第17話 魔法少女マジョルカ・アカネ
翌日の日曜日、サッカー部が休みだと聞いたから、空を予約していた。家まで空が迎えにきてくれた。近所だから、どこかで待ち合わせするのもおかしい。
「空ちゃん、昨日は大活躍だったんだって?すごいねー」
お母さんの高くて大きい声が廊下中に響く。
まったく、大げさなんだよ。恥ずかしいじゃない。相手はもう中学生なんだし、あからさまに褒めちぎらなくてもいいのに。
空が対応に困っている。こういうのを、たじたじというのだろう。
「じゃあ、お母さん。行ってきます」
お母さんの横をすり抜けて玄関にお尻をつく。
「はい、気をつけてね。空ちゃん、茜をよろしくね」
「うん」
靴をはいて空と外にでる。ああ、今日は晴れてる。
「今日はサッカー日和だねー」
「いや、昨日の相手は強豪だったから。雨のおかげで勝てたのかもしれない」
「そんなことないよー。いっぱい練習したから勝てたんだよ」
「あと、勝利の女神な」
「うっ。それはいわないで。なにもできないのにプレッシャーだけかかる」
「でも、昨日の一点は茜のおかげだ」
「うそー。あれは黙ってたって空はシュートしたよ。わたしのおかげなんかじゃない」
「おれは茜に感謝してるってことだよ」
「熱でもあるの?キャラじゃないこといっちゃって」
「マンガとかだったら、おでこつけて熱はかってくれるんだけどな」
「現実は厳しいのだ」
今日は画材屋に行く。大きいキャンバスを買って、学校にもっていく。
「絵の準備は進んでたんだな」
「うーん、ぼちぼちだね」
「そうなのか?もう本番なんだろ?」
「まだだよー。キャンバスを使って試したいことがあるから」
「そうなのか?美術展の締切っていつ?」
「九月いっぱいの受付」
「夏休み後じゃないか。時間ぜんぜん余裕だろ」
「そうでもないよー。四箇月くらいかけたりするんだよー?」
「へー。気の長いことだな。じゃあ、五月の終わりくらいからはじめてたのか?」
「すこし遅かったくらいだよ。体が浮くようになっちゃってしばらくしてからだから」
「ふーん。もしかして、精神的なものじゃないか?その体が浮くっていうのは。美術展に出す作品どうしようとか、早くはじめないとなんていう焦りなんかのストレスのせいなんじゃないか?」
「そうかなー。なにがどうしたら体が浮くようになるのかわからないから、なんともいえないと思う」
「そりゃそうだな」
大きいキャンバスを二人がかりで運ぶから、自転車は使えない。オシャベリしながら、てくてく歩いて画材屋に向かう。
そろそろ画材屋が見えてきそうというところにさしかかっていた。公園の横の道を歩いていると、女の子が泣く声が聞こえてきた。空と公園にはいってゆく。泣き声の主は、小学校にあがらないくらいの年齢だった。頭に大きいリボンをつけて、靴は皮じゃない、エナメルかな。オシャレさんだった。
「お嬢さん、どうしたのかな?」
空が膝をついて、女の子の両肘あたりに手を添える。女の子が顔をあげる。一瞬で泣きやんだ。ゲンキンなものだ。
「ひっく。ママとパパと、ひっく。お買い物に行ったの」
「そうかー」
リアクションが大げさ。
「イオンショッピングモール」
「ああ、大きいお店だね」
なんのヨイショかわからない。イオンを持ち上げてどうする。
「入口で風船をくばってるんだよ?」
「そう!それで風船もらったんだね?」
「もらったの」
「よかったねー」
空が女の子の頭をなでる。そんなことしてやることないのに。
「うん。でも、ブランコに乗って遊んでたら飛んじゃった」
「風船が飛んじゃったの?」
女の子がコクリ。空の後ろに向かって指をさす。
わたし?
後ろを見たら、木の枝に風船がひっかかっていた。ちょうどブランコの上に枝が張り出しているのだ。風船をもってブランコにのるというセンスがわからないけど、小さい子供というのは意味の分からないことをしがちだ。
こんなマンガみたいなこともあるものなんだなと思う。そういえば、今日は久しぶりにいい天気だ。現実とは思えない。もしかして夢を見ているのかなと疑ってみる。でも、肩に下げているトートバッグの中とウエストに巻きつけてあるウエイトの重さは現実そのものだった。
「よし。お兄さんが風船をとってあげるね」
空のバカ。
「ダメだよ、空。あんな枝の先の方、折れて落ちたらケガするよ。サッカーの試合でられなくなる」
女の子がまた泣き出す。まったく、よくできた子だ。
空が立ち上がって、わたしを見つめる。女の子にやさしいんだから。男の子にもやさしいと思うけど。あきらめて首を横に振る。
「ねえ、お姉ちゃんなにに見える?」
わたしは腰に手をあてて偉そうな態度になる。
「いっぱんじん」
ずっこける。そりゃそうだ。
「みんなには内緒だけどね、わたしは魔法少女なの」
「まほーしょうじょ?」
「知ってるでしょ?ステッキ振って変身して、悪いやつをやっつけるの」
「おねえちゃんのノゾミはなに?」
「望み?いや、こまかいことは知らないんだけどね。とにかく、わたしは魔法少女なのだ」
左手のひらを広げて前に突き出す。右手は腰にあてたまま。
「まほーしょうじょさん、おなまえは?」
「え?名前?こまかいな。えーと、わたしたちだけの秘密だよ?特別に教えるんだからね?内緒にできる?」
女の子がうなづく。
「魔法少女マジョルカ・アカネ」
「マジョルカ・アカネ!かっこいい」
「でしょう?」
やっと感じがでてきたかな?小さい子の相手はメンドクサイ。
「じゃあ、風船をとってくるね」
「ヘンシンは?」
「変身なんてしたら目立っちゃうでしょ?ほかのひとに魔法少女だってバレちゃダメなんだよ?敵と戦うときしか変身しないの」
「なんだー」
あからさまにガッカリされてしまった。こっちがガッカリだよ。見て驚けよー。
ウエイトを腰からはずして地面に置く。トートバッグの三キロくらいなら、ちょうど宙に静止していられるくらいの重さだ。ひょいと地面を蹴る。風船が引っかかっている枝まで飛び上がって手で押さえる。風船から下がっている紐を手に取った。
下で女の子がすごーいという、キラキラした目で見上げている。まぶしい。
「おねえちゃんすごーい。ほんとうに、まほーしょうじょだったんだねー」
枝を手で押す。女の子の前にもどって風船の紐を差し出す。
ありがとーといってだした女の子の手が、風船の紐に届かない。
あれっ?
女の子がわたしを見上げる。遠ざかってゆく。
まわりをきょろきょろ見回す。
あれ?浮いてる?
わたしはゆっくり浮上しているみたい。
ちょっと、風船。風船うけとりなさいよ。
あれ?空?どうなってるの?
三キロで釣り合ってたんじゃないの?
もしかして、ひどくなってる?
すでにさっき風船がひっかかっていた枝の高さまできている。
「ちょっとー、ふうせーん」
「おねえちゃんにあげるー。マジョルカ・アカネ、ばいばーい」
秘密っていったのに思いっきり名前さけんでるし。
「ばいばーい。そうじゃなーい。空ー」
空が見当たらない。肝心なときになにやっとんじゃい。
腰がぐいっと急に重くなった。空がわたしの腰にしがみついたのだ。
どうやって?
けっきょく、木に登って枝をつたってわたしに飛びついたようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます