追放の日 クリスタ視点

「……アルベルト、クリスタ。お前達は今日でクビだ」


 私がユカナさんと食事の配膳をしている時、唐突にケンジ様からクビを宣告された。


 何を言われたのか一瞬理解出来ず、盛り付けた料理共々皿を落としてしまう。


 確かに最近不調が続き、パーティーの中でも役に立ってない事は自覚していた。その度に幼馴染は私の事を励ましてくれた。今もそう、彼は私の事を庇おうとしてくれている。


「ケ、ケンジ様。どうして俺達を追放するんですか?」


 みんなの視線が私とアル君を行き来する。とても冷たく、とても怖かった。彼等の中でも特に私たちの事を邪険に扱ってきたジュドー君とフィリックスさんが私とアル君を睨み付ける。


 それだけで心臓が締め付けられるような感覚を味わった。


 旅の始めの頃のフィリックスさんはとても優しかったのに、今のフィリックスさんにはその面影は全く残ってなかった。


 私の事を何か汚い物を見るような目で見てくる。


「お前達は、そんな事も分からないのか。これだから卑しい身分の者は……」


「そんなに、カッカするなよ、フィリックス。この田舎者の黒騎士さんは、聖女がどういうものか知らなかったんだからさ」


 フィリックスさんが私達の事を卑しい身分だなんて言うなんて考えられなかった。


 私の中のフィリックスさんの印象は誰にでも優しくて誠実な人。ジュドー君が旅の道中で悪戯をするのを聖騎士として毎回止めていた。


 しかしある時を境にフィリックスさんがジュドー君の行動を黙認するようになった。それからジュドー君の悪戯は度が過ぎていくようになった。


 アル君もやめるように何度も促していたが、その度にフィリックスさんが邪魔をしていた。まるで人が変わったようだった。


 私がパーティーに馴染めなかった頃。アル君がいなくなるとすぐにおどおどしていた私を心配したフィリックスさんが気さくに話しかけてくれ、他のメンバーとの仲を取り持ってくれた。それからユカナさんやリュカさんともよく喋るようになり、私たちは家族同然のような日々を送った。


 アル君とフィリックスさんが言い合っている。そんな二人の姿を見たくはなかった。アル君は誰とも馴れ合おうとはしなかったけど、決して仲が悪い訳ではなかった。フィリックスさん達とよく一緒にお酒を飲んでいたのを見たことがあるから。


「貴様は勇者様が悪いと言うのか! これだから黒騎士は……」


 アル君が責められているのを助けたいのにフィリックスさんの剣幕に気圧され私は何も言えなかった。


 みんなは私とアル君が関係を持ったから能力を失ったと考えている。そんな筈はない。確かに昔の私はアル君に好意を向けていた。初めの頃は無関心だったアル君も時が経つにつれ徐々に心を開いてくれるようになった。このまま村で一生暮らしていくなら伴侶はアル君がいいなとさえ思っていた。


 でも私が聖女だと分かり、勇者パーティーに選ばれたと聞いた時に二人で誓ったのだ。


 一生、幼馴染の親友でいようと。


 自分で決めた事だけど後からなんべんも後悔した。聖女なんて肩書きを捨ててアル君と二人で逃げ出したかった。


 あの日私はアル君に嫌われても仕方なかった。


 それなのにアル君は怒るでもなく、ただそれを受け入れてくれた。他には何も言わず「分かった」と一言だけ言って。アル君を傷つけたかもしれない、そう考え、出来るだけ普段と同じように接した。


 そうはいってもお互い少しぎこちなかった。だからパーティーと生活するようになってからはアル君とも疎遠になっていた。代わりにユカナちゃん達と共にする時間が長くなった。


「俺が彼女の事を大切に思ってる事は確かです……ですが異性として彼女を見た事はありません」


 こんな時にでもアル君はアル君だった。


 今、アル君は私の名誉の為に戦ってくれているのに私は何も出来ない事が悔しかった。私が震えている事に気付いたアル君が抱き寄せてくれた。なんだか暖かくてとても安心した。


「分かった、俺達はパーティーを去る。だがこれだけは理解してくれ、彼女の尊厳にも関わるんだ。俺とクリスタは、幼馴染みの親友で、それ以上の関係ではない。それだけ分かってくれれば十分なんだ」


 アル君が話を切り上げ、この場から離れようとする。そこで今まで黙っていたリュカさんが声を挙げた。


 当然擁護してくれるのだとばかり思っていた。

 

 でも、彼女から出てきた言葉は否定的な言葉ばかりだった。


「そうだな……誠心誠意、謝罪しよう」


 それに対してアル君が片膝をつこうとする。私はそれがどうしようもなく嫌だった。そしてその矛先が私にも向いた。


「お前も謝れよ、売女!」

「フィリックス!! お前……」


 容赦の無い言葉の嵐に涙が溢れ出てきた。とめどなく流れ落ちる涙でアル君を心配させたくなかった。


 何かアル君とフィリックスさんが言っている。そう思った次の瞬間アル君が後ろに突き飛ばされ、私はフィリックスさんに服を掴まれ、一気に引き裂かれた。


 その時私はフィリックスさんの瞳を見てしまった。その瞳は本当はこんな事したくない、そう言っているようだった。


 私の身体を見たアル君がサッと顔を背けた。私の事を見ないように必死だった。アル君は耳まで真っ赤になっていた。


 ふふっ、アル君は昔と全然変わってないや。


 フィリックスさんが私の髪を強引に掴む。痛みでつい声を挙げてしまった。


 フィリックスさんの顔が一瞬歪んだ。そして私の髪を掴んでいる手はプルプルと震えていた。


 さっきもそうだった。自分の意思とは関係なく動いてるようだ。


「フィリックス、その手を離せ!!」


 アル君が私の事を助け、着ている上着をかけてくれた。アル君の匂いがしてなんだか落ち着いた。後ろに退いたフィリックスさんはアル君が私を助けてくれた事に安堵しているように見えた。


 アル君にこの事を言っても信じてはもらえないだろう。


 私の気のせいかもしれないんだから。


 そのままアル君と一緒にパーティーから離れた。ユカナちゃんだけは最後まで罵る事も擁護する事もなかった。


 それが逆に悲しかった。罵倒でもなんでもいい、何か言って欲しかった。


 ユカナちゃんは去っていく私たちをいつまでも見つめていた。

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