第13話 空と美月は目を閉じてお互いの唇を重ねた。――唇を吸いあって、舌をからめる。

 わたしは裸で手足を縛りつけられて、台の上に大の字になっている。台の左右に空と美月が立っている。ふたりも裸だ。見るのも見られるのも恥ずかしい。

 わたしたちの周りは一面にバラが咲いている。ということは、トゲのついたバラのツルがそこいらじゅうを這いまわっているということだ。バラがキレイだというより、トゲが刺さったら痛そうだと思う。

 空と美月はわたしのお腹のあたりに立っている。手を伸ばしてわたしのお腹に触る。人に触られるのって、変な感じ。ビクンと反応してしまう。手が動いて撫でまわす。ふたりの手が移動して胸にあがってくる。

 ああ、やめて。なんか変な感じだから。

 空がわたしの胸を撫でまわす手が美月の手に触れる。空と美月が見つめあう。

 なに、その図書室で同じ本をとろうとして手が触れてしまった男子と女子みたいなのは。そんなのいらないっつーの。

 空と美月は見つめあったまま、わたしの体を中にして顔を近づけてゆく。

 ああ、ダメ。ダメだってー。

 空と美月は目を閉じてお互いの唇を重ねた。わたしは体をよじって手足の自由を得ようとするけど、効き目がない。

 一度唇を離した二人は見つめあって、また口づけをかわす。唇を吸いあって、舌をからめる。

 ダーメー。

 わたしたちまだ中学生でしょー!


 わたしは掛け布団にす巻き状態で目を覚ました。目覚ましがうるさい。全身にびっしょり汗をかいていた。濡れた体が気持ち悪い。もちろん宙に浮いている。

 掛け布団から腕を出して目覚ましの紐を引き寄せる。うるさく鳴り続ける目覚ましをとめる。

 目が覚めたら察して静かになってくれる目覚ましとか、誰か開発してくれないかな。今の目覚ましは、うるさいしメンドクサイ。二十一世紀型の目覚まし時計があってもいいはず。


 カバンは昨日尾形に投げつけてしまって手元にない。しかたなく昨日下校に使ったトートバッグで登校する。

 教室の机の上にわたしのカバンがのっていた。もちあげると、六キロのウエイトがずしりと重かった。すぐに腰ぎんちゃくこと浜田が席にやってきた。

「曽根、昨日はごめんなさい。わたしたち反省したんだ。もう尾形とは縁を切ったから、怒りを静めてくれないかな」

 そうくるか。大衆というのは、長いものに巻かれろで、こういうエグいことをする。現実に目の当たりにしてしまうと胸クソわるいものだなー。こういう人たちと仲良くするくらいなら尾形と仲良くした方がマシだと思う。ま、わたしに牙をむいてきたのだから当然の報いで、仲良くしてやる義理もないけど。

「あっそ。みんなのせいで貴重な美術部の活動が一日できなかったってことだけは覚えておいて」

「わかった。ごめんなさい」

 頭をさげて浜田が去った。

 ケータイを取り出す。メールを一件送信した。これで松本先生の本気のお助けチケットを温存できた。昨日送信したメールも削除する。メールには画像ファイルが添付されていた。


 どうやら、差入れで大人気の茜さんの評判の次は、スケバンの茜さんの大評判が立ってしまったらしい。忙しいことだ。

「茜、ちょっと聞きたいんだけど」

 同じクラスでもないのに、三幸有紀が席にやってきた。中学で同じクラスになってなかったけど、小学校で同じクラスだったことはある。

「スリーサイズなら非公表だよ」

「そんなのは聞きたくない」

「そうなの?」

「そうだよ」

「えー。新聞部が、いま大人気の茜ちゃんのスリーサイズを聞きにきたのだとばかり思ったけど」

「新聞部じゃないし」

「有紀はナニ部だっけ?」

「オカルト研」

「えー、そんなのあるの?高校みたい」

「わたしが作った」

「わかった、有紀しか部員いないんでしょ」

 首を振る。

「三人いる。顧問は松本先生」

 あの先生、こっそりオカルト研の顧問なんてやってたのか。

 有紀は指を三本立てている。

「ふーん。でも、オカルトに興味ないから、わたしはいいや」

「入部の勧誘でもない」

「なんの用なの?」

「聞きたいことある」

「あ、はじめから言ってたっけ。なに?」

「茜のテレポテーションのやり方を教えてほしい」

 わたしは沈黙する。有紀も黙っている。どっちが先にシャベるか我慢比べになっているのか?なら負けないぞ。

「タダとはいわない。この石をあげよう」

 見たところなんの変哲もない石を手渡された。

「なにこの石」

「この石はね、太平洋の真ん中の深海で生成されて、何万年もかけて地球上を移動して、日本の手前でまた地下深くにもぐりこんでゆく。そんなプレートたちを見送ってきた、北アメリカプレートの石」

「価値がまったくわからないんだけど、オカルト的になにか意味あるの?」

「オカルト的には、そのへんの石」

「念のために聞くけど、一般的には価値のある石なの?」

「一般的には、価値のないそのへんの石。でも、地質学的には価値がなきにしも非ずの可能性があるかもしれない」

「そんなものわたしに押し付けないでくれる?」

 石は有紀の手にもどした。

「じゃあ、どうしたらテレポテーションのやり方を教えてくれる?」

「なんでわたしがテレポテーションのやり方を知っていることになってるの?」

「昨日能力使ったでしょ?」

「能力ってのがテレポテーションね?昨日、尾形たちとごちゃごちゃあったときのこと?」

「それ」

 わたしは手を引いて有紀を教室からつれだす。体重がマイナスのわたしに手を引かれてついてくる有紀の体重はどんだけなんだろう。軽い女だぞ、有紀。

 廊下をつきすすんで、教室から離れる。職員室のまえも通り過ぎる。こっちは視聴覚室なんかがあるところで、使う頻度の低い教室がならんでいる。普段誰もやってこない。廊下の突き当りまできた。わたしは声のトーンをおとす。

「どういう話を聞いたの?」

「茜が尾形にカバンを投げつけた。次の瞬間パッと茜が消えたって」

 なるほど、みんなはカバンと尾形のことばかり見ていて、わたしが飛び上がるところを見ていなかったのだ。だからパッと消えたなどと適当に解釈したのだろう。

「そのあと尾形がどうなったか知ってる?」

「真正面から顔面にカバンをくらって、うしろに倒れた。それで泣き出して、みんなでなだめて帰った」

 とんだ茶番だ。

「あれはね、テレポテーションじゃないの」

「ちがうの?」

「ああ、でもダメ。こんなことシャベったら有紀に危険が及ぶかもしれない。わたしだって、どんな処分が待っているか」

 頭をかかえる。

「有紀も黙ってて。そうね、やっぱりテレポテーションということにしておきましょう。うん。そのほうがいい。オカルト研がおかしなこといいだしたと、みんな思ってくれるだろうから」

 わたしは深刻そうな顔で有紀に顔をよせる。声のトーンをできるだけさげる。

「もしかしたら、アメリカのとある機関から有紀のところに接触があるかもしれない。でも、なにも答えちゃダメだよ?テレポテーション。ね?わたしもそのほうが助かるの」

 アメリカのとある機関といったとき有紀の目が見開かれた。わたしは肩をつかんだ。ベストの裾がもちあがって、ウエストにつけているウエイトがちらっとのぞいた。あわててウエイトを隠すふりをする。

「有紀、いまの見えちゃった?見なかったことにして。お願い。記憶から消して。有紀を巻き込みたくないの。有紀のためでもあるんだからね」

 有紀はつばを飲み込んでうなづいた。わたしはあたりを見回す。

「じゃあ、有紀。先に教室にもどって。誰にも言っちゃダメだからね。有紀とわたしのためなんだから」

 うなづいて廊下を小走りに行ってしまった。

 やれやれ。やっぱり学校で浮いたり跳んだりするのはよくないな。

 チャイムが鳴りだした。教室にもどりかける。視線を感じて立ちどまると、教室の前の廊下に美月がいて、こちらを見つめていた。

 さっきの有紀とのやりとりを見られていただろうか。きっと見られていた。なぜ美月はわたしたちを見ていたのだろう。

 美月はふいと教室にもどってしまった。

 いけない、わたしも早くもどらないと。

 担任が職員室から出てきて朝のホームルームのために廊下をゆく背中が見えていた。担任を追い越して教室にもどった。

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