第28話 アルラ・クロスディール

「アル君、アル君。ねえ、しっかりしてよアル君!!」


 大切な幼馴染が魔王に何かされた。


 でもわたしには、何もしてあげる事が出来ない。


 こうして彼の名を呼び続けることしか……。



「ねえ、アル君に何をしたの!?」


「余は名前を呼んだだけじゃ。それ以外の事はしておらん」


 一向に目を覚さない彼を見て、不安がどんどん膨れ上がっていく。

 気が付けば、魔族の拘束を振り解いて魔王の胸ぐらを掴んでいた。


「アル君にもしもの事があったら、絶対許さないんだからッ!」

「…………やれやれ、あいつがモテるのは死んでも変わらんのか」


「ねえ、さっきからあいつって誰のこと? アル君の事じゃないでしょ!」

「それはじゃの……」



「お久しゅうございます。魔王陛下」



 後ろから声がした。


 アル君の声だ。アル君の声なんだけど、ちょっと違う。いつもより、なんだろう? 穏やかっていうか、久しぶりに会った人を懐かしむような、そんな口調だった。


「アル君……?」


「…………」


 アル君は、私を無視し、素通りしていく。


 そして魔王の前に立つと、跪いた。


「うむ、久しいのう、クロ。やはりお主だったか。まさか黒騎士に生まれ変わっているとは思わんかったぞ」


「ええ、俺も貴方様の敵方に、生まれ変わるとは思っていませんでした」



 アル君が、はははっと力なく笑う。ううん、あれはアル君じゃない。あれはアル君の中に眠っていた別の誰かだ。


 じゃあ本物のアル君はどこに…………?


「ねえ、どういう事、アル君は? アル君はどこなの!?」


 彼に詰め寄ると、彼は自分の胸をポンっと叩いた。


「ここです。アルベルトの人格は、俺の中で眠っています」


「え? あっ……?」


「ちゃんと返しますから心配しないで下さい」


 アル君の中に眠っていたもう一人の人格は、紳士的に笑った。そして私の頭を軽く撫でる。


 すると魔王が分かりやすく、眉を顰めた。


「貴方が、アルラ・クロスディールさん?」

「はい。そうです。俺がクロです」


 彼の事を真っ向から見つめる。


 普段の彼と違う部分が一つだけあった。


 それは瞳の色が、黒から魔族特有の赤に変わっていた事だ。


「アル君の力の根源って、アルラさんなんですか?」


「クロでいいです。はい、聖女様の考えてる通り、アルベルトの力は俺の力ですよ」


 クロさんは、闇の力を自由自在に操ってみせた。それこそアル君が出来ないような芸当も、いとも簡単に。


「これで信じてもらえましたか?」

「はい……そのクロさんって、失礼ですが、凄い親切な方ですね。アル君とは大違いです」

「あはは。彼をあまり責めないでやって下さい。それと僕は、女性に対して優しいだけですよ」


「そ、そうなんですかー」


「はい。そうなんですよ」


 微妙な空気が漂う。少し気まずかった。


 その時、彼の気配が、一瞬、アル君の気配に変わるのを感じた。


「――っ! クロ……お主」


 それを感じ取ったのは、魔王も同じだった。


「ええ。そろそろ彼の中に戻ります。身体の持ち主が返せって言ってるので、俺がいつも見てる景色に飽きちゃったみたいです…………」


「景色……?」


「はい。俺はいつも星の見える空の下で寝そべってるんです。アルベルトも今そこで、俺が普段見ている景色を見ていることでしょう」


「――!?」


 隣にいる魔王が、『星』という言葉に反応するのが分かった。魔王は何か知っているのかもしれない。


「なんで………星なんですか?」

「俺にも分からないんですよ。なんで星を見ているのか…………アルベルトは飽きちゃったみたいですけど、俺は飽きないんですよね。ずっと」


「クロ…………」


「魔王様……いえ、ラーニィーさま。これが最後になるかもしれないので、お伝えします。俺は貴方様にお仕えできて幸せでした。これからもお元気で……」


 クロが言い終える前に、魔王ラーニィーがクロを抱きしめる。いや身体はアル君なんだけど。


 うん、我慢だ、私。


「余は……余はお主のことを…………」


「分かっています。分かっていますよラーニィー」


 泣き出すラーニィーの肩をクロが優しく抱きしめる。


 そして、彼は私の方に顔を向けた。


「クリスタさん。アルベルトのことを頼みます。貴方は強い、彼が挫けそうになった時、きっと貴方の心が彼を支え、貴方の力が彼を強くします」

「クロ……さん」


「では、さようなら――起きろっ! アルベルト!!」


 彼は先程までとは打って変わった口調で、アル君を呼ぶ。


 すると、次には、瞳の色が深紅の瞳から、元の黒に戻った。


「あれ……? 俺はなにを確か星を見て――って、え!? 魔王がなんで俺に抱きついてるんだよ!!」

「うぅ、クロォ〜」


「俺はクロじゃねえ! 人違いだ!!」


 アル君が躍起になって、ラーニィーさんを剥がそうとしている。


 私は大好きな彼の元に走って、飛び込んだ。


「うわっとぉ……! どうしたクリス?」


 アル君は、私のことをがっしりと受け止めてくれた。


「ううん。ねえ、アル君」


「なんだ?」


 今の私に出来る事。それは――笑顔だ。

 

「おかえり!」


 私に釣られたのか、アル君も朗らかに笑った。


「ああ、ただいま。クリス」


 私たちは、時間が許すまで抱き合った。そばで、ユカナが見ている事も知らず。



(わぁぁー! やっぱり、アルベルトさんとクリスタさんって、そういう関係だったんだ。アルベルトさんは凄いや、魔王まで籠絡させちゃうなんて)


 障壁の外には会話が聞こえていなかったようで、ユカナはとても勘違いしていた。

 

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