっつーの。生まれつきとか、努力とか、運とか、そういうものでしょう?」

「曽根だから、なにか食べたかと思ってしまった。失礼だったな、すまん」

 むっとする。わたしだからとはなんだ。もう。

「腹の中に水素とかヘリウムとかたまってるんじゃないか?ちょっと押してみろ」

「お腹押すんですか?こうかな」

 わたしはロケットランチャーを左の肩に乗せ換えて、右手でお腹を押してみる。かわったことはない。

「こう、下から、右、上、左と大きく円を描くようにだな、ぐいーっと押しながら手を動かすんだ。やってみろ」

 うーん、こういうことかな。防弾チョッキが邪魔だ。なんか変だ。

「あの、先生なにかもよおしてきました」

「そうか、いいぞ」

「いいぞじゃなくて。おなら出そうになったじゃないですか」

「うん、出せ」

「うんじゃないっつーの」

「すこしはなれればいいじゃないか」

 もう、なんなの!女の子に向かって!

 わたしはロケットランチャーを担いで先生と空のいるところから距離を置く。

 音とか聞こえないでしょうね。このロケットランチャー、本物だったらふたりにお見舞いしたいところだ。

 なんとか用を済ませてもどる。

「すまん。普通のおならだったら、メタンガスだな。空気より重いんだった。体が余計に軽くなってしまった。水素だって、腹にたまったくらいで浮くわけないな」

 もうっ!もうっ!

 なんでこうなるのっ!

 男って!

 くぉの、間抜けな生き物!

 わたしは生まれてはじめて、実際に地団駄を踏んだ。

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