第11話 決着
「くそ、僕に触れるな。この下民どもぉぉー!」
荒れ狂うジュドーの元に、村でも屈指の力自慢三人がジュドーをおさえつけ、取っ組み合いになっていった。
ジュドーが杖を持って詠唱したらそれだけで地形が変わるほど強力だ。だがこいつには一つ欠点があった。
「相変わらず近接戦闘は得意じゃないようだな」
身体中に傷がないところが無い、満身創痍な状態になりながらも脇腹を抑え、なんとかジュドーの元へと向かう。
「死に損ないが! くそお前らアイツをやれ!」
手の動きを封じられているジュドーは口を動かす。近くにいた兵士達が一斉に向かってくる。
ジュドーを解放する為に何人かの兵士が向かい、それを他の住民が阻む。それが村のあちこちで起きていた。
まともに戦えば負けるのは村人達だ。だけどここまで対等に戦えているのは、一重に兵士達が理性を失っているからだ。
これだけの人数を洗脳し操っているのだ、元々の技量が高い兵士もただの木偶の坊と化す。人数を絞れば技量を維持したまま動かす事が出来るが、あいつは質より数を優先するやつだ。
一人でも多くの人間が自分の手元にいることで安心感を得ている。そんな奴が今更、洗脳を解いて少数精鋭を選択する筈がない。
「どけ! 邪魔だ!!」
黒剣で近づいてくる兵士達をなぎ払う。この人たちはジュドーによって操られているだけだ。俺はともかく洗脳されてなければ村人まで殺そうとは考えていない筈だ。
出来るだけ命を奪わないよう急所だけは避けて攻撃する。腱を狙い機動力を奪う、それでもなお向かって来るものは腕を斬り落とした。頭上に二人の兵士が同時に斬りかかってくる。
「くっっ!」
咄嗟に黒剣で防ぎ、そのまま力任せに押し返す。
「ぐぁっ!」
「おぐっ!」
倒れ込んだ兵士たちの顔面に蹴りをたたき込む。
「ぶふぅ!」
鼻や口から血液を垂れ流して気を失う。今の蹴りで聖剣が抜けた事によって再生しかかっていた脇腹の傷がまた開いてしまった。腹部は触らなくても分かる程熱を帯びていた。
「ちっっ!」
痛みを堪え前へと進む。ジュドーはもう目と鼻の先だ。
「くそっ、『爆ぜろ』!」
ジュドーが魔法を唱えた。普通は長い魔力チャージと詠唱が必要だが、奴は腐ってるがそれでも大魔導師と呼ばれている人間だ。ほとんど無詠唱で魔法を放つ事が出来る。
パーティーで旅をしていた頃は俺もよく助けられた。
その魔法は杖を媒介とせず、自らを媒体とした魔法だ。一定範囲を爆発させる強力な魔法だが……自らを媒体とする為、その魔法は自分の身にもふりかかる。
奴の周囲に群がっていた村人はもちろん、味方である兵士達まで巻き込んでいた。
先程まで戦っていた三人の村人は、身体が爆発によって粉砕され肉片となっていた。それは兵士達も同じだった。
「はぁっ、はぁっ。くそ、僕にこの技を使わせやがって」
爆発を起こした張本人であるジュドーは、服が少し焼け焦げただけでほとんどダメージはなかった。
これは服の素材が魔法を軽減するものであるから出来た荒技であろう。普通の人が同じことをすれば、体の部位が欠損する事はおろか、死ぬ場合だってある。
そうまでしなければいけないほど、彼は焦っていた。
「どいつもこいつも何で僕の思い通りにいかない! フィリックスだってそうだ。死ぬならもっと時間を稼いで死ねばよかったのに」
胴体を斜めに切断され、亡骸となったフィリックスの遺体を足で蹴り上げる。
「ふざけた野郎だな。部下のミスは上官の失態だろ?」
正確にいえばフィリックスはジュドーの部下でもなんでもないんだが。
すでに俺の周囲は足や腕を斬られ、動けなくなっている兵士達が転がっていた。全員命に別状はない。
村人達も救えるだけ救った。中には間に合わず爆発で死んだ者や斬り殺されたものがいたが。
クリスタの叔父も爆発に巻き込まれた一人だ。
ジュドーは転がっている兵士達を見つめ役立たずと呟く。
そして、爆発させた時に浴びた返り血に染まった朱色の髪をかきあげる。
「たった一人でここまでやってくれるとはね黒騎士君。どうだい大人しく聖女を渡せば僕が勇者を説得して宮廷騎士団にでもしてあげるよ。クリスタちゃんと一緒にいられるようにもしてあげるし」
いい話じゃないかと持ちかけてくる。
この後に及んで何を言ってやがる。さっきまで俺を殺そうと必死になってたくせに。
「そんな事を信じると思うか? それに俺一人の力じゃない、みんなの……村人達の力があったからこそここまで戦えた」
俺は戦いの行方を見守る村人達を見渡す。子供も大人もみんな等しく傷だらけだ。それが村人の絆、団結力を物語っている。
「…………やるのかこの距離で?」
すでにジュドーは俺の間合いに入っている。奴が魔法を放つより速く動ける自信はある。だが万が一の事があったら最悪、相討ちに持ち込む覚悟だ。
ジュドーは一言も発さない。遠距離戦闘を好むジュドーにとって、これほど不利な状況はない。なにせ、互いの息が聞こえる距離なのだから一度下がって距離を置くこともできない。下手に動いて隙を見せれば斬られると、その聡い頭で理解しているのだから。
馬の足音がすぐそこまで迫ってきている、ジュドーの直属の配下である魔導士達の魔力反応もある。
今、ここで倒れているのはあくまでフィリクスの部下。今向かって来ているのがジュドーの部下だ。
俺はジュドーの言葉を待つ。彼の言葉次第でここはまた戦場に変わる。そうなれば村人どころか俺とクリスタも生き残れるか分からない。
彼が杖を高らかに上げた。固唾を呑んで見守るクリスタ。俺はティルフィングを握り直す。
魔法を放つーーーーかに思われたジュドーは手を上げたまま静止し、杖を離した。
「降参だよ、降参。今回は引き分けとしよう」
両手を上げ、降参の姿勢を示す。だが警戒は怠らない。
「随分簡単に引き下がるんだな。正直どちらかが死ぬまで殺し合うと思ってたぜ」
心外だとばかりにジュドーが首を横に振る。
「僕をフィリックスのような野蛮人と一緒にしないでくれ。魔族との大戦に向けてこれ以上兵力を消費したくないだけだよ」
命の危機に瀕した事で逆に冷静さを取り戻したようだ。
「どうせ君は参加してくれないんだろう。だったら君も僕を殺そうなんて思わない事だね。僕がいなくなればそれだけ多くの命が失われる事になる」
ジュドーの言っている事はもっともだ。英雄に数えられる大魔導師は今現在一人しか存在しない。彼がいなくなれば、その穴を埋める者はおらず人類の存続は一歩遠のく。
「…………俺はもう英雄の一人を殺しちまった。だから最悪の場合は手を貸す、だから約束しろクリスタには手を出すなと」
分かったよと大袈裟な身振りで頷く。
「ジュドー・アルカナムの名に誓おう。戦いが終わるその時まで僕はクリスタ・ラキュアリには手を出さないと」
魔法で契約を結ぶ。自分の名に誓う誓約はとても強力なものだ。ジュドーでも簡単には破れない。
ジュドーの脇に転がっている英雄の死体を見る。
フィリックスは死んだ。俺が殺した。その事実はもう変えようがない。魔族から人々を守る聖なる騎士。英傑の一人はもういない。
たとえクズであったとしてもそれは人間側の貴重な戦力であった事には変わりない。
その事実が重くのしかかる。
ジュドーの部下達は村の手前で止まっている。進軍するのを連絡用の魔術具を使って止めてくれたようだ。
「そこの英雄君の死体と聖剣はもらっていくよ。木偶人形に作り替えて聖騎士様は生きている事を民衆にアピールしないとね」
ジュドーという存在はどこまでも酷薄で、どこまでも死というものに短絡的だった。
魔法で切断された死体を浮かせ、鼻歌を歌い、聖剣と死体をプカプカ浮遊させながら部下達の元へ向かう。
そんなジュドーに一声かける。これは言伝であり俺からの警告だ。
「ケンジ・ハザマに二度と俺たちに関わるなと伝えてくれ」
今回の騒動の発端。異世界から来た勇者に向けたものだった。
それを聞いたジュドーはニッコリと笑って返答する。
「あぁ間違いなく伝えよう。僕からも一つ忠告だ。聖女の力は魔族の天敵だ。これからも様々な者達から狙われる事になるだろう。国は一つじゃない、無数にあるのだから」
どこの国も自分たちの事しか考えていないけどねと弾けるような笑顔でのたまう。
王国、帝国、神聖国、公国、共和国。この世界はこの五つの国で築かれている。力を失ったクリスにどんな価値があるのかは教えてくれなかった。
でも彼等は薬を使いクリスの力を失わせた。その事にどんな意味があるのかは分からない。でも俺がこれからもクリスを守っていく事だけは確かだ。
子供の頃に散々助けられた借りを返す時がやってきたのだ。
ジュドーはこうも言った。人類が危機に瀕した時、王国から僕以外の者が必ずクリスタの元へ向かうと。これなら誓約には反していないと。
それだけ言うとジュドーは馬に乗り、大軍を引き連れ王都に帰っていった。
俺は絶えず血を垂れ流している事も忘れて、その場に立ちすくんでいた。
彼女が……クリスが後ろから抱きついてくるまで。
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