第7話 遥ちゃーん。わたしにもっと興味もと?
昨日はサボってしまったけど、今日は部活にでる。美術部だ。
「昨日はごめん、サボっちゃって」
「べつに。茜がいなくてもわたしはなにも困らないから」
「そんなつれないこといわないで?ねえ、なんでサボったか聞かないの?」
「興味がない」
「そんなー。遥ちゃーん。わたしにもっと興味もと?」
「うーん、茜と赤城のカップリングになら興味が湧くんだけど」
「それって、あれ?百合ってやつ?」
「まあね」
「それってさ、どういうの?」
「女の子同士ってこと」
「レズとちがうの?」
「同じだね。業界によって言葉がちがうってくらいだと、わたしは思ってる。ほかの人に聞いたら別の答えが返ってくるかもしれないけど」
「どこまで?どこまでやっちゃうの?その百合ってのは」
「もちろん最後までありだよ?」
「最後ってさ、あそこを舐めたりとか?指でいじっちゃったりとか?」
「そりゃそうだ」
「うへー。美月とわたしが?イヤー。したくないしされたくなーい」
わたしは腕を抱き合わせて、うへーという感じを表現した。
「そうじゃなかった。わたしの秘密が関係してるんだけどね」
「なにが?」
「昨日部活サボった理由だってばー」
「ふーん」
遥は興味なさげにキャンバスに向かって色をのせる。
「ねえ、わたしの秘密、ほかの人に話しちゃダメだよ?約束できる?」
「そのケンカ、買った」
筆をこちらに向ける。絵の具が一滴飛んで、ほっぺについた。手で拭う。グレーっぽい紫だ。何を描いてるんだ、こんな色で。ウエットティッシュで手とほっぺを拭く。
「ケンカなんて売ってないよ」
「話をするような人間は、茜をおいてほかに一人もいませんが?」
「そっか。なんかごめん」
「ふっ、いいさ」
なんともいえず慈悲深い顔になる。
「わたしさ、体が空気より軽くなっちゃったんだよね。重りがないとふわっと浮いちゃうの」
慈悲深さが増す。
「そうか。茜にもあるんだな。苦悩というやつが」
信じてない。中二病の子でも見るような目をしている。生あたたかい目というやつだ。
ふん、驚かしてやる。
わたしは、腰につけたウエイトを外して床に置く。カバンはすでにいつものところに置いてある。
軽く床を蹴る。すいーっと上に移動して天井に手をついて止まる。遥が口を開けてこちらを見上げている。
ふふふ。アホ面アホ面。
今度は、天井を手で押して床に戻る。この辺の力加減は自分の部屋で練習したから身についている。クラゲのように広がるスカートを押さえながら床に着地。ウエイトを拾い上げて腰につけなおす。髪を手で押さえて整える。
「ね?」
「うん。茜のこと、テレビ局に売っていい?」
「誰にも言っちゃダメだってばー」
「じゃ、動画撮らせて。テレビ局に売るから」
「興味をもってくれたのはうれしいけど、絶対ダメ」
「もったいなくない?」
「もったいなくない」
「でもさ、動画ならトリックと思うんじゃない?こんなふざけたことが現実にあるなんて誰も信じないよ」
「わたしがなんで遥に秘密を教えたかわかってる?」
「いや、まったく。これっぽっちも」
遥は人差し指と親指でこれっぽっちを表現したけど、あきらかに指同士がくっついている。本当にまったくだ。
「治したいからに決まってるでしょ?」
「まったく合理的ではない。宙に浮いてしまう体質を治したいといってわたしに相談したところで、わたしになにかできたり治すためのアイデアがあったりするわけがない」
「いや、まあそうだけど、一人で考えるよりいいかと思ったんだけど」
「わたしが茜のためにまじめに考えるとでも思ってるの?とんだ思い違いだ」
「ひどっ」
「わかった、すこしだけ考えた結果を発表しよう」
「うん、ありがとう。なに?」
「これからケーキバイキングに行こう」
「なぜそうなるのー」
「ケーキバイキングの広告を見たから。動けなくなるほどケーキをお腹につめれば重くなるよ」
「三キロの重りを腰につけて、三キロのカバンをもってやっと地面を歩いているっていうのに、わたしは何キロのケーキを食べつくさなくちゃいけないの?」
「おや、そんなに?自由でいいなあ」
「自由なものか。外を歩くときなんか、成層圏まであがって燃え尽きるんじゃないかと心配しながら歩ってるんだからね」
「そう。ダメか。今日は茜とケーキバイキングを楽しみに学校にきたのに。でも、ほかに思いつくことはないな。原因を探って取り除くなんていう根本解決くらいしか」
「それだ」
「どれ?」
「根本解決」
「いや、そんなことできるんなら、はじめからやってるでしょ」
「ううん。考えてなかった」
「アホなの?」
「まあね」
「じゃあ、最近なにか変わったことがある?心当たりは?」
「うーん、さあ」
「じゃあ、いつから体が浮くようになった?」
「たぶん昨日起きたときから。でも、そのときは浮くというか、釣り合ってる感じだった。それが、昨日の夕方にはひどくなって、上にあがってく感じになっちゃった」
「ひどくなってるんだ。自分で浮き加減をコントロールできないのか?」
「そんな器用なことができれば、はじめから普通にしてるよ」
「そういえば、髪がふわふわしてる気がする。もっとひどくなったら髪の毛がずっと逆立ってる状態になっちゃうんじゃないか?」
「げっ、嫌だー。そしたらお団子にする」
「ああ、それならいいかも。うん、似合いそう」
「ありがとう」
「ということは、一昨日に起こったこととか、昨日それがさらにひどくなったとか、そういうのは?」
うーん、認めたくない。それって、美月と言い争いしたってことしか思いつかない。そのあとは口をきいてもらえないことが昨日わかった。
「お、心当たりがあるんだ」
「うーん、そうなのかなー」
「じゃあ、その問題を解決すれば、すっきり体ももとにもどるんじゃないか?男?」
「ちがうよ」
「じゃ、女だ」
さらに嬉しそうになる。病気だ。
「そういうんじゃないから」
「そう、残念。で、これから片付けるから、ケーキバイキングに行くってのはどう?」
遥はなにがあったかは詳しく聞こうとしない。そういうところが信用できるのだ。興味がないだけかもしれないけど。
「まだその話生きてたんだ」
「そうだよ。広告見たんだから」
「うーん、太らない?」
「一日くらいケーキをたらふく食べてもかわらないよ」
「甘い囁き」
「大サービス。手をつないであげる」
「よく知ってるね」
「学校中の噂になってるよ?不純異性交遊」
「ばっ、ばっかじゃないの!そんなんじゃないっつーの」
「ま、わたしは赤城がそのことについてどう思っているかの方が気になるけど」
「本当にもう、病気だね」
「草津の湯でもだな」
「それは違うでしょ」
肩をすくめた。そんな話をしながら遥の片づけが進んで、カバンを手に持った。やれやれ。仕方ない付き合ってやるか。
「ケーキはおいしいんでしょうね」
「まちがいない。有名なパティスリーからもってきてるらしい」
よっこいしょと自分のカバンをもつ。
「じゃ、善は急げだ」
遥が本当にわたしの手を取って早歩きをはじめた。遥は普段から速足なんだけど、今日はケーキが待っているから三割増しくらい速い。廊下をスピード違反で突き進む。
「ほんとうに体軽いんだな、手を引っ張ってもあまり手ごたえがない」
「ちょっと遥、そんなに急がなくても」
「ダメだよ、おいしいケーキがなくなっちゃうかもしれない」
「ひえー」
わたしは今日も美術部の活動をできなかった。
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