第4章 空の大会と、茜の絵画制作と、事件と美月

第23話 甘くて酸っぱくて、初恋の味がしちゃうんだからー。

 大会の次の試合は午後だという。わたしは一計を案じた。

 試合会場の学校は前回とちがう学校だった。またお母さんに車で送ってもらった。わたしが校庭についたときはちょうど試合がはじまるところだった。

「今日ははじめから見られます」

「曽根、大丈夫か?試合中に飛んでいくなんてことのないようにな」

「たぶん大丈夫です」

「まあ、すわれ」

 松本先生の勧めに従って、ベンチに腰かける。

「念のため」

 わたしは腰につながる巻き取り式の細いチェーンの先についた手錠をベンチの背もたれの骨組みに引っ掛けた。

「銭形のとっつぁんみたいだな」

「なんです?それ」

「いや、いいんだ」

 主審のホイッスルでキックオフ、試合が始まった。

 さっき校庭にきて選手たちを見るまで忘れていたのだけれど、雨の日の試合のときわたしに泥水をはねらかせてくれた学校が対戦相手だった。例の黄色のユニフォームのチームだ。これは気合いを入れてかからねば。わたしにできることはないけど。

 わたしにできることはなにもないと思ったけど、試合がはじまってみると、なにもできる必要はないことがわかった。相手チームはたいして強くなかった。ボールを支配している時間がうちのチームの方が圧倒的に長い。点を決められそうな決定的場面もない。

 前半だけで二点取って、選手たちがベンチに引きあげてきた。先生からの指示は、後半あと一点は取れというだけだった。

 わたしはキャリーカートにクーラーボックスを載せてもってきていた。差入れはおにぎりではない。おにぎり以外のものだって作れるところを見せつけてやる。誰に挑戦されたわけでもないのだけれど。自分の中の悪魔と戦っている感じ?

 クーラーボックスの中身はゼリー、はちみつレモン味。おあつらえ向きに今日は晴れていて暑い。バテ防止にいいはずだ。甘くて酸っぱくて、初恋の味がしちゃうんだからー。本当かどうか知らないけど。

 ハーフタイムのうちにみんなに配って食べてもらう。

「これ、端っこが凍ってる」

 声を聞きつけて見せてもらう。たしかに白く凍っているところがある。

「ありゃま、ごめん。ドライアイスがくっついてたんだね」

「いや、冷たいしシャクシャクしてうまいよ。大丈夫。ドライアイスまで食いたいくらいだ」

「おれも」

 みんなしておれも、とかいってる。

「食べらんないでしょーが」

 クーラーボックスに手をつっこんでドライアイスをつかもうとするバカモノにはゲンコツをおみました。

 男子はお調子者ばかりだ。

「でもさ、これアイスじゃないんだから、ドライアイスは大げさじゃないか?氷でいいだろ」

 空のツッコみは、いわれてみればゴモットモだった。お母さんに今朝わざわざスーパーでアイス買ってドライアイスを多めにせしめてきてもらったというのに。そんな必要はなかったのか。お母さんにはだまってよ。

 後半はさらに二点追加して完全勝利をおさめた。センターフォワードはひとりで三点いれてハットトリックを達成した。

「いやー、スッキリした。みんなのおかげだ。きっと、向こうはわたしに泥をはねらかしたことなんて気づきもしなかったろうけど」

 沈黙。みんなもそうだろうなと思っていたんだろう。


 着替えたあと、みんなでコンビニに行くというから、わたしも一緒に行くことにした。学校のまえの通りをすこし行った向かい側にある店だ。

 外で待っていろといわれて入口の横で待っていたら、空がバウムクウヘンとアイスコーヒーを買ってきてくれた。差入れのお礼らしい。

「えー、ありがとう。これお店の機械でいれるコーヒーだ。いろんなコンビニでやってるよね」

「そうだよ。けっこういけるんだ」

「わたしはじめてだよ」

「飲んでみ。下手な喫茶店よりうまいぞ。なんでみんなあの機械にしないのか不思議なくらい」

「へー。どれどれ」

 わたしの腰のウエイトは、チェーンでキャリーカートにつながっている。実はキャリーカートに載っているクーラーボックスの下にウエイトを仕込んであるのだ。たぶんこれなら、浮力が大きくなっても大丈夫。

 チェーンをうしろに払って、片手でバウムクウヘンをパクリ。しっとりしている。甘い。アイスコーヒーのストローをすする。

 なんの気なしにお店の入口を見ていた視界に注意を引くものがあった。きらりと光る。ナイフだ。

「空、ゆっくり後ろ振り返って。あれナイフだよ。コンビニ強盗だよ、きっと」

 ヘルメットをかぶった男が原付バイクを入口から少し離れたところに駐輪していた。座席の下のヘルメット入れからナイフを取り出すところが注意を引いたのだ。入口に向かって歩いてくる。

「一年、ボール」

 空の言葉に従って、一年生がボールを空の足元にセットした。空は歩いてくるヘルメット男を一瞥してから左足を踏み込んでボールを蹴った。次の瞬間、ボールはヘルメットにあたって跳ね返った。わたしたちの頭上を越えて、一年生がたむろしている奥の方に飛んでいく。一人の一年生がジャンプしてボールをキャッチした。

 男はボールが当たった衝撃でフラついたけど、すぐになにが起こったか気づいた。向かう先をわたしたちの方に変更したらしい。

 空はボールの行方に目もくれずに一年生に次のボールを用意させていた。こちらにやってくるとわかったときに蹴るモーションにはいった。ヘルメット男が二歩目をこちらに出すときにボールが腹に命中した。ボールがぽとりとアスファルトの地面に落ちて転がる。

 男は腰を折って、ナイフのないほうの手で腹を押さえる。きっとヘルメットで視界があまり効かないのだ。ボールがどこに飛んでくるかわからず、防御なんてできないし、不意に衝撃を受けた。心の準備ができていれば、すこしはちがったかもしれない。

 男の様子にはお構いなしに、空は次のボールを蹴る準備を整えた。

 痛がり方が尋常ではない気がする。もしかしたら股間にヒットしていたのかもしれない。

 男は店内を見て、腰を折ったまま原付バイクに乗って逃げていった。

 店員が騒動に気づいてコンビニからでてきた。

「大丈夫?いま警察呼んだけど。救急車は?」

「全員大丈夫です。原付のナンバー見ました」

 空は、ナンバーまで確認していた。ケータイのカメラで撮影していた子もいた。わたしは逃げていく男をぼーっと見ながら、ほっとしていただけだというのに。

 松本先生を電話で呼び戻して警察に対応してもらった。空は松本先生に付き添われてコンビニの事務室で警察に話を聞かれた。

 空が解放され、松本先生が全員に帰るように言って、解散になった。といっても部員は自転車を試合会場の学校に置いていたから、ゾロゾロと学校にもどっていった。

 わたしはお母さんに学校ではなくコンビニに迎えにきてもらって、車で帰った。松本先生は、このあと校長に報告するといっていた。

 コンビニ強盗未遂事件はテレビのニュースにもなったらしい。バイクは盗まれたもので、犯人の身元はわからなかった。防犯カメラの映像と、部員の誰かが撮った写真だけが手がかりで、犯人はつかまらずじまいになった。もしかしたら犯人は、ほかの事件を起こすかもしれない。

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