第9話 フィリックス戦
「お前にだけは会いたくなかったんだけどな、【聖騎士】」
罪のない村人を殺めた、男は【聖騎士】フィリックスだった。
フィリックスは罪のない村人をたった今、焼き殺したというのに堂々としている。まるで罪の意識なんて微塵もないような……そんなフィリックスの姿にクリスタが怯える。
こいつは人の命をなんだと思っているんだ!
「フィリックス……お前。いま、自分が何してるのか分かってるのか!!」
「なにって処刑だろ? 国の反逆者を匿った罪で。全員殺せって王様から命令を受けてるんだ、邪魔するなよ」
「お前。ふざけてるのか? 罪のない人々を本気で皆殺しにするつもりか!」
「命令だからなぁー」
そんな満面の笑みで言う事じゃないだろ。
絶対自分がやりたいから、国王に言って口実を与えてもらっただけの筈だ。
くそ国王! くそゴミ共!!
「……村は俺が守る!」
俺はフィリックスへと歩み寄り、顔を思いっきり近づけ、胸倉を掴み言ってやった。
掴んでいた手を離し、フィリックスは少しよろける。
「はっ、自分を卑下してきた奴らの事を守るっていうのかよ。 笑わせんな、偽善にも程があるぞ」
確かに俺はぞんざいに扱われてきた。だけど……。
「ここは俺が生まれ育った村! そしてクリスタの故郷でもある。守るべき理由は、それだけで十分だ」
俺が思ってた以上の声が出ていたらしく、周りの兵士達だけではなく、近くにいた村人達も動きを止める。
「なんだ? 暫く見ない間に随分と威勢がよくなった様だな」
「おかげさまでな」
俺は刀身を黒く染めた、腰の黒剣を引き抜き前方に構えた。
これだけで奴には伝わるだろう。俺が本気だということが。
「ふん、いいだろう黒騎士。受けてたとう」
フィリックスが、部下達に下がるよう命じる。部下の一人……恐らく副官らしき人物がフィリックスに言い寄る。
「我々も主様と戦わせて下さい。あのような、邪悪な者を主様には近づけさせはしません」
言ってくれるな中年じじぃ。
「抜かせ。お前達はアイツの事を舐めすぎだ。力を失った聖女ならまだしも……アイツは腐っても元勇者パーティーの一人。そして魔王の右腕とも言われた魔族の称号を持っている男だ。お前らごときでは数分も持つまい」
言い負かされた副官は、渋々命令を下し、兵士達をその場から遠ざけた。
「さぁ、これでこころ置きなく戦えるな」
フィリックスが上着を脱いだ。彼もやる気満々の様だ。俺もクリスタとクリスタの叔父を避難させる。クリスタに支えられて歩く叔父は、なんとも言えない顔をしていた。
「先に言っておくぜ。俺が倒されたら、アイツらには撤退するよう言ってある。無駄に兵を削がれるのも嫌だしな。だが、俺に負けたらどうなるか分かってるよなぁ〜?」
俺を含めたクリスタ以外の者、全員が殺されるのだろう。
「覚悟はしてるさ」
「なら、いい。後で泣きつかれても嫌だからな」
「さっさと始めよう。どうせ援軍が来るまでの時間稼ぎのつもりなんだろう」
こいつが饒舌なんて、普段の姿を見ていればありえない事だから……恐らく俺達を徹底的に包囲しようというジュドーの策略だろう。
頭の悪いフィリックスでは考えられない作戦だから、裏にあいつがいるに決まっている。
「フィリックス程度で足止め出来ると思うなよ」
「あぁ? 今何か言ったか?」
「言ってない、ぞ!!」
俺はノーガードのフィリックスに飛びついた。少し卑怯かもしれないが、後に大軍が来ているとすればここで時間を掛けるわけにはいかない。
「くそぅうー! この魔族がぁぁぁ!」
「誰が魔族だってぇぇぇ!!」
聖騎士の聖剣デュランダルと黒騎士の黒剣ティルフィングがぶつかり合う。
両者の剣の性能は同等。あとは、使用者達の技量次第だ。
重なり合う刃、少し俺の方が押されている。さすが聖騎士なだけある。相性的には聖属性のフィリックスの方が多少有利だが……俺のジョブは魔王軍側のものだ。勇者達を倒す力が備わっているんだよ!!
「ダークホース!!」
フィリックスの地面が黒に染まる。そしてそのままフィリックスを呑み込もうとする。
「なんの!」
フィリックスは大きく跳び、ダークホースの範囲から逃れる。それくらいは想定済みだ。
「馬鹿が」
こいつの動きは、単純明快で予測するのがアホなくらい分かりやすい。俺がそこに罠を一つ設置しておけばすぐに引っかかる奴だ。
「な、これは!」
奴が着地した場所には……俺の影が存在していた。そして、俺の影が動きフィリックスの影と結合する。
「う、動けん。卑怯者! 正々堂々、剣で戦おうとは思わないのか!!」
「俺がいつ、剣で勝負するといった? さぁ罪を精算する時間だ」
奴の身体は完全に縫いつけた。俺が解除するまで自由には動けまい。
ゆっくりと歩み寄り、フィリックスの首に剣を押しあてる。
「時間があれば、じっくり痛めつけてやりたいところだが……仕方がない。 さよならだ!」
ティルフィングを振りかざす。フィリックスの頭をかち割る刹那、俺はすんでの所で剣を止めた。
いや、止めるしか無かった。
「この女を傷付けられたくなかったら、フィリックス様を解放しろ」
ブルブル震えるクリスタの腰を抱き、首に短刀をあてている副官が目に入ったからだ。
そばには、何も出来ずただ座り込んでいる叔父の姿が目に入った。
ふざけやがって、戦えないクリスタを人質にとるなんて……それにクソ叔父。自分の姪くらい死ぬ気で守ろうと思わなかったのかよ。
「そこの副官。聖女を傷つける事がどういう事か分かっているのか?」
「もう聖女ではなくなった者だ。少しくらいは許してもらえよう」
そうか……お前も勇者共と考えは一緒か。
「さぁ、さっさとフィリックス様を解放しろ!!」
俺は剣の矛先を副官に向けた。こいつから先に殺してやる。
ブシュ! ドボドボ。
「えっ?」
急に激痛が走った。脇腹に手をあてると、ドロっとした俺の血液が服を真っ赤に染めていた。
そして、俺の腹部には聖剣デュランダルが深々と突き刺さっていた。
「うそ……アル君! アル君!」
遠くでクリスタの声が聞こえた。
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