第27話 生まれ変わり

「どうしたあいつと何かあったか?」


「い、いいえ。二人が追放された後、少し口論になったくらいで……あれ? フィリックスさんはいないんですね。てっきり一緒かと」


 きょろきょろとフィリックスの姿を探すユカナ。彼女の中では、ジュドーとフィリックスはセットだと考えているようだ。


 まあ、俺とクリスのような関係だな。うん。


「アル君?」


 あれ? 心読まれたのかな、なんかクリスタに睨まれた気がする。


 気のせいだろう。


「やっぱりいませんねー。どうしたんでしょう、フィリックスさんお腹でも壊したのかな」


 フィリックスの死体はジュドーが持っていった。何に使うのかは分からないが、ろくなことにしか使わないだろう。


「そうか。ユカナは知らないのか」


「え、何がですか?」


 ユカナは俺とクリスタを交互に見比べ、きょとんと首を傾げる。俺がフィリックスを殺した事を彼女は知らないようだ。


 俺が切り出すより先に、クリスタが口を開く。


「ユカナ、フィリックスさんはね。私やアル君、その他大勢の人にひどい事をしたんだ。それでアル君が、仕方なく殺したんだよ」


 仕方なく、クリスタはそう言ってくれるのか。優しいな。あの時の俺は、怒りでフィリックスを殺すことしか考えてなかったのに。


「ボクの知らない所でそんな事が……ごめんなさいアルベルトさん。ボク、不躾なこと言いましたね」


「いやいいんだ。ユカナが気にする事じゃない」


 ユカナは悪くない。悪いのはそうなるように仕向けたジュドーなんだから。


 この事はユカナに言う必要はないだろう。俺がクリスタの方に目を向けると、彼女もこくりと頷いた。


――言う必要はない。


 クリスタもまた俺と同意見だった。


「それでアル君、どうする? ジュドー君たちの手伝いに行く?」


「まさかっ。この隙に乗じて、魔王に会いに行くに決まってんだろ」


「だよね」


「じゃあボクが、透明になる魔法掛けますね」


「おう!」


 ユカナが魔法を使用し、俺たちの姿が他者から見えなくなる。気配まで消せるわけではないから、気をつけないといけない。


(静かに。そっーと行くぞ)


(分かったアル君についてく)


(ボクもです)


 クリスタが俺の背中にぴったりとつく。服を軽く掴み、目を閉じた。ユカナもクリスタに背にぴったりとつき、目を閉じる。


(いや、目は閉じなくていいんだが……)


 そう言うと、二人がパチリと目を開け、冗談だよとはにかむ。


 うん、そういうのほんとにやめてほしい。それに前から思ってたけど、やっぱりこの二人仲良いな。



 気配を消した俺たちは、魔物の軍勢を横に抜け、森に入る。なぜ、森に入ったかというと、クリスタも含め、俺たち全員が凶悪なオーラを森から感じ取ったからだ。


 おそらく、今首都を攻めたり、魔物の軍勢を扇動しているのはそこそこ強力な魔族達で、魔王は情勢を離れた所で傍観しているのだろう。


 そのまま森の奥に進むと、自然に囲まれた森に似つかわしくない玉座が見えてきた。そこに座る、魔族の姿も……。


(ねえ、アル君。あれが……)


(ああ、魔王だ)


 玉座の周りには腹心らしい魔族もいる。


 こちらからでは後ろ姿しか見えない。もう少し近づかないと、と一歩踏み出したその時。


 後ろでユカナが弾かれた。


「きゃあ!?」


「ユカナ!?」


 直後、大勢の魔族に囲まれる。最初から隠れ潜んでいたのだ。


「なっ! 初めからバレてたのか」


「アルベルトさん! クリスタさんー!!」


「ユカナちゃん!!」


 このままではユカナが危ない。戦闘能力が皆無に近いユカナでは、あの数相手に数分ももたない。


 俺がユカナの元へかけるも、途中で壁に阻まれ、彼女の元にたどり着けない。


「結界!? それもユカナだけが入れない、いや逆か、俺たちが閉じ込められて……」


「アルベルトさん、クリスタさんが――」


 後ろを振り返ったが、もう遅い。クリスタは魔族の一人に捕らえられ、首筋に爪を突き立てられていた。


「アル君……ごめん」


「クリスタ……」


 後ろで「うあぁー!!」と声が上がると、ユカナもまた、魔族に捕らえられてしまった。


 そしてゆっくりと玉座から立ち上がった魔族、いや魔王が俺に向けて語りかける。


「余の知っている者の気配がすると思って、泳がせておいたが、まさかお主らが釣れるとはのう」


 現れた魔王は、リュカのように肌の露出度が高い、黒の鎧を着た女の魔族だった。


 年齢は人間でいうと20代前半。しかし魔族は見た目で判断出来ない。魔族の中には何千年生きても、姿がまったく変わらない者だっているのだから。


 容姿が衰えないものが魔族には多いのだ。


「あんたが魔王か?」


「そうじゃ」


 魔王の声、一言、一言に魔法が乗っているのではないかと思うほど、重い。


 本能的に、俺の身体が彼女を恐れているのかもしれない。


 でも、ここじゃ負けられない。先の口ぶりからして、わざと俺たちを見過ごしていた事が分かる。つまり話をするつもりはあるのだ。


 相手にどういう意図があれ、これは俺たちにとって好機に違いなかった。


「女の魔王には驚きだが、俺から言いたい事は一つだ」


「なんだ?」


「今すぐに人間界から撤退してほしい。俺は、いやここにいる俺たちは争いのない世界を望んでいる。俺はあんた達と手を取り合いたいんだよ」


「それはまた、随分と一方的な要求だな」


「もちろんただでとは言わない。俺が応えられる限りの要求なら、なんだってしてやる」


 魔王は少し考える素振りを取って、その深紅の瞳で俺を見つめてくる。


「余が、お主の事を欲しいと言ってもか?」



「――ッ!?」

「「えっ?」」


「ん? どうなんだ?」


 魔王は俺を試している。世界の為に、全てを捧げる覚悟があるのかどうか。


「ああ。もちろんさ。世界を救うためなら自分を捨てる覚悟くらいできてる」


 俺は騎士が主人に忠誠を誓うように、地面に片膝をつく。


 そして、魔王からの言葉を待った。


 暫くして、魔王が「はぁっ……」とため息をついたかと思うと、ポンっと肩に手を置いてきた。


 そして柔らかい口調でこう言った。


「成る程……お前は本当にあいつと似ておるな。いいだろう。あいつの面影に免じて、一ヶ月猶予をやろう。その期間内に人間界をまとめてみろ、さすれば二度と人間界を攻めたりしないと誓おうではないか、クロの生まれ変わりよ」


 クロだと? なんだその、どっかのペットみたいな名前は。


 それに生まれ変わり?


 心情が顔に現れ出ていたのか、魔王は「くくっ」と笑った。


「今のは愛称じゃよ。あやつも余が最初にそう呼んだ時、同じような反応をしおった。クロの本名はアルラ・クロスディールという。何か思い出さぬか? 黒騎士アルベルトよ」


「あ? 何も思い出すわけねー…………」


「アル君?」


 クリスタの声が聞こえる。


 大丈夫だ、そう返事がしたいのに声が出ない。


 まるで、自分の意識が、自分の奥深くに落ちてゆくような感覚だ。


 代わりに、何かが俺の中から上がってくる。



(だれ……だ?)



 顔はよく見えない。だけど俺と同じ瞳、同じ髪色をしてることだけは分かった。


 そいつは潜在意識の中で、俺とすれ違う時、確かにこう言った。



『少しの間、借りるぞ』



 俺の声? いや、似ているが少し違う。何故か黒いシルエットになっていて顔は見えない。だが、人と明らかに違う点があった。


 それは頭から生えている二本の角だ。


「ま……て……」


 なにを――と問う暇もなく俺は落ちてゆく。


◇◇◇


 どのくらい落ちてきたのかも分からない。だが底に着いた。


 底ってあったんだなって思う。永遠に落ちてゆくのかと思ってた。


「暗い……」


 周りはとても静かで、雑音がない。それになんだか心地よかった。


 一度目を閉じ、もう一度目を見開くと、先程までは暗いだけだった場所に、綺麗な星空が見えた。


 空、と呼んでいいのか分からない。


 だが上を見上げると、きらきらと輝く満天の星が広がっていた。

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