第5話


「…やはり興味深いな」


 店から出ると、次に二人は市場へ足を向けた。

 お天道様が照りつける市場はクソ暑いってのに無駄に活気があってより、暑苦しい。

 売っている魚や果物をまじまじと観察する二人は、店主に商品についてあれやこれやと詳しく聞いてる。

 かくいう俺も、自分の住んでいた街で売られている物のことをまともに説明出来ないので同じように身を乗り出して説明に聞き入った。

 果物の名前は勿論、どこでどんな風に育てられて、どんな調理法があるとか…。

 俺はこんな身近な事も、知らなかったんだ…。



 市場での時間はあっという間だ。

 お店お店で売ってるものは違うし、その商品の事を聞いているだけで陽は傾き、いつの間にか夜になっていた。

 市場が閉まり始めてようやく、俺のご主人たちは宿へと戻ることにしたらしい。


「…うーん…結局本屋のようなものは見当たらなかったな。市場にも地図のようなものは売っていなかったし」

「だな。科学が進歩している以上、あるもんだと思っていたんだが…どうする、明日もこの街にとどまって探してみるか? 闇雲に歩き回るのは得策じゃあねぇよな」

「そうだな、僕らの国とは全然違うし…情報もなしに動き回るのは危険だ」

「…………」


 そういえば…二人はどこから来たんだ?

 川を歩いて、この街に来た…?

 でも、海と川が合流する場所から歩いてたよな?

 じゃあ海から?

 やっぱり魔法使いは魔法使いの国とかから来るのかな?

 海から来たんだとしたら、魔法使いの国は海にあるのか?

 船で行けるのか?

 でも歩いて来たってことは船じゃ行けない場所にあるのかな⁉︎

 …そうだよな、だって魔法使いの国だもん、きっと空はピンクで色んなものが浮かんでて、見た事もないものがたくさんあるに決まってる!

 魔法使いの国かぁ〜!

 俺も行けるのかな⁉︎


「…………………」

「…………………」


 ……気がつけば俺は相当期待に満ちた目を二人に向けていたらしい。

 静かに俺を見下ろす二人の目は困惑気味だ。

 フレデリック様が振り返って、俺に向き直る。


「…なにか聞きたいことでもあるの?」

「え⁉︎ 聞いていいの⁉︎」

「…まぁ、質問によるけど…」

「二人はどこから来たの⁉︎ やっぱ魔法の国⁉︎ 魔法の国ってどこにあるの⁉︎ どうやっていくの⁉︎ 俺にも行ける⁉︎ 俺も二人に教われば魔法使えるようになる⁉︎ 魔法が使えるようになったら水の上を歩いたり空を飛んだりする事もできるの⁉︎ あ、あと魔法の国ってどんなところ⁉︎ やっぱりこの街とは全然違うんだろ⁉︎」

「…………」

「…………」

「魔法の国の人ってみんな魔法が使えるの⁉︎」

「ちょ…」

「二人はどうして魔法の国から出て来たの⁉︎ リストってなに⁉︎ ま…」

「ちょっと! 落ち着いて!」


 んぐ。

 口を押さえられる。

 …しまった、つい…調子に乗りすぎた。

 だって、聞きたい事いっぱいあって…。


「………そんなにいっぺんに聞かれても答えきれないよ。…それと、僕たちの魔法の事をそんなに大声で言わないで」

「あ…ご、ごめん…」

「……(そういやぁ、『英雄の資質』がある人間は好奇心旺盛で知識に対して貪欲な奴が多いって言うしなぁ…)…随分溜め込んでやがったんだな。ま、いいんじゃねぇか? けど、答えられる事と答えられねぇ事があるのだけは理解しな。こっちは命懸けなんだ」

「…命懸け?」


 なんで。

 聞こうとしたが、見下ろすジョナサン様の目が…それを許さない。

 要するに、怖ぇ。

 そんなジョナサン様が首を傾けると、バキッと音がする。

 ……あまりの威圧感に俺は大人しく俯く。


「…君の質問に対してだけど、ほとんど話せないね。でも一つだけ。君には魔法を使う才能はある。覚える事は出来るだろうし、使えるようになる可能性は高いよ」

「!」

「けれど、君はそもそも自由に旅がしたいんだろう? 給与分の仕事をしたいという心意気は買うけれど、夢があるなら先を見据えて行動した方がいい。人間の時間は、有限。限りがあるものなんだ。それを忘れてはいけない」

「………」


 後先考えないで行動するな、ってことか。

 分かってるけど、でも、俺は奴隷だ。

 手枷や足枷が外れたからって、この国でその身分であることに変わりはない。

 じゃあ他の国…グリーブトやベルゼルトンへ行けば奴隷じゃなくなるのか、って言われても多分、同じだ。

 グリーブトにもベルゼルトンにも奴隷制度はある。

 他の国の奴隷が逃げて来て、捕まえられてこの国の中でまた売買されるのを見た。

 実際そういう奴隷が、あの店にいた事があるんだ。

 主人に捨てられた奴隷も、最終的には同じ。

 どこかの奴隷商人が拾うなり買うなり捕まえるなりして、またどこかに売られるんだ。

 手枷がない手。

 足枷のない足。

 それが叶っても、まだ見えない手枷と足枷が俺にはついている。


 奴隷は一生、死ぬまで奴隷。

 それが、奴隷だ。




「ふぁぁ…とりあえず宿に帰って今日は寝ようぜ。明日もこの街ん中を歩き回る事になりそうだしな」

「そうだな」


 さすが最高級宿。

 二人が借りた部屋は三部屋が広間みたいな部屋で合流してる、一番高い部屋。

 風呂やトイレは部屋の中に付いてるし、頼めば食事も最高級のものが運ばれて来る。

 まるで一軒家みたいだ。

 俺はその内の一部屋で寝るように言われて、それはもう困惑した。

 だってベッドだったんだぜ?

 いつも硬い地面で寝ていたのに、あんなふかふかなものに寝るという概念が俺にはない。

 ので、ベッドの横の床で寝た。

 部屋には他にソファーってやつもあったが、それもものすごくふかふかだったのだ。

 とても寝れたもんじゃねぇ。

 あの人に買われてから初めての朝。

 部屋についていた寝巻きってやつで寝て(ジョナサン様が着替えて寝やがれと小突いてきたので)、昨日買ってもらった服に着替える。

 昨日着替えさせてもらったのを見よう見真似で思い出して、なんとかきる事ができた。

 あんまり広い部屋に一人でいるのはどうにも落ち着かず、広間の方へと行ってみる。

 目が眩しさで潰れちまうような豪勢な広間に朝日ってやつが射し込んで、そりゃあもうギンギンギラギラって感じだ。


「お、早ぇなガキ」

「…あ、おはようございま………」


 まだ苦手な敬語だが挨拶くらいは出来るぜ。

 …と、意気揚々声の方を見て、固まる。


 ビ、ビックマグナム…。


 朝日を背に、テラスにあった風呂に入っていたであろうジョナサン様のなんと見事な肉体美(混乱)。

 猛々しい下半身の例の部分まで丸出しだぜ。

 お、おおう…こ、ここまで清々しく放り出されているとど、ど、どうしていいのかわからねぇ…!

 え、こ、こういうものなの?

 これが普通なの?

 俺がおかしいの?

 俺が奴隷だから?


「………風呂って朝に入ってもいいの…?」

「俺は朝も入るぜ。寝る前にも入るけどな」


 ガシガシ、髪をタオルで乱暴に拭いているところ悪いが……奴隷の俺にもそこは隠した方がいいと分かるぜ。

 なんというか、きょ、凶器…。

 だめだ、見てられねぇよ。

 性技の練習で使った男根の模型が可哀想に思えるレベル差だ。


 …俺、もしかして相当早まっちまったんじゃねぇか?

 給与分の仕事するって付いてきたけど…荷物持ちだけであの額(6000プレ)ってどう考えても無理だろ?


 ということは、だ。

 他にも仕事をしないといけない。

 いや、それは全く構わない。

 奴隷として使いっぱしられるのはむしろ当然。

 でも、俺一応、性玩具としても調教を受けてるんだよ。

 だから、必要なら、その、ベッドに呼ばれるような事があるんなら…勿論それは精一杯奉仕するつもりはある!

 でも、でもさ、アレはムリ!

 性玩具は処女が好まれる事が多いから、知識とか、練習は色々するけど…本番はご主人様が決まってから、ご主人様に捧げるもんなんだよ!

 そっからご主人様の好みに、ご主人様が雇った調教師とかが更に細かく調教するもんなんだよ!

 だからアレは無理!

 今の俺には無理、マジ絶対無理!


「? どうした? 風邪か? 肩震えてるぜ?」

「ヒッ! …いや! 俺、すぐには無理!」

「は? なにが?」


 だから…、ソレだーーーー!

 そのぶら下げてるソレだよ!

 考えただけで絶対裂ける! 破ける! 死ぬ!


「…なにを慌ててんだか知らねーけど、暇ならフレディ、…フレデリックを起こしてこいよ。朝食は部屋で食うって伝えて来い」

「はい! すぐに!」

「…???」


 恐らく俺人生最速でその場を離れた。

 フレデリック様の部屋の扉を割と慌ててノックして、声掛けして入る。

 しかしそこにもとんでもない罠が待ち受けていた。


「……………………」

「…むにゃ、むにゃ…ぐう、ぐう…」


 長い足は放り出され、寝間着はなにがどうしてそうなったかわからないくらいにグシャグシャで床に散らばっている。

 衣類に関してパンツが脱げていないのが唯一の救いだろうか。

 あの艶やかでサラサラの黒髪はボサボサ。

 口元にはよだれ。

 因みに、あの美麗という言葉が服を着て歩いているようなフレデリック様が寝ておられるのは床だ。

 ベッドには渦を巻いたシーツがこんもりと盛り上がっているだけ。


 起きている時との、この差!


「………………」


 俺は思わず床に膝と手をついた。

 立っていられなかったんだ。

 食べる時も、俺を着替えさせてくれる時も上品で、流れるような気品溢れる動作の、まるで王子様みたいなフレデリック様が…。



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