第10話 フィリックス戦決着……そして

「ははっ、やったぞ。魔族に聖剣を突き刺してやった」


 フィリックスは乾いた笑い声を上げた。どくどくと自分の血液が身体の外へと溢れ出るのを感じる。


「ーーーーっの野郎!!」


 ティルフィングをもう一度強く握りしめ、フィリックスに向かって刃を下ろす。


「やめろぅぅぅーー!」


 副官が叫ぶ。冷静さは保っているのか、クリスタを己の腕からは手放さない。


 右肩から滑り込むように切り裂き、血飛沫が舞う。俺の顔半分が血に染まり、そのまま俺にしがみつくような形でフィリックスは崩れ落ちた。


 斜めに切り落とされたフィリックスの胴体が地面に転がる。


「はっ、そこでくたばってろこのクズ野郎が! はぁはぁ、ごふっ。げほっ」


 納得のいかない幕切れだったが、俺も限界が近かった。いくら俺の体が頑丈でも聖剣に突き刺されては元も子もない。俺の体は聖属性にとことん弱い。暫くは再生もままならないだろう。


 これが魔族に近しい体質を帯びた俺の宿命だ。

 

 傷口を見る。再生は始まっていない。普段なら放っておいても治る怪我も、聖剣に貫かれた事によって再生を遮断されている。


 無理矢理からだを動かし、俺の呪縛から逃れたフィリックスの腕は今も聖剣を持ったまま俺を貫いていた。


 なんつう信念だ。こいつ、ここまでする奴だったか? 身の危険を感じたら真っ先に自分の保身に走る……そんな奴だったと記憶しているんだが。


 俺の予定では醜く命乞いを始め、自分の部下達に醜態を晒した後殺す筈だった。少し予定が狂ったが、今を乗りきるには仕方のない事だった。


 全身が燃えるように熱い。俺の体にとって聖剣は毒のようなものだ。


「ぐっっ、ひとまずこれを抜かねえと」


 俺はフィリックスの指を一本一本外し、握りしめていた剣を腕から離す。そして、脇腹に突き刺さっている聖剣デュランダルの持ち手に触れ、引き抜こうと試みる。


「うぁっ!」


 デュランダルに触れた瞬間情けない声を上げてしまった。


「……手が……溶けた」


 俺の左手の掌がシュウシュウと音を立てて悲鳴を上げていた。


「俺には……抜けねぇ」


 己が辿る最悪の事態を頭の中で想像し、悪寒が走った。


「あはははははははっ! いいざまですね。フィリックスの剣はフィリックス以外の者が触れる事を許しません。ここで貴方は死ぬんですよ」


 人が変わったように笑い出した副官に疑念を持つ。口調も先程と少し変わったような気もする。


 クリスタが何かに気付いたように怯え始める。


「はぁはぁ、フィリックスは殺した。さっさと退けーー!」


 だが、誰一人としてその場から離れようとする者はいない。


 どういう事だ? 撤退するようにあいつが言っていたんじゃ……。


「無駄だよ。そいつらみんな洗脳済み」


 副官が喋る。しゃがれた低音の声ではない。若い青年の声だ。


 副官の姿が変わる。ゆらゆらと形を変えながら、頭に魔法使いのとがった帽子のシルエットが浮かび上がる。


 やがて声も体も完全に変わり、左手に杖を持ち、丸メガネをかけた一人の青年が姿を現した。


 その青年の名を俺は無意識の内に口に出す。


「……ジュドー」


「やぁ、王都ぶりだね。黒騎士君」


 俺とジュドーは、パーティーを離れてから二度目の邂逅を果たした。


◇◇◇


「くそ……魔法で変身していたのか……」


 俺は立っていられなくなり、地面に片膝をつく。


「アル君……いやっ、やめて!」


 ジュドーがクリスタを抱き寄せ、その首元にナイフをちらつかせる。


「やっ……めろ」


「そこから一歩でも動いたら、彼女の首元を切る。安心してくれ後でしっかり治療するし、特製の毒を塗っているからすっごく苦しい思いをすると思うけど死ぬ事はないからさ」


 ピタピタと剣の腹をクリスタの首に当てる。


「ひっ! い、いやぁ。やめ……」


「クリスタちゃんは、自分のナイト様が醜く死んで逝くまでいい子にしててね」


 チュッとクリスタの額に口づけをした。


 今すぐ行って、ジュドーの奴をぶん殴りたい。しかし、剣を抜かない分にはまともに動く事も出来ない。


 周りは沢山の兵士に囲まれていて、大魔導師ジュドーもいる。簡単には逃げられない。


 どうする? 考えろ、考えるんだ!


 俺が考えている間にも、俺の身体はどんどん弱り果てて行く。


「みんな包囲を崩さないでね。あと少しでさらに援軍が来るから、そしたらもう完全に彼は逃げきれない」


 洗脳された兵士達は、ジュドーの命令を聞き誰一人として俺に襲い掛かろうとする者はいない。


 これじゃあ包囲を崩す事なんて不可能だ。


 時間だけが虚しく過ぎて行く。


 その中で一人の少女が声を上げる。クリスタだ。


「ジュドー君。お願い……私はどうなってもいいから彼は……アル君は逃がしてあげて。貴方達の目的は私でしょ?」


 クリスタが声を振り絞る。


「それもいいんだけど……今ここで彼を見逃したら絶対厄介な事になるって僕の勘が言ってるんだよね。だからごめんね、その願いは聞けないや」


「そん……な」


 クリスタがうなだれる。俺は既に意識が飛びかけていた。


 兵士達を洗脳しているジュドーだけでもなんとか出来れば突破口を開けるのに……くそ! 俺はここまでなのか、あんなに俺の事を気にしてくれる幼馴染に何も恩を返せないっていうのか。


 俺は拳を地面に叩きつける。地面は軽く陥没しただけだった。


 その時。


「「「「ぉおおおおおおおおーー!!!」」」」


 叫び声が聞こえてきた。一瞬、援軍にきた兵士たちのものだと思った。だけど違った。


 桑をもった老人、鎌を手に持った女性、刀をもった男性、カゴいっぱいに粉を詰め込み抱えている子供達だった。


「お前、はっっなっせ!!」


 そして、必死になってジュドーにしがみつく叔父の姿が映った。


「アルベルト君。すまなかった君の事をどうやら勘違いしていたようだ。姪を……クリスタをどうか頼む!!」


 振り払おうとするジュドーになおも強くしがみつく、他の村人達も加勢に来た。


「お前たち! 殺せ! 皆殺しだ!!」


 ジュドーの命令により、先程まで殆ど抵抗なく村人の攻撃を受けていた兵士達はジュドーの命令により剣を抜き襲い掛かる。


 村人達と兵士達の激しい戦闘がはじまった。


 激しい戦闘の間を右に左に体を捩らせ潜り抜け、俺はクリスタを元へと辿り着き彼女に支えられながら民家の影に隠れる。


 いそげ、いそげ! ジュドーが本気になったら村人達はすぐ全滅だ。


「げほっ、ごぼっ」


「アル君!!」


「俺の事なら心配するな……くそ、これさえ抜ければ」


 今も深々とデュランダルは突き刺さっている。


「……私が抜いてみる」


「えっ?」


「聖女であった私なら聖剣に触れられるかもしれない」


「でも今のお前は聖女じゃ……」


 俺の言葉はクリスタによって途中で遮られた。


「これにはアル君の命がかかってるの! 私だってアル君の助けになりたい!!」


「クリスタ………………分かった。頼めるか?」


「うん。もちろん」


 クリスタがデュランダルの柄に触れる。


「うぁぁぁぁぁぁ」


 聖剣がクリスタの手を溶かす。だが、俺よりは酷くない。俺は握った瞬間皮膚の半分以上が溶けたが、クリスタは表面が少し爛れただけだ。


 だけどその苦痛は痛みは計り知れない。


「やっぱり、やめた方が……」


「アル君は黙ってて!!」


 今度はしっかり柄を握りしめ引き抜きにかかる。


「うぁあぁーーー」


 クリスタの手から嫌な匂いが立ち込める。聖剣が皮膚を溶かしているのだ。


「……クリスタ」


「まだ……あともうちょっと。うぅ、くぅ」


 俺の身体から聖剣がずるっずるっと少しずつ外へと引き出されていく。


 それに伴い俺にも激痛が走る。


「ぐぅぅぅうぅ」


 こんな痛み……クリスタが味わった恐怖や痛みに比べてればどうって事ない。


 時間は掛かったが、クリスタは俺の身体から聖剣を引き抜いた。


「はぁはぁ」


「はぁはぁ」


 お互いの息は荒かった。俺は彼女の手を見た、彼女の掌はボロボロになっており、所々骨も剥き出しになっていた。


「ごめん。ごめんなクリスタ」


「アル君が謝る事じゃないよ」


「これ使え。少しはマシになる。後でしっかり医者に診てもらうぞ」


「うん。ありがとうアル君。そして行ってらっしゃい」


「あぁ、行ってくる」


 俺はクリスタに上級回復薬を渡し、少しだけ、ほんの少しだけお互いの唇と唇と合わせた。彼女の唇はほんのり甘かった。


 唇を離した後、クリスタの顔は真っ赤になっていた。たぶん俺も。


 そして俺はこの状況を創り出した元凶ジュドー・アルカナムの元へと向かった。


 ここで終わらせると決意を胸に。

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