第24話 賢者ユカナと招かれざる客

 賢者ユカナ。殺す事にしか興味を示さない暗殺者のリュカを除き、ユカナはパーティーメンバーの中で唯一、俺とクリスタに最初から好意的に接してくれた少女だ。


 年は14歳で勇者パーティーの中でも一番の年下だ。だが、その類い稀なる頭脳と知識で幾度となく俺たちを窮地から救ってきた。旅を続けられたのは彼女のおかげといっても過言ではない。


 そんな彼女と会うのは追放の時以来だ。


(俺もユカナには謝らねえとな。あの時はつい頭に血が上って、なんで助けてくれないんだと思っちまったけど、冷静に考えてみればユカナはジュドー達に対して強く出れるような子じゃねえ)


 彼女は気が強い方ではない。むしろ弱い方だ。いつも下を向いているし、気が付けば隅っこにいたりする。


 でも、クリスタと同じで根はとても優しくて芯が強い子だ。もしかしたら俺たちの事で何か責任を感じているかもしれない。


 話すにはいい機会だと思った。


「アル君……」


「分かってる。ユカナは俺たちの仲間です。彼女に会いたいと伝えて下さい」


「分かりました。ではアルベルト様、クリスタ様も一緒に下までお越し下さい」


「分かりました。クリスタ行こうか」


「うん」


 下に降りようと階段に足をかけた時、後ろからガタッと椅子を引く音と、「の!?」という声が聞こえてきた。


「パパ、ママどこいくの? アリアも一緒に行くの!」


「ごめんねアリア。パパとママは昔の友人と大事な話があるんだ。ここでバーバリアンと大人しくしててね」


「そういう事だ。バーバリアン、アリアを頼んだぞ」


「ふろんだ!」


 バーバリアンがお菓子を口いっぱい詰め込みながら返事をする。そんな姿を見ているとなんだか心配になってくる。


「そんなにかからねえと思うから、大人しく待ってるんだぞ!」


 わしわしとアリアの頭を撫でる。俺のゴワゴワした髪と違ってアリアの髪質はとても柔らかい。


「の! 分かったの!!」


「いい子だ。それじゃあ行こうか」


◇◇◇


 階段を降りると、応接間に案内される。そこにはユカナがちょこんと座っていた。そわそわと落ち着かない様子で、俺たちの姿が見えるとガバッと立ち上がる。そしてこっちまで小走りにやってきて、


「「あの時はごめんなさい」」


 クリスタとユカナの声が見事に被った。


「あ、ごめん。そっちからどうぞ」


「いえ、クリスタ様の方こそ。あ、でもこういうのはボクの方からが……」


 クリスタもユカナも同じ事を考えていたらしい。なんだか俺だけ出遅れてしまった。


「ユカナ。あの時は本当にすまなかった。俺はあの時、お前の事を睨んでしまったかもしれない。だけど冷静になって考えてみればお前が何も言えなかったのは仕方がない。国から支払われる助成金が無くなればお前の親は生活に苦しむもんな。あそこで俺たちを庇って立場を悪くするわけにはいかなかった。そうだろうユカナ?」


 俺の問いに、何故がクリスタもユカナもほけっとしてる。


「え、どうした? 俺なんか変なこと言ったか?」


「いえなんでもないです。アルベルトさんの言った通りです。ボクは自分の保身を選んでアルベルトさん達を見捨てました。本当にごめんなさい。あの後、結局ボクもパーティーから抜けたんです。アルベルトさん達を追放したあの人達にはついていけませんでしたから」


「そうだったんだ。ごめんね私も。ユカナに助けを求めるような目をして。無理だと分かってたのに……余計傷つけちゃったよね」


「そ、そんな事ないですよ! あれはボクが止めれば良かっただけですから!!」


 二人が私の方こそ、ボクの方こそ! と謝り合っているとエルフの人が神妙な顔をして、俺の肩を叩いてきた。


「話の途中にすみません。招かれざる客が来てしまったようです」


「招かれざる客?」


 誰の事だろうと窓の外を覗くと、大樹を包囲するように黒の神官が立ち並んでいた。


「あいつらはアルディナの……」


「うそ、あの人達ここまで追ってきたの!?」


 神官達の姿を捉えるや否や、ユカナの顔がどんどん青ざめていく。


「ご、ごめんなさい。ボクが知らないうちに後をつけられていたみたいで」


「謝っても仕方ない。お前は戦闘向きじゃないんだ。暗殺のプロに尾行されて気付けなくても仕方がない」


 ユカナが焦っている事から、これはユカナが招いた客ではないらしい。その事に対し安堵するものの、ユカナの事を一瞬でも疑ってしまった自分に腹が立った。


(にしてもここまで追ってくるとは……一体ジュドーの奴、クリスタにどんな薬を飲ませたんだよ)


 神国アルディナの暗部と見られる黒の神官服の連中は大樹に火を放った。


 大樹が勢いよく燃え出し、煙が充満する。


「ゴホッ、ゴホッ!! 入り口はダメ、火の手が強い! 裏手に回ろう」


「待てクリスタ! アリアは!? まだ上にいるぞ!」


「大丈夫、あっちにはバーバリアンさんがついてるから。私達は神官達をなんとかしなくちゃ、でもごめん私は戦えない。ユカナちゃんは一緒に戦ってくれる?」


「もちろんですよ。ボクのせいでこんな事態を招いてしまったんですから」


「よし、ならお前はいつも通りに行動しろ。出来るな?」

「はいっ!」


 裏から出ると、片手剣を装備した神官達が周りを囲んでいた。路地裏に追い詰められた時よりも敵の数が多い。


 全員がギラギラとした目をしている。


「――ッ! おい、今は人間同士で争っている場合じゃないだろー!」


「……聖女を渡してもらうおう」


 俺の言葉はこいつらには届かない。いや誰が言っても無駄なのだろう。


 奴等の目にはクリスタを手に入れる事しか見えていない。もうアリアなどどうでもいいのだろう。


 ここまで来てしまったからには、彼等もエルフと戦う事を余儀なくされるのだから。


 ジリジリと神官達が一歩ずつ迫ってくる。


 数で言えば負けている。だが……。


「話が通じる相手じゃなさそうだね」


 後ろから声がした。


 振り返るとマルダーが完全装備の守護者達を引き連れて立っていた。


 初日に見た時よりも人数が増えている。各地に飛び回っていた守護者達が集結したと言うことなのだろう。


 あの時と同じだ。これでエルフに助けてもらうのは二度目になる。


「うちのアリアを連れ去った借りをしっかり返させてもらわないとね」


 マルダーは随分とご立腹のようだった。それに全員がやる気満々だ。彼女達はアリアの一件ではらわたが煮えくり返っているのだろう。


 下手に止めたらこっちまで襲われかねない。


「やるしか……ないか」


 剣を抜き、目の前の神官に構える。クリスタはエルフ達のいる後方に下がり、ユカナは詠唱を始める。


「てめえらとは此処で決着をつける!」


 俺の言葉を皮切りに、アルディナ暗部との戦いは始まった。

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