第5話 町外れの教会 怨霊の群れ

 

「さぁ、どこからでもかかってこい!」


『ウァァァォー!』


 奴らは一斉に襲ってきた。


 グールと呼ぶべきその魔物は、人の形はしているが、顔中血だらけで、目玉は飛び出し、髪は抜け落ち左右非対称の者、腕や足が千切れている奴もいる。


 一般人からしたら、恐怖の塊でしかない。


「クリス達に近寄るんじゃねぇーーーーー!!」


 俺は、黒剣を横になぎ払い、肉と骨をまとめて断つ。グールの体は、いかに怨霊が混ざり、強化されているとはいえ、脆く崩れ易いため簡単に切断する事が出来た。


 スライムよりも、感覚的には柔らかかった。なんでかって? アイツら、斬った感触がないんだよな。


 それにクリスタが、可愛い可愛いと言って、スライムを抱き、すりすりしてる姿をみると、とても画になるので、基本的にポイズンスライムなどの害のあるもの以外は殺さない事にしている。


 なに……とは言わないが、スライムもクリスもプルンプルンしてるから。 うん、他意はないぞ。



 一人で邪竜と真っ正面で戦っても、少しの間なら、一進一退の攻防を繰り広げられる俺にとっては、グールなど相手にもならない。


 迫りくる、グール達を次から次へと、テンポよく斬り伏せていく。グールの恐ろしい所はその生命力にある。


 ある村が、一体のグールに襲われ、村総出でグールを退治した。だが翌朝、グールは増えていた。


 切り刻んだはいいが、火葬しなかった為、興味本位で近づいた、村の少年が噛み付かれ、アンデッド化してしまったのだ。


 その少年がまた別の人を襲い、一夜にして村は壊滅的な被害を受けた。後日、騎士団によって殲滅させられたが、村の半分以上がグールとなり、騎士によって退治されてしまった。


 これは少年だけが悪いのではない、グールを生命力を甘く見た、村人全員が悪いのだから。誰か一人でも火葬しようと提案すれば、このような悲劇は起きていなかっただろう。


 一般の魔物に対しての危険意識はまだまだ低い。国はこういう所に力を注ぐべきだと俺は思う。



 ……俺とクリスタが子供の頃、村がグールの集団に襲われた。そんな絶対絶命の時、たまたま通りかかった異世界の勇者に助けられ、村は救われた。


 その時から俺とクリスタは、機会があれば、勇者にご恩返しがしたいと思っていた。

 

 10年後。念願の勇者が到来し、俺達もパーティーメンバーに選ばれた。だが結果はどうだ? 忠誠を捧げた勇者は、自分勝手な振る舞いをし、挙げ句の果てにはクリスタを殺そうとした。


 俺の知っている英雄とはかけ離れた姿に、俺はただただ漠然とした思いを抱えていた。


「あと、半分くらいか……すぐに終わらせる」


 俺は斬撃のスピード上げ、グール達を一刀両断していく。俺の黒剣は特別性の為、斬られたグールは再生することなく、空気中の魔素へと還った。


 消滅とは少し違う、ただ依代を破壊しただけで、怨霊は消える事はない。奴らがまた魔素を取り込めば、新しいアンデッドが生まれてしまうだろう。


 その前に逃げないとな。


「きゃぁぁぁぁーー」


 クリスタの悲鳴に俺は振り返った。グールが彼女に狙いを定めていた。


 しまった、一匹取りこぼしていたか!


「くそ! 待ってろ、今行く」


 聖女の力のない、彼女には対抗手段がない。噛まれたら一巻の終わりだ。


 焦る俺の進路を、亡者共が邪魔をしてくる。


「どけーー! お前らー!!」


 俺は、進路の邪魔をしてくる亡者共を斬るが、次々と湧いてくるグールを前に、中々、クリスタの元へと辿り着けない。


 その間に、グールの方が先に辿り着いてしまった。


「クリス! 逃げろーー!!」


 クリスタは、抱えている少女を守るように包み、グールに背を向けた。


 くそっ、間に合わない。


 クリスタの無防備な背中に、グールが迫る。奴の鋭い牙が、クリスタの美しい首筋に噛みつく、その最中。


 クリスタ……少女。どちらから、発せられたのかは分からないが、突如として室内を眩い光が、包み込んだ。


『グォガァァァァーーー』


 その光はグール達を呑み込み、消滅させていった。


 これは聖女の力? でも今、クリスタは力を使えないはず……命の危険に晒されたのをきっかけに発動したのか?


 今しがた起きた現象に疑問が尽きなかった。だが結果としてクリスタも少女も無事だ。それでいいじゃないか。


 俺は、その場にへたり込んでいる、クリスタの元へと駆け寄る。


「大丈夫だったか? どこか噛まれた所はあるか?」


 クリスタは、虚な目で虚空を見ていた。何度か声をかけると、ようやくこちらを向いてくれた。


「……アル君」


 俺の顔を見て、少し安堵したのか、クリスタは肩の力を落とした。


「大丈夫か?」


「私は大丈夫だよ。アル君ありがとね、助けてくれて」


「今の光はなんだったんだ? お前の力じゃないのか?」


「光? なんの話? アル君が全部やっつけてくれたんでしょ」


 なんとクリスタは、今起きた事をなにも覚えていないという。詳しく聞いても、グール達に襲われた後の記憶がはっきりしないらしい。


 俺はクリスタの腕で眠る少女を見やる。年の頃は10歳前後くらいだろう。


 すやすやと寝息を立てている。この少女がさっきの光を発しアンデッドを殲滅したとも思えない。


 俺は乱暴に頭を掻き立て、脳をリセットする。


 とにかく、分からない事を今考えてもしょうがない、後で少女が起きたら、詳しく聞けばいいだろう。


「よし、奴らがまた湧いてくる前に、ここから出るぞ」


 クリスタが少女を抱き、俺が先行して危険がないか確かめる。


 こんな陰気な地下室とは、早くおさらばしたいぜ。


「もう、出てこないといいんだが……」


 俺の発言にクリスタが青ざめた。


「アル君。……それ、勇者様が言ってた、ふらぐって言うやつじゃない」


 勇者様の世界いわく、お決まりのパターンという意味らしい。


 すると、俺が言ったからかは分からないが、周囲の怨霊達が全て集まり、魔素を大量に吸収し、一つの巨大な魔物になった。


 ガイコツの顔をしていて、頭に王冠を載せた魔物は、アンデッド系の上位魔物【リッチ】だった。


 奴の周りにはわらわらと、低級魔物のスケルトンが湧き出した。グールよりも、骨の剣を持って襲ってくるこいつらの方が遥かに危険だ。


 奴らは地下から出させまいと、階段手前で、陣を形成した。リッチには少なからず知能がある。


 侮ってはいけない相手だ。


「クリスタ……その子と一緒に下がってろ。俺にもしもの事があったら、俺がやられている間に逃げろ」


 最悪の場合、俺は死ぬことになる。だが彼女達だけは逃がさなくては。プレッシャーによって震える手をなんとか抑える。


「大丈夫、心配してないよ。勝って、みんなが待ってる故郷に戻ろうね」


 クリスタが俺の手を優しく包んでくれた、彼女の言葉に俺は、なんだか心が暖められていく気がした。


 クリスタと軽めの抱擁を交わすと、剣を握りしめた。震えは完全に止まっていた。


 守るべき者の為に、俺は死霊の王に立ち向かった。

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