南国の首都

第1話

 


 翌朝9時。

 フレデリック様はあくびをしながら列車に乗り込んだ。

 やれば出来るじゃん、さすがフレデリック様! …と思ったんだけど…。


「あ〜、ックソ眠ぃぃ〜〜! 寝るからな? 俺は寝るからな⁉︎ 絶対起こすんじゃねーぞ、フレディ!」

「分かってるよ、可愛い僕のヨナ。昨日はたくさん飲ませすぎてゴメンね」

「……クッソ…なんで双子なのに俺だけ二日酔いなんだっ…!」

「………………」



 つまるところ、徹夜だ。


 昨日、本屋から駅に行き、その後フレデリック様が行ったのは酒屋だった。

 強い酒を持たせるだけジョナサンと俺に持たせて夕飯の後はひたすらジョナサンと酒盛り対決。

 付き合わされたジョナサンは今朝、顔色がとびきり悪い。

 体格がいい上、服の着こなしが(サイズ的に)ワイルドなので二日酔いの険しい顔つきに人の波が面白いほどよくはけていく。

 まあ、完全に裏社会関係者だ。

 対するフレデリック様は相当に酒にお強いのか、顔色一つ変えずにいつも通り優雅に歩いておられる。

 …だが、ジョナサンがあの調子なので今日のフレデリック様はどっかのヤバい組織のトップみたいに見える…。

 ジョナサン…あんな状態で列車に乗るとか大丈夫なのかな…。


「ハクラも成人したら一緒に飲もうね」

「は、はい! …って、言うか…俺、別に奴隷だし…飲んだことないけど、頑張って飲んだのに…」

「ダメだよ、僕らの国ではお酒は十八歳からなんだから」

「…はぁい」


 当たり前だけどやっぱり二人は成人してるんだな。

 ちなみに…。


「フレデリック様は何歳なの?」

「ん〜〜〜。…秘密かな」


 え、溜め込んでからの「秘密」?

 …お茶目さんか。

 カッコいいからそれでも全力でオッケーだけど。


「…さて、と…蒸気機関車か…。確か昨日見つけたパンフレットには説明が書いてあったな…」


 席に着くなり沈むジョナサン。

 その横でパンフレットを優雅な仕草で広げるフレデリック様。

 なんという対照的な…。

 っていうか待て!

 ジョナサンが寝こけるっつーことは!

 しばらくの間フレデリック様と…二人きり状態⁉︎

 お、お お お お お … !

 き、キンチョーしてきた!


「…ふーん、石炭を燃やして蒸気で動いているのか……(やはり僕らの国とは別物だな)…石炭や石油は大陸の中央部…西のベルゼルトンが主な産出国なんだね」

「あ、う、うん。ベルゼルトンは気候も穏やかだし、石油や石炭が良く出るからお金持ちが多いって聞くよ。奴隷を一番多く持っているのはベルゼルトンって言うしね。だから内戦も多いんだ。何年か前もラズ・パスから大量の奴隷がベルゼルトンに買われていった…戦争用の兵隊にするんだってさ…。その戦争の後、商人が権力を独り占めするようになって、王政じゃなくなったんだよ」

「…北海のグリーブトは?」

「ひたすらに寒いっていう話しか聞かないな〜。グリーブトから売られてきた奴隷はほとんど手か足がないよ。雪の中、きつい仕事ばかりさせられるから手や足が凍傷っていうのになって切り落とすしかなくなるんだって。ベルゼルトンは戦争好きな国だけど、グリーブトは寒い中こき使われるからみんなどっちも嫌だって言ってる。ラズ・パスも暑い中きつい仕事させるから暑さで結構たくさん死ぬんだ」


 …って、気付けば奴隷の愚痴みたいになっちまった…!

 思わず周りを見回す。

 …ジトリ、と何人かのお金持ちが俺を睨んでいた。

 うわぁ、ヤバい…つい…。


「…成る程…どの国も奴隷を消耗品としてしか利用していないんだね。同じ人間だということをどうしてそうも忘れられるのだろう。……アバロン大陸の人間は科学ではなく、自分たちが進歩するべきだ。でないと自滅する事になる」

「……」


 …昨日、ジョナサンが言ってた…。

 バルニアン大陸は存在する。

 そして、バルニアンはここ、アバロン大陸と戦争をしたくなくて壁海の中へ閉じこもった。

 戦争か、共生か。

 フレデリック様は間違いなく、アバロン大陸にあんまりいい感情はなさそう。

 まあ、俺だっていい場所とは思ってない。

 奴隷ってものがどんなに虚しいものなのか…いろんな奴隷と接してきたからこれでも分かってるつもりだ。


「…まして、大地の資源をエネルギーとして使っているのだから…」

「…?」


 窓の外を具合の悪そうなジョナサン越しに眺めるフレデリック様の顔は険しい。

 そんな横顔もカッコいいな〜、なんて思っちまう俺は単純か?

 なんにしても南海の王国ラズ・パスの首都『ラズー』までは約一時間。

 昼前には『ラズー』に着く。

 荷馬車に揺られてりゃあ半日かかる道をだった一時間!

 スッゲーなぁ!


 …と、テンション上げたいんだけど下がっていく一方。

『ラズー』にはいい思い出なんか一つもねぇからな。


「…何か気がかりな事でもあるの? 顔がヨ…ジョナサンみたいになってるよ?」

「…あー…、…ラズーは毎年オークションで行ってるから…あんまり良い印象がないっていうか…」

「そういえばオークションの時期だったら首輪をつけた方が君の安全にはいいって言ってたね。…そうじゃないといいんだけど」

「うん…」


 …首輪を俺に付けるのすら嫌がるこの人のことだ、ラズーに住む平民様や金持ち様を見りゃあさぞや気分を悪くされるだろ〜ぜ。

 あそこは奴隷発祥の地ってだけあって、奴隷の扱いが一際ひでぇ。

 調教師が平然と真っ昼間っから性奴隷を調教していたり、グリーブトから売られてきた手足のない奴隷を売り捌いたり…。

 オークションは奴らにとって羽目を外せるいい祭り。

 味見と称して、娼婦は公衆の面前で輪姦されたり、時には殺されたりさえする。

 労働用の奴隷はあえて同じ店の顔見知り同士で突然殺し合いをさせられたり、金持ちの犬に食い殺されたり…。

 あの時期あの場所に人間なんかいない。

 どいつもこいつも、欲に忠実なただの獣だ。


「……………」



 行きたくねぇなぁ………。






 ********



 ………と、俺が思っていたところで蒸気機関車には関係ない。

 やつは立派に仕事を果たした。

 俺も負けずに仕事をするぜ!

 到着したラズーは風船が飛んでたり、弾幕や小さな旗が飾ってあったりとそりゃあ大賑わいの大騒ぎ。

 ピエロがボールを何個も何個もキャッチしていたり、豪勢なドレスやタキシードを着た紳士淑女が笑いながら泣きわめく子供の奴隷を眺めたりしている。


 はっはっはっ!


「…やっぱりオークション時期かぁ…」

「…起き抜けにこの血臭はキッツイぜ…うえ…」

「………………」


 フレデリック様の表情たるや!

 もはや言葉にもならない風だ!

 ですよね、そういう反応するんじゃねぇかとは思ってた!

 けれど、どうやらオークションは今日じゃねぇな。

 前日祭だ、多分。

 オークションがある日の道はこんなもんじゃないから。


「建造物や街並みは思っていたより立派だな。道の脇に樹木も植わってるし…」

「頭がいたい…」

「そりゃ俺のセリフだっつーの。…人がせっかく話題をふったんだから乗っかれよ」

「想像以上にこの国の人間は愚かだ。…もう帰りたい」

「放浪癖のあるお前がそんなこと言い出すとぁ、アバロンも末だな…」


 放浪癖あるの⁉︎

 あ、いや、今その話はいいや。

 それよりも。


「あのさ、オークションは多分数日後だと思うんだけど…」

「数日後⁉︎」

「数日後⁉︎」


 おお、さすが双子。

 声もセリフもタイミングまでバッチリかぶった!


「世界中から奴隷商が集まるから、捕まらない為に首輪をしておきたいんだけど…」

「え…もうしとく必要あんのか? オークションって今日じゃねぇんだろ?」

「奴隷商だけじゃなくて、この街の一般人や調教師にも主人のいない奴隷だと思われたら売られちまうの」

「…? 調教師?」


 え、調教師のこと知らない…?

 あ、そういえば言ったことなかったかも。

 …あんまり教えたくねぇなぁ…反応が目に浮かぶ。

 でも、一応一般的な職種だしな〜。

 知らないと恥かくかもしれないし…二人が困るのは見たくねぇや。


「うん、奴隷の調教師。調教師によって得意分野があるんだ。大体の調教師は性奴隷や性玩具の調教師。娼婦や男色用とか、奴隷を買ったご主人様がその分野のプロに自分好みの奴隷になるように依頼するんだよ。…その、まあ、俺も一応、性玩具としての調教は、最低限だけど受けてるし…」


 この街はそういう事もやる。

 …オークションの時期は前倒しで奴隷を連れてきて、最低限の調教を受けさせておいた方が買い手が付きやすい。

 特に男の性玩具、性奴隷はしっかりケツの穴を緩めとかねーと買ってすぐに使えねぇ。

 この街に来る度に、俺はそういう調教をされてきたわけで…。


「…君、そっち向けだったの…?」

「毛の生え揃う前の男のガキが好きな奴もいるんだって」

「うげぇ…」


 わー、思った通りの反応〜。

 こんな事で「うげぇ」とか言ってると街の中を歩く時めっちゃ凹むことになるぜ。

 あの泣いてる俺より小さいガキどもは、公開調教されるんだろうから。

 不特定多数の通行人の前でケツを晒して、中をほじくり返される。

 どう考えたって入らねぇようなブツを押し込まれて泣いているのを笑われながら見られるんだ。

 下手な奴ほど、ああいう場所で自分を売り込む為に奴隷商人と結託して公開調教をやる。

 女の喘ぎ声は昼夜問わず聞こえるようになるし、悲鳴や怒号で夜は眠らせてくれねぇだろう。


「………」


 でも、そんな嫌な調教を受けておいて良かったかなー、なんて思い始めてる。

 それもこれも、ご主人様がフレデリック様だからかな。

 俺って勝ち組じゃん?


「まあ、だから俺はフレデリック様がご希望なら全然そっちにもお応えするぜぃ!」

「生憎僕らはあまり性欲が強くないんだ。繁殖に興味がなくてね…」

「行為自体は嫌いじゃねぇけどな。でも別に積極的にヤりたくはねぇ、面倒クセェし」

「え…ええぇ…」


 は、発言がもう前衛的過ぎるよこの人たち…!

 マジに人間の進化の最先端か⁉︎

 …いやこの二人の容姿じゃあ女が放っておかねぇか…?

 宿のお姉さんも駅のババアもメロメロだったもん。

 現在進行形で街行く貴族嬢から娼婦まで、大体の女は二人のこと目で追うもんな…。

 ………………。

 結局歩くだけでも目立ってるよ‼︎

 どうすりゃいいんだよこの人たち‼︎


「とりあえずこの街に来た目的を果たそう。…その前にハクラに首輪を買ってあげないとか…はぁ、憂鬱だね」

「どこに売ってるんだ?」

「その辺の奴隷商人がオプションで売ってるよ」

「…ハクラは首輪に抵抗がないの?」

「抵抗? なんで?」

「なんでって…。…ハクラ、君は人間だろう? 繋いで置かなければ人を傷つける猛獣じゃあないんだよ? 人間である以上、己に尊厳と責任を持つべきだ」

「………」


 …ああ、ほら、まただ。

 俺の中の世界が変わっていくようなこの感じ。

 この人と話していると…俺は奴隷じゃなく人間になっていく。

 俺に人間ってどういうものなのかを教えてくれるんだ、この人は。


 …俺は、人間になってもいいんだろうか?

 ずっと憧れていた檻の外の自由な人間に。


 俺と目線を合わせてくれる。

 俺がちゃんと理解するように、真正面から諭してくれる。

 俺は人間だろう、って言ってくれる。

 俺という『人間』を肯定してくれる。


 ああ、ああ、ああ…、ああ…!



「う、うん…」


 と、しか答えようがぬぇぇよぉぉぉ!

 顔熱!

 クッソ、顔面美術品が近過ぎて眩しさで目が潰れる!


(…フレディの信者面が板に付いてきたな…)

「分かればいいよ。…ということで首輪はやめようか」

「責任持ってお前見てろよ? 俺はガキのお守りはやらねーからな?」


 どんだけ嫌なんだよ。

 あ、いや、嫌がらなきゃいけねぇのは俺かっ!


 …が、しかし。


「おや? お前は確かボルネのところの…。なんだ、あんまり売れなくて捨てられたのか? よしよし、俺が適正価格でちゃぁんとご主人様を見つけてやろうな」

「結構。この子は僕が買いましたので」

「え⁉︎ …あ、ああ、これは失礼…首輪がなかったものでつい…」


 俺を売ってた主人の知り合いの奴隷商人に五人連続で声を掛けられ、その度に自分で「僕が買いました」と説明するフレデリック様。

 俺はなんか嬉しいんだが、どうやら「僕が(奴隷を)買った」というセリフが相当嫌なのかその都度凹んでいる。

 そして、フレデリック様の横のジョナサンに奴隷商人たちは皆総じて顔を青くした。

 自分たちだって、一応用心棒は連れてるくせにジョナサンの大きな体を見るとみんなそそくさと逃げて行く。

 用心棒たちもだ。


「みーんなジョナサンを見て逃げてくな〜。まあ、体でっかいからな。身長何センチ?」

「205」

「…でかすぎだろ…」

「ほんとだよね、僕より27センチも高いなんて生意気」


 いや、フレデリック様も割と高いと思う。


「知らねーよ、勝手にでかくなったんだから。それにツバキさんの一族は長子があんまり成長しないって言ってたじゃねーか。お前は割とでかくなった方だ〜って」

「それは知ってるけど…でもやっぱりなんか納得いかない」

「それにしてもテメェはちっせーなぁ? 俺の半分くらいしかねぇぞ」

「お、俺はこれから伸びるんだよ!」


 あとあんたがでかすぎるんだ!

 くそう、せめて筋肉くらいはこのくらいバキバキになりたい!




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る