第7話

 


 なんとも言えないじんわり嫌な感じの広がる空気。

 事の発端となった余計なことを言った色黒の隊長は口笛を吹くフリをしながら目を逸らす。


「まあ、家族と当人の同意があれば重婚は認められている。なあ、ディルハルツ」

「…まあ、うちはもうミュエが結婚して子をなしております故、後継の心配はございません。エルが婿入りする分には構いませんが…」

「なにを仰っているのですか、父上。そのお見合いパーティに、私も参加するようお命じになったではありませんか」

「……そ、そうだっけ?」

「…‼︎」

「⁉︎」

「…………」


 ……地獄か。


「……ち、ちなみにまさかとは思うけど団長までお声かかってたりとかしませんよねー、それー」

「さて…? フレデリック殿下はランスロット団長にもさっさと結婚してほしいと仰ってましたが…どうでしょうね」

「あ、まだ団長殿にはこの話してないよ。どうして?」

「うううううんんん! なんでもなーーーい!」


 それはつまりランスロット団長にもお見合いパーティの話は行く予定だと。

 明らかに動揺しまくっているラッセル隊長。

 それどころじゃなくなってるスヴェン隊長。…と、パル。

 関係ないのに胃が痛み出す四人。

 だって、もし、さっきハーディバル氏が言っていた事が真実ならランスロット団長はエルメールの事が…。

 これは痛い。

 胃に抱える必要のない痛みが増していく。


「…そうでしたね、お見合いパーティの件もありました。陛下、フレデリック殿下主催のお見合いパーティは延期してもよろしいですか? アバロンの奴隷の皆様を受け入れる態勢が整うまでで構いませんので」

「構わん。中止でもいい」

「それはなりません。予定と都合を合わせてくださった女性の方々に失礼です」

「…えぇ…そこは陛下の言う通り中止の方がいいんじゃ…」

「パパもそう思…」

「ダメです。…今年中に必ず開催します。フレデリック殿下の考案なのですから、殿下の執事である私が必ずや成功させてみせます…」


 なんかスイッチ入ってる。

 目が本気だ。

 見ろ、場の空気がますます微妙なものに変わってしまったではないか。


「…歳は取りたくないものですなぁ、陛下…物忘れが酷いとこんなことになるのですなぁ…」

「だから暇を取れと言っただろう…」

「陛下の許可も得ましたので改めましてお客様方、アルバニス王国に歓迎いたします。皆様のお話を参考に、他の奴隷の皆様の受け入れ保護態勢を確立したく思いますので今しばらくご協力お願い致します」

「あ、え、は、はい…我々でお役に立てるなら…」


 絞り出すように答える。

 では場所を変えましょう、とエルメールが言うとスヴェンが「…どちらへ?」と聞いてくれた。


「『慈愛の庭の城壁』のホテルに部屋を借りております。そちらで諸々のご説明と、アンケート、それからマニュアル作り、人員確保などをします」

「私に手伝えることはありますか?」

「今の所ございません」

「なになに? エルちゃんなに始めるの? おいら付いて行っちゃおっかな〜」

「…私をそう呼んで良いのは家族と殿下たちのみと何度も申し上げておりますよね? 次にその呼び方をしたら鼻から下を粉微塵に粉砕致します」

「ごめんなさい」


 ぐっと握られた拳と、本気の目。

 なんとなく察してはいたが…確信に変わった。

 この人絶対怒らせちゃいけない系の人だ。


「あーこわ。スーくん、あんな怖い子のどこが良いの〜? 顔? 顔?」

「他人に魅力が分かりづらいところでしょうか」

「ドMなの?」

「陛下の御前ですので、その質問への返答は控えさせて頂きますね」

「それはざんねーん」

「では参りましょう」


 シカトした。

 そして、スヴェン隊長とラッセル隊長はお仕事があるそうなのでここまで。

 アルバート王とその執事ディルハルツも、仕事に戻るとの事。

 まあ、お仕事忙しそうな立場の方々だ、無理もない。

 移動したのは例の六つの転移陣前。

 紫色の転移陣、女神のオブジェ。

 どうぞ、と促されて四人は紫色の転移陣に乗った。

 次の瞬間、飛ばされた先にまた口が開く。

 騎士団宿舎のあった城壁の地同様、門の前に立っている。

 その先に広がるのは建ち並ぶ高層の建物。

 アバロン大陸では到底、技術的にも不可能な高さの建物だ。

 まるで全てが城のよう。

 更には、宙にも建物が浮いている。

 転移陣という魔法がある為なのか、建物が浮いていてもなんの問題もないという事なんだろう。

 非常識が常識…まさしく魔法の国だ。

 これがバルニアン大陸…アルバニス王国…!


「どうしましたか? 参りますよ」

「あ、は、はい! あの、聞いて良いでしょうか⁉︎」

「なんでしょうか」

「どうやって建物が浮いているんですか⁉︎ 見た所なんか大岩の様なものが下にありますが…!」

「あれは魔石の一種です。飛行魔石といいます。…まあ、あの規模の飛行魔石はニーグヘルでも作製に数十年を要しますので、少し古くはありますが…」

「飛行魔石…! そ、それはこの魔石とは違うものという事なんでしょうか⁉︎」


 フレデリックに手渡されたクレア・ルビー。

 転移魔石というこれとは、別物?

 相変わらず表情筋の死んだようなエルメールだが、少し首を傾げる。


「それは転移魔法の入った魔石ですね。…この説明今じゃなきゃ駄目ですか?」

「…あ…いえ…いつでも、いいです…」

「好奇心旺盛…知識欲に貪欲…どこぞのアホ殿下を彷彿させて若干イラっとしますがそれは置いておくとして」

「……………」


 殿下ってこの国で二人しかいないんですけど。

 …そんな殿下をアホ扱い…。

 あの威圧感の塊みたいな王様相手にお説教かます辺りも踏まえてマジで怖いこの人。

 四人の中で一番逆らっちゃいけない人の一角に固定された。


「…まずは貴方方がしばらく住むお部屋へ案内します。何をするにしても拠点は必要でしょう?」

「! 俺たちの、部屋…!」

「うちの殿下方の事ですから、貴方方だけで済むはずがない。あと何人の方が我が国に亡命してくるか分かりませんので、新しく寮を建てることにいたしました」

「は、はい…?」


 りょ、寮を?

 たて?

 建てるって?

 今、寮を建てるって言ったか?


「私は殿下たちの執事。あの方々が望む事を叶えるお手伝いをするのが私の仕事です。あの方々がこの国に貴方方をお導きになった以上、私は全力で皆様が安心してこの国に馴染み、生活出来るようにお手伝い致します」


 全くの無表情のまま。

 けれどそれが逆に彼の忠誠心の厚さを表しているように見える。

 あの王子たちに、この執事。

 肌が泡立つ程に…高潔な精神を見せ付けられた。


(……アバロンはこの国には敵わないな…)


 ただ漠然とそう思う。

 天に浮かぶ小さな島ほどもある城壁と、その上に浮く建物。

 この短い時間で出会った誰もが親切だった。

 奴隷という言葉さえ知らない子供。

 見上げた空の美しさすら、アバロン大陸では見た事がないような気がした。

 同じ空のはずなのに。


「ですから、寮を建てております。しかしさすがに本日中には完成は難しいので、寮が完成するまで皆様にはこれから案内するホテルでしばらくお過ごしいただくことになります。ご了承頂きたいのですが」

「は、はい、それはもう、なんか、そんな、いや、俺たちに部屋だなんて…」

「ありがとうございます。改めてご案内致します」


 エルメールに案内されたのは城壁の西に建つ少し古びた建物。

 外観は古いが、中はリフォームされているので綺麗だと説明された。

 その通り、中に通されると白い壁と細部まで美しい花の模様が彫られたタイルが敷き詰められたフロア。

 入ってすぐにカウンターがあり、やる気のなさそうなおばさんが椅子に座りっぱなしでお迎えしてくれた。

 フロアの奥には不思議な扉が一つ。

 その両脇に階段が四つ並び、更に階段と階段の間に扉が四つ。


「少々手狭ではありますが、国の管理するホテルの一つになります。こちらが管理人の…」

「ミッテよ。こう見えても昔は勇士だったの」

「全盛期は名を馳せた女性勇士の方です。彼女がこのホテル唯一の入り口を守っていますので、安心してお過ごし頂けると思います」

「エレキナの坊や〜、お酒は持って来てないの〜? もしくはいい男〜」

「申し訳ございません、職務中ですので飲食物は持っておりません。今夜実家に帰る予定ですので、母にミッテ様が会いたがっていたと伝えておきます」

「ほんと〜? そうして〜。たまには元女勇士同士で女子会したいわ〜!」


 ごくり。

 生唾を飲み込む四人。

 気づいてしまったのだ。

 タバコをふかし、気怠げにカウンターに寄りかかる彼女の真横の壁に立て掛けられる巨大な斧に。

 それになんか聞き捨てならんことも言っていた。

 …この執事のお母様、元勇士というやつらしい。

 このやる気ないおばさんの獲物らしい斧を見るに、その職業相当戦闘特化な感じっぽいぞ。

 その同僚…と言うことは、だ。


 安心とは?


(いや、まあ、安全、では、あるの、か?)


 とりあえず強そうなのは間違いない。


「まぁいいわ。私がこんなだからなのか、全然お客さん来ないから暇だったのよ。好きな部屋使っていいわよー、全部今空いてるから」

「…このホテルは国で管理しておりますので宿泊費の心配はございません。ご安心ください」

「そうそう、いつまででもいてもいいわよ〜」

「皆様に提供される寮ですが、一週間ほどで建設が終わると思いますので…」

「え? そんなに早く出て行っちゃうの? おばさんさみしーい」

「とりあえずお部屋の方をお選びください」

「このホテルは三階建てよ。あんまり広くないけど〜、一つの階に八部屋あるの。好きな部屋を使うといいわ〜。あ、鍵はここにあるから選んで選んで」


 差し出されたのはカード。

 首を傾げる四人。

 鍵って…。


「…? どうかされましたか?」

「えっと、これが、鍵?」

「…? アバロン大陸の鍵はカードキーじゃないの?」

「バルニアン大陸のホテルでは通信端末にドアの解除コードをダウンロード、もしくはカードキーが一般的なんです。カードを部屋の脇にある細長い差込口に入れていただくと、カードに内蔵されたデータが読み込まれて部屋が開く仕組みです。データは毎日ランダムで更新されますので、お部屋をご利用の際はミッテ様にお部屋のカードキーをお借りして、お出かけの際はミッテ様へカードキーをお預けください。こちらでは鍵を持ち歩く必要はございません」


 成る程、そういうシステム。

 まずはなんでも試して見るべき、とエルメールが一枚のカードキーを借りて、一番近くの大扉横の部屋の差込口にカードを入れる。

 カードは飲み込まれ、扉が上下に割れて開く。


「うえええ⁉︎ そ、そういう開き方⁉︎」

「カードは内側から排出されます。時間が経てば外扉は自動で閉まりますのでカードキーをこのままにしても構いません。なくさなければ」

「外扉が開くと中にも扉があるでしょう? 内扉は鍵がついてないから、ノブを回せば開くわよ。ちなみにお客さんを招く時は部屋の中から外扉を操作できるようになってるし〜、カウンターでも操作できるから私に頼んでもいいわよ」


 室内に入ってみる。

 中もとても綺麗だ。

 格子の中より遥かに清潔感がある。

 短い廊下を少し進むとワンルーム状になっており、階段と思われる低い天井は途端に消えて高い天井に変わった。

 机とベッド、廊下にある扉を開くとバスルーム。

 もう一つの扉の奥は洗面所とトイレ。

 感嘆の吐息が漏れる。


「お風呂の使い方分かるぅ?」

「え、いえ…」

「ここのノズルが水量で、こっちのノズルは温度。好みに合わせて調節して使うのよ。お風呂に湯船を溜める時もおんなじよ〜」

「皆様には明日から魔石の使い方を覚えて頂きます。もし今宵、なにか魔石を使用する事があるのでしたらミッテ様、宜しくお願い致します」

「あら、そーなの? おっけー」

「トイレの使い方もお教えした方がよろしいでしょうか?」

「あ、は、はい…! アバロンとは、かなり違うみたいで…」


 次はトイレ。

 洗面所に置いてあるのは赤い魔石。

 アバロンではクレア・ルビーと呼ばれるあれだ。

 高価な宝石がまるで無造作に置いてある。


「こ、これは?」

「それ? それは水の魔石よ。書いてあるでしょ?」


 魔石を手に取って、端っこの方を見ると流水と書いてある。

 ミッテが手に取って少し魔力を込めると魔石から水が出てきて、ぽつぽつと浮かぶ。


「み、水が!」

「必要な分だけ取って使うのよ」


 浮いた水の塊から手で三分の二くらいをすくうミッテさん。

 これがバルニアン大陸の『普通』…。

 使い終わったら、水は洗面所の穴の中へと落ちて流れていった。

 手は、かかっていたハンドタオルで拭くらしい。

 そしてトイレ。

 見たこともない、椅子の形をしていた。


「蓋を開けて〜」

「ふ、蓋!」

「この穴の空いたところにするのよ。座って用を足すの。終わったらここの魔石に手を置いて。流れるから」


 ジャー、っと水が椅子の中を洗い流す。

 おお〜!

 四人の声がハモる。

 こんなハイテクなもの、初めて見た。

 アバロンでは掘った穴に用を足して、豚に食わせたり肥料にしたりするのに。

 あまりにも衛生的で、画期的だ。

 なにより美しい!


「…トイレでこんなに驚くなんて、アバロンってヤバいところなのかしら?」

「彼らの話を聞く限り、そのようです」




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