第2話

 


「…それにしても本当にハクラは有名人だね。ちょっと侮ってたかも」

「確かになぁ。やっぱ買うか、首輪」

「そうだな…正直本格的に気落ちしてきた…。君はあんな風に声を掛けられるのが不快だったから、首輪が欲しいと言っていたんだね…。すまなかったね、気が回らなくて」

「え、え? い、いやぁそんな!」


 …そんな気遣い…。

 …ああ、でも、これが人間扱いってやつなんだもんな?

 うう、くすぐったい。

 本当に俺なんかがこんなに優しくされていいのかな。


「しかし、それならさっき声を掛けてきた奴らから買えば良かったね。まだ近くにいないかな?」

「歩いてりゃあまた別なのが声かけてくるんじゃねーの?」

「これはこれは! 先日はドーォモォー‼︎」

「げ…」

「おや、あなたは…」


 やっぱり来てたか、オークションには毎年欠かさず参加のうちの店の主人。

 まあ、ラベ・テスからラズーは近いもんな…。

 待てよ、って事は…!


「!」

「よぉ、ハクラ! まさかこんなに早く再会するとぁ、思わなかったぜ! どうだ? ケツは掘られたか?」

「おー、三日くらいしか会ってなかったのに久しぶり感スゲーなリゴ〜!」


 荷馬車に積まれた檻の中は肉体労働用の奴隷たちと、娼婦や性奴隷でキッツキツだ!

 この状態で半日馬車に揺られて来たのか、御愁傷様だぜ!


「いんやぁ、またお会いできるなんて光栄でございます〜! いかがですか? うちの奴隷は! ちゃんと荷物持ちしておりますか?」

「え? えーと…え、ええまあ?」


 固まる俺。

 …超手ぶらなんだよ、今…。

 荷物はジョナサンが持ってくれて…る。


「…丁度いいんじゃねぇか?」

「そうだな。…ご主人、すみませんが首輪を一つ譲っていただけませんか?」

「モォチロンででございますよぉ〜! …ああ、ですがオーダーメイド品ではなく既製品になってしまいますがよろしいですかな? オーダーメイドでしたら数日お時間をいただくことになってしまうので本日はちょっとォ…」

「既製品で結構です。ハクラに合うものをお願いします」

「畏まりました畏まりました!」


 と、荷台をゴソゴソし始まる主人。

 リゴは目を丸くしている。


「お前、首輪買ってもらわなかったのか? …そ、それにあの方、今お前の名前呼ばなかったか?」

「あー…あの人ちょっと、かなり変わった人なんだよな…」


 嘘は言ってねぇ。

 この国…いやこの大陸の常識で考えると変な人なんだ、どう足掻いても。


「こちらはいかがでしょうか? ラズウルフの皮を使った高級品でございます」

「もうなんでもいいんで、それで」


 あれぇ、適当⁉︎


「お買い上げありがとうございます! 100プレになります!」

「高っけぇよ⁉︎」

「ン?」


 あ、やべ! つい声に出てた…!

 いや、だって…!


「相変わらずがめついなぁ…いつも15パラで売ってるくせに…」

「値、値増しされてるから買わなくていいよ!」

「ははは、商売上手な方なんですね。これで足りますか?」

「フレデリックさまーーーっ」

「ありがとうございまーーす!」


 買っちゃうのぉーー⁉︎

 破格の100プレでぇ〜〜⁉︎

 明らかにボッタクリなのにぃ〜⁉︎


「(やれやれ、偽名考えた意味は?)……おい、そこのハゲはテメェのダチか? さっきからずっと話してるが」

「う、うん…そんな感じ」

「…ふーん…いくらだ?」

「200プレになります!」

「⁉︎」

「⁉︎」


 リゴは普段30プレで販売されてるんですけどー⁉︎

 こ、このボッタクリオヤジ…!

 どんだけフレデリック様たちからぼったくるつもりだよ!

 そんなんだから信用なくて俺たちが売れねぇんだよ!


「じゃあ首輪とセットで頂きましょうか。首輪は同じ物で構いません」

「ありがとうございまーーす!」

「な…!」

「フレデリック様…、ジョナサン…!」

「…他所の国に売られたら大変なんだろ」

「ランスロットが部下を欲しがっていましたからね…他にも体格の良い者を二、三人貰いましょうか」

「なんと! そ、それではセットで500プレにさせていただきますぅ!」

「だ、だから高っけぇよ…⁉︎」


 しかし、そんなこと気にしないのがフレデリック様だ。

 ボッタクられてるのに、平然とプレを払う。

 俺が何を言っても優しく微笑むだけだ。


 カッコいい、抱いて。


 …じゃ、なくて。



「他にも雌の奴隷がこちらに!」

「そういうのはいりません」

「では他のオプションはいかがですか⁉︎ 繋いでおく用の鎖など、今度こそ!」

「それも別に…」

「しかしぃ、せっかくの機会ですからぁ…! 大金を出されたのに逃げられてしまってはもったいのうございますよぉ〜」

「うーーん…」

「オイ、おっさん、そのくらいにしときな。顔は笑ってるけど切れる寸前だぜ。それ以上絡むなら命は保証できねぇぞ」

「へひ…?」


 それは兄弟のジョナサンにしか分からな事。

 フレデリック様がブチ切れ寸前?

 全然そうは見えないけど…。


「温厚そうに見えて俺様より沸点低いんだぜ、こいつァ」

「…否定はしない」


 しないのぉ⁉︎


「そう言う事なのでそろそろ、その小汚い口を閉じて欲しいんですよ…ご主人…。それでなくとも今、気分がとてつもなく悪い」

「気分も機嫌も最悪なんだ、失せといた方がいいぜ」

「…………。では! またの機会がありましたら是非にぃ!」


 荷解きしたオプションをすごいスピードで箱にしまい始める。

 けど、結構散らかした上、まーた道具箱に詰めるだけ詰めてきたせいで入っていたものが入らなくなってやがる。

 そんな主人を眺めるフレデリック様を、こっそり見上げた。


「………………」


 …あ、笑ってるようで目は微塵も笑ってねぇ…。

 すんげぇ、調教師みてぇな…冷酷な眼差し…!


「おい、落ち着けよフレディ。お前が切れると俺じゃ手に負えねぇ」

「宿を取るぞ、気分が悪い」

「へいへーい。おい、チビ、お前のダチどもはお前が面倒見とけ。宿行くぞ」

「う、うん」


 一瞬で笑みを消したフレデリック様、マジで怒ってる…?


「寝てねぇから余計な」

「あー…」

「ついでに俺も寝てねぇ上、二日酔いで気分悪ぃ」

「が、がんばれ! あ、荷物俺が持つ!」

「じゃあそこのハゲ、持て」

「は、はい!」


 スルーされた俺は傷付いた!

 俺荷物持ちとして買われたのに!

 しかしそんな最悪なご気分の二人の前に、実に運の悪い男が現れることとなる。


「ボルネ〜、ようやく来ましたか〜。待っていましたヨ」

「げ」

「んげっ! ペゴル!」


 うちの主人と正反対でひょろひょろ、うにょうにょな歩き方と体型のこの気色悪い細長男は奴隷商人ペゴル!

 がめついうちの主人としょっちゅう喧嘩してる、所謂商売敵ってやつだ。

 ちなみにこの人はベルゼルトンの奴隷商人。


「んぁあ、やっぱり今回も連れて来てましたネ? 今日という今日はその子をワタシに売ってもらいますヨ!」

「!」


 指さされたのは、俺。

 う、うえ、また俺?

 なんでこの人、そんなに俺のこと欲しがってるんだ?


「いつもいつも破格の値段を提示してきやがりましたが今日はそうはいきませン! 御覧なさい、この美女奴隷たちを! これと交換といきまショ!」


 と、ばーんと布を取ったペゴル。

 その檻の中には俺より少し年上くらいの綺麗なお姉さんたち十人くらい…。

 っていうか本当に美女ばっかり!

 こりゃ、普通にオークションで売れば9000プレくらいにはなりそうだぞ!

 それを、俺一人と交換って、本気かよ⁉︎


「ふざけないで! わたくしたちは奴隷なんかではなくってよ!」

「…ああ、まだそんな事を仰っているのですカ? いい加減諦めなさいナ。あなた方の一族は敗北し、売られたのです」

「お、おいなんだその生意気な奴隷は…そんなもん売り物になるとでも思ってるのか?」

「分かってませんねェ、このデブは…。これからの時代、奴隷にも気品が必要なのですヨ! この娘たちはベルゼルトンの貴族でしたが、先の戦争で敗北して囚われていたのでス! それをワタシが買い取って奴隷にしました、きっと調教好きな方には高値で売れますよォ〜! 抵抗されると興奮される方にはたまらない一品です!」

「な、なるほど…確か我が国やグリーブトの王族にそんな方々が何人かいたなぁ…。…し、しかし残念だったな! コレは先日こちらの方々が買っていかれた! もうワシの店の奴隷じゃあないんだ! 交渉するならこちらのお方とするんだな!」

「んな⁉︎ なんですって⁉︎」





 ……そんな話になっているとは知らない俺たち。

 なぜなら話が長くて途中から宿探しのために移動を開始したからだ。


「…人数も増えたし、少しいい宿を取るか。ゆっくり寝てェ」

「賛成。甘いものでも食べながら明日の予定でも決めよう」

「そりゃいいぜ。首都なら港町とは違った甘いものがありそうだしな」


 …そういえばこの二人甘いもの食べてる時はこの上なくそっくりな顔して食べるもんな。

 甘いものは偉大だから無理もないけど。


「じゃあ、最初にお菓子屋さん探すの?」

「お菓子屋? そんなもんがあるのか?」

「わあ、それは是非行ってみたい! テンション上がってきたよ」


 え、まじ?

 ご機嫌治った?

 甘いものマジ偉大!


「でも、お菓子屋の前に服屋かな。こんな見すぼらしい姿の者を連れ歩く趣味はないんだ。そのあと、お菓子を買って彼らを宿のお風呂で洗おう。ちょっと匂うよ」


 と、フレデリック様が振り返って見たのはリゴたちだ。

 キョトンとするリゴたち。

 そして、狼狽える。

 俺と同じ反応だ。


「フレデリック様って結構潔癖なんだ。俺もあの後、宿の風呂でめっちゃ洗われた」

「⁉︎ お、俺たちを風呂に…⁉︎ し、しかも宿で⁉︎ ま、待ってくれご主人様…奴隷には奴隷専用の洗浄場がある…! この街にも…」

「僕の後ろを歩く以上、それなりの格好をしろ」

「……!」


 だろう?

 押し黙るしかあるまいだろう?


「お待ちください!」

「?」

「!」


 だがそこへ、奴隷商人ペゴルが現れた。

 うちの主人との話し合いは終わったのか?

 労働用奴隷にでかい荷馬車に積まれたさっきの女奴隷たちを連れて来させて、声をかけてきたってことは…。


「いやはや、驚きました。あなた様がこちらの少年奴隷をお買い上げになったとお聞きしましたから…うふふ…」

「何かご用ですか? 少々急ぎの用があるのですが…」


 あ、今度は俺にもフレデリック様が『イラっ』としたの分かった。

 でも兄弟のジョナサンはより、それを感じ取ってなんとなく顔がハラハラしてる。


「是非! この娘奴隷たちとその少年奴隷を交換して頂きたく…」

「お断りします興味ありませんので。それでは失礼」

「うぉ、お待ちください! もちろん追加でお金もお支払い致しますので!」

「間に合ってます」


 それでも尚、食い下がろうとするペゴル。

 フレデリック様との間に、ジョナサンが割って入った。


「おいおい、おっさん。それ以上しつこくすると俺が相手になるぜ」

「! …い、いえ、いえ、そんなつもりは毛頭…! し、しかしここは人助けと思って! は、話だけでモ!」

「急いでおりますので失礼」

「その少年奴隷を欲しがっておられる方がいるのでス! 我が国ではとても高貴なお方でございまして、前金もいただいておりますのですハイ! ですから、ワタシはどうしてもその少年奴隷を手に入れねばならなくてですネ! ………⁉︎」


 せ、背中がゾワゾワする…⁉︎

 フレデリック様の背中がメチャクチャ…怒ってる…!

 ジョナサンも驚いて振り返った。


「…人助け? 笑わせるな…お前がなってみるか? 少しは人間らしくなれるかもしれない…」

「フレディ! それはダメだ!」

「心配しなくても、何も残さない」

「人目が多い。この場ではやめておけ!」


 ジョナサンがフレデリック様の手を掴む。

 俺は思わず後ずさった。

 こんなに、こんなに怒るなんて…。


「離せヨナ! 許して置けるものか、アバロンの民…! この男、国の重役が民を…同じ人間を貶めていると言っているんだぞ! なんたる愚かな…! それでも民を守る立場の者か⁉︎」

「その報いは必ず訪れる! この男に八つ当たりしても意味ねぇだろ! おい、お前ら行くぞ! テメェもどっかへ消えやがれ!」

「ひ、ひぃ…」

「リゴ、近くの宿…! どどどどこだっけ⁉︎」

「あ、あっちに大きめの宿があったはずだ…!」

「もうそこでいい! 案内しな!」


 激昂、って、こういう時に使う言葉だったんだ。

 ジョナサンがフレデリック様を肩に担いでなんとかその場を去る。

 ペゴルは半ば腰を抜かすように走って行ったけど…。




「…ああなると手が付けられねぇ…今日はもう動けねぇなー」

「激おこ?」

「激おこだな」


 リゴが知っていた宿屋は格安の、大衆向けの宿屋。

 今の時期はオークションで金持ちが集まってるから、こういう格安の宿屋の方が部屋が空いているのだ。

 ただし、部屋は二人部屋。

 階もみんなバラバラになってしまった。




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