第31話 ユカナとリュカ

 アルベルトとクリスタから、一人離れたユカナは、暗殺者リュカの元へ、てくてくと向かっていた。



「はぁ……」



 こちらを全く警戒せず、無邪気に寄ってくるユカナを見たリュカは、深い溜息をつく。


「リュカさーん!!」


「……ユカナちゃん」


 抱きついて来ようとするリュカを手で制す。そして、無言で二対についの短刀を取り出すと、ユカナに突きつけた。


「リュカさん……?」


「…………」


 ユカナは可愛らしく首を傾げて見せる。その様子に、リュカは短刀を仕舞うと、再び溜息をついた。


「はぁ、ユカナちゃんは本当に……あーしが本当に刺そうとしたらどうしたん?」


「ボクは、リュカさんが刺さないって信じてましたから」


「――〜ッ!? ま、そういう所にも惚れたんだけどさ」


「え? 今なんて?」


「なんでもない」


「なんでもないわけが――っ!?」


 その時、ユカナの後ろで大きな光の柱が立つ。ちょうど、クリスタとアルベルトがいた辺りからだった。


 それが何か、ユカナはすぐに気づいた。


(――この光はクリスタさんの!! クリスタさん、力が戻ったんですね!)


 クリスタの力が復活したことに、ユカナは素直に喜ぶ。

 しかし彼女は知らない。向こうで何があったのか、どういう経緯で、彼女の力が今、覚醒したのかを。


「リュカさんも一緒に行きましょう! アルベルトさん達を助けましょ!!」


「あーしは行かないよ」


「え、どうしてですか?」


「あーしには、あーしのやる事があるから」


 リュカはくるりと反転すると、アルベルト達がいる方とは反対方向に歩き出す。


「あ、ちょっと、待って下さい!」


 ユカナも慌ててその後を追った。


◇◆◇◆◇


 少し歩いた所に、掘っ立て小屋があり、中に入ると、魔族に襲われ怪我を負った市民が寝かされていた。

 その半数以上は子供だった。


 その中で、一際重傷の少女をリュカが運んでくる。


「その子は……」


 片足が欠損していた。魔族にやられたものだろう。応急処置で血は止まっているが、見ていて痛々しいものだった。


「あーしは魔法が使えないから、ユカナっちが治してくんない? やっぱり子供は見過ごせなくて……」


「……リュカさんはやっぱり優しいですよ」


 聖女クリスタ程ではないが、賢者ユカナは、回復魔法にも精通していた。いわゆる万能型である。


 欠損を元通りにする事までは出来ないが、痛みを取り除き、傷を癒すことくらいは出来る。


 少女を治療しながら、ユカナはリュカの話に耳を傾ける。


「いや、あーしは優しくないよ。あーしは命令されたらなんだってやる。それが頭領でもジュドーでも同じさ。頭領の時と同じように、奴に上手く利用されて、各国の要人を殺しまくったんだから」


 リュカの指す頭領とは、リュカが勇者パーティーメンバーに選ばれる前に所属していた組織のトップの事だ。


 彼もまた、ジュドーに利用された一人だった。


「それは勇者がやったのでは?」


 各国の要人を全て殺した事は、ジュドーから聞いていた。だが、彼はやったのは全て勇者だと言っていた。


 しかし実際は少し違った。リュカも要人殺しに関わっていたのだ。


「あいつもやったさ。それでも、あーしの方が多く殺した。暗殺者という職業柄、元々人を殺すのは得意だったからね」


 リュカは自分の掌を見る。


 血の感触が拭えない。何度綺麗に洗い流しても、血は付いていない筈なのに、付いている感じてしまう。


 こんな汚れた自分に、子供を抱く権利はないと思った。


 だから彼女は、まだ幼い子供達をユカナに託そうとした。


「この戦いが終わったら、あーしは用済みにされる。ジュドーによって、勇者の罪をなすりつけられ、各国の要人を殺した犯罪者として、あーしを断罪するつもりだよ」


「それが分かっててどうして……」


 彼女は力なく項垂れる。そして下を向いたまま、ポロポロと涙を流し始める。


「兄妹を……家族を人質にされて、どうしようもなかったんだ。あの日、アー君……アル君とクリスちゃんが追放された日も仕方なかった。彼に追従しなければ、あの子達がどうなるか分からなかったから」


 何もかも、何もかもを諦め、憔悴しきった様子のリュカを見て、少女の治療を終えたユカナはグッと拳を握る。

 ジュドーだけは許せないと立ち上がり、彼の元へ行きかけるも、リュカに腕を掴まれる。


――どうして?


 そう問うも、彼女はフルフルと首を横に振るうだけだった。


「そう……ですよね」


 今の自分では、アルベルト達の助けにならない事はユカナ自身も分かっていた。行っても足手まといになるだけだ。


 それでも、ジュドーに文句の一つや二つを言いたかった。


 人助けをするなとは言われていない。しかし他国の人間をリュカが助けたと知れば、ジュドーがどう出るか分からなかった。


 だからリュカも、表立ってジュドー達と敵対する事が出来ない。ジュドーの命令一つで、捕まっている兄妹は殺されてしまうのだから。


 だとしたら今の自分達に出来ることは、先の戦いで被害を受けた人達を助ける事。


 そしてもう一つはこの騒ぎに乗じて……。



「助けに行きましょう」

「え?」



「リュカさん。ジュドーさん達の相手をアルベルトさん達がしてくれてる間に、ご兄妹を助けましょう。場所は分かってるんですよね?」


「う、うん分かってるよ。でも王宮には、ジュドー君の部下が見張ってる。無闇に動かない方がいいとあーしはおも……」


 その言葉は、少し怒ったような口調のユカナに遮られる。


「リュカさんは、勇者メンバーなのに、ただの見張り一人や二人より弱いんですか?」


 挑戦的なユカナの言葉に、リュカの口角がニタァっと上がる。


「そんな事ないよ。あーしは殺すのにかけちゃ一流だからね。そんじょそこらのボンクラには負けないよ。今までは、城に勇者がいたから近づけなかっただけで、中に入る算段はつけてある」


「そうですか。ではボクも一緒に行きましょう」

「あーしが言うことじゃないけど、傷付いた民の治療はいいの?」


「それは、クリスタ様……聖女様のお役目ですから、ボクが取るわけにはいきませんよ。もちろん、この場にいる人達は治して行きますけど……今は、リュカさんの方が大事ですから」


「あーしの方が大事!?」

「い、今のは言葉のあやです! 忘れてください!!」


「う、うん、そうだね。そうだよね。ユカナは二人の勝利を信じてるんだし、あーしもしっかりしなきゃ。一番の年長者として」


「リュカさんは違うんですか?」

「いや、あーしも二人が勝つと信じてるよ」


「それは良かったです!! では行きましょう」


 ユカナが左手を差し出す。


「…………っ!?」


 リュカは怖かった。自分の血塗られた、穢れた手で彼女の手を取ってもいいのだろうかと。


 リュカの手は、普段から短刀を握っていて皮膚が硬かった。

 自分なんかが、その柔らかい手を握っていいのかと、彼女の手はこわばんでいた。


「リュカさん!!」


 中々手を差し出さないリュカを見て、ユカナが満面の笑みを見せる。

 その時リュカは気が付いた。自分はこの笑顔に魅せられたのだと。


 リュカが遠慮がちに手を伸ばすと、その手をガッと掴まれた。


「もう、離しませんよ」


「あーしも……離したくないな」


 ぎゅっと二人は手を握る。

 ユカナが魔法を唱えると、淡いコバルトブルーの光が彼女達を包み込んだ。


 賢者ユカナは、パーティー全体のサポート役として多種多様な魔法を得意とする。


 そして賢者と呼ばれるだけあって、頭もいい。だから彼女は、独自の魔法を完成させていた。


「さあ、行きましょう王宮へ」


 転移石を使用しないで、別の場所に転移する魔法。


 ――世界初となる転移魔法を。

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