第7話

 


 結局、フレデリック様が起きたのはマジでお昼過ぎ。

 覚醒するまでが果てしなく長く、ジョナサンが着替えさせても、口の中に食事を詰めてもまるで起きない。

 食事は寝ながら咀嚼して飲み込む。

 その姿に、俺は逆に感動を覚えた。

 ここまできたら最早憧れるしかない。

 あんたやっぱりスッゲーよ、フレデリック様!


「寝汚ぇんだよ、お前、ほんとに…! 仮にも異国だぞ、もっと警戒心と緊張感を持てよ…! 立場わかってんのか?」

「そんな事言われても…寝ると気が抜けちゃうんだよ」

(抜け過ぎだと思う)

「抜け過ぎなんだよ…!」

(よくぞ言ってくれました)

「それは謝るよ。…で、ハクラ」

「う、うん!」


 はぁ〜〜っ。

 ジョナサンがテキトーに着せた服を覚醒してからビシッと着直したフレデリック様、マジカッコい〜〜っ。

 昨日買った真っ白なワイシャツと、ダークグレーのパンツが良くお似合いです!

 ザ・王子様って感じ!

 ジョナサンがお城に住んでるって言ってたし、当然フレデリック様も城住まいって事だもんな…。

 やっぱ王子様なのかな〜?

 足を組んで座る姿も様になってて、王子様って言われても俺、ですよねって即納得しちゃう。

 っていうか、もう俺の中では王子様だよ!

 マジ、カッコいい!


「…僕らに同行しながら知識を増やし、僕らが目立たないように色々助言してくれる、か…。それが料金分の君の仕事というわけだね? …成る程、いい考えかもしれない。確かに指摘された事を鑑みると、一般人っぽくはないみたいだ」

「だろう? 結構民の暮らしってのを理解してねぇもんだなぁ、俺ら」

「そうだな、これもいい機会になる。民の暮らしを経験すれば、彼らの気持ちが分かるかもしれない」


 ……この人たちやっぱり本物の王子様なんじゃねぇの?

 発言が上から過ぎるよ。

 ああもう!

 その辺ハッキリして欲しい!

 いや、フレデリック様はもう俺の中の王子様確定だけど!


「あ、あのさ、二人はやっぱり王子様なの?」


 我慢できねぇ!

 聞いちゃえ!

 怒られたら謝ればいいや!

 …こ、これも仕事!

 そう! これは仕事さ!


「…え…。……。…いや、何故?」

「いや、だって…発言がもう貴族様っていうより王族って感じだから…」

「え…マジか? ど、どの辺が…?」

「どの辺がって、全体的に? 貴族様だったら王族へのご機嫌伺いみたいなところがあるのが普通なんだ。俺がいた奴隷商店に来る貴族様は、爵位が上の人たちとか王族に気に入られるよう、自分用じゃない奴隷も買っていく。でも二人にはそれが全然ねぇ。完全に一番上から、下を見てる感じしかしねーんだよな」

「………。…………。…そういうもの、なのか…」

「……………」


 …あれ。

 なんか俯かれた。

 俺、余計なこと言ったのかな?

 二人を傷つけるような事、言っちまったのか?

 あまりに深刻そうな顔を二人がするから、オロオロしてきた。


「…そうだな、僕たちは確かに王族だよ」

「!」


 でしょうね!


「…今まで意識していなかった…まさか喋っているだけで王族とバレるような発言をしていたなんて…!」

「…フレディはともかく俺は王族なんて気にしたこともなかったっつーのに…」


 多分環境ってやつのせいだと思うぜ…。


「…矯正が必要かもしれないね、僕たちは…あまりに思い上がりが過ぎていた…! 民とは確かに対等ではないかもしれないが、民あってこその王族…! 彼らを見下すような発言をしていたとなっては王族として、恥ずべきことだ! 考えを改めなければ…」

「…そう思い詰めんなよ、お前の悪い癖だぜ。…けどまぁ、根本的なところなんだろ〜な、やっぱ。…俺らやる事なす事派手で目立つみてぇだし」

「そうなのか⁉︎ ど、どの辺が⁉︎」

「全部らしいぜ。服とか飯とかこの宿の部屋とか」


 あと、隠しきれない王族オーラ全開の言動と容姿とか。

 多分、マジで自覚ないんだろうなぁ。

 普通に生きてて王子様なんだから、当たり前なんだろうけど。


「…ハクラ、目立たないようにするにはどうすればいい? 僕たちは何をすれば良いんだろうか?」

「え! …あ…ええと…とりあえず宿はもう少し安いところにした方がいいと思う…。でも、二人ともそもそも容姿で目立ってるから…なにか設定みたいなのがあった方が良いんじゃないかな? 俺は最初、フレデリック様は若い宝石商人で、ジョナサンはその護衛かと思った」

「? なんでヨナは呼び捨てになってるの?」

「城でもねぇのに様付けはいやだっつった」

「じゃあ僕も様はいらない」

「え⁉︎ い、いや、でも…っていうかフレデリック様はいかにも一番偉い人感出てるし…」

「身内以外に様付けなしで呼ばれてみたいし」


 そんな理由⁉︎

 おい王子!


「! そ、それなら! 偽名を名乗ってみたら!」

「偽名!」

「偽名か!」


 それなら俺も心が痛まない。

 フレデリック様を呼び捨てになんて、俺には出来そうにないもん。

 …いやぁ…昨日(の朝)の俺では考えられねぇな。

 どうせ俺を買うのは変態だろうと色々諦めていたのに、実際買われてみたら変態とは真逆のリアル王子様!

 品があって優しくて穏やかで、どこから見ても誰から見てもカッコいい!

 …寝汚いところすらな!


「その手があった! 偽名かぁ、なんかかっこいい!」


 かっこいいのはあんただけどな(真顔)。

 はしゃぐ姿に可愛さまで垣間見えて俺は混乱してる。


「どんなのがいいんだろうなぁ。やっぱり本名とはかけ離れた感じがいいのか?」


 二人も結構ノリノリになって偽名を考え始めた。

 けど、本名と跡形もなく離れると多分、慣れるのに時間がかかると思う。

 それを指摘したら二人とも深々と頷く。

 どうやらそんな予感は最初から二人にもあったらしい。


「んじゃ俺様はジョナでいいか」

「安直なような…。僕はフリックかな。どうだろう?」

「う、うん、いいと思う」


 近くもなく、遠くもない。

 しかし、偽名は決まったものの、職種の方はどうするつもりなんだ?


「では僕はフリック、ジョナサンはジョナということで…。次に身分だな」

「チビがさっき言ってた宝石商とその護衛っつーことでいいんじゃねぇか? チビは荷物持ちってのでよ」

(俺の扱い荷物持ちのままか…いや、別にいいけど)

「そうだな、じゃあその職種でいってみよう。…しかし宝石商って具体的にどんなことをするんだろう? ハクラ、君は知ってるかい?」

「うちの店に来た宝石商のじっちゃんは、この街にパールを買い付けに来るんだ。そのついでに、よく女を買いに来るな。しわしわのくせにスゲーんだって」

「え…君がいた所、娼館もやっていたの?」

「隣の店舗は娼館だったぜ。たまにさ、調教済の奴隷が売られて来るんだ。そういうのは初物として高く売れないから娼婦になるしかねーんだって。調教好きなご主人様は調教が行き届くと飽きちまうらしくて、買った店とかに売りに来る人が結構多いから」

「…………胸糞悪ぃ話だな…」


 え、そうかな。

 奴隷ってそういうもんなのに。

 …あ、でも、そうか、この人たちは『三国』の人じゃないんだっけ。

 大陸の外から来た人…この大陸の、三国の常識がない人たち…。

 そう考えると不思議だな、今更だけど。


「魔法の国にはやっぱり娼館もないの?」

「…いや、我が国にも娼館はあるけれど…そこまで女性の待遇は悪くない…」

「どっちかっつーと高給取りの部類だよなぁ。美人しかなれねぇし、娼婦が気分じゃなきゃ性交は出来ねぇ。初見の客は下手したら女に会えない事もあるっつーし。そこから城へ召し抱えられる事もあるから、むしろ女には人気の職種だ」

「うえ⁉︎ なにそれ、この街の娼館と全然違う…!」

「法律で性交のみの娼館は許可されていないんだよ。そういうのは個人で資格のある女性しか許されていない。未登録者は犯罪者になる。逆に資格のある個人の性交専門娼婦は、娼館の娼婦よりも高額だ。そういう女性は大体庭付きの家と使用人も雇ってるよ」


 …す、すごっ…⁉︎

 娼婦が庭付きの家で、使用人まで…!

 そんな国がこの世に存在するっていうのか…⁉︎

 衝撃がでかすぎる…!


「性交ってのは大人の遊びだからなぁ…安売りはしてねぇのさ」

「まあ、その分遊ぶ人間も上流階級の者に限られるけど………と、話題が逸れたね。とりあえず宝石商と名乗ることにするとして…次は必要なものを探しに出かけようか」

「必要なもの?」

「地図だな。この国の地図…あと世界地図。出来れば他の国の情報も欲しい。移動手段も調べておかねぇと」

「まずはこの国…ラズ・パスの首都、ラズーに行ってみよう」

「ラズー…」


 南海の大国、ラズ・パス王国の首都『ラズー』…か。

 王様や王族、貴族の住むこの国最大の大都市…。

 あんまり行きたくない…けど、そうも言ってられないよな。

 二人について行くって言ったの俺だし。


「あのさ、ラズーに行く時なんだけど…俺に首輪をつけてくれない?」

「はあ? なんだいきなり」

「僕らそういう趣味はないんだけど」

「ううん、そうじゃなくて。ラズーは奴隷発祥の地って言われてて、年に一度世界中から王族や貴族、領主や議員とか、とにかく偉いやつや金持ちが大勢集まって奴隷オークションが開かれるんだ。その時期に所有者がはっきりしない奴隷がうろついてると、逃亡した奴隷として捕まって売りに出されちまう」

「バレなきゃ平気だろ」

「バレるよ。俺、毎年オークションに出されてるから顔は知られてる。価格設定がおかしかったからいつも買い手がつかなかったんだけどさ」

「…あ、やっぱりあの価格っておかしかったんだ?」


 薄々気付いてはいたのか。


「首輪をしときゃあ大丈夫なのか?」

「うん、首輪はご主人様から買い与えられるのがセオリーだから。まだ主人がいない奴隷は手枷と足枷だけなんだ」

「あまり気は進まないな…。この国の低俗な俗物どもと民度が同じと思われるのは…」

「あはは…」


 そ、そういうところだよー、フレデリック様〜。

 なんていうか、プライドみたいなのがとびきり高いっていうのは分かったけど…


「連れて行く以上面倒は見なきゃなんねーだろう? 愚痴るなよ。それでチビすけの安全が保障されるなら安いもんだろうさ」

「はぁ…。…でも、僕たちがラズーに行く時期がそのオークションの時期に必ず被るとは限らないんだろう? その時は首輪は無しにしてくれる? 低俗な人間と同類になるみたいで不愉快だよ」

「うん!」




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