第20話 アリアのおばさま
暫く待っていると、大樹の奥からバーバリアンと杖を突いたエルフが出て来た。
顔は随分としわくちゃだ。しかしその身から伝わる魔力量が尋常ではない。一体何百年生きているエルフなのだろうか。
「お待たせしたね。私が長老のマルダーだよ」
随分としゃがれた声だった。そのせいか聞き取りづらい。
「初めまして、俺は黒騎士アルベルトです。隣にいるのは聖女のクリスタです」
「初めましてこんにちはアリアのおばあさま。ご紹介にあたりました聖女のクリスタです。とは言っても今は力を失ってますが……」
クリスタが「あはは」とから笑いし、ぺこりとお辞儀をする。
俺も遅れて頭を下げる。
「あー堅苦しいのは勘弁だよ。楽にしていい。あんた達が私の可愛い孫娘を保護してくれてたんだって?」
「まあそうですね」
「はい! アリアちゃんといられて、すっごく楽しかったですよ」
「なの! パパとママには親切にしてもらったの!!」
「そうかいそうかい。アリアは随分とあんたらに懐いているみたいだね」
マルダーがアリアの頭を優しく撫で、アリアも気持ちよさそうに目を細める。
「あの……アリアのお父様やお母様ってどちらにいらっしゃるんでしょうか?」
クリスタがおずおずといった様子でマルダーにアリアの両親の事を尋ねる。
マルダーは悲しそうに、目を背けた。
「アリアは独りなんだよ。両親はこの子が生まれてまもなく死んじまってね。それ以来あたしが面倒を見てるわけさ」
「そう……でしたか。辛い事を聞いてしまい申し訳ありません」
「いいさ、いいさ。この子もあたし以外に甘えられる人を見つけられたみたいで安心したよ。まさか、勇者のパーティーメンバーとは思わなかったがね」
マルダーは軽快に笑う。思ったよりフレンドリーな人のようだ。性格も温厚そうだし、後ろから睨みをきかせてくるバーバリアンとは大違いだ。
「こっちからも聞いていいかい? 私たちが三年間、どれだけ探しても見つけられなかったアリアがどこに居たのかを」
「はい、もちろんです」
俺とクリスタは、アリアとの出会いを出来るだけオブラートに包んで話した。
包み隠さず話したら、激怒したエルフ達が関わった人間達を皆殺しにする未来が見えたからだ。
特にバーバリアン。たとえ一人でも死ぬまで戦いそうだ。
「ふむ。成る程な。バーバリアンからも聞いたがアリアの誘拐に教会の人間が関わっている事は間違いなさそうだな」
俺たちの話を聞き、マルダーも教会の奴らが怪しいと睨んでいるようだ。
「マルダー様。お言葉ですが、人間の言う事を鵜呑みにするおつもりですか?」
他のエルフは、ある程度、警戒を解いてくれたのだがバーバリアンだけは、未だ警戒を解いてくれていない。
人間に対しての怨嗟が強い故だろうか。
「バーバリアン、あんたは私の目が腐っとるとでも言いたいのかい? 私はあんたの何百倍も生きとるんだよ。それにアリアは人の目利きはいい方さ、間違っても悪い奴をパパ、ママなんて呼んだりしない」
「なの!」
マルダーとアリアの反論にバーバリアンは悔しそうに下唇を噛む。
「くっ……それでも」
「あんたがソファーリアの件で人間を恨む気持ちも分かる。だが世の中にはいい人間も悪い人間もいる。その事を理解しておくのが大切なんだよ」
「…………はい」
バーバリアンはくるりと振り返ると俺とクリスタに、「疑ってすまなかった」と言って頭を下げた。
「いや、いい別に気にしてないから。変な名前で呼ばれた事以外」
「うん。私も気にしていないから平気だよ!」
これでとりあえずバーバリアンとは和解出来ただろう。少なくともマルダーとアリアがいる限りはエルフと敵対関係になる事はない。
あとは……あの光の事を聞いてみよう。マルダーなら何か知っているかもしれない。
「あの……」
「なんだい?」
マルダーに、グールに襲われた時に発せられた光の事について聞いてみたが「アリアにはそんな力はない筈だぞ。それは聖女の力ではないのか?」と言われてしまった。
アリアの力ではないのだとすると、やはりクリスタ自身から発せられたものであるのは間違いないのだが、クリスタは聖女の力が使えない筈だ。
それなら俺の見間違いなのか? いやそんな筈はない。あの光がクリスタを守ったのだから。
俺が唸っていると、マルダーが興味深い話を掛けてきた。
「あんたらは知ってるかい。魔王様が軍を引き連れて人間界に侵攻して来ている事に」
「え、なんですかそれ!? 初耳です」
「私も聞いたことない」
「だったらアリアを連れてきてくれたお礼に話してあげよう。長くなるから紅茶でも飲みながら話そうか」
マルダーがこっちにこいと手招きをする。後ろでバーバリアンが「ちっ」と舌打ちをした音が聞こえたが、聞こえないふりをしておこう。
「なの! なの!」
後ろからぐいぐいと急かしてくるアリアに押されながら、俺とクリスタは大樹の中に入った。
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