第3話 王都脱出

 俺は宿を壊すような勢いで、入り、階段を駆け上がる。宿の人達は何事かと目を丸くさせている。


 だが、今はそんな事に構っている場合ではない。


「クリス!! 無事か?!」


 俺がドアを開けた瞬間、ベットに腰掛けていた少女がビクッと肩を震わせた。


「ア、アル? びっくりした。何事かと思ったよ」


 俺は深く息を吐き出した。良かった、ジュドーの奴びびらせやがって。


「君が無事で、安心したよ。もう体の方は大丈夫なのか?」


「うん。体は大丈夫なんだけど……やっぱり力は使えないみたい」


「そっか……必ず、君の力を取り戻す方法があるはずだ。ひとまず王都を出よう、準備はしてある」


「う、うん。分かった、支度するね」


 クリスタがいそいそと着替え始める。一応、俺もいるんだけど全く気にしていない。


「あーー。俺、出てた方がいいよな?」


「なんで? 別に気にしないよ、アル君の事、男の子だと思ってないし」


 ぐふっっ。改めて男としては見てないよ、と言われると心にくるものがあるな。


 だが、一応目は瞑った。


 俺達は旅の前、こういう関係性を望んだ筈だ。それが必要な事だと思ったからだ。


 クリスタの着替えが終わり、宿を出ようとした時、部屋の前に人の気配がする事に気付いた。


「クリス、下がってろ。……部屋の前にいるやつ、ゆっくり入ってこい。危害を加えようとしたら分かってるよな」


「分かっておりますとも」


 聞こえてきたのは老人のしゃがれた声だった。そして中に入ってきた人物を見て、思わず二人して驚きの声を上げてしまった。


「「だ、大司教様!!」」


 部屋に入ってきた人物は、王都にある教会で、一番偉い神父の大司教様だった。


「大司教様。どうしてこちらに?」


 コホンと喉を整えると。大司教様は話始めた。


「ここに来たのは大事な……大事な話を伝えに来たのじゃ。そして、今いる私はただの神父から聞いた話にしておくれ」


 ただならない雰囲気に俺とクリスタは黙って聞く事にした。


「まず、クリスタ様が力を使えなくなったのは、人為的な策略によるものであり、それを仕組んだのは国王陛下でございます。食事に少しずつ薬を混ぜ、クリスタ様の力を封じ込めていったのです」


 神父は、事の顛末を語り出した。


「薬の製作者は魔導士であり、研究者のジュドー様。実行犯はフィリックス様。全ては国王陛下と勇者様によって仕組まれた事なのです」


「何故そのような愚かな事を? 魔王が倒せなくなると分かっててやったのか?」


 俺には理解できなかった。


「それは、勇者様が今のままでは魔王に勝てないと悟り、勝つためにはどうすればいいか、模索した結果、クリスタ様の力に目をつけたのです」


「彼等は、クリスタをどうするつもりなのですか?」


「詳しい事は、私にも教えては下さりませんでしたが、なんらかの実験をしようとしてる事は分かりました。……クリスタ様の命を使って」


 クリスタがその言葉を聞いて、身震いし、俺の方にその華奢な体を近づけ、密着させる。


 彼女の心音がすぐそばで聞こえる、それに彼女の香りも。


 くそ、フィリックスに襲われた時から、変に意識してしまう。


 俺は邪念を捨て、話に集中する。


「神父様。何故俺達にその話をして下さるのですか? そもそも、その話は事実なのですか?」


「信じる、信じないはあなた方に任せます。私は神のお導きに反すると思い、お伝えしようと思っただけですから」


 そこまで話すと、クリスタが立ち上がり、深く頭を下げた。


「私達に、命の危険を顧みず、お伝えしていただき感謝します。この御恩は絶対に忘れません」


「お、おい。クリス?」


 クリスタは俺に向き直った。上から見下ろされているため、こうしていると俺が年下のように思えてならない。


 年は一緒なんだが、彼女は大人びて見える。


「アル君、この人は信用できるよ。聖女の私が言うんだから間違いない。自分の立場が、悪くなると分かっててここに来てくれたんだ。感謝こそすれ、非難するいわれはないよ」


「そうだな……お前が言うならそうなんだろ。神父様、疑って申し訳なかった」


「いえ、当然の事ですので」


 俺は一生、クリスには敵わないんだろうなぁとしみじみ思う。


 その時、急に宿が騒々しくなった。窓から外を覗くと、兵士が宿を取り囲んでいた。


「……不味いな、もう来たのか」


 どうすれば、クリスタを連れてここから、出られる、俺が囮に……いや、ダメだ今のクリスじゃすぐに捕まってしまう。


「私が彼等を引きつけましょう」


思ってもいない所から声がかかった。


「出来るのかアンタに? いや、ここまでして大丈夫なのか?」


「大丈夫ではないでしょうが、聖女様の為と思えばなんとでもないですよ」


 ほっほっほ。と大司教様は軽快に笑った。


 それはつまり、聖女様だから助けてくれるのであって、俺だけだったら、助けて貰えなかったという事だろう。


 まぁ、黒騎士はどこに行っても大抵嫌われるものだもんな。


 俺とクリスタは、大司教様が時間を稼いでいる間に、裏口からこっそり出ると、クリスタを抱き上げ、全速力で駆け抜けた。


 自慢ではないが、俺の全速力について来れるのは、勇者や聖騎士のフィリックスくらいだろう。


 こうして俺たちは検問所を強引に抜け、無事に王都から出ることができた。


 走っていた俺達を視認できた人は殆どいないだろう。 彼等は、強い風が通り過ぎたとしか思わなかったはずだ。


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