第16話 狂信者の国

「アリア!!」


 情けない。俺を狙った攻撃ではなかったため反応が遅れてしまった。


 (くそ、間に合わねぇ)


 レンガがぐんぐんとスピードを上げて、アリアの顔めがけ向かっていく。


 アリアは恐怖のあまり目を瞑ってしまった。


「だめぇっ!!」


 アリアの隣にいたクリスタが咄嗟にアリアを庇う。


「あうっ!!」


「ママ!!」


 レンガはクリスタの背中に命中しドンッと重低音が鳴り響く。アリアはクリスタの腕の中で震えていた。


「悪魔が怯んだぞー」


「「「うおーーーーー!!!」」」


 クリスタにレンガをぶつけた連中は歓喜の声を上げた。


「ふざけんじゃねえぞ!!!」


 俺は我慢できず、連中をひと殴りしてやろうと彼等に近づく。


「アル君! 暴力はだめ!! 力じゃ何も解決しない」


 その言葉に俺は立ち止まり、少し逡巡したあとクリスタ達の所へ向かう。


「すまない、頭に血がのぼり過ぎていた」


 相手は一般人だ。ここで彼等に危害を加えたらそれこそ終わりだ。


「私は大丈夫だよ、アリアも無事でよかった」


 アリアは小さく震えている。余程怖かったのだろう。


「くそ、てめぇら……」


「アル君抑えて」


 そういうクリスタも拳を握りしめて怒り心頭のご様子であった。久々に怒ったクリスタを見たが……こぇーな。


 アリアを里に帰すまではここを拠点とするつもりであったがこうなってしまった以上は滞在する事なんて不可能だ。


「ここから出て直接エルフの森に向かおう」


「…………」


 クリスタは何も言わなかったが無言で首肯した。


 (本当は親書などが必要なんだが……仕方ない)


 アリアは恐怖で立てなくなっていたのでクリスタが背負い俺が道を切り開く。


 俺たちに飛んでくる果物や生活品類などを払いつつ、元来た道へと戻る。


「なっ、門を閉じられている?!」


 入ってきた門は固く閉ざされていた。後ろからは民衆が群勢になってやってきている。


「悪魔を殺せーー!」


「汚れた血を浄化しろーー!」


「勇者から身分を剥奪された魔族を殺せーー!!」


 三者三様の罵倒が聞こえて来る。


 (確かこの国では俺は魔族の裏切り者で同時に勇者に平伏した魔族って教えられてるんだっけか? 全く狂信者って奴等は恐ろしいぜ)


 俺たちは市街地に逃げ込んだ。狭い路地を駆け抜けていると建物の窓という窓から花瓶などが投げつけられる。


「死ね、しねーーー!」


 半狂乱になって物を投げ落としてくる。


「くそ、ここもかよ!」


 ボロボロの建物やつぎはぎのある服装から判断するにここは貧民街なのだろう。神の元に平等などと謳っておきながら、このような地域が根強く残っている事から腐っているとしか言いようがない。


 だが教育だけは上手くいっているようだ。


「女神キルシア様の名のもとにーー!」


 キルシア様の為にーと声が連なる。何処もかしこも狂信者だらけだった。


「国家自体が狂信者の国かよ!」


 複雑に入り組んだ迷路のような貧民街を使って、追ってを撒こうと考えたものの土地勘のある彼等の方が有利であった。


「――っ! また先回りされた」


 狂信者のくせに頭は良く回るようだ。


「はぁはぁ……」


「ママ大丈夫?」


「まだまだ大丈夫よ……ね?」


 心配するアリアに笑顔で返す。しかし口では大丈夫と言っていても、とても辛そうにしている。


 (どこか隠れられる場所を見つけねぇと)


「その前にこの追手をどうにかしないとな」


 未だに後ろには民衆が鎌や鍬を持って追ってきていた。俺は黒魔法を使った。黒魔法を使えるのはこの世界で今のところ二人しかいない。


 俺が魔族の仲間と呼ばれる所以の一つである。


 黒いもやが立ち込み、民衆の方へと広がっていく。そして彼等の視界を奪う。


「なんだ何も見えないぞ」


「うそ、目が見えなくなっている?! 誰か助けてーー」


「くそ魔族の御業だーー!」


「きゃぁ、誰よ私の足を踏んだの!」


 民衆達はパニックに陥り阿鼻叫喚の地獄絵図だった。


「アル君なにしたの?」


 クリスタが心配そうに彼等を見つめる。


「文字通り視覚を奪ってやった。まぁ心配するな、一時的に奪っただけだから時間が経てば見えるようになる」


「そっか……それならよかった」


 クリスタはやっぱり優しい……と改めて認識した。


「パパすごいの!!」


 アリアは感激していた。こんな魔法を使って俺の事を恐れないのは世界でこの二人だけだろう。


「別にすごくねぇよ」


 ぶっきらぼうに言いつつ頭を掻いた。とりあえずこの間に離れようとう促した時、殺気がした。


「誰だ?!」


 殺気のした方向に振りかえると俺の目元をナイフが掠めた。

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