第21話 急に駄々っ子になられても。―― 曽根にわかってもらおうなんて思ってないからな
画材屋の駐車場だった。
「あれ?家に帰れっていってたのに」
「なんとなくだ。人生は臨機応変が大切なんだ」
なんとなくを臨機応変とは言わないと思うけど。
先生が車のまえを回り込んでわたしの側のドアを開ける。空は、先生にシートを倒してもらって、どうにか体を狭い後部座席から引き抜こうとしている。わたしはといえば、ドアの上の取っ手につかまったまま身動きが取れない。
「ちょっと力を抜いてみろ」
ひとつ息をついて、取っ手をつかむ手の力をゆるめる。体が浮いてしまうということはないみたいだ。お尻がシートに乗っている。
「よし、三浦こっちこい。曽根を車から降ろすぞ」
空が車の外に出て体の自由を得たところだ。車のまえを回って、わたしのところにやってくる。
「曽根、体の向きを変えて足を車の外に出せ」
よっこいしょと体の向きを変える。ヘルメットが天井に引っかかった。
「三浦、手を貸してやれ。三浦の手をつかんで車からでるぞ」
うんとこしょと、頭をひっこめつつ腰と膝の連動動作で車の外に立ち上がる。はあー、窮屈だった。宙を飛んで旅行した後は、狭い車に押し込まれてひどいドライブ。かなりのギャップがあった。
先生にまで付き添われて店にはいった。
こんな砂漠の嵐作戦帰りの兵士みたいな客がはいってきて、店員がぎょっとするのを目の当たりにしてしまった。
ああ、もうこの店きづらくなる。そのうち絵の具も買いにこなくちゃいけないのに。
どうも、大人の本気で助けてくれるというチケットの効果がまだ続いているようだから、どうやって学校に持ち込むかなんて考えずにキャンバスを選んだ。一メートル四方。ひとりではもてあますサイズだ。
「ちょっと店内で待っててくれ。キャンバスを車に載せてくる」
片手でキャンバスの包みの上部をひょいともって、そのまま店をでていってしまった。店の自動ドアが閉まる。大丈夫かな、先生。
すこししてもどってきて、よし行くかと空とわたしに声をかけた。空の腕につかまって、先生に付き添われて駐車場をゆく。小さい車の屋根にキャンバスの包装が紐で結わいつけられていた。
なるほど。キャリーがついていないのが心配だけれど、紐はゴムがはいっているやつで、端は金属のカギ状になっている。この小さな車が走ったくらいならキャンバスが飛んだり壊れたりすることはないだろう。
先生が助手席のドアを開けてくれる。ドアの上部の枠に手をつきながら首をひっこめて助手席に収まる。すこしくらい頭をぶつけてもヘルメットをかぶっているから大丈夫だ。空はまた苦労して体を後部座席のすきまに押し込んだ。
乗り心地最悪の馬車で走って、学校へ向かう。先生だって、窮屈そうに運転している。この車、安いのだろうか。それとも拾ったとか。
「先生、この車」
「お、やっと話題にしてくれたな。待ってたんだよ、その言葉」
「いえ、取り消します」
「つれないこというなよー。しゃべらせろよー」
「馬車みたいで乗り心地最悪ですね。モーツァルトになった気分です」
「そうか?慣れれば気にならないぞ?慣れると、むしろ他人の車に乗ったときに気持ち悪くなる。なんかほわんほわんするって感じだ。
まず、ミニっていう名前がかわいいじゃないか。それに見た目も」
「かわいいって、先生」
「見た目が気に入るかどうかは大事だぞ?」
「そりゃそうかもしんないけど」
「それから、よく手がかかる」
「こわれるんですか?」
「ちょっと機嫌が悪くなるんだ」
「ダメじゃないですか」
「手がかかった方が愛着が湧くってもんだ。それに、つくりがシンプルだから直すのも簡単」
「自分でいじるからすぐ壊れるんじゃないですか」
「自分が悪いなら仕方ないじゃないか」
「普通に国産の軽とかなら、そんないらん苦労しなくて済みますよ」
「いらなくないんだって」
「急に駄々っ子になられても」
「曽根にわかってもらおうなんて思ってないからな」
「聞いてほしがったくせに」
「三浦ならおれの気持ちわかるよな」
「はあ、まあ本革のスパイクみたいなもんですかね」
「ほら」
「ほらっていわれても知りませんよ。先生、女の人にモテないでしょ」
「その価値観が分からないんだよな。自分の気に入らないことのある人間のこと、すぐにモテないだろって。中学生にしてすでに毒されている。モテるモテないを価値観の中心にするのはやめたほうがいいぞ。人間が卑しくなる」
「車の話はモテるモテないの話と大いに関わるじゃないですか。なんでもモテるモテないの話にしているわけではありません」
「車は車だろ。モテるモテないは関係ない。もしかして、女は車みたいに乗り換えるものだとか、そういうあばずれ的な思考か?」
「なんて女性蔑視な。それでも教師ですか」
「いや、そういうのはよくないといってるんじゃないか。おい、三浦助けてくれ」
「無理です」
「そうです。わたしが正しいんです」
「曽根はいい女になるな。成長した曽根には、きっと近づくこともできないぞ、おれは」
「そしたら、わたしからご挨拶にうかがいますよ。あら、先生。その節はお世話になりました。わたしの胸触りましたよねって」
「もう降参するしかないか?」
「でしょうね」
男性陣は戦いを放棄したらしい。当然だ。わたしが正しいのだから。
車はいつの間にか学校の門を過ぎていて、玄関の近くまできてとまるところだ。走るとガタゴトなこの車は、とまるときもキュッととまる。同乗者にやさしくない。
わたしの浮力は元どおりくらいになったらしい。体重マイナス三キロくらいという意味だ。防弾チョッキや、そのほかこまごましたものは脱ぎ捨てることができた。やっと身軽になった。車をおりたとき、ヘルメットも外した。また乗るときはかぶらないと危険だけど。
画材屋のときと同じように空につかまり、先生に付き添われて校舎にはいる。キャンバスはまた先生が片手で上部をつかんで運んでくれる。
「ほれ」
先生が黒い塊を放ってよこした。受け取ると、また重い。もう重いのはこりごりなのに。でも、おかげで空の腕をはなしても浮き上がらなくなった。
「なんですかこれ」
「自動小銃。適当に構えてみろ」
腰のあたりに構えてダダダダダと言いながら流し打ちする。
「そうじゃなくて、肩の位置で構えるんだ」
なぬ。映画で見たのと違うのかな。映画で見たと思っているのが気のせいなのかな。肩の位置に構えて、先生に照準を合わせる。
「人に向けるな。ルール違反だぞ」
「弾出るんですか?」
「プラスチック製のがな。重さはそれで大丈夫そうだな」
先頭を歩きつつ先生を振り返る。
「先生の趣味なんですか?これ全部」
右手で銃を上に向け、左手の甲で胸のあたりから膝のあたりまで払うように示した。
「いや、さっきの田んぼでドローンを飛ばしてた仲間から借りたんだ」
「ドローン仲間だったんですね、あそこにいた人たち」
「まあな」
「みんな独身なんでしょうね」
「嫌味なやつだな。ああ、そうだよ。いい年こいて全員独身だよ」
銃口をいくらか上向けて自動小銃を体の前で横向きにもつ。廊下の床を蹴ってすいーっと進む。自動小銃をいれて、ほとんど浮力と釣り合うくらいみたいだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます