第25話 幼稚園じゃないんだから、タコにしなくてよかったのに
相手はハーフとフォワードの間が大きく開いている。空は空いたスペースでドリブルして、ハーフが詰めてくるタイミングでポーンと前に大きく蹴った。
相手チーム深くにいるセンターフォワードの頭にあわせたらしい。ヘディングで競る。
ああ、クリアされてしまった。
ボールは、サイドのフォワードが引いていて制した。まだ、こっちのボールだ。
センターフォワードは縦パスをもらおうと走る。ボールは、センターフォワードがさっきまでいたところにパスされた。パスミス。もったいない。
いや、空が走りこんでいる。
ちょいとトラップして一人かわしたら、キーパーと一対一。ドリブルしながらループシュート。
やった。
キーパーはタイミングをはずされて飛び上がれない。
その場で腕をあげるけど、ボールはずっと上を通過した。
ボールは、
ゴールバーにあたって跳ね返された。
まだだ。そのボールを狙って空がさらに走りこんでいる。キーパーも飛び込む。
空の足と、キーパーの腕のタッチの勝負。
空の足がボールに先に触る。
ボールは、ゴールポストかすめるように外側をとんで行った。
おっしぃー。
空はひょいとキーパーの上をかわして走り抜けていた。
でも、空、すっごーい。中学生にもなるとこんなサッカーができるのだ。プロみたいだ。
「先生、敵は引いていてるんだから、ロングシュートはどう?」
「教えてやれ」
またスケッチブックにロングシュートと書いて見せる。こっちサイドのハーフが気づいてくれた。空に伝えに行く。空がこっちを見た。わかったという意味だろう。
空は、浅い位置から味方にパスを出して、ロングシュートを打たせる。自分でも打つ。ロングシュートは、キーパーが全部とめちゃう。
「あのキーパーすごいですね」
「そうだな」
また別の戦略が必要になった。
相手選手は、こちらがかなり攻め込むまでプレッシャーをかけてこない。ロングシュートを警戒するつもりはないらしい。ちぇっ。空は浅い位置でボールをもつからドリブルが増える。
味方のセンターフォワードが下がってきた。
空がドリブルでひとり抜いた。さらにドリブル。
相手選手が詰めてきたところで、センターフォワードにパス。
ボールは、ダイレクトで空にもどってくる。
トラップしたら、キーパーと一対一。
いや、もう一人いた。
空がノールックでアウトサイドパスをだす。フォワードが走りこんできた。
勢いの乗ったシュート。
ああ、これもキーパーがはじいてコーナーキックに逃げた。
なんじゃ、このキーパー。マンガみたいになんでも止める。ロングシュート止めるだけじゃない。どうりで一点取って守りをかためるわけだ。一点を守り切るという自信にはキーパーの実力が大いに貢献していると見た。
コーナーキックは、センターバックにもどして、ロングシュート。相手選手にはじきかえされてサイドラインを割った。
本当に相手の守りは堅い。前半に取られた一点が重くのしかかる。
空はわたしが思いつかないような戦略を駆使して攻めている。わたしにできることは残っていない。胸の前で手を組み合わせて試合の行方を見守るだけだ。
空が敵にボールをとられないようにガードしながらドリブルで攻める。
フォワードがさがってきたところに相手のバックもついてきた。
空が誰もいないところにパスを出した。
あ、これ裏だ。
相手バックの背中側にパスを出すと、相手は振り向く手間があるから走りこんでくるフォワードが有利なのだ。このパスの加減がテクニックの必要なところで、簡単に見えて難易度が高い技だ。
ボールは、絶妙のコースを転がる。
フォワードがボールに追いつく。
キーパーと接触、足をとられて倒れた。うわー、痛そう。
なんだこのスーパーセーブは。パスを読んだのか?ペナルティエリアのギリギリ手前でのプレイだった。
フォワードがファウルをとられて、キーパーがフリーキックを蹴った。
攻撃の中心になっている空へのプレッシャーがきつくなった。空がドリブルをはじめると、三人がかりで奪いにくる。それでも、空はボールをとられない。サイドに追いやられながらもゴールラインまでドリブルで攻め込んだ。チャンスだ。
ゴール前にパス。
ん?ボールが飛んでない。空の足元に残っている。フェイントだ。
ゴール正面に向かってドリブル。
これもフェイント。ターンして逆にゴールライン側をドリブルで抜けた。相手チーム二人を抜いた。ゴールに対して角度がない。
キーパーともう一人ゴール前にディフェンスがいる。
パス。ディフェンスの股の間をボールが通る。
センターフォワードの正面。
シュート。
相手チームの選手がゴールライン上にいて胸でボールを跳ね返す。
キーパーがボールを抱え込んだ。
全身に込めていた力が抜ける。
なんでこれで決まらないの?
こんなに攻めているのに。決定的なシーンもあるのに。一点が取れない。
こうなると、ポストにあたったシュートがもったいなさすぎる。
先生は選手を交代して、全員攻撃態勢をとった。それでも一点が取れずに時間が過ぎてゆく。
無情に審判のホイッスルが鳴った。ああ、試合終了だ。うちのチームは負けてしまった。
空の夏の大会が終わった。
こんなくもり空で、夏にもなってないというのに。
礼をして選手がベンチに戻ってくる。
「残念だった。よく戦ったから勝たせてやりたかったが。それでも負けることはある。勝負ってのはずっと続くんだ。悔しい思いをしなくて済むように、これからもガンバレ。以上だ」
みんな疲れ果てていた。うなだれて引き上げる。荷物が置いてあるところで着替える。誰も声を発しない。お通夜みたいというのは、このことだ。
また一年生に手伝わせて差入れを配る。おにぎりと、秘密のお楽しみ、タコさんウィンナーだ。待ち構えていても誰も差入れを取りにこない。
「みんなごめん」
「なにが」
空の言葉に、イラッとした。
「おれのせいで一点取られて負けた」
「もう片方のほっぺもビンタしてほしいの?サッカーは一人でやるんじゃない。サッカーはチームでやるもんでしょ?一人のミスはみんなのミス。一人がいいプレイしたら、みんなの手柄。そうでしょ?空は一人でサッカーやってるつもりだったの?思い上がりが過ぎるんじゃないの?そう思ってたんなら、そのことを謝りなさい。そうじゃないなら、ほかにいうことがあるはずだよ。三年間、一緒にサッカーやってきた仲間に対してさ」
「くそっ、おれはバカだな。茜に説教されるなんて。みんなありがとう。みんなとサッカーできてよかったよ。くそっ、勝ちたかったな」
みんなで肩を叩きあってる。
男って、なんというか。バカだね。わたしもバカだ。
「空。空が最初に食べなさい」
スシづめ状態の満員電車のようなおにぎりのお重を前に空は立ち尽くす。タコさんウィンナーのお重を片手でもって、おにぎりをひとつ空の口に突っ込む。空の目から涙がこぼれた。おにぎりを涙ごとむさぼる。
「茜のおにぎりは今日もうまいな」
「あったりまえでしょう?タコさんウィンナーも。ほらっ」
今度は空が自分で手づかみしてタコさんウィンナーを口に放り込む。
「幼稚園じゃないんだから、タコにしなくてよかったのに」
鼻をすすって、空が笑った。
ほかのみんなも差入れに手をだした。
サッカー部の戦績は、二勝二敗、地区大会予選リーグ敗退だった。
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