第26話 惜別 魔王軍襲来

「アリア……」



「パパ……行っちゃうの?」



 キュッとアリアが服の袖を掴んでくる。今にも泣き出してしまいそうだ。


 この状態からどうすればいいものかと、おろおろしていたら、クリスタがやってきて、アリアを抱きしめた。


「アリア、ごめんね。パパとママは、世界を守らないといけないの……でもね、必ず戻って、またアリアに会いに来る。だからお願い。魔王の所に行かせてくれる?」


 優しく、しかし力強く抱きしめる。


「んっ……ママぁ〜!!」


 遂に泣き出してしまったが、それに対して怒るエルフはいない。みな、悲しそうに目を細めていた。


「もう、アリアは甘えん坊だね」


 よしよしと、クリスタが優しくアリアの背中を撫でて、落ち着かせる。


「ぐすっ……パパァ〜」


 アリアが甘えるような声を出す。ちらっとバーバリアンの方を見ると、「チッ、勝手にしろ」とでも言うように視線を逸らした。


 俺は息を整えると、アリアと同じ目線に合わせてしゃがみ込む。


「アリア。戦いが終わったら絶対会いに来るからな。約束だ」


「約束……なの!」


「ああ」


 アリアがガバッと両手を広げた。俺にも抱きしめてもらいたいらしい。本当に甘えん坊さんだ。


「仕方ねぇな」


 二人まとめて抱きしめてやると、クリスタが「ひょわっ!?」とびっくりしていた。ユカナは「はわわ」と慌てた様子で顔を押さえた。


 なんか間違ってたか?


「もう……アル君は」


 クリスタの頬は赤い。そして恥ずかしがりながらも、俺とアリアにキュッと抱きつく。


 アリアはとても満足そうだ。


「家族みんなで集まると、やっぱりあったかいの」


「そうだな」


 暫く三人で、互いの体温を感じているとマルダーがやって来た。


「……マルダーさん」


「――会いに来なよ。じゃないとアリアが悲しむからね」


「――ありがとうございます!」


「礼なら要らないよ。それに時間だ。アリア、そろそろ……」


「分かってるの。パパ、ママ……ううん、アルベルトとクリスタには絶対生きて欲しいの! ユカナにもなの! 絶対なの!!」


「分かったよ、小さいお姫様」


「もちろん」


「ぼ、ボクがお二人を守ってみせますよ!」


「なの!!」


 ぴょんと小さくその場で飛んだアリアが、はにかむような笑顔を見せる。この場にいた誰もを虜にする笑みであった。



(アリアには垂らしの才能があるなぁ〜)



(アリアの為にも、絶対生きて戻らねえとな……)



(全く……あの子によく似たもんだよ。幼い頃のあの子を見ているようだ)



(ああ、アリア様。今日は一段と輝いておられます……結婚したい)



(まさかクリスタ様とアルベルトさんが、こ、子作りをしてらっしゃったなんて……いえ違いますね。人と人の間で、エルフの子が生まれる筈なんてありませんもの……ええ)


◇◇◇


「マルダーさん。アリアをお願いします」

「私からもお願いします」


 アリアは、中々俺たちから離れようとせず、くっついてしまっている。


「あんたらに言われなくても、アリアはここにいる全員の優先対象だ。それにしてもまるで本当の家族のようだな……少し、羨ましいよ」


「なの! マルダーだって家族なの!!」


 今度はマルダーに抱きつき、マルダーがアリアの髪をわしゃわしゃと触る。


「ふふ、お前は私の自慢の孫娘だよ。どんなに離れていても私はお前を愛していたよ」

「なの!」


 マルダーは意外にガサツで、不器用なんだと思う。


「あの、わたしは?」


 バーバリアンがスッと手を挙げる。やめときゃいいのに。


「バーバリアンは……一番の友達なの!」


「――っ、友達……親友でもない……いえ、ですが……」


 自問自答を始めたバーバリアンの事は、みんな無視して、会話を続ける。


 これでアリアとは、一旦お別れだ。そう、永遠ではない、生きていれば、いつか、必ず会えるのだ。


「では、俺たちはさっきの神官達を追って、アルディナに向かいます。運が良ければ魔王がまだいるはずです」


「アル君。それって運が良いの?」


「どうだろうな。だが、話してみない事には何も始まらないだろ」


「そうだね。じゃあ皆さんまた会いましょうね!」


 クリスタがエルフ達に向かって挨拶をする。エルフ達も、「聖女様も、お気をつけて下さい」と温かい言葉を掛け、中には握手を求める者もいた。


 流石は聖女様だ。


 対する俺は、マルダーにアリア。そしてバーバリアンくらいだった。


「アルベルトさん! ドンマイです!!」


「お前はなんでそんな嬉しそうなんだ……」


 ユカナは何故か嬉しそうだった。


◇◇◇


 アリアと最後のお別れを済ませ、ここからは別行動だ。アリアは最後まで「なのー!」と元気よく手を振っていた。


 俺とクリスタが、見えなくなるまで振り返していると、先頭を黙って歩いていたユカナが神妙な顔をしてこちらを見てきた。


 何か心配事があるのかもしれない。


「どうしたユカナ? 何か思う事があったらなんでも言ってくれ」

「そうだよユカナちゃん! 私たち仲間だもん!!」


 なんでも聞くよ! とクリスタが自分の胸に手を添える。


 こうしてみると、本当に聖女様みたいだな。いや、聖女様なんだけど。


「……あのクリスタ様。アルベルトさん。本当に魔王を説得出来るんですか?」


「出来るかもしれないし、出来ないかもしれない。ま、やってみないと分かんないな」

 

 ユカナの懸念は正しい。実際魔王が話の聞かない奴だったら、争うしか道がなくなるのだから。


「うん。でもマルダーさんは、魔王様を説得出来ただけでは解決とはならないって言ってた。根本的な問題だよね。人間は魔族を差別しているし、魔族を根絶しようと考えている人達だっている。だからこそ争いがなくならないんだよ」


「ああ、俺たちはその考え方も変えないといけない」


「私たち改めて口に出すと、大変な事してるんだね」

「今更かよ」


 思わず笑いが溢れる。やっぱり仲間っていいな。


 そんな風にして、三人で作戦会議をしていると、神国アルディナが見えてきた。煙と一緒に。


「あ、アルディナ見えてきましたよ。なんだか、随分と燃えているような……」


 遠目で見ても、アルディナのシンボルである聖堂がよく燃えているのが分かった。


 そしてアルディナと王国を結ぶ国境沿いで、戦闘が行われていた。


 王国の兵士と魔族率いる魔物達がお互いの血肉をぶちまけるように戦っていた。


「ねぇ、あれって……」


 クリスタの指差す先には、とんがり帽子を被った青年が、前線に立ち、味方を指揮しながら強力な魔法の数々を放っていた。


 よく、あの威力を保ちながら、あの範囲にぶちまけて魔力切れを起こさないなと素直に感心してしまう。


 そんな出鱈目な魔力量を持った人物は誰か、それはこの世界に一人しかいない。


 そう、俺とクリスタを襲った、大魔導師ジュドーであった。


「ああ、ジュドーだな」


「ジュドーさん……」


 ユカナが彼の名前をぼやき、身をすくめた。

 

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