第8話

 


 フレデリック様の品格がそれで損なわれることはないと思うけど…本人がそういうんじゃ仕方ない。

 …しっかし、やっぱり異国の王子様は言うことが違うなあ!

 俺たちの国の常識を低俗だなんて斬り捨てる…し、痺れるぜ…‼︎


「んじゃあま、動き始めるとするか。まずは本屋だな」

「そうだな。今日中に地図と首都ラズーへの移動手段を確保しよう。…宿もランクを下げたほうがいいかな?」

「あー…うん、まぁ…そのほうが目立たないとは、思うけど…」

「なら先に今日の宿を探しておいたほうがいいか」

「お前がもっと早く起きてればバタバタと今日の宿を探す必要もなかったんだけどな〜〜」

「そ、それは謝っただろうっ」

「…………」


 今から明日の朝のフレデリック様を起こす作業のことを思うとすでに胸が重い…。

 いっそ清々しくあったけどさ…それとこれとは話が別だよな。



 けどまあ、宿は割と早めに確保できた。

 それもこれも二人の金払いの良さからだろう。

『メ・ンデラ』の従業員たちはフレデリック様の容姿にうっとりと表情をとろけさせながらも一応はもう一泊勧めてきた。

 けれどそのフレデリック様が「違う宿にも泊まってみたいのです」と微笑むと、その宿を紹介してくれたのだ。

 多分、同じグループ的な宿なんだろう。

 ランクは確かに下がったのかもしれないが、俺からみたらやっぱりかなりの高級宿だ。

 なにしろお出迎えがあったし。

 しかし一応、三人部屋…ベッドが横に三つ並んでいる部屋だったので、昨日よりはお高くないらしい。

 部屋を確保してから次にそこの従業員に本屋さんがないか尋ねる。

 市場の南に小さい本屋があると言うので、フレデリック様たちはそこへ向かった。

 俺も知らなかった、その本屋。

 確かにこじんまりとしていて一瞬見逃しそうになる。

 埃臭くて、俺のいた奴隷商店みてぇ。


「いらっしゃい。何かお探しで?」

「地図は置いていますか? できるだけ大きくて詳しいものが欲しいのですが」

「地図ねぇ。地域は?」

「世界地図。あと、この国の地図もあれば」

「それならこいつがいいんじゃないかね?」

「ほう……」


 なんてやりとりを店の外から眺める俺とジョナサン。

 まあ、ジョナサンはそもそも狭い店内には入れない…でかくて。


 俺はと言うと、文字が読めないから中を目一杯覗くだけ。

 本がたくさん…憧れの場所ではあるけど…。

 まずは文字を読めるようにならないとだよなぁ。

 …あれ、そういえば…。


「二人はこの国の言葉がよく分かるな? 同じ言語なの?」


 魔法の国も俺たちと同じ言語や文字なのかな?

 だとしたら覚えるのが楽そう。


「んにゃあ、俺たちの場合は通訳魔法で対応してるだけさ。本来は異世界に行く時に使う魔法だが、外界の言語や文字は科学と同じように独自進化しているようだったからな」

「通訳魔法⁉︎」

「声がでかい」


 頭に乗るでっかい手。

 な、なんて便利なんだ!

 そんな魔法が使えたら、俺もどんな場所に行っても話せるし文字も読めるってことだろ⁉︎

 スッゲー!


「? なんだその目は」

「いや、いいなーって! 俺は文字が読めないからさぁ」

「! この国ではガキに教育を受けさせねぇのか?」

「? 奴隷に学はいらねぇってさ」

「………どこまでも低俗な考え方の民族だな。仕方ねぇ…」


 と、ジョナサンの指先が空中に何かを書く。

 す、すげぇ、宙に浮かぶ光の文字!

 それをジョナサンの指先が俺のおでこへと押し付ける。


「???」

「通訳魔法だ。これで文字くれぇは読めるようになっただろうよ」

「ほ、ほんとに⁉︎」


 ガバリと振り返って本棚を凝視すると、よ、読める! 分かる!

 棚に収まった背表紙のタイトルが…全部…!


「……! ………⁉︎ …!」


 …こんな感動、生きてて初めてかもしれない…!

 フレデリック様に生き方を教わった時とはまた全然違う感動。

 俺、俺…文字がわかる!

 じゃあもしかして、本の中身も…?

 あ、いや、待てよ!

 試すんならリゴに貰った新聞の切れ端を…!


「? なんだそりゃ、ゴミか?」

「違うよ! リゴに新聞の切れ端貰ったんだ! 貰ったけど読めないから持ってたの! なんかさ、飛行機のことが書いてあるんだって!」

「飛行機の記事? そういやぁ見てみてぇっつってたよなー」


 ドキドキしながら記事を読む。

 わかる…分かるぞ!

 一ヶ月前に消息を絶った冒険家ウィロンモ兄弟の安否は未だ不明のまま…。

 軍は壁海の付近で事故を起こした可能性が極めて高いと発表。

 …冒険家…!

 そんな職業の人がいるんだ⁉︎

 うっわなにそれめっちゃおもしろそー!

 …でも行方不明なのか。

 ええと、なになに、ウィロンモ兄弟は壁海の向こう側にあるという世界の半分を占めると言われる伝承にのみその名を残す大陸、バルニアン大陸の存在を確かめるべく先月の五日にバーバ・レシを飛び立った。


「…世界の半分…バルニアン大陸…」

「……………………」


 俺が顔を上げてジョナサンを見ると、ジョナサンは退屈そうにひさしの下で街を眺めている。

 俺が考えている魔法の国は、二人にとって魔法の国じゃないらしい。

 …それじゃあ、もしかして…。


「二人はバルニアン大陸から来たの?」

「そうだ」

「…………………」


 漁師たちが恐れる、向こう側が見えないほど巨大な海の崖…壁海。

 船では行けないその海を飛行機なら超えられると思った冒険家たち。

 しかしその壁海に挑んだ兄弟は行方不明。

 代わりに俺の目の前に居るのは…伝説でしかその名が残っていない…壁海の向こう側の大陸から来た人間…!

 それは、つまり…!


「あるんだ…? バルニアン大陸は…あるんだ…⁉︎」


 そりゃそうだよな…⁉︎

 だって現にそこから来たっていう人間が俺の目の前に居るんだもん!

 ジョナサンとフレデリック様は壁海の向こう側の、伝説の大陸にある国の王子なんだ…!

 すげぇ…すげぇすげぇすげぇすげぇすげぇ‼︎


「…バルニアン大陸はあるさ。だが…バルニアン大陸はお前らの住むこの大陸を切り離し、三千年以上の間、壁海という結界の中にこもることを選んだ。なぜだか分かるか?」

「…え、えっと? …わかんねぇ」

「…戦争しねぇためさ」

「…………」


 せん、…そう…。


「だが外界…いや、お前らの大陸は科学が進歩して飛行機ってもんを開発した。たまたま結界の弱った時にその記事にある兄弟の飛行機がバルニアン大陸に入り込んじまってな。このまま篭ってもいられんかもしれんと俺とフレデリックで調査に来たのさ。科学が進歩したこの大陸…アバロンとバルニアンは共生していけるのか…それとも、バルニアンへの道を開いたが最後、泥沼の戦争をおっ始めねぇとならんのか…」

「……………っ」

「どうだ、あんまり楽しくなさそうな旅だろう? 俺たちの旅は」


 なんで?

 どうして戦争なんて話になるんだ?

 共生していけるのか、戦争かの二択だなんて…なんで…。


「お待たせ。地図手に入ったよ。ラズーへの行き方も分かった。直通バスか列車があるそうだ」

「列車⁉︎」


 列車ってあの列車⁉︎

 すげぇ!

 俺いつもラズーにオークションに出される時は荷馬車だぜ⁉︎

 もしかして乗るの? 乗れんの⁉︎


「列車か…外界にもあるんだな?」

「の、ようだね。全く同じものではないだろうけど」

「二人の国にもあるんだ⁉︎」

「まあ、俺らの国も狭くはねぇからな」

「多分君が想像しているようなものではないよ、ハク………! ………ハクラ…」

「?」


 一瞬だけ驚いた顔でフレデリック様が固まったけど俺は気付かない。

 だってそれどころじゃない!

 列車! 二人の移動手段はーー列車!


「フレ…」

「乗り場の場所も聞いて来たからチケットを買って行こう。明日にはこの街を出る」

「じゃ、じゃあ次は駅だな⁉︎ わ、わっほーい! 機関車機関車!」

「おいおい、はしゃぐと人にぶつかるぞ〜」


 いやいやムリー!

 はしゃぐなって方がムリー‼︎

 だって列車! 機関車! 飛行機に次ぐ憧れの乗り物!

 現代科学の結晶!

 うんああああ! 夢がまた一つ叶うのかーー!


「……何か余計なこと、言った?」

「んにゃあ、通訳魔法は掛けてやったけどな〜」

「…それくらいならいいけど。…あんまり教えたらつまらないと思うよ、彼が」

「……………。…んなことより、さっき何か…」

「………お前は誤魔化せないな…。…いや、さすがに…そんな馬鹿なと思ってさ……ニーバーナ=ハクラ…」

「……‼︎ …嘘だろ? …外界の人間がなぜその名を…」

「うん、だから………まだ分からない。偶然かもしれないし…、しかしそれにしては…」

「…………。昨日あのチビを風呂に入れた時に背中に妙なもんがあったが…関係あると思うか? 数字の入った花の蕾の刺青だ。俺はてっきり奴隷に入れられるっつー焼印みてぇなもんかと思ったんだが…」

「そんなものが? …うーん……」


「二人ともなにしてんのー! 早く行こー‼︎」



 街の最南に蒸気機関車の駅はある。

 街に来た人、街から出て行く人、様々な人が行き交うが、共通点は皆金持ちという事だ。

 蒸気機関車…列車は石炭っていう謎の燃える石で動く。

 えーと、確かその燃やした何かで動くんだ!

 黒いフォルムに、煙突から煙が上がっている。

 音はたまに聞こえたけど、これが実物…!

 ス、ゲェ、本物だ〜!


「あんまり遠くに行くなよチビ〜」

「分かってるー! ここで見てるだけー!」

「ったく、平和な頭だなぁ。…フレディ、さっきの話だけどよ…」

「まだ確証もない話だ。あまり本気にされると困る」

「けどよ、偶然にしては出来すぎてる。確かソランとか言ったか…調べておいた方がいいんじゃねぇか?」

「調べるならお前に任せる。僕は今わりとそれどころじゃない」

「?」

「…あの、申し訳ないが離してもらってもいいだろうか?」

「あんら、ごめんなさぁい? あなたみたいなハンサムな殿方…滅多にいないからつい〜」

「……………(な、なんだこの化け物みたいな厚化粧のデブ…なんでフレディの手を握って離さねぇ⁉︎)」

「…あははは…(驚いてないで助けろヨナ!)」


 …なんてことが、チケット売り場であったらしい。

 俺のいない間に…。


「この国の女性? …は積極的だね…」

「魔物の類かと思ったけどな」


 フレデリック様、本物の美形だもんなぁ。

 溢れ出る王子様オーラも相俟って歩いてるだけでモテるのは無理もない!

 メガネしてても無駄。

 むしろなんか知的度アップ!


「なんにしても明日のラズー行きは予約できた。…予約制なのには驚いたけど」

「お金持ちしか乗せないからかな?」

「確かにいい席から埋まって行くシステムみたいだったね」

「はぁ? まさか無駄遣いしてねぇだろうな?」

「三人で座れる席がこの値段だったんだから、無駄遣いはしていないと思うよ?」


 うーん、そもそも列車に乗るのが高いからな〜。

 それにしても三人で300プレとは…。

 俺って列車乗るより高いのか…。


「成る程、それならいい。それならいいけどよ、早朝9時出発ってお前起きられるのか?」

「がんばる」


 …無理じゃね?




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