第24話 遥ホームズには似合ってると思うけどなー、ヒゲ。

 学校でコンビニ強盗撃退の武勇伝が広まった。

 納得がいかないのが、わたしがサッカー部の守護女神とされていることだ。試合に勝っているから、勝利の女神というのはわかる。いや、自分で女神というのはずうずうしいわけだけど。コンビニ強盗を撃退したのは空なのに、なぜなにもしていないわたしが勝利の女神と守護女神を兼務しなければならないのか。きっと空の仕業にちがいないと、わたしはにらんでいる。

「強盗を撃退した鉄の女が登場だ」

「鉄の女」

 わたしは次の言葉が出てこない。絶句した。

 美術部の活動にはいるまえに、コンビニ強盗撃退の顛末を遥に語って聞かせた。断じてわたしが撃退したのではないということを納得させたかった。今回はわたしのことに興味を持ってくれたらしい。そこはよろこばしいんだけど。

 遥と話をしながら、わたしはスケッチブックに向かう。

「それって、茜が三浦を使って強盗を撃退したってことじゃないの?」

「いやいやいや、まさか。わたしは撃退しろなんて言ってないよ?気をつけて、ケガとかしないようにと思ってコンビニ強盗だって教えただけだよ?」

「店内に部員がいたんでしょう?」

「うん。だいたい三年生が買い物終わってでてきてて、二年生がはいっていったあとだった」

「だったら、強盗を店内にいれたらマズい。手前で撃退しようと考えるのは自然だよ」

「撃退なんてできると思わなかったよ」

「そう?男子が大勢いて?」

「だって、相手はナイフもってたんだよ?下手したら殺されちゃうんだよ?ケガしただけだって大変だよ?大会出られなくなるし、そのせいでチームが負けちゃうかもしれない」

「なるほど、茜にも一理ある。男子は単純だからそこまで考えないし、血の気が多いから戦いたくなっちゃうんだ。撃退できると思いこんじゃうし」

「はあー。誰もケガしなくてよかったよー」

「でもさ、犯人つかまってないんでしょ?サッカー部はみんな学校名がはいったジャージ着て、茜は制服。学校バレバレなんだからさ、犯人が逆恨みして報復してくるかもよ」

「怖いこと言わないでー。もしかして守護女神とかいわれて。みんなわたしを生贄にしようとしてる?」

「それは考えすぎでしょ。茜は人気あるし。一番可能性があるのは三浦じゃない?」

「空ー?どうしよう、空が刺されたら。ねえ、遥。犯人つかまえてよ」

「できるかー」

「遥ならできるよ」

 わたしはスケッチブックを見ている。

「どんな名探偵だと思って」

「へへへー」

「気持ち悪い笑い。茜、あんたさっきからこっち見て、なに描いてんの?さてはいたずらしたな。見せなさい」

 わたしはいたずらが見つかって逃げ出した。美術部を飛び出してスケッチブックをかかえたまま廊下を走る。

 スケッチブックにホームズの格好をした遥の似顔絵を描いていたのだ。ひげに帽子にパイプに片目にはめるメガネにマント。

 廊下にでたらピアノの音が聞こえてきた。美術室にいると音が小さくなるし、遥とオシャベリしていたから気づかなかったみたいだ。

 追いかけっこに疲れてきて、美術室にもどってきた。遥も疲れていたけど、とうとうスケッチブックを奪われてしまった。

「あーかーねー。これは没収」

 ばりっとスケッチブックから一枚はぎとった。うう、せっかく描いたのに。

「うまく描けたから美術展に出す作品にちょこっといれようと思ったのにー」

「ホームズはヒゲ生えてない。生えているのはワトソンの方だ。それに、このメガネはルパン」

 そうだっけ?でも、遥ホームズには似合ってると思うけどなー、ヒゲ。

「描くなら小学生の三浦を描きなさい。サッカーボールで犯人をやっつけたんだから。メガネかけて赤い蝶ネクタイ、紺ブレに半ズボンのやつ。半ズボンいいな。ぜひ」

 スケッチブックが返ってきた。はぎとられた方は、二つ折りにされて遥のスケッチブックにはさまれた。

「それより、作品の方はどうなってるの?」

「それが、またアイデアが浮かんだから、空に協力してもらおうと思ってるんだー。ちょっとづつアイデアがたまって進んでる感じ。偶然と爆発だよ。きっと面白くなるはず」

「なんかすっごいこと考えてそうで怖い。三浦をキャンバスの前に立たせて、爆弾をもたせるとか、そういうんじゃないでしょうね」

「人殺しなんてしないよー。でも、アイデアとしてはすごいね。爆発だね。フリーダム。わしの最期の作品じゃー、括目せよー。みたいな」

 最後のセリフは低くてかすれた声を出したつもり。

「いや、そんなに食いつかなくていい」

「空と言ったら、サッカーでしょー?ボールを使うんだよー」

「なら死人は出ないから安心だ」

「危ないことなんて、はじめからいってないからっ」

「そうだっけ」

 帰り際、なんで人が大勢いるのにあえてコンビニ強盗しようとしたんだろうねと遥がつぶやいた。そんなこと、わたしにわかるはずがない。



 いつもより早く起きて、また差入れの準備をする。

 サッカー部の試合だ。試合は午前。またおにぎりをにぎりまくる。ごはんが熱いうちからにぎるから、手が真っ赤になる。こんなこと続けていたら、手の皮が厚くなってしまいそうだ。

 実は先週も大会だったんだけど、わたしは金曜日の夜から寝込んでしまって試合に行けなかった。そのせいということはないけど、うちの学校は試合に負けた。

 予選はリーグ戦だから、一回負けて大会終了ということはないんだけど、本選のトーナメントに進むには、もう負けられない。おにぎりを握るわたしの手にも力がはいるというものだ。あちち。

 試合に負けたといっても、わたしが欠席した試合だったから勝利の女神の称号はまだ保持していることにされた。むしろ、わたしがいなかったから負けたのであって、真の勝利の女神だと女神ランクを上げられてしまった。そんなことにされては、試合に遅刻することもできない。

 またお母さんの運転で会場まで送ってもらう。

 会場に近づいたら道が渋滞しだした。片側一車線で休日にそんなに混むような道じゃないだろうに。迂回しようにも、田舎の一本道だから逃げるべき脇道がない。そのくせ、幹線道路に通じているから交通量はそこそこある。こんなとき都会なら、ここで降りるといって地下鉄の駅に駆け込むところなんだけど。

 助手席でやきもきしていると、渋滞の原因がわかった。事故だ。こんな見通しのいいところで事故なんて起こさないでほしい。居眠りでもしていたのかもしれない。電柱に正面から車がぶつかっている。それで、警察が片側交互通行にしているのだった。順番がきて反対車線に進入する。事故車のとなりをすり抜ける。弁当屋の軽ワゴン車だ。反対車線も渋滞して車がつらなっている。

 あーあ、渋滞のせいで試合に間に合わなそう。


 会場の学校に到着して校庭にまわる。トートバッグを肩にかけ、お重をのせたキャリーカートの持ち手をひく。やっぱり試合ははじまっていて、応援の声が聞こえてくる。

 グラウンドが見えたとき、ちょうど空にボールが渡った。

 おっと、どうする?

 空の判断はパスだった。

 味方がトラップするところで敵にカットされた。残念。

 試合を眺めながらまた歩き出す。松本先生のいるベンチを目指す。

「おはようございます。どうですか、試合」

「試合は、いま負けてる。一点とられた。でも、まだ前半が半分以上残ってるから、あわてなくても大丈夫だ」

「負けてるんですか。早く一点とって安心させてもらいたいですね」

 わたしはベンチにすわってキャリーカートにつないだチェーンをベンチの背もたれの骨組みにつなぎかえる。

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