第18話 髪の毛チリチリになって、肌が焦げてぐわーって中の肉がみえてぎゃーだよ?

 わたしたちは、下向きに木から遠ざかる方向に移動した。空が飛びついてきたから当然だ。自然の摂理というやつだ。

 空がわたしの腰にしがみついて重さが増したのに、地面におりられず、また浮上をはじめる。どういうことだ。自然の摂理は突然旅に出てしまったのか?木から遠ざかってしまったから、しがみつけるものがない。

「茜。なぜまだ上に昇ってるんだ?」

「わからない。だって、六キロで普通に地面を歩けてたんだよ?いまは三キロだけど、ちょうど釣り合うくらいのはず。もしかして、空、三キロないんじゃない?」

「そんなわけあるか」

 空はわたしの腰にしがみついている。頭がわたしの胸の真ん中あたりにある。手はお尻のすぐ上というか、お尻にかかっている。

「そんなとこつかまんないで、エッチ。離して」

「この高さから落ちたらケガで済まないかもしれないぞ。それに、茜が上昇する勢いが増すんじゃないか?」

「そうだね。うん、そうだ。離さないで」

「一生離さないよ」

「そういうのはいいから」

「じゃあ、空の旅をご一緒しませんか」

「なにそれ、ナンパ?」

「特になにってことはない。言ってみただけ」

「もう、こんなときに」

 すでに電柱が下にある。

「どうしよう、このまま上がっていったら、成層圏にいってわたしたち燃え尽きちゃうよ」

「それは困るな。まだ大会だって終わってないのに。でも、茜と一緒に燃え尽きるならロマンチックでいいかもな」

「えー、髪の毛チリチリになって、肌が焦げてぐわーって中の肉がみえてぎゃーだよ?ちっともロマンチックじゃない」

「いや、具体的に想像しちゃダメなんだよ、こういうのは。お星さまになる、みたいな気分を楽しむんだ」

「ぜんぜんそんな気分じゃない」

 わたしはまったく空に共感しない。

 さて、この状況は大人の本気お助けチケットを試すときじゃないかな。トートバッグからケータイをだす。アドレス帳から松本先生を選んで電話をかける。

『どうした、曽根。今日は試合ないぞ』

「知ってます。いま空と一緒だし」

『そうか。デートか?うらやましいな』

「そんなことはどうでもいいんですけどね。先生の本気を見せるときがきましたよ」

『おお、そうか。覚えていたか。おれは忘れてた』

「物忘れ激しくないですか?」

『もう二三週間前だろ』

「まあ、そのくらいですけど」

『こんなノン気にオシャベリしていて大丈夫な状況なのか?』

「全然ダメです。すぐ助けてください」

『どこにいるんだ』

「えーと、画材屋あるじゃないですか」

『ああ、本町通りのな』

「その南にちょっといったところに公園があるんです」

『あるな。狭いくせにデカい木がはえてる公園な』

「その上です」

『上?飛行機に乗ってるのか?』

「いえ、生身で飛んでます」

『はあ?人が生身で飛んでたら航空会社は商売あがったりじゃないか』

「航空会社の心配なんてしてる場合じゃないんです」

 もうかれこれ、ちょっとしたビルの高さくらいにきている。近くにそんなビルはないけど。

『あったあった。ちょっと待ってろ。えーと方角はこっちか。あれ?もしかして赤い風船もってるか?』

「もってますよ」

『ああ、見えた見えた。で、なんで飛んでるんだ?風船で?』

「そんなわけないじゃないですか。風船オジサンがどんだけ風船使ったと思ってんですか」

『じゃあ、なんだ』

「魔法少女?」

『あー、魔法少女な。そろそろそういうのは卒業しろよ?』

「ごめんなさい。ウソつきました。体が軽くなっちゃったんですうー」

『過度なダイエットは体の成長に大いに影響があるから、中学生がやるもんじゃない』

「ダイエットで空気より軽くなるかってんです」

『体が軽くなったっていったって、人間の体が浮くほど軽くなるわけないだろ。すこしは反省しろ』

「なにを反省すればいいんですか。わけわかりません」

『まず、ためしにその風船はなしてみたらどうだ?』

「そういえば、もってる意味ないか」

 手を離れた風船はゆっくり上昇をはじめた。わたしたちの上昇は、とまらない。

「ダメです。風船をはなしてもまだ上昇してます」

『だろうな』

「だったら言わないでください」

『いや、すこしはマシだろ。手だって自由になったじゃないか。目視目視。っと、目視できた。よし、いまそっちに重りになりそうな物送るから。どのくらいいる?』

「わかりません。あまり重くて急に降下したら死にそうだし」

『それは心配いらない。重すぎたらもちあげるから。最大まで載せちゃうと遅くなりそうだからな、半分の十五キロくらいにしよう。じゃあ、電話を切らずに待っててくれ』

「どういうことですか?荷物送るって」

 もう答えは返ってこない。なにか作業をはじめたんだろう。

「松本に電話したのか?」

「そうだよ」

「こんなところでも電波届くんだな」

「そうだね。基地局が高いところにあるし邪魔するものがないから地上よりよく届くかも」

「なるほど、たしかに。で、なんで松本なんだ?」

「差入れしたときに、困ったことがあったら大人の本気出して助けてくれるって約束したんだ」

「ふーん。それで、さっきの会話か。松本の本気って、もっとこう、数学的ななにかに使わなくてよかったのか?」

「この状況で使わないという手はないと思うけど。下におりる方法思いつくの?」

「アイハブノーアイデア」

 空が首をひねる。

「それにしても、いい眺めだな。地球が丸いってのもわかるし。ビルの何階くらいかな、この高さ」

「げっ、下見ちゃったよ。怖くなるからやめて」

「天気よくてよかったよな。雨でこんなことになったら最悪だぞ」

「こんなことになったら、雨が降ってようが晴れてようが関係ないよ」

「そうかなー。けっこう気持ちいいぞ。茜に抱きつけるし」

「なんなのー、もう」

 空がわたしの体に顔をつける。頭をなでる。いつぞやは邪険に手を払われたのだった。空の頭を胸に抱きしめる。目をつむって、空のボリュームを感じる。空がなにか言いだした。

「どうしたの」

 空の頭を開放する。

「松本がなにか怒鳴ってる」

 手にケータイをもったまま空の頭を抱いていた。ケータイに耳をつける。

『お前ら、中学生が不純異性交遊とは、許さんぞ!うらやましいから言ってるんじゃない。まだお前たちは心も体も大人になる途中なんだ。そういうことは、もっと大人になってだな』

「あー、もしもし。何言ってんですか?」

『何って、いま抱き合ってただろ』

「なんでそんなことわかるんですか」

『ドローンにカメラ仕込んであるからな、バッチリ丸見えだ。誰にも見られていないと思ってやりたい放題やりやがって。くそっ。助けてほしいんじゃなかったのか。助けてほしいという態度ってものがあるだろ、普通。まったく』

 わたしの前に機械がひゅーんひゅーんと上下にゆれながら、やや静止している。プロペラがいっぱいついたオモチャのヘリコプターみたいだ。このオモチャがドローン。はじめて見た。下部にカメラが取り付けられている。これで撮った空とわたしの映像が松本先生に届けられているのだ。

 意味はないけど、手を振ってみる。

『ドローンの足についている荷物をもってくれ。そしたらドローンの浮力を減らすから、荷物が重くなるはずだ。下降速度は調節するから、大船に乗った気分でおれにまかせろ』

「大丈夫なんですよね」

『あったりまえだ。荷物を積んだのははじめてだったけど、ちゃんとそっちまで届いただろ』

 信用していいのだろうか、それ。でも、仕方ない。ほかに方法はない。

『じゃあ、もう手がふさがるから電話は切っていいぞ。あとは地上でな』

 切っていいぞと言っておきながら、通話は一方的に切られた。やれやれ。

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