第9話

 


「色々と役割分担されているんですね…」

「はい。勇士や傭兵は騎士団と同じように地方によっては魔獣討伐も行います。が、最大の違いは勇士や傭兵が完全実力主義であり、個人事業主であるという点でしょう。騎士団は国の為、民の為に活動しますが勇士や傭兵は自身の生活や富や名声を求め名を売る事などを目的とした、割と自己主張が強い自分本位な者が多いです。自由気ままに討伐依頼の出た魔獣を狩って賞金を得たり、そこそこ安定した収入を求めて地方領主と契約しお抱えの勇士になったり、後は『剣舞祭』に出場して騎士団に試験なし合格を目指したり…色々ですね」


 要するに騎士団以上に柔軟に対応して金銭を稼ぐ、何でも屋みたいなもの。

 …エルメールとしてはそんな印象のようだ。

 しかし危険な職業であることには変わりない。

 騎士団の次に子供に尊敬される職業として名前が上がるそうだ。


「…騎士団試験…難しいんですか」

「はい、簡単とは言い難いと思います。年に四回ほど試験は実施されますが、筆記の他に戦闘試験もありますので生半可な者は一次試験の予選で落ちますね」


 なんだ、一次試験の予選って。

 一次試験の前に予選があるのか?

 それもはや二次試験なのでは。


「こちらへ」


『火の門』を潜る途中にあった扉に通される。

 思っていたよりも広い部屋がそこにはあり、どうやら衛騎士達の詰所のようだった。

 そこに居たのはジョナサン殿下ほどありそうないかにも厳格な騎士。

 しかしエルメールの目線を追うと背を丸めて机の下に隠れている…誰かがいる。


「…………。何をなさっておいでなのですか」

「い、いや、その、ちょっとだけびっくりしたって言いますか…ごめんなさい…」


 机の下から出てきたのは少し歳をとったおじさん。

 老人というにはまだ若い。

 三十代後半か、四十代前半か。

 しかし白髪混じりでくたくたの顔。

 立ち上がり、四角い顔のいかにも厳しそうな騎士の横に立つとやっぱりだいぶ小さく見えた。


「いやぁ、ごめんね、エルメールくん。そ、その、急な呼び出しで、その、僕なにか悪いことしたかな〜?」

「我々も暇ではないのだがな」

「黙れ」

「はい、黙ります」


 お口にチャックが速すぎやしないか。

 厳つい騎士が一撃で黙らされた。

 エルメールを怒らせてはいけない。

 これはどうやらこの国の共通認識で間違いないようだ。

 奴隷の本能は正しかったといえよう。


「衛騎士隊隊長、カミーユ・テンプルトンと、副隊長のクレイドル・ミルフレールです。カミーユ隊長は騎士団の副団長も務めておいでです」

「初めまして…?」

「? こちらの方々は…?」

「殿下たちがアバロン大陸を視察中なのはご存知かと思います」

「え? あ、ああ…ドラゴンの森にアバロン大陸から来た飛行機が落ちた件だよね? アバロン大陸とは断絶が決まったんじゃないの?」

「はい。しかしアバロン大陸は未だ奴隷制度を用いているそうで、殿下方は大層お心を痛め、奴隷の方々をアルバニスへ亡命、もしくは保護したいとお考えのようで…彼らはその第一陣です」

「奴隷? …それは、遥か昔にあったという人権を奪われた人々の呼称のはず…。なんと、アバロン大陸はまだそのような事を? 飛行機を飛ばせる程度の文明は持っているのだろう⁉︎ なんたる非道な…!」

「喧しいですクレイドル」

「「「「そっちが⁉︎」」」」


 四人の声が被った。

 四人ともくたびれた顔のおじさんが副隊長だと思って話を聞いていたのだ。

 厳つい四角顔の騎士が大声で叫ぶのを、無表情のまま切り捨てたエルメールが名前を呼んで初めて隊長、副隊長の区別がはっきりしたのである。

 くたびれた顔のおじさんがカミーユ・テンプルトン。

 四角顔の厳つい騎士がクレイドル・ミルフレール。

 エルメールは四人の反応に「え」と驚いているようだが、そういえば自己紹介はしていないねとおじさんが笑う。


「あの、僕がカミーユ・テンプルトン…です。一応衛騎士隊隊長と騎士団副団長をつ、務めてて…ごめんね、僕なんかが…そ、そうだよね、僕なんかじゃそんな偉い人に見えないよね…はははは…」

「そんな事はありませんぞー! カミーユ隊長! カミーユ隊長は素晴らしい騎士です! 自分はカミーユ隊長に憧れて衛騎士を目指しましたからーーー‼︎‼︎‼︎」

「…うるさい…」


 思わず耳を塞ぐ。

 エルメールが言うのも無理ない声量だ。

 ランスロット団長もなかなか大きめの声量だったが、その比ではない大きさの声。

 なんというか、こちらは声の全てが気合いのような勢いがある。

 そう、単純に大声。

 これはうるさい。


「あはは…ありがとうクレイドルくん…君みたいな優秀な若者が入ってくれたんだ…もう僕なんか早く引退すればいいんだよね…。でもまだ子供が学生なんだよ…せめてあの子が成人するまでは働かないと…………つらい…」

「引退なんて! 縁起でもない事言わないで下さい‼︎」

「期待が重い…僕なんか…なんで騎士団の副団長なんて重い責任のある立場で仕事してるのかな…? どこで間違っちゃったんだろう…? 僕はなんでここにいるんだろう…」

「しっかりして下さいカミーユ隊長! 隊長は立派な騎士です‼︎ 自分の目標であり、理想の騎士です‼︎‼︎ お子さんが成人なさった後も自分にご指導下さい‼︎‼︎ よろしくお願いします‼︎‼︎‼︎」

「……〜っ」


 会話になっていない。

 いかにもやる気…いや、生気の感じられない隊長と、元気の塊のような副隊長。

 クレイドル副隊長の声がますます大きくなった時、エルメールが机に手をかけた。


「喧しいですよ…!」

「ーーーッゴフ!」


 軽々持ち上げられた机はそのままクレイドルの脳天へ。

 なんの容赦も躊躇もなく。

 真っ二つに割れる机。

 無残に散る机。

 なんの罪もない机…。

 崩れ落ちるクレイドル。


「…何度言わせるのですか。お前は声が大きすぎます。感情のまま叫ぶのはおやめなさいと何度も何度も言いましたね? 学生気分が抜けていないのではないですか?」

「も、申し訳ございません、フェルベール先輩…」

「ク、クレイドルくん! エルメールくん、クレイドルくんをいじめないでおくれ〜」

「虐めていません。躾です。カミーユ隊長も自虐モードはお控え下さい、母に言付けますよ」

「ごめんなさい!」


 …フェルベール家…どんな一家なのかは分からないが……各所に凄まじい影響力を持っているのは間違いなさそうた。


「申し訳ございません、皆様。クレイドルは私の学生時代の後輩でして…。…まだ躾が行き届いていないようでして、不快な思いをされたでしょう…」

「そ、そんな事は全く! 全然! 大丈夫です!」


 むしろ彼の脳天は大丈夫か?

 …というか、あんなの毎回食らっていたんだとしたら余計ダメなんじゃ…。


「…こ、後輩…と、いう事は…エルメールさんはこちらの、騎士様よりお歳が…上?」

「そ、そういえば…!」


 この厳つい、正直カミーユ隊長よりも歳上かと思っていた男がこの二十代前半にしか見えないエルメールよりも歳下?

 そちらの方も驚きだ。


「ええ、そうですね。一つ上ですが…」

「し、失礼ですがお幾つで…あ、いえ、ほんの好奇心で…!」

「? 私ですか? 今年19になりました」


 思っていた以上にお若い。

 だが、そうなるとこの厳つい四角顔のクレイドル副隊長は、18…?


「…お、弟さんと随分歳が離れているんですね…?」

「そうですね。でも、ハーディバルは姉とはもっと離れていますよ。姉は今年25になりますから」


 お姉さんともなかなかに離れておいでだった。


「ミュエ先生、お元気ですか⁉︎」

「元気の点ではお前の方がお元気ですね。…ええ、姉は元気ですよ。義兄が可哀想になる程には」

「ダイナマイトボディのお色気女教師! 男子憧れの先生でした‼︎ ご出産された後も変わらずエッチな巨乳ーーー!」


 割れた机の片方が、再びクレイドルの脳天へ叩き落される。

 しかも角。

 …天誅。

 こればかりは致し方ない。


「………で、こちらの皆様には仮の個人番号と通信端末をお渡しし、本日から陛下の許可のもとアルバニス王国でお過ごし頂くことになりました。我が国に馴染めるかどうかは皆様次第となりますが、馴染んでいただけるよう我々も出来る限りの助力をしなければなりません」

「な、なるほど…」


 起き上がらないクレイドル副隊長に寄り添いながら、怯えた顔で話を聞くカミーユ隊長がなんとなく可哀想。

 いや副隊長のアレは完全に失言だ。


「恐らく今後衛騎士の方々、特に門を守る方にはアバロン大陸より亡命してくる奴隷の方々を一番にお迎えして頂くこととなるでしょう。その辺りの事情を衛騎士隊ではしっかりと周知して頂きたいのです。まず、この方々のような方が現れた場合のマニュアルを作成してきましたので隊長、目を通しておいてください」

「マ、マニュアル⁉︎」


 いつの間に⁉︎


「はぁ、さすがエルメールくん、仕事早いね〜。どれどれ…」

「以後、こういった方々は『亡命者』とお呼びすることと致します。『奴隷』という響きが穢らわしいので」

「うん、そうだね…我が国で預かる以上、奴隷という呼び方は相応しくない。いいと思うよ」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 なんとも、なんとも言えない。

 この国に奴隷はいない…王子達もそう言っていた。

 奴隷という存在に否定的だった王子達。

 それは奴隷を肯定するアバロン大陸の人間を嫌悪していたからだ。

 奴隷として生まれ、奴隷として生かされ、殺されるのだと思ってきた人生でこんな奇跡が起きるなんて。

 奴隷ではなく、一人の人間として扱われる日が来るなんて…。

 ポケットの中にしまった通信端末を取り出す。

 一人一人に用意してもらったこの端末には、この国の国民に与えられる個人番号が仮とはいえ入っている。

 この国の、民としての、個人の番号…。

 よくよく考えると、それはとてもすごい事だ。

 奴隷という『個』としてでなく『個人』として見られている。

 誠実に奴隷だった自分たちに向き合い、援助してくれている。

 こんなにも…。


「………うっ…」

「ウィーゴ…」

「え? ど、どうしたの?」

「………っ、…っ…う、ううっ」

「…………」


 涙が出てくる、仲間の気持ちはよく分かった。

 リゴも気付けば視界が歪んでいる。

 人間として扱われるなんて…ボルネ以外に、自分たちをこんな風に扱う人が、こんなにいるなんて。

 なんでもっと早く…いや、それは不可能だ。

 この国はアバロン大陸との国交を断絶していた。

 アバロン大陸ではこの大陸自体、伝説であり御伽の国。

 リゴたちだって、フレデリック王子に魔法を見せられるまでこれっぽっちも信じていなかった。



(…もう、無理だ…帰れない……こんな喜びを知ってしまったら…俺たち、もう奴隷になんて戻れねぇ…絶対無理だ…)



 どう考えても、奴隷に戻る選択肢はない。

 この国に行きたいと思った時から戻るつもりはなかったけれど。

 フレデリック王子たちに通訳魔法を貰った時のような感動に、感謝以外の感情が浮かばない。

 ウィーゴたちも同じ気持ちだから涙が溢れているのだろう。


「いてて…? 皆様どうされたのですか⁉︎ どこかお怪我でも⁉︎」

「お怪我されてるのはクレイドルさんですよ⁉︎」


 脳天から血がたらりと滴っている。

 涙の引っ込むインパクトだが、涙が引っ込んだのはリゴだけだった。

 他の三人は蹲って本格的に泣いてしまっている。


「…私たちがなにか気に障るような事を言ってしまいましたか…?」

「あ、いや…逆です。…こんな風に親切にしてもらった事…俺たちは、なくて…。人間として扱われるって、こんなに嬉しい事なんだなって…」

「…そう、か…辛い思いをなさったんだね…。我々で力になれる事は出来るだけ助力しよう。けれど、環境は随分違うはずだ。苦労も多いだろう。どこで生きようが生きるってことは簡単なことじゃないからね…。それでも、大変なことだからこそ、互いに協力し合っていこう。我々も手を貸すから、どうか君たちも我々に手を貸してくれ」

「…! …カミーユ隊長…」


 手を差し出されて、握り返す。

 我々に出来ることなんて、あるんだろうか?

 そう思った。

 だが、すぐにカミーユ隊長は「そういえば名前を聞いてないな、教えてくれないか」と続ける。


「お、俺はリゴです。こいつはウィーゴ、あいつがザール。端のやつがコゴリです」

「うん、みんななかなかいい体格だねぇ。魔獣なんて危ない奴らとの闘いは他の騎士隊に任せて、みんなこの街の平和を守る衛騎士隊にならないかーい?」

「リゴさんは学問に興味がおありのようですから、そちらに進まれると宜しいかと。それと、他のお三方にも最低限の教育は受けていただきます。その方が視野も広がり、ご自身でなりたいものややりたい事が選択できるようになるはずです」

「もしかしてアバロン大陸では勉学を学べないのかい?」

「…はい。奴隷に学は必要ない、と」

「そう…。随分偏った考え方なんだねぇ。…陛下が断交を決断されたのは良かったかもね。確かに、考え方も文化もなかなかにかけ離れていて理解に苦しむ。…ドラゴン族も、住処を荒らされて怒ってたって言うしね」

「その辺りは陛下が宥められたと聞きます。…ともかく、衛騎士隊の方々にはスムーズに亡命者の皆様を建設中の寮へご案内いただく事…これをお願いいたします」

「そうだね、分かったよ。でも建設前に到着した亡命者に関してはどうするんだい?」

「しばらくは『慈愛の庭の城壁』のホテルをお貸しします。それと、リゴさん、ウィーゴさん、ザールさん、コゴリさん…皆様には、今後いらっしゃる亡命者の先輩として、私と同じようにナビゲートをして下さいませんか? やはり同郷の方のお言葉の方が、染み入るものもあるはずですから」

「…それが俺たちにできる事…ですね」


 これからやってくるであろう、同じ奴隷たち。

 ここは自分たちの描いていた完璧な理想郷ではないかもしれない。

 現に通信端末に魔力を通すことが未だできずにいる。

 けれど、ここの人たちの優しさに触れ、もうあの大陸には帰れないと思った。

 なら、ここで生きていく覚悟をしなければならないだろう。

 どんな困難なことがあっても、少なくとも理不尽に踏みにじられることはない。

 手を差し伸べてくれた人がいる。

 この国に来てすぐに手を差し伸べてくれたあの女性教師。

 案内してくれた騎士。

 ラックパフを奢ってくれたランスロット団長に、『城壁』について話してくれたハーディバル隊長。

 美味しいお茶を入れてくれたスヴェン隊には相棒のドラゴンも見せてもらった。

 エルメールも、怖いけれどこんなにも自分たちに一生懸命寄り添ってくれる。

 それは殿下たちの願いのためだと言うけれど、ありがたい。

 カミーユ隊長の言葉も、とても染みた。

 クレイドル副隊長やラッセル隊長は少しクセは強いが、民のために騎士をやっているのだ、根はいい人なのだろう。

 ここまでしてもらったんだ、自分たちも少しくらい報いなければ。


「ですが、まずは昼食にいたしましょう。本日は私の知る店にご案内させていただきます。明日以降は是非、ご自身の足で街を見て回って下さい。それまでに通信端末を扱えるようになれば良いのですが…」

「通信端末が使えないの? まぁ、あんまり深く考えないでさ。ほら町の地図なら紙のやつタダで配ってるし」

「あ、はい、先程いただきました」

「ではお食事に参りましょう」


 ようやく落ち着いたウィーゴたちと、衛騎士隊の詰所を後にした。

 賑やかで美しい街。

 エルメールが、四人に向き直る。


「改めまして。…ようこそ、王都アルバニスへ。我が国は皆様を歓迎いたします」






 終

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