第12話 キス

「アル君! アル君!? よかったぁ、アル君がぶじぃでぇー。うわぁーーん!!」


 泣きじゃくるクリスの頭を優しく撫でてやる。


「泣くなよ。子供じゃあるまいし」


「だってぇ〜〜、だってぇぇーーー!」


 尚も泣きじゃくるクリスの涙で俺の服はびっしょりになっていき、強く掴んでいる部分がよれよれになっていく。


 その姿をみたら咄嗟にクリスを抱き締めていた。


「ふえっ? アルくん?」


 背中に手を回し少し強引に抱き締める。クリスは嫌がる素振りはなく、だけど、少し躊躇いがちに俺の背中に手を回してくる。


「もう少しだけ……もう少しだけこのままでいさせてくれ」

「……うん、分かった」


 不思議と抱擁しあってから聖剣に貫かれた傷口から痛みが消えていた。痛みを感じなくなるのは危険だ……でも不安は感じなかった。お互いの体温が直に伝わりなんだか心まで暖かくなってきた気がした。


 今はこの時間が永久に続けばいい。それだけを願った。


 でもいつかは離さなくてはならない。


 やがて、お互い示し合わせたわけではないがゆっくりと背中に回した手を腰へと下ろす。


 そしてお互いの腰に手を添えた状態で向き合う。こうしてみると俺とクリスの背はそう変わらない。昔は俺の方が小さかったが今ではクリスより少し大きいくらいまで成長した。


 すぐ目の前にはクリスの顔があり、瑞々しく形の良い唇が俺を魅了した。


 こうしてクリスの顔を見てみると、宝石のように美しい藍色の瞳にスッと通った鼻筋、くびれた腰に全体的にスレンダーだが出ている所はしっかり出ており、自然と俺の視線はその豊満な果実を実らせている胸元へと移ってしまう。改めて幼馴染が端正な顔立ちをしている事実に息を呑む。


 彼女の肩から腰にかけて伸びた青銀色の髪が風でなびく。


 俺は彼女に見惚れていた。


 それを自覚した俺が視線をサッと逸らすのとクリスがサッと視線を逸らすのはほぼ同時だった。


 クリスを見ていると顔が赤くなり、まともに顔を直視出来なかった。


 それは彼女も同じらしい。耳まで真っ赤になっていた。


 自分だけではなかった事に少し安堵し、彼女に向き直りいつもの調子で彼女の名前を呼ぶ。


「……クリス」


「……アル君」


 彼女が俺に向き直る。そして視線だけで意思を交わす。


「して……いいか?」


 言葉には出さない。でも今度はちゃんと確認をとる。お互いの想いの答え合わせをするかのように。


 少し怖かった。でも彼女から帰ってきた言葉に安堵した。


「うん……いいよ」


 クリスが目を瞑り、俺はゆっくりと顔を近づける。そして俺もまた目を瞑りながら彼女の右頬に手を添え彼女の唇に自分の唇を重ねる。


 時間にして約十五秒、熱いキスを交わした。人生で最も長い十五秒だった。そして限界がきて唇を離す。お互いの息は上がっていた。クリスは高揚し「はぁはぁ」と肩で呼吸をしていた。


 そんなクリスを見ていたら息が整っていないままもう一度口づけをしてしまった。


「――まっ……アルくん……んっっ!」


 クリスが可愛らしい嬌声をあげる。すでにここは二人だけの空間になっていた。


 俺は息を整えようと一旦離そうとする。そこでクリスが両手で俺の顔をおさえてきた。


「――!!」


 俺には抵抗する力はなかった。


 そして俺の限界をしっかり見極めたクリスが絶妙なタイミングで解放してくれる。


「はぁはぁ。キスで死ぬかと思った」


「これは強引にした仕返しだよ。はぁーはぁっー」


 お互い息は荒かった。そして今度はクリスの方から口づけてきた。さっきまでとは違い、舌を使った濃厚なキスだった。


「んっっ、ん、んん」


 舌でお互いの唾液が絡み合っていて、初めてとは思えない中々のテクだった。暫く俺はクリスが飽きるまでそれに付き合っていた。完全に二人だけの空間に出来上がった頃、てくてくとこちらに歩み寄る人物が視界の端に映った。


 (誰だ?)


 そして視界の端からその人物は口を開いた。


「パパ? ママ?」


 幼い少女の声だった。


 これには俺とクリスも驚き、お互いむせてしまう。


「げほっ、げほっ。えっ! 何だって?!」


 そこには教会で保護してから今の今まで眠っていた錆色の髪の少女が立っていた。


 もう一度、今度ははっきりと口にする。


「パパ! ママ!!」


 そして少女は俺とクリスの元へと飛び込んできた。

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