第33話 ジュドーの最期

「僕は前に誓った制約の手前、聖女には手を出せないから、仕方なく君の相手をする事にするよ」

「上等だ。あん時つけられなかった決着、今つけてやるぜ」


 ジュドーは気怠げに肩をすくめ、あからさまに面倒だと言ってきているようだった。


「早く聖女の力を使って、色々とやりたいのになー」

「……お前にだけは、クリスタに指一本触れさせやしねぇーよ!」


 接近戦ならこちらが有利だ。一気に近づき、その首を狙う。


 だが奴も、接近戦は不得手だと分かっている。


「よっ!!」


「うぉっ!?」


 いきなり魔力の刃が飛んできた。躱せるにはかわせるが、なんだか釈然としない。刃にまったく殺気がこもっていないのだ。


 だが、その一つ一つが絶妙な間隔、位置に放たれており、気を抜いたらあっという間に致命傷になるのは容易に想像がついた。


「くそっ!」


 微妙に誘導されている気がしてならない。


「ほら、君からも攻めてきなよ。一方的なのは好きじゃないんだ」

「ったく、お前の攻撃、前より姑息になってねえか?」

「それは気のせいだよ、アルベルト君」


「ちぃっ!!」


 先程よりも刃の数が増え、その放たれる速度も上がる。全ては躱しきれない。

 黒剣で躱しきれない刃を切断するが、その直後、斬った刃が爆ぜた。


「あぐぁ!?」



 ジュドーから一旦距離を取り、刃の届かない位置まで移動する。


「くそ……」


 幸い傷は浅い。

 どうやら、一つの魔法に能力を重ね掛けして放ってきているようだ。


 魔法に別の魔法を上乗せする事は、相当な魔力消費になる筈なのだが、それを意に介さず刃の斬撃を放ち続けるジュドーは、一言でいって異常だった。


 流石、勇者パーティーメンバーに選ばれるだけの事はある。


 腐っていても、その実力は英雄クラスなのだ。


 そして戦っていて、もう一つ気が付いた事があった。さっきからこいつは……。


「……お前、さっきから俺の腹部を狙ってきてるな?」


「あは! ばれたかい? そうだよ。君が一度怪我した場所をもう一度狙わせてもらってるんだ」


「この外道が」


 聖剣に貫かれた腹部は、クリスタの掌の傷同様、治ってはいるものの、そこだけ皮膚の色が変色していた。そして他の箇所よりも再生力が低い。


 少しの傷で、致命傷を負う可能性があった。


(クロが俺の中にいるせいで、聖剣は俺の天敵なった。だが、クロの、魔族の力がなければ俺はあの時、フィリックスに貫かれて死んでいた……こればっかりは考えても仕方ないか)


 刃でお手玉をするように、次から次へと飛ばしてくる。


「ほらほら、どんどん行くよ」


「くそがぁっ!」



 腹部を庇いながら反転する。

 攻めるチャンスが来ない。奴の猛攻をひたすら躱すので精一杯だ。


(嫌な予感がする……)


 やはりジュドーの攻撃からは、本物の殺意は感じられない。奴の事だ。また何か企んでいるのかもしれない。


 そう思いながらも、時間は無慈悲に過ぎていく。俺の体力の方が限界だった。


(くそ、どこかで攻めないと……)


 何度目かの攻撃を躱した時、それは起きた。


「チェックメイト」


「あ?」


 俺が踏みしめた地面に巨大な魔法陣が現れ、その効果を発揮する。


(――しまった! ここは)


 今俺が立っている場所は、俺とフィリックスの戦いをジュドーが眺めていた場所だった。


 いつの間にか、この場所まで誘導されていたらしい。避けるのに必死で、今、自分がどこにいるのかさえ考えていなかった。


「――っ、やべぇ」


 魔法陣が作動する。この魔法陣からは、ジュドーの殺気が死ぬほど感じられた。


 視界が途切れる。世界が真っ白になった。


◇◆◇◆◇


「やったの……かな?」


 アルベルトがいた場所の地面が爆ぜ、周りの岩や土が落ちてきた事によって、崩落し、瓦礫の山となっていた。


 彼は膝に手を乗せ、荒い息を吐く。


 素の魔力量が多い彼からしても、今の魔法の発動と形成には、それほどの魔力が必要だった。


 ――殺った。


 いくら魔族の力を得た黒騎士といえど、この魔法に耐えられる筈がない。油断していたなら尚更のこと。


 それに多くの人は、戦闘中に地形の事を気にしている余裕はない。


 優先されるべきは自分の命。脳はそう判断する。目の前に危機が迫っていたら、注意がそっちに逸れるのは人間の構造上当然の事だった。


 故に、幼少期から神童、天才と呼ばれ続けてきた彼はこう判断する。


 黒騎士アルベルトは死んだと。


「ふぅ……」


 アルベルトとの戦いが、すっかり終わったと思い込んだジュドーが腰を下ろす。

 完全な油断。それが命取りだった。



「うおぉぉぉぉぉぉー!」



「なっ!?」


 瓦礫の中から、黒いオーラを身にまとわせたアルベルトが飛び出してくる。


 そしてジュドー目掛けて全力の一撃を放つ。


「なにっ!?」


 驚きの声をあげたのはアルだ。


 ジュドーは片手を犠牲にして、アルの一撃を耐えていた。


「ぐぅぅぅ」


 魔法で強化した腕で、攻撃を防いだのだ。

 もう一度斬りつけようとした所で、彼がアルと距離を取り、無事な方の手でアルを制す。


「待て、この人達を失うのは惜しくはないか?」


 彼は慌てた様子で宝玉を取り出し、魔法を行使して映像を映す。そこに映っていたのは、アルとクリスの故郷にいた村の人達だった。

 映像から、城の地下の牢獄に閉じ込められている事が分かる。


「――っ!? 卑怯者め」


「奥の手は最後まで取っておくものさ。本当は聖女を手懐ける用だったんだけど、こういう使い方もありだね」


「お前ほんとくそったれ野郎だな!」


 人質の中には、クリスタの家族もいるだろう。そして、今アルが下手に動けば、彼等が殺されてしまうのは明白だった。


 なにせ、今のジュドーには余裕がない。たとえ彼を殺せても、人質は殺されてしまう。


「大人しく切り刻まれろ!」


 ジュドーが片手で魔力の刃を作り放つ。万が一の事を考えて、いやでも接近しないつもりだ。


「ぐぅぅぅぅぅ〜……」


 思ったよりも痛みが弱い。


 俺の中で、クロが何かしてくれているようだ。彼だって俺と一緒に死にたくはないのだろう。


(耐えられる……が、それだけだ)


 痛みを半減出来たとしても、いずれジリ貧になり、こちらの身体がもたない。


「あはは、これでおしまいだよ」


 少し余裕が戻ってきたのか、ジュドーが勝利の笑みを浮かべ始める。


――もうすぐだ。もう少し耐えろ。もう少しであいつが来る!


 頭に直接クロの声が聞こえてくる。誰が? と聞こうとして、ジュドーの後ろから、猛然と迫る彼女を見た。


――あいつは。



「お前が、お前が教祖様を殺したのかー!!」



「なっ、貴様は!」



 彼が後ろを振り返り、彼女に気づく。

 それはあの時、エルフの村で襲ってきた手練れの修道女だった。


「うぁぁぁぁぁあ!!」


 彼女の持つ双剣の矛先は、ジュドーに向いていた。


 彼は完全に油断していた。自分には俺とクリスタ以外に敵対勢力がいないと思っていたのだろう。


 確かに魔族が退いた今、ジュドーと敵対していたのは一部の民を除いて俺たちだけだっただろう。


 だが、彼は勇者を使って沢山の人を殺した。その中に、修道女が崇拝する教祖もいたのだ。


「死ぬ間際だった教祖様から聞いたぞー! お前が、お前が勇者に教祖様を殺すように命令したんだと!」


「あの……お喋り勇者め、余計な事を……」


 ずぶりと腹部に差し込まれた双剣から、血が垂れ、服が赤黒く染まる。間違いなく致命傷だ。

 これも因果応報なのだろう。先程まで、俺の腹部を狙っていたのに、今は自分の腹部を裂かれる事になったんだから。


「……ジュドー。なんで負けるか教えてやるよ。お前の失態は敵を作り過ぎたことだよ」


 近くまで近付き、その優秀な頭脳が演算出来なかった事を教えてやる。

 だが、もう彼には聞こえていないだろう。目の前の修道女に抵抗するので必死だから。


 人は、目の前に危機が迫っているとそれ以外考えられなくなる。そして自分が接近戦に弱いという事を忘れて必死に抵抗している。魔法を放てばいいのに、慣れない組み手で押し返そうとしている。


 そうこうしている内に、双剣が引き抜かれ、再び振り降ろされる。


 身から出た錆だ。自分のした事が返ってきた。ただそれだけのこと。


「ち、ちが、そんなぁぁあああー! この僕がーーーー!! こんなはずじゃなかったのにーーー」


「死ね死ね死ね死ね、死ねェェェェェー!!」


 何度も振りかざされる双剣。途中からそれは、短斧に変わった。


「ぶく……ぐふっ、つぁ……あ……ぁ」


 世紀の賢者、ジュドー・アルカナム。


 その最後は惨めなものだった。修道女に馬乗りにされ、頭部や腹部に何度も短斧を振り下ろされた彼の遺体は、回収される頃には原型を留めておらず、元が誰だったのかも分からない程の肉塊に成り下がっていた。


 ジュドー・アルカナムという名前だけ、世紀に名を残す大魔導師から、世紀に名を残す反乱者として歴史に刻まれた。 


 黒魔法“魂消滅”


 残った力を使い、ジュドーの魂を永遠の闇に葬った。これであいつは2度と生まれ変わる事が出来ない。魂の情報を完全に消去してやったからだ。


「ゲホッ」


 ジュドーから喰らった蓄積ダメージも相まって、血反吐を吐く。だけど、やる事はやった。



「はは……ざまーみろ」



 身体に力が入らない。俺はそのままバタリと倒れた。

 倒れたまま、視線を横に向けると、誰かが俺の方に駆け寄って来るのが見えた。



「アル君!?」


「パパッ!!」



「ははは……アリアが見える。これは幻覚か……な……」


 力なく笑い、目を閉じる。それが幻でも夢でもいい、最後にアリアを一目見れて良かった。


 そのまま俺は、意識を手放した。

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