第34話 アリアとの再会 そしてエンドロールへ

「アル君! アル君!!」


 ――ああ、誰かが俺を呼んでいる。それに、なんだか暖かい。


「う……うぅ……」


「良かったアル君生きてる!」

「なの!」


 誰かが俺の頬をぺしぺしと叩く。誰だ? クリスタか?


 アリアの声も聞こえた気がする。これは現実? それとも夢? なんにせよ、起きてみれば分かることだ。


「う、ううん……」


 目がしばしばする。目を開けて最初に見たのは、クリスタの泣き顔だった。


「俺は……大丈夫だよ」


 虚勢を張って、無理矢理身体を起こそうとすると、クリスタに止められた。


「アル君無理しちゃだめ。今治療中だから、起き上がるなら治療が終わってからにして」


「うぅ……わりぃ」


 頭の辺りが妙に柔らかい。状況から察するに、クリスタに膝枕してもらっているようだ。ついでに治癒魔法も掛けてもらっているらしい。


 妙に熱っぽいのはこれのせいか。


 そして片手には、ちっちゃくて柔らかい、それでいて暖かい感触があった。


「アリア……か?」


「なの!」


 元気な返事がかえってくる。薄目を開けて隣を見ると、エルフの耳をピクピクとさせたアリアがいた。


「二人とも、特にアリア。無事で良かった……他の人は?」


 そう問うと、アリアの耳がしゅんと下がる。嫌な事を聞いてしまっただろうか。


「なの……みんなアリアを逃すために勇者と戦ったの。そして誰も帰って来なかったの」

「…………そうか。辛い事を聞いて悪かったな。でも、アリアが無事で本当に良かったよ」


「なの……あ、バーバリアンは、アリアの護衛として一緒に逃げたから無事なの! あとあと、アリアも、パパとママが無事で本当に良かったの!!」


 アリアがぎゅっと俺の左腕辺りにしがみつく。今は身体を起こせないため、抱いてあげれないのが悔しまれる。


「アリア、ありがとな……クリスタ、勇者は?」


 一番の憂いであった勇者の事を聞く。だけど、ここにクリスタがいるって事は……。


 クリスタが、ふふんと自慢げに胸を張る。


「異世界に送還してやった。もっとも、元いた場所に帰れたかは分からないけどね」


「はははっ。そうか、あの野郎も逝ったか」


「うん。正直ムカついたてたから、やりきってスッキリした」


 てへへっとクリスタが可愛らしく笑う。やっぱり彼女は怒らしてはいけない。


「それで、ジュドー君は……」


 そう切り出し、クリスタはちらっと視線を上げる。


 アリアもそちらの方へ向いて、すぐにうえっと顔を顰めた。


「まあ、見ての通りだな」


「そっか……なんか少し可哀想だね」


 クリスタが目を伏せる。俺も、見ていて気分の良い物ではなかった。


「でも、奴はそれだけの事をしでかした」


「うん……」


 それは言葉に表せないほど酷い有様だった。


 なにより顔、腹部辺りが特に酷い。それはもう、人と呼べる物ではない。


 すでに修道女の姿はない。大方、敬愛する主の元へ向かったのだろう。



「色々あったね……」


「ああ。だがもう全て終わった事だ」



「うん……」



 しんみりとした雰囲気が漂う中、アリアが「へくちゅん」とくしゃみをする。


「あ、ごめんなさいなの……」


 そんなアリアを見て、クリスタがくすっと笑う。


「なの?」


 はい、暗い話はおしまい! とクリスタが言って、俺の肩をドンッと叩く。


「いてて、俺は怪我人だぞ」


「もう治したから大丈夫だよ。アル君が変な事をしない限り、傷口は開かないから」


 聖女としての力を取り戻したクリスタは、力を失う前よりもその権能の効果が高まっていた。


 前に聖剣に貫かれた傷も完治している。


 完全に覚醒したからなのだろうか? そこら辺は本人に聞かないと分からない。


「さて、アル君の怪我も治った事だし、他の人の怪我も治しに行かないとね。だって私は聖女だもん」


「そうだな。お前は聖女だったもんな」 


「なにその言い方ー! 聖女じゃなかったらなんだっていうのさ!!」


「脳筋女」


「んなっ!? 私は脳筋じゃなーい!!」


 クリスタのフルスイングに脳が揺れる。


「へぶっ!? だから俺、怪我人……」


「もう、行くよ!」


 一応、手加減してくれたのだろうか。数秒で脳の揺れはおさまった。



「一人で治すのか?」


「……私しかいないでしょ?」



 この中で傷を癒せるのはクリスタだけだ。いや、もしかしたらアリアも治癒魔法を使えるかもしれない。


 そう思い、アリアの方を向くと、アリアは静かに首を横に振った。


「アリアは無理なの……パパとママの力になれないの……」


「い、いや気にしないでいいんだよアリア。俺も使えないし、それにクリスタがみんなを治してくれるから」


「なのー……」


「アル君の役立たず〜」


「おいっ!!」


「冗談だんだよ。それにアリアにはやってもらう事あるよー」


「の?」


「私と一緒に、怪我人のお世話を担当してもらうっていうね。もちろん心の方の」


「――っ、なの!!」


 アリアが俺から離れて、今度はクリスタにぴょんと抱きつく。ちょっと寂しい。


「ほら、アル君も立って立って」


「ああ、分かったよ」


 瓦礫に埋もれている人達もいるだろう。


 そういう人達は、俺が瓦礫の下から助け出す事になるだろうが……絶望的に人手が足りない。


 三人だけじゃ、救えない命もある。その時、声が聞こえた。


 俺の中に眠るクロの声だ。


 ――三人だけでは無謀だ。


――そんな事わかってるよ。何かいい案でもあんのか?


 ――魔王ラーニィーに救援を頼め。彼女なら快く人を送ってくれるだろう。根は優しい方だからな。


――それっていいのか? 魔王との約束では……。


 ――彼女だって、他の魔族にバレないよう上手くに手伝ってくれる筈だ。彼女には、俺の他にも信頼出来る部下がいるからな。


 自分意外にも信頼出来る部下がいる。クロは少し淋しそうにそう言った。


 確かに魔王の周りにいた部下達は、人々を襲わず、ただ遠くからその光景を静観していただけだった。


 彼等も魔王と同じで、人を無差別に殺したくないからあの場にいたのかもしれない。


――……分かった。二人にもそう伝えてみる。


 ――アルベルト。


――なんだ?


 ――頑張れよ。


――ああ。


 彼が初めて笑ったような気がした。



「アル君?」



 急に黙り込んだ俺を心配してか、クリスタが横から俺を覗き込んでいた。


「うおっ!? 悪いクリス、少しクロと話してた」


「クロ君はなんて?」

「魔王に応援を頼めってさ」


「魔王に……でもいい考えだね。人と魔族が助け合えば、人と異種族が再び共存するきっかけになるかもしれない。たとえならなくても、その第一歩に繋がるかもしれない」


「ああ、俺もそう思う」


「アリアも手伝うの! 近くで待機しているバーバリアンに魔王に言伝を伝えて来るように言ってくるの!!」


「ありがとアリア。アル君も手伝ってよね」

「わっーてるよ! 俺をサボり魔みたいに言うな」


 アリアがピューと小走りで、バーバリアンの元へ駆ける。とても可愛い。



「アル君……」



 今、この場に残っているのは俺とクリスタの二人だけだ。

 


「クリス……」



 幼馴染の名前を呼ぶ。


 クリスは彼女の愛称だ。


 今のところ、彼女の愛称で呼ぶ事を許されているのは俺だけの筈だ。リュカはノーカンだ。あいつは初めてあった時から、クリスちゃんと呼んでいたから。


 クリスタと正面から向き合う。そしてキスをした。



「んっ……んんぅ……」



 深く、絡め合う。

 クリスタの口から、甘い吐息が溢れる。アリアが戻ってくる暫くの間、俺は彼女と甘い時間を過ごした。


 気付けば、俺は彼女の腰を抱いていた。



「んぅー……」



(そういや、ユカナとリュカはどこ行ったんだろうなー……)


 二人と再会するのは、バーバリアンが呼んできた魔王直属の配下と一緒に、被害にあった人達を救出し、それから暫くしてからの事だった。


 俺たちとは別に、ユカナ達も城に囚われていた人達を救っていたのだ。その中にはリュカの家族もいたし、クリスタの家族もいた。


 リュカはジュドーに脅されて従っていただけだと分かったし、みんなが無事で本当に良かった。



 ――そして、月日は流れ、魔王と約束した一ヵ月が経ち、それから三年が経った。

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