第22話 日常の始まり 1
「そうか……あんた達は魔王軍の元に行っちまうのか」
それはつまり人間と敵対する事を意味する。今はこうやって話していても、次会った時には敵同士殺し合う事だってありえると言っているのだ。
そんな俺の考えを見抜いたのか、マルダーがいいやと首を横に振るう。
「私たちは魔王軍の非戦闘員に加わるつもりさ。人と争いたくないのが本音だからね」
「マルダーさん……」
周りのエルフに警戒されないようゆっくりと近づいたクリスタがマルダーの手を取る。
「私が聖女として魔王との戦いを止めてみせます。魔王が人を殺すなら、私は魔王を説得してみせる!」
「クリスタ……」
「流石は聖女様だ。敵に対しても慈悲深い……そんなあんたに私から言える事は一つ。魔王様は並大抵の事じゃ手を引くつもりはないよ。あの人は多くの魔族の命を背負っているからね」
「ええ、分かっています。私一人の力では難しくても色んな人の力が合わされば出来ない事はない筈です。そうだよね、アル君?」
話が俺に回ってきた。俺もクリスタと同じ気持ちだ。エルフ達と……戦いを望んでいない異種族とは争いたくないし、人間の大半は戦争なんてしたくないと思っている。でも魔王はすでに侵攻を開始している。
戦争の火蓋は切られているのだ。
「ああ、俺とクリスタ。他にも同じ意思を持つ人間はたくさん居るはずだ」
クリスタが「じゃあ仲間をいっぱい集めないとね」と言ってはにかむ。目尻が少し濡れていた。
「アリアは……アリアはどこにいても、パパとママの事を想ってるの! だからアリアの事を忘れないで欲しいの……」
そこでアリアが口を挟む。
賢くて健気な子だ。話の流れから俺とクリスタがこの村から離れる事になると悟ったのだ。
俺は忘れるもんかとアリアの錆色の髪の毛をくしゃくしゃと触る。
アリアが「なの!!」と少し嫌そうにしながらもそれを受け入れる。
「もうアル君ったら。よしよしママが直してあげよう」
クリスタがアリアの髪を整える。この光景だけ見れば、まさに親と子だった。
そんな二人の見ていたら、後ろから背中をバシッと叩かれた。
「面倒見のいい子だね。大切しなよ」
「ええ。俺なんかには勿体ないくらい良い奴ですよ」
そう、俺なんかには勿体ないくらいにいい子だ。
「クリスタと言ったな……私はあの子の中に聖女の力は消えずに残っていると思うよ。より強いものになってね。今はそう、眠ってるだけさ」
「分かるんですか?」
「年寄りの勘だよ」
マルダーが軽快に笑い、俺もつられて笑う。
アリアはクリスタに「忘れないでなんて悲しい事言わないでよ。私たちは家族でしょ。家族の事を忘れるわけないじゃん!!」とほっぺを強めに、ふにふにされていた。
ふにゃふにゃされるアリアを助けようとバーバリアンが乱入し、最終的にバーバリアンもふにふにされていた。
聖女って、おっそろしい!!
「あたし達もすぐにこの村を出て行くってわけじゃない。だから暫くゆっくりしていくと良い。アリアとの最後の別れを兼ねてね。あたしらも色々と整理するものがあるし、ここで生まれ育った身として名残惜しいものがあるからね」
マルダーの提案で、俺たちはもう少しここに滞在出来ることになった。
どうせ遅かれ早かれ出ていく事になる。そしたら待ち受けているのは過酷な運命だろう。
「やったのー!!」
アリアが大喜びしてクリスタに抱きつく。クリスタもアリアを思いっきりぎゅーっとしていた。
その様子をバーバリアンが指を咥えて見ていたのは、見なかった事にしよう。
「おお、ここがエルフの部屋かー」
俺たちにあてがわれた部屋はお世辞にも大きいとは言えなかったが、人間、それも魔族と敵対する【黒騎士】と【聖女】の俺たちにそれぞれ個室を用意してくれただけでも十分なおもてなしだった。
ちなみにアリアとクリスタは同室だ。今日は一緒に寝るらしい。
「なんだ? 聖女と一緒じゃなくて寂しいのか? 女々しい奴め」
バーバリアンがここぞとばかりに煽ってきた。図星……ではなかったがちょっとは当たってるのでムカついた。
「お前こそ、アリアをクリスタに取られて嫉妬してるんじゃないか?」
「――なっ、そんな事」
「おいおい顔が赤くなってるぜー。図星か?」
カーッとバーバリアンの顔が赤くなる。どうやら図星のようだった。
自分の名前を呼ばれたアリアが「の?」とこっちを向く。
「今、アリアを呼んだの?」
「いえいえ呼んでいませんよー。アリア様、聖女に中を案内して差し上げたらどうですか?」
バーバリアンが慌てて話を逸らす。
「そうするの! ママ行こう!!」
「はいはい。アル君もあとで来てね」
「おう」
アリアに手を引っ張られ、クリスタは連れられていった。
「俺らも寂しい者同士、語り合おうぜ」
「守護者である私をバカにするな!!」
頬を思いっきり引っ叩かれ、そのままバーバリアンはどこかへスタスタと言ってしまった。
「いってぇー。そんなに怒る事ないだろ」
やっぱり冗談の通じないエルフだ。
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