第4話



 場所を聞いた肉料理屋。

 そのガーデンテラス席に二人はいた。

 思っていた通り目立つ!

 …主に、女性の目線が…熱いぜ…。


「!」

「んぁ? お前…」

「…………」


 外の席だったから俺の存在は二人にすぐばれた。

 少し居心地が悪い。

 けど、俺はちゃんと自分の足で、自分の意思で二人の前に向かう。

 そして、真横に立つ。


「……お、俺…あんたに、買われたから…。……ま、まだ、料金分の、仕事…してない…」


 でもなんでだろ、目が合わせられねぇ。

 うろうろする目線。

 そのせいで、目立つ二人の元へやってきた俺も店内店外問わず人に見られているのに気が付いちまう。

 人に見られるのは慣れてるのに…檻の中と外じゃ全然違うんだ。


「…………。成る程、確かに…! 君の料金に見合った働きを、僕はまだして貰っていないね!」

(…フレディってこういうところアホだよなぁ…)

「! う、うん! だ、だから、何か仕事…させてよ!」


 グゥゥ。


 なんとかちゃんと納得して貰ったけど、俺の腹はそんな空気読んじゃくれねぇ。

 派手に鳴った腹の音に、でけぇにいちゃんが大笑いする。


「ぶぁっはっはっはっ! なぁんだテメェ、腹減ったから追ってきたのかよ!」

「あー、そういえば衣食住は自己負担とか言われていたよね。…まあ、そのくらいは構わないか…。おいで、何食べる?」

「!」


 促された席は、二人の間。

 丸いテーブル。

 その上には豪勢な肉料理の数々…。


「…………」

「どうしたの?」

「…あの、ど、奴隷は…ご主人様が食べているときは…立ったまま待つのが…基本で…」

「ああ、そういうものなの? でももう関係ないよ。君はもう奴隷じゃないんだから」


 すると立ち上がったご主人様が、椅子を引く。


「お座り」


 心地いい声。

 その優しいのに、有無を言わせぬ言葉に緊張しながらも従う。

 …というか…従うしかない。

 従う以外の選択肢が、俺にはないように思った。

 膝を曲げて座る俺のタイミングに合わせて、椅子が押される。

 なんてスマートな…!

 俺は体が緊張で固まった。


「………」


 そ、その上、なんだ?

 この後ろから感じるめちゃくちゃいい匂い!

 なんで今まで気づかなかったんだってくらい…上質な香の香り。

 手前の料理もめちゃくちゃ美味そうな匂いだけど、こ、この人の匂いの方が、なんつーかあばばばばって気持ちになる!

 なんだこの気持ち!

 あばばばばっ!


「食べたいものがあったら追加で頼んでいいよ。…さてと…」

「…あーむ。…うーん、もうちっと硬くてもいいなぁ」

「焼き過ぎたら肉の旨みがわからないんじゃないの?」

「そんな生肉同然じゃ血の味しかしねーんじゃねーの?」

「…………………」


 多分、普通の人間はその中間を好むと思う。


「……あの、質問してもいい、ですか?」

「あん?」

「…二人のことを、俺、どう呼んだらいい…ですか?」


 そもそもこの二人ってどういう関係なんだ?

 二人とも魔法使いっぽいけど…俺のイメージの魔法使いっぽくねぇんだよな、このでかい人。

 えーと、俺のご主人様がフレ、ディ様?

 でかい人が、ヨナ、様?

 うん、ヨナ様の方、魔法使いっぽくねぇ。


「…そういえば自己紹介していなかったっけ。僕はフレデリック。こっちは弟のジョナサン」

「え…………」


 どよ。


 店内がどよめいた。

 間違いなく、フレディ様…改めフレデリック様の言葉が原因である。

 …俺の耳が腐ったわけではないのか、そうか…。

 ということはあれか、マジで…。


「おと、おと…?」

「ああ、見えねぇだろう? 顔は似てるって言われるんだけどなぁ」

「お前だけブクブク太るから」

「背丈は太るとは言わねぇんだぜフレデリック」


 きょ、きょきょきょきょきょ、兄弟…だ、と…⁉︎


「…あ、…………うん、お、お顔立ちは、似て、らっしゃる、かと…」

「…どうにも顔立ちの方とか言われるとフォローにしか聞こえないよね」

「そうかぁ?」


 いや、マジで他に言いようがねぇよ。

 顔、似て、似て…似て、るかも。

 よく見れば、だけど。

 目鼻立ちは、似てる?

 ジョナサン様の方が圧倒的な野性味!


「更に驚く事に俺たち双子なんだぜぇ?」

「ふふ、っ双子⁉︎」


 じゃあ同じ日に生まれたって事⁉︎

 うう、嘘だろ⁉︎

 なんでそんなに体格差があるんだ⁉︎

 双子って顔も体も似るもんじゃないのか⁉︎


「まあ、でかくてもそんなにいい事ねぇけどな。案の定、さっき買った服もサイズあわねぇしよぉ〜〜」

「だからってその格好は着ていないのと同じなのでは?」

「そうだな、脱いじまうか」

「それはそれこれはこれだろ! 着てろ!」

「……………」


 確かに。

 さっき服屋でジョナサン様が選んだ服は肩幅ピチピチ…背中も伸びきっていた。

 丈は明らかに足りてないし、前のボタンが消えている。

 縫い付けてあった糸が垂れて見えてるって事は…弾け飛んだ…?

 …風呂の時も思ったけど…すんげー胸板…。

 なのに腹の方はバキバキに割れて細くなっている。

 リゴよりもすごい筋肉…。

 この街は港町だから、漁師たちもかなり良い体してるんだ。

 けど、この人の場合その比じゃねぇ!

 お、男として…なんというか、敗北感が…!


「おい、さっきから全然進んでねぇぞ。なんだ、好き嫌いが? でかくなれねぇぜ?」

「え、あ、いや…!」


 バレた…!

 いや腹はベリベリに減ってる!

 でも、その…。


「…つ、使い方…知らない…」

「んん?」


 空の皿と、その横に並べられた細長いのと三つに分かれた先っちょのやつ…。

 それからおたまみたいなやつ。

 なにこれ、どうやって使うんだ???

 俺たち奴隷は食器なんて使って食べた事ない。

 ミルクで煮溶かされた残飯を皿から直飲みするもんなんだ。

 さっきから見てたけど、この人たちめちゃくちゃ綺麗に食器使いこなして食べてる。

 一見ガサツそうなジョナサン様も!

 …多分育ちはいいんだ、この人たち。


「マジか。そっからか」

「仕方ない。今日は僕が切ってあげるから、フォークで刺して食べなよ。そのくらいなら出来るだろう?」

「え…….お前のそのまるで焼いてない生肉同然の塊食わす気か? 腹壊すぜ、こっち食わせろよ」

「お前のその炭直前の塊食べさせる方がお腹壊すよ」


 …だから、なんでその中間がないんだ⁉︎


「君はどっちがいい?」

「ちゃんと焼いてある方がいいよなぁ?」

「…う…」


 で、できればどっちも遠慮したい!

 しかし奴隷の分際でそんなわがまま言えない!


「…ど、どっちも食べてみたい、です」




 ーーーー結論から言うと、ジョナサン様の焼いた肉の方が若干ましだった。

 僅差で。

 若干。

 ほんとに、若干。

 こればっかりは、俺の好みの問題…だと、思う。


「さあて、じゃあ次はいよいよお待ちかねターイム! スイマセーン! こっからここまでのメニュー全部〜」

「コーヒーは飲める?」

「コ、コーヒー⁉︎ …お、俺も飲んで…いいの?」


 コーヒーって、この国では上流階級の人間の飲み物だぞ⁉︎


「もしかして飲んだ事ない? じゃあシュガーとミルクは多めでもらおうか」

「シュ、シュガー…!」


 それは、ミルクより甘いという伝説の調味料…!


「キタキタ…♪」


 肉の次にテーブルを覆い尽くしたのはデザートの数々!

 ケーキやフルーツが所狭しと並べられる。

 いい大人の男が二人もいるテーブルでデザート類がこんなに…。

 こ、これは…夢か?

 こんなの見た事ない…!

 何もかも全部クレア・ルビーより輝いている…!


「…うん、良い香りだ。思っていた通り、素晴らしい豆のようだね」

「カップ小せえ」

「お前の手が大きいんだ」


 …ジョナサン様が持つと子供用に見えるティーカップ。

 俺と同じサイズだよな?

 この、俺の目の前に置かれたコーヒーカップと…。


「…………」


 そう、俺の目の前にもコーヒーカップが…。

 これが伝説のコーヒー…。

 上流階級者しか飲むことの出来ない、高級な味のついた黒い飲み物…!

 どんな味なのか、誰も知らないがとにかくこれを飲んでいるやつは皆、夢心地のような表情になるという…!

 …ほんとにいい匂い…これがコーヒー…。

 俺ほんとに飲んでいいのかな?

 ほんとに、俺なんかが飲んでいいのか?

 きっと奴隷で世界初だぜ、コーヒー飲むのなんか!

 恐る恐る湯気の立つ黒い液体に口をつけてみる。


「ぶっ!」

「…初心者のくせにいきなりブラックに挑むとは…」

「ばーかばーか」


 に


 に


 に


 ………………にっっっっっっっっげぇぇええええぇえぇ⁉︎


 ええ?

 なにこれ、こんな苦いものが上流階級の奴らは好きなのか⁉︎

 どうして⁉︎

 こんな苦いもののなにがいいの⁉︎

 わ、分からん!

 苦すぎて味とかわかんない!

 ただ苦い…泥水の方がまだ飲めるぞ⁉︎

 こんなのが美味いのか????


「子供にはブラックは早いよ。ホラ、ミルクとシュガーを混ぜて飲んでご覧。少し多めにしてあげるから」

「…あう…」


 フレデリック様が俺のカップにミルクと…そして伝説のシュガーを…!

 …なんて上品な仕草…。

 苦味で口を抑える俺の目の前で、あの綺麗な指先がティースプーンを持ち、シュガーケースから角砂糖を一つ取るとコーヒーへ落とす。

 ミルクを適量、カップに注ぎ、混ぜる。

 流れるような作業。

 それの一つ一つが、綺麗だと思った。

 目が離せなくてじっと見ていると、コーヒーは真っ黒から、ナッツみたいな黄土色に変わる。


「…わぁ…これも魔法?」

「…ええ…? ……ふふ、やだな、これは魔法じゃないよ」

「飲んだらもっと驚くんじゃねぇのか?」

「そうかもね」


 色の変わったコーヒー。

 そっと両手でカップを持ち上げて…ドキドキしながら傾ける。

 口に入ってきた飲み物はさっさと全然味が違う!

 苦いのに甘い!

 甘いし、なんかこう、口の中でとろける!

 なんだこれ! なんだこれ⁉︎


「お、美味しい!」

「そうだね。…このコーヒーなら父上も気に入るだろう。…リストに入れておこうかな」

「ん、このフルーツも美味いぜ? 酸味が効いていて、生クリームによく合う…なんて名前なんだろうなぁ?」

「…あ、それはフールっていうんだ。…です。…ここからもう少し東側に行った街で作ってるって聞いたことある、です。でも、この街で有名なのはパナン…黄色くて細長くて、すごく甘い、らしい、です」


 フールは赤い小さな果実。

 パナンもフールも俺は食べたことない。

 だからかなり、多分そうだと思う、って感じだ。


「ヘッタクソな敬語だなぁ。そんなもん、ねぇのと同じだ。やめちまいな」

「うぐっ」


 その自覚はあったけれども!

 そんな、オブラートなしにストレートに!


「僕も…ジョナサンも君に敬語なんて期待してないよ。話しづらいなら敬語はいらない。聞くに耐えないしね」

「う…!」


 一応敬語も練習したんだけど、な。

 奴隷の嗜み、ってやつで。

 そっかぁ、全然だめかぁ〜。


「で、でも…俺、買われた身ってやつだし」

「まぁ、敬語は使えた方がいいからね。今度教えてあげるよ。すぐに覚える必要はないから、今日のところはそのみっともない話し方はやめな」

「…は、はい…」


 フレデリック様にそこまで言われると…従うしかないな。

 くぅ、悔しい。

 敬語の練習、テキトーじゃなくてちゃんと聞いておけばよかった。


「…ん〜〜」

「…んん〜」


 そしてこの二人、ケーキ食べるとめちゃくちゃ幸せそうな顔になるな。

 …成る程、こういう時の顔は完全に兄弟っぽい。


「…やっぱ甘いものは最強だな。どうやって作ってんだ? 小麦粉の生地だな。シュガーと、卵、ミルク…は同じだが…違うのは卵とミルクの味か? …そうか、そもそも外界は生息する生き物が違うもんなぁ? だから生クリームの味が全体的に違うのか」

「上に乗って入る果物も見たことがないよね。…後で市場も見てこようか、原型が見たい。…それに、これって生だよね? 加熱しないで食べられる果実があるなんて驚きだ」

「それは俺も思った! …種を持ち帰れば育つかねぇ?」

「それは試してみるしかないね。外界の土でしか育たなければ、リストに加えるとして…」

「………」


 …二人とも、何の話をしてるんだろう?

 リスト…?

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