第25話 神国陥落
「ふっ――!!」
「ぐおっ!?」
相手の剣がぽきりと折れ、そのまま右肩から腰にかけて刀身を入れ、神官は絶叫しながら斜めに身体を斬り落とされた。
斬られた下半身の断面から大量の血を噴き出しながら、どしゃりと神官の一部が地面に横たわる。
「悪く思わないでくれ」
顔は出来るだけ見ないようにする。寝覚めが悪くなるからだ。
「ふぅ……」
本気で振るったティルフィングには並大抵の剣では耐えきれない。当然の事象だ。
「この感じ……嫌だな」
やはり人を斬るというのは、何度経験しても慣れない。人を斬った時に感じる独特の感覚……嫌な感触だ。
これを好きだと言っていたフィリックスの気が知れない。
頬をナイフがかすめる。
「おっと――!」
感傷に浸っている暇はなかった。
今はクリスタを守る為、神官達と交戦中なのだ。
魔王が攻めてきている中、人間同士で戦うなんてどうかしてると思っているのは俺だけか? いいや、クリスタやユカナも同じ考えの筈だ。
人間同士で殺し合うなんて間違っている。
人間は敵じゃない。仲間だ。今こそ団結するべき時なのに……。
「……それなのに、お前らはー!」
「ぐっ……!!」
次の相手と斬り結ぶ。油断をしなければまず負ける事はない。
なにせ、聖騎士フィリックスを倒した俺に、普通の神官が勝てるわけがない。
それは神官達も分かっている。
だから彼等は、個々が独立した動きをするのではなく、しっかりとした連携をとってくるため、なんともやりにくい。
止めを刺そうとすれば、別の神官に邪魔されなかなか数を減らせない。
「――また治しやがった!!」
彼等は曲がりなりにも神官だ。
クリスタほどの回復魔法が使えるわけではないが、軽度の傷なら癒やす事が出来る。
「ちっ!」
後ろから短刀が飛んでくる。身体を反らしてかわすと、今度は前から二人の神官が剣を振り下ろす。
――体勢が悪い。剣で防ぐか?
その必要はなかった。彼等の首、そして心臓に矢が突き刺さったのだ。
「助かったぜ」
俺は見えない守護者に軽く手を振る。おおかた木の上から矢を放っているのだろう。
この乱戦の中、仲間に当てる事もなく確実に敵を射抜く事が出来るのは弓に長けたエルフにしか出来ない芸当だろう。
もちろん、弓以外も得意な得物は多い。
その中でも弓の扱いが飛び抜けて上手いだけだ。
エルフは生まれながらの狩人だ。
森で彼女達に敵うものはいない。
「よっと」
囲まれないように注意しながら、適度に動いて敵を撹乱する。
「くそっ!」
次々と仲間が倒されていき、神官達の士気が下がっていくのが見てとれた。
戦況は高所をとったエルフ側が有利に進んでいく。
こちらのエルフが、バーバリアンのような接近戦重視のタイプが多いのもあるが、上からの狙撃がかなり効いている。
地上で戦う神官達は、矢に警戒しながら猛攻を放つエルフ達を相手取らなければならないのだ。消耗戦になれば彼等の方が圧倒的に不利だ。
更に、ユカナの魔法は他者の身体能力を一定時間上昇させる。
お陰で一人の一人の動きが桁違いに速い。神官達はエルフ達の動きについて行くので精一杯だ。
ユカナは知恵だけでなく、魔法も得意としているのだ。
集団戦ならまず負ける事ない。
一人を除いて……。
「アル君、あの人強いよ!」
余裕が出来た為、一度クリスタとユカナの所へ戻ると真っ先にクリスタが口を開いた。
「俺も同感だ」
一人、一切の傷を負うことなくエルフ達を屠る神官がいた……いや、神官ではない。あれは修道女だ。
「「あぐっ……!!」」
「とどめだ」
二人の守護者の首が飛ぶ。別のエルフが抑えに行くも、簡単に押し返されてしまう。かなりの手練れだ。
「俺が行くしかなさそうだな……」
「アル君、気をつけて」
「アルベルトさん……身体強化しましょうか?」
「いやいい。他の奴を少しでも強化してやってくれ。ありがとな」
「い、いいえ」
俺が修道女の方に向き直り歩を進めると、彼女もこちらに気付き双剣を構えた。
「……名前は?」
彼女の間合いまであと一歩の所で、俺は歩みを止めた。
「今から死に逝くものに教える必要はない」
「そうか……」
対話は拒否された。これ以上話すつもりがないのだろう。
ティルフィングの刀身を黒く染めていく。俺が残りの一歩を踏み出そうとした時、彼女の元に白の神官が慌てた様子でやってきた。
先程まで姿が見えなかった事から、白の神官は伝令役かなにかであろう。非戦闘員には間違いない。
「なんだ? どうした?」
戦いを中断された修道女は不快そうに顔を歪めている。
「そ、それが……」
俺も一旦武器を下ろし、神官の言葉に耳を傾ける。
そして彼の口から告げられた言葉に俺は耳を疑った。
「なっ、首都が落とされた!?」
それは修道女も同じで伝令役の神官に掴みかかっている。
「は、はい。ま、魔王軍が首都の方に……すぐに帰還せよとの命令が……」
「……分かった。引き上げるぞ」
修道女の命令に、黒の神官達が一斉に戦いをやめ退いていく。
「あたしらも攻撃をやめな」
エルフ達もマルダーの指示を受け、しぶしぶと追撃の手を止める。
「どうやら争っている場合じゃなくなったようだな」
ティルフィングを鞘に仕舞い、ユカナも魔法を解く。
「そうみたいですね」
「アル君……」
クリスタがエルフの陰からひょっこり顔を出す。そんな顔をしなくても、俺はクリスタが何を言いたいか分かる。
「分かってる。ユカナ、俺たちについてきてくれるか? 俺たちはこのまま魔王の所に行って直接話をつけにいこうと思う」
そう問いかけると、ユカナは元気よく返事をしてくれた。
「もちろんです。どこまでもついて行きますよ! これはボクの罪滅ぼしでもありますから」
「ありがとう」
危険を顧みず、協力してくれる事に心からの感謝を述べた。
クリスタは嬉しそうにユカナときゃっきゃっしてる。
そして、ふと視線を感じ、何も考えず振り返ってしまった。
「あ」
そこには、ユカナよりも小さいエルフの女の子。アリアがほんのり濡れた瞳で上目遣いをしながら立っていた。
「パパ……」
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