最終章 聖女覚醒編
第29話 木偶人形
「では、我らは退く。クロの生まれ変わりよ、お主がどこまで出来るのか、楽しみにしているぞ」
「ああ、任せろ。一ヶ月で必ず人間界をまとめてみせる」
「うむ」
魔族から解放されたクリスタ、ユカナと共に、魔王ラーニィーを見送る。
俺が目覚めた後すぐに、魔王ラーニィーは、人間界から退くよう全魔族、全魔物に指示を出した。
各地で暴れ回る魔族達は、これにより徐々に退いていくことだろう。
これでしばらくは、魔族に襲われるという脅威はなくなった。
「とすると、問題はあっちだな……」
王国の軍が森の木々を薙ぎ倒しながら、続々とこちらに向かって来ていた。
俺が意識を失っていた間の出来事をクリスタに聞くと、どうやら俺は、本当に魔王の右腕の生まれ変わりらしい。
魔王の右腕、クロという魔族が、俺の中にいるお陰で、俺は強力な闇属性の魔法を使用する事が出来ている。
魔王によると、俺の中でクロは生きているとのことで、いわゆる一心同体の存在だと言っていたらしい。
そして、もしもクロがいなくなれば、闇魔法――俺の力を制御するものがいなくなり、俺は暴走するだろうとも言っていたとクリスタが教えてくれる。
「成る程、クロは俺の力を抑制する役割も持ってるのか……」
「うん……私もクロさんは悪い人じゃないと思うよ。だってその気になれば、アル君の身体を乗っ取れちゃうと思うから」
「ボクもそう思います」
もう一人の俺――クロは相当な女たらし、いや好青年を演じていたらしい。
このそこそこ警戒心の強い二人が、ここまでクロに良い印象を抱いているという事は、まあ悪い奴じゃないんだろう。
実際、乗っ取られたのも今回が初めてだったし。
「そうだな。二人がそう言うんならそうなんだろう。あとは人間界を一ヶ月でなんとかしないとな」
「うん、みんなの魔族に対する思想も変えないとね……簡単にはいかないと思うけど、他にも同じ想いの人はきっといるはずだよ! だからそれまで、三人で一緒に頑張ろう!!」
「おう」
「はい! ボクも微力ながらお手伝いさせて頂きます!!」
前途多難な道のりだが、クリスタやユカナがいればきっと大丈夫。
【聖女】クリスタがいれば、力なんて無くても、その言葉だけで、人々の心を変えてくれる筈さ。
だって俺は、どんな時でもクリスタを信じているから。
「…………」
そのためには、まずはあいつらをなんとかしなければいけない。
ジュドー率いる王国軍は、もうすぐ側までやって来ていた。
◇◆◇◆◇
ジュドーの他に王国兵はいない。部下を置いて、一人だけでやってきたようだ。
ずいぶんと不用心な奴だ。それとも自分は襲われても、負ける事がないという傲りからなのかは分からない。
だが、チャンスには違いなかった。
「よう久しぶりだなジュドー」
「久しぶりだね黒騎士君」
「ジュドーさん……」
ユカナに気付いたジュドーが、分かりやすく目をパチクリとさせた。
「おや、ユカナさんはそっちにいるのかい。今ならこっちについてもいいけど、どうする?」
「お断りさせて頂きます。クリスタさんに変な薬を使った人なんて信用できませんから」
ユカナはクリスタの服の袖を掴みながら、ジュドーにあっかんべーとしてみせる。
「おやおや、僕も嫌われたもんだね」
ユカナの言う通りだ。ジュドーはクリスタに何か得体の知れない薬を飲ませたのだ。そのせいで、クリスタは力を失った。
「ジュドー。お前はクリスタになんの薬を飲ませたんだ?」
「ん? ああ言ってなかったっけ。聖者様に飲ませた薬は、聖女の持つ力を最大限引き出すものだったんだ。力が使えなくなったのは少し副作用が出ただけ。僕の予定では、王宮にある研究所でゆっくり調整する手筈だったんだけど……君が渡してくれないから」
やれやれとでもいうように、ジュドーは肩をすくめてみせた。
ふざけてやがる。クリスタをお前みたいな奴に渡したらどうなるか、想像もしたくねぇ。
「だったらなぜ俺も追放した? 俺がクリスタを守ろうとするなんて、分かりきっていたことだろう? それならお互いをバラバラにした方が、お前にとって得策だった筈だ」
「聖者様だけを追放するのはおかしいじゃないか。それに君は元々どこかで消す予定だった。だって魔王の右腕の生まれ変わりかもしれないんだよ? すなわち君は人類の敵だ。そんな奴を信用しろって? それこそ無理だよ」
こいつ、今なんて言った? 魔王の右腕の生まれ変わりだと?
「俺が魔族の生まれ変わりだと知っていたのか?」
「まさかっ。君の力を見てそうかなーと思っていただけで、確信はなかったよ」
「…………」
「まあでも、その様子だと実際生まれ変わりだったんだろ? それなら君とはここで決着をつけちゃおうか。魔族の生まれ変わりに捕まった元勇者メンバーを助けた大賢者として、名を残すためにね」
ジュドーが杖を抜き、俺に向けて構える。
「どこまでもふざけた野郎だ。だが望む所だ」
褒め言葉かな? と彼は軽快に笑ってみせた。
「そうそうアルベルト君、安心しな。君が負けても魔法で制約をしてあるから僕はクリスタちゃんに悪戯を出来ないし、それにクリスタちゃんを狙う他国の王族とか、偉い人たちはみんな殺しておいたから。僕に感謝してよね」
「は?」
俺も含め、クリスタもユカナも、ジュドーの言っている事がよく分からなかった。
「ケンジ・ハザマは本当に使い勝手がいい。富、権力、女を与えてやればなんだって言うことを聞いてくれるんだから」
「お前、まさか勇者を使って――」
「そうさ、今回の侵攻騒ぎに乗じて、勇者を刺客として各地に送り込んだのさ。まあ勇者は一人しかいないから時間はかかったけど、彼の転移能力が有ればあまり問題はなかったみたいだね」
「そんな……」
クリスタが、がくりと膝を落とす。
他国は現在、指導者も国をまとめる事が出来る者もいない状態。つまり、そんな日が長く続けば国は間違いなく滅んでしまう。
今すぐにでも、人望の厚い誰かが国に行って、国を纏めなければいけないのだ。
ジュドーはそんな事、まるで気にも止めていない様子で話を続ける。
「強いて言うなら、今、女に夢中になっていて、到着が遅れてるんだけど……」
ジュドーがチラッと腕時計をみる。
その瞬間、俺たち三人を囲むように、結界が発動した。
「「「――ッ!?」」」
「それにねアルベルト君。君の相手は、僕じゃないッ! 君の相手をするのは君が殺した元英雄、そして今は、僕の操り人形のフィリックス君さ!!」
そして結界内に、フィリックスの姿をした聖騎士が現れる。どうやらジュドーは、前もって転送の準備をしていたようだ。
さっきの会話は時間稼ぎだったらしい。
「ジュドー……お前フィリックスの死体をなんだと思ってる!?」
いくらフィリックスの死体だからと言って、死者を冒涜するジュドーは許せなかった。
「何って? 良い素材だよ。あぁ、君も死んだら再利用してあげるから安心してくれ」
「くそ野郎が……」
俺とクリスタの故郷で暴れ、沢山の罪のない人の命を奪い、俺に殺された【聖騎士】フィリックスが姿を現す。
俺たちをここに縫いとめる為、そして俺をこの場で葬り去るために造られた刺客。
ジュドーの命令に盲目的に従うだけの木偶人形だ。
「フィリックスさん……」
「ジュドーさん……フィリックスさんになんて事を……」
フィリックスは、ゆったりとした足取りでこちらに近づき、聖剣デュランダルを抜いた。
「さ、アルベルト君。彼との遊戯を楽しんでくれよ」
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