第21話 大樹

 大樹の中は俺が思っていた以上に大きな造りになっていた。中は縦状の造りになっていて、上へ昇る階段は螺旋状だ。


 俺たちはマルダーに先導されながら階段を昇っていく。アリアは楽しそうにはしゃぎながら昇っていた。


「すごい広いな。ここにエルフ達がみんな住んでるのか?」


「そんなわけないだろう。ここはマルダー様、アリア様、そして私たち守護者の家だ」


「守護者って、この森を守るエルフの人って事ですか?」


「聖女の言う通りだ。私たちはこの森を侵そうとする者を排除するという大事な役目を担っている」


 守護者とは、マルダーに選ばれたエルフの戦士達の事を指すのだという。


「だけど、その役目を放棄してアリアを捜していたのか?」


 バーバリアンを含めた守護者達はアリアを探す為に村を抜け出し、それぞれ活動地域に分かれて捜索していた。つまりその間は村の守りが手薄になってしまっていたのだ。


「言い方に語弊があるな。全員で行ったわけではない。それに私たちが留守にしている間は、この森が私たちを守ってくれていた。そもそも契約があるからここに足を踏み入れようとする人間自体が少ないから仕事としては楽なものだ。たまに行き倒れの人間と不届き者がやってくるくらいだからな」


「あんたがそんな軽薄なら考え方をしていたからアリアは拐われたんだよ。しっかり反省しな!」


「も、申し訳ありません……」


 マルダーに叱られ、バーバリアンは頭を下げる。契約があるから人間は入ってくる筈ないと、そんな甘い考えがあったから侵入を許してしまったのだろう。


 彼女達にしてみれば、もう何十年も故意の侵入者などいなかったのだから。


「バーバリアンは悪くないの! 護衛もつけずに外で遊んでいたアリアが悪いの!!」


 アリアが庇うが、バーバリアンは「アリア様は悪くありません」と言って聞かない。よほど責任を感じているようだ。


「なあ守護者って何人いるんだ? ここには30人くらいのようだが」


「ああ、それなら……」


 バーバリアンによると今いる守護者達で全員ではないのだという。各地に散らばる守護者を集めると全員で100人程いるそうだ。


「普通に暮らしているエルフ達もいるんだろ?」


「もちろんだ。正確な数は教えられないが1000人弱といった所だろう。人間が多過ぎるのだけであってこれでも種族としては多い方だぞ」


 確かに人間は多い、それに比べて他種族は数が少ない。その分長命種が多いのだが。


 人間は寿命が少ない分、多くの子孫を残そうとするのかもしれない。


「もう少ししたら全員戻ってくる筈だ」


 各地に飛んでいる守護者達にもアリアが見つかったという報せを送った為、数日経てば守護者達が全員帰ってくるのだという。


「ここだよ、入りな」


「あ、ああ」


 バーバリアンと話している内に、一番上まで昇ってきてしまったらしい。クリスタとアリアが下を覗いて、「たかっ! 怖い!!」 「落ちたら死んじゃうの」とプルプル震えていた。


 怖かったら見なきゃいいだろうに。もちろん、俺は怖くて下なんて見れない。


 部屋の中に入ると、給仕服姿のエルフが紅茶とお茶菓子を運んできた。入れたてであったかかった。


 ほっと息をついた所でマルダーが話始める。


「さて魔王軍の話だが……今はおそらく共和国に侵攻している所だろうさ」


「「共和国に!?」」


 共和国はアルディナの隣に面する大国だ。魔王軍がもうそこまで来ているというのか……こんな時にあのクソ勇者は何してるんだ! お前の役目は魔王を倒す事だろうに。


「その次は神聖国アルディナに、その次は帝国、王国と順に滅ぼしていくつもりだと魔王様は言ってらっしゃったよ」


 マルダーは魔王軍の使者から渡された手紙を俺たちに見せる。その手紙には早く魔王軍の傘下に入るよう促されていた。


「人間は契約を破った。そしてアリアも見つかった。魔王様の催促もあるからあたしらが入らない理由はない」


 マルダーが力強い口調で言いながら、周りのエルフ達を見渡し、アリアに目を向ける。


「アリア。あんたも二人にお別れの挨拶をする時間だよ。もうここには居られないんだ」


「なの……」


 アリアの頭を優しく撫でながら、言い聞かせる様に穏やかな口調でそう言う。


「アリア……」


「アリアちゃん……」


 マルダーは窓の外に目を向けた。


 外では、まだ幼いエルフの子供達が落ち葉を拾って遊んでいる。アリアと歳が近そうだった。


「あの子達は外の世界を……人間達を知らないで育つ事になるんだよ」


 人に対する偏見が酷くなるばかりだと彼女は目を伏せる。

 それから悲しそうに、彼女は窓の外を眺めていた。

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