第2話

 


「はっはっはっ! 心配はいらない! 君たちのことはフレデリック殿下に聞いている! アバロンからようこそ‼︎ 私はランスロット・エーデファー! アルバニス王国騎士団騎馬騎士隊隊長、及び騎士団長を務めている! 今年で二十八歳、彼女は募集中だ! はっはっはっ!」

「僕はハーディバル・フェルベール。歳は十三。魔法騎士隊の隊長です」

「ご馳走様であります!」

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」



 なんだ、このテンション。



「って十三⁉︎」

「今? 遅」


 騎士団長のテンション高すぎて一瞬流しそうになったけど、十三って。

 ハクラと同い年ではないか。

 そんな子供が、騎士隊の隊長?

 目が飛び出す勢いだ。


「ハーディバルくんは名士フェルベール家のご子息だからな!」

「姉は教師、兄はフレデリック殿下とジョナサン殿下付きの執事やってます」

「そしてハーディバルくんは私の世話係でもある!」

「お世話係が板についた一族です。もはや呪いの類です」

「の、呪いって…ハーディバル先輩が言うと洒落に聞こえないです〜」


 先輩…。


「八割本気で言ったです」

「はっはっはっ!」

「は、はぁ…」


 早くも違う意味でお腹いっぱい感。

 ラックパフを食べ終わったハメストは、敬礼してから持ち場へと戻っていく。

 そして残されたリゴたちと騎士二人。

 しかしよくよく考えると隊長格がお二人もお出迎えしてくれたのだ。

 アバロンに騎士はいないが、隊長が偉いのは分かる。

 なんと恐れ多い。

 ゴクリと息を飲む。


「それよりランスロット団長、アバロンからのお客が来たとかどうとか、僕にもわかるように説明してほしいです。急いでないとはいえ報告された魔獣はそこそこ大型です。闇魔法を使っていいなら僕一人でも討伐は可能です。僕一人で行ってもいいです」

「いや、事情はスヴェンくんにも話してある! 彼らをスヴェンくんに預けて来てからでもいいだろうか⁉︎ 客人たちも申し訳ないが、私はこれから魔獣討伐の任務が入ってしまってな! 夜には戻れると思うのだが、それまで別な者に貴君らを任せて良いだろうか⁉︎」

「なんでアルフ副隊長でなくスヴェン隊長なのか疑問です」

「書類仕事で三徹していて頼めなかったからだ! 帰ったら私もしばらく執務室ごもりだな! はっはっはっ!」

「普段から処理しておかないからです。これだから騎馬騎士隊は脳筋ばかりと言われるです。一人くらい頭のいい奴入れるべきです。衛騎士隊から事務処理の得意な子でも引き抜くといいです」

「いや、それはダメだ。書類には目撃された魔獣や討伐依頼の魔獣の特徴なども多い。ちゃんと目を通さねば命取りになることもある。仕事はちゃんと自分でやらんとな! はっはっはっ」


 あ、意外と真面目…。

 豪快な感じとは少し違うようである。


「ともかく、そういうことだ。帰ったら間違いなく! 貴君らの話を伺おう! 構わんかな⁉︎」

「は、はい!」

「ではハーディバルくん! 南凱旋門で待っていてくれたまえ! 彼らを宿舎に送り届けてからすぐに向かうとする!」

「ここまで来たなら僕も行くです。どうせ目的地は同じです」

「さすがハーディバルくん! 私のお世話係として同行してくれるのだな! ありがとう!」

「マジ煩いです。音量下げるです」


 ど、毒舌…。

 いや、奴隷であるリゴたちには見慣れない歳下の部下による歳上の上司に対する容赦ない暴言は、この国では普通…なのかもしれ、ない?

 そんなデコボコな二人に連れられた先は王城だ。

 町を見下ろす巨大な山の麓に佇むその城は、麓に広がるまたさらに広大な湖を超えなければたどり着く事は出来ないようだった。

 真っ青な湖には、いくつかの建物も浮かんでいる。

 そう、文字通り浮かんでいた。

 目を剥く四人。


「建物が浮いてる…! どうなってんだ⁉︎」

「…? 魔力で浮いているです。どうということはないです」

「い、いやいや⁉︎ どうやって行くんだよ、あんな所⁉︎」

「ふむ…アバロン大陸は魔力がないと聞いていたが……貴君らには見慣れないかな? 湖に浮遊しているのは城に仕える士官や騎士たちの宿舎、訓練施設、研究所、その他諸々だ! 一般人はなかなか立ち入れない場所ではあるが、城からの行き来は転移魔法があるので簡単なんだぞ!」

「! …じゃあ、城に住むっていうのは…」

「浮遊している建物は通称浮遊城壁施設というです。元々この湖はあれらの施設があったのを、浮かせた事で出来たといいます。アルバニス王国はこの大陸を平定するまで、それはもう長く戦争を繰り返したと伝わっているです。アルバート王は奥方様をお迎えになった時、そのお力をお借りし、城の下に山を作り、山の周りを湖にしたといいます。要するに鉄壁の城塞にしたという事です」

「…は…? え? や、山を作った…?」

「アルバート王の奥方様はこの世界を創造なさった幻獣の子孫! 山一つ作るくらい訳がないという話だぞ! さすがの私も作ったところは見たことがないが…ドラゴン族の皆様同様、天候を操るところは何度も見ている!」

「天候くらい僕でも操れるです」

「天文部の仕事だしな!」

「……………。…は、ははは…天候を…操れる…? 人間が? …魔法ってのはそんなことまで出来るのか…?」


 もはや笑うしかない。

 毎年台風で死者や行方不明者が出るラズ・パスでは、祭で祈りを捧げることくらいしか出来ないのに。


「天候はデリケートです。操れたとしても一年のバランスを綿密に計算して、大災害に成りえそうなものを回避するためのちょっとした操作しか許されてないです。畑の水やりの雨ですら、厳重に管理されてるです」

「台風とかもないのか?」

「ないことないです。でも規模や通過経路など予想出来ます。予報を出して、民も国も対策を講じますから…被害は最小限で済みます」

「よ、予想! 天気を⁉︎」

「…まさかアバロン大陸は天気の予測も出来ませんか? え、しょぼいです」


 しょぼい。

 グサッと四人に突き刺さる言葉の暴力。

 …そんなはっきり故郷をしょぼいと言われると切なくなる。


「飛行機を飛ばせる程度には、科学は進歩したと聞いているが…」

「飛行機を飛ばすなら天候を知る術くらいないとダメです」

「お、俺たちが知らないだけかもしれません…。俺たちは奴隷でしたから…」

「どれい? …って、なんです?」

「⁉︎」

「⁉︎」

「⁉︎」


 首を傾げる少年隊長。

 いや、アルバニス王国には奴隷はいないとフレデリックは言っていた。


(まさか存在そのものを知らないなんて…)


「太古の昔、労働力として家畜同然に使われた人間がいたそうだ。それを奴隷というそうだぞ!」

「あ、辞書で調べたので団長の解説とかいらないです。…ふーん、人権を奪われた人間ですか。太古の権力者たちはたいした功績もないのにそんな事をしていたですか」

「??? …そ、それは?」


 ハーディバルの手には例の通信端末。

 手のひらサイズのその平たい箱をぱかっと開くと、調べた、とか言う。

 リゴが恐る恐る聞くと、表情を変えない子供は首を傾げる。

 どうやら表情筋が死んでるようだ。


「通信機です」

「アバロン大陸にはないのかな⁉︎ 我が国では一人一台が常識だぞ!」

「…さっきの騎士の方が言っていた、この国の連絡手段…と言うやつですか?」

「うむ! この国では一人一人個人番号というものが生まれた時に与えられる! その個人番号でもって国は民の人数などを管理しているのだが、民はその個人番号を生活のあらゆるところで利用するんだ! 通信機はその代表みたいなものだな!」

「連絡IDは個人番号の一部を利用したその個人の連絡先です。一人一人必ずあるです。通信機も一人一台が常識です。通信機は連絡する以外にも様々な機能を持ってるです。ありすぎるので一人一人通信機はカスタマイズしてあることが多いです。僕の場合は仕事でも使うです。ので、地図の他に辞書や図鑑や仕事の資料なんかも入ってるです」

「ええ⁉︎ そ、その小さいやつに地図や辞書が⁉︎ どど、どういうことですか⁉︎」

「こういう事です」


 そう言ってハーディバルが端末を開き、見せてくれた。

 透明な画面から光が出てきて、端末の真上に町の地図が立体で浮かび上がる。

 これが、紙じゃない地図!


「因みに、個人番号はクソ長いので自分の個人番号を暗記してる人はまずいないです。…アバロン大陸はどうやって国民を管理しているです?」

「…え…ええと…アバロン大陸には国が三つありまして…」


 しかし、ラズ・パスで国民がどのように管理されているかなんて知らない。

 リゴたちは奴隷だ。

 おそらく奴隷なんて管理すらされていない。

 奴隷番号は足の裏に生まれた時、焼印で焼き付けられるが…それもどうやって管理していたのか…。

 と、いう話をすると絶句される。


「アバロン大陸…理解不能」

「ま、まあ…アバロン大陸とは断絶が決まったと殿下が仰っていたし…はっはっはっ…。とりあえず城に行くとしよう。他国の話はなかなか興味深いが、のんびりしていたら夜になってしまう!」

「同意です。今日は金曜日…兄様が帰ってきます。兄様にパルプシチュー作ってもらうです。早く帰るです。その為には早く任務を終わらせるです」


 なんかあんまり美味そうじゃない名前のシチューである。

 しかし、ランスロットは「パルプシチューか! エルメール殿の料理はなんでも美味いしな!」と腰に両手を当てて笑う。

 笑いながらランスロットが歩み寄ったのは船着場…ではなく、城門のように見える石畳で作られた広場。


「兄様といえば兄様、スヴェン隊長と別れたそうです」

「ゲホッ! ゲホッ!」


 …そして突然の咳き込み。


「ひゃ、ひゃめたまへちょちゅちぇんなんぴゃね⁉︎ …ンンン、ゲホッ! か、噛んでしまったではないか…! そ、それに集中できない!」

「スヴェン隊長、今度お見合いなさるそうです。あの方一人っ子後継者ですから仕方ないです。…あ、団長も一人っ子で後継者です? 余計なこと言ったです」

「ン、ンンン…お見合いか…私も確かにフレデリック殿下から百人近いお話を頂いていたな…」

「早く決めないとスヴェン隊長みたいにフレデリック殿下からパーティ企画されるです」

「それは嫌だ! 国家予算まで使ってお見合いパーティなんて…!」

「うちとエーデファー家とヴォルガン家は御三家ですからねー、団長とスヴェン隊長の嫁候補としてもっと大々的に募集するといいです」

「国家予算はダメだろう⁉︎」

「そのくらいのプレッシャーがないとお前らは結婚に至らなそうです」


 ランスロットが二の句の告げない苦い顔になる。

 なんだ、この力関係。

 置いてけぼりで、困惑する四人に気がついたのはハーディバル。

 湖の畔の広場中央に佇むと、次の瞬間、そこに魔法陣が現れる。


「…さ、行くです。一度城に行って、それから騎士宿舎の結婚出来ない天空騎士隊隊長におじさんたちを預けるです」


 お、おじさんたち…。


 謎のショック。

 一応二十代なんだがそんなに老けて見えるだろうか?

 シュン、と落ち込む四人と、結婚出来ないと言われて落ち込む騎士団団長。

 陣に乗ると、光に包まれて気がつけば巨大な城の城門の内側に立っていた。

 転移魔法…本当に便利だ。


「あちらの門は王の棲む城に続いているです。用がないと入れないです」

「…あ、あちらが王族の居住区というやつですか…」

「です。あと、迷わないよう城壁施設についても簡単に説明しておくです。アルバニス王城の周りに浮かぶ城壁施設は全部で六つあるです。一つ目は我々騎士団所有の諸々が入った騎士団の施設。騎士団への施設へはあちらの赤い転移陣から行くことが出来るです」

「騎士のオブジェがあるから分かりやすいだろう⁉︎」

「は、はぁ…」


 城門の左右に三つずつ、色の違う転移陣が並んでいる。

 その手前には、恐らく行き先を示すようなオブジェが飾ってあった。

 赤い転移陣の前には馬のオブジェ。

 その横の黄色い転移陣の前には本のオブジェ。

 さらにその隣の紫色の転移陣の前には美女のオブジェ。

 そして反対、左側に並ぶ三つは青い転移陣と杖と盾と剣のオブジェ。

 緑色の転移陣の前には花のオブジェ。

 白の転移陣の前にはクリスタルのオブジェ…。


「本のオブジェ、黄色い転移陣は図書館や博物館、資料館への道です」

「と、図書館! あの四千年分あるという⁉︎」

「良く知っていましたです…? そうです。通称『歴史と知識の城壁』と呼ばれているです。『歴史と知識の城壁』は王都の学業施設や研究施設などとも繋がっているので、たくさんの人が利用しているです。大きさは六つの城壁の中でも一番です。あらるゆジャンルで知識を求める者は必ず一度は立ち入る場所です」

「おおおお…! 行ってみたい!」

「おじさんは勉学に興味があるです?」

「は、はい! その、アバロンでは金持ちしか勉強が出来ないもんで…ずっと憧れていたんです!」


 その憧れの詰まった場所への道が、目の前に!

 興奮するなという方が無理だ。


「それならひと心地ついてから案内してやるです。初心者は間違いなく迷うです」

「『歴史と知識の城壁』は本当に広い。宿泊施設まである程だ」



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