第6話

 


「さて、ドラゴン愛重過ぎの変態は置いておいて…皆様…」

「ごくり…」

「アルバート・アルバニス陛下です」


 は?


 エルメールにてっきり案内され連れて行かれるんだと身構えた四人は、エルメールが手を差し伸べた方を見やる。

 黒い髪、赤いマフラー状のマントを首に巻いた、四十代前後に見える大柄な男。

 しかし明らかに纏う空気が他とは桁外れに違う。

 一歩、一歩近付かれると膝が笑ってくる。

 あれは、王だ。

 紛うことなき、生粋の王。

 数多の権力者や金持ちを見てきた奴隷であるリゴたちには一目で理解できた。

 アバロンの権力者、金持ちなど足元にも及ばない。

 姿を見ただけで、自然に体が地面にひれ伏してしまう。


「……………………」


 体が震えて仕方がない。

 顔を上げて直視できない。

 リゴだけではない、ウィーゴたちも同じようにひれ伏して首を垂れた。

 これはそういう現象と言えるだろう。

 そのくらい、眼前に現れた男は王なのだ。


「…まあ、よい。そのまま答えよ。俺はアバロンが今どうなっているのかよう知らん。愚息どもの『目』を借りて見る限り、あの大陸の民は変わり映えせんようだ。貴様らは奴隷だったそうだな。貴様らのような者は数多いのか?」

「…………、…は……はい…」

「どれほどいる?」

「…く、国中に…」

「システムがわからん。説明しろ」

「陛下、それでは質問がよくわかりません。父上、通訳をお願いいたします」


 アルバートの背後に控える老紳士風の男。

 彼に顔を向けるエルメール。

 エルメールの父らしい。


「では僭越ながら…。初めましてー、アバロンの民のみんな! 僕はアルバート・アルバニス! アルバニス王国の国王だよ☆」

「もう少し威厳を残された方がよろしいのではないでしょうか…⁉︎」

「…そうですか? うむ、難しいですな…」

「親しみ易くて私はよいと思いました」


 …何かが色々と台無しになったのはわかった。

 なのに、どうしても顔が持ち上がらない。

 やはりあの王の威圧感…いや王気とも言うべきオーラは奴隷に耐えられるレベルではない。


「ディルハルツ、奴らに説明させろ」


 まさかのノータッチ。

 あの通訳にまさかのノータッチ…!


「コホン。…ええ、陛下はアバロン大陸の奴隷制度について詳しい説明を求めております。そうですね、階級などがあるのでしたらその辺りもお伺いしたい。確か、殿下たちの調べではアバロン大陸には三ヶ国の大国があり、南にラズ・パス。西にベルゼルトン。北にグリーブト…。ラズ・パスとグリーブトは王政、ベルゼルトンは議員政治とのことですが、これで合ってますか?」

「は、はい…」

「ではまず身分制度からお教えくださいますか?」


 ウィーゴがちらりとリゴを見る。

 お前が説明しろ、と言いたいようだ。

 正直恐れ多いが、黙っているのは更に寿命が縮む。


「…はい…。あ、ありきたりかもしれませんが…ラズ・パスとグリーブトは王を頂点に貴族、平民、奴隷という身分制度がございます。ベルゼルトンは、数年前に戦争で王家が倒されて以降、領地を納めていた元貴族たちがお互いの領地を我が物にせんと内紛が繰り返されていて…今どうなっているかは分かりません…。た、ただ、貴族たちを丸め込み、武器商人が大統領の座に着いた、という話は聞いています…」

「…武器商人…。内紛か…変わらんな」

「では次に奴隷についてお伺いします。殿下たちの調べで相当にひどい扱いを受けておられたようですが…普段の生活などを教えていただきたい」

「普段の生活ですか⁉︎ ふ、普段の生活…。ふ、普段は、あの、そうですね…主人がいない奴隷は奴隷商人に販売されています。販売の仕方などは商人によってまちまちと言いますか…うちの主人は食事も比較的満足に取らせてくれる待遇のいい店だったと思います…」


 ただちょっとぼったくりの守銭奴で、デブで不器用で気が利かないくらい。

 けれど、今思えばほんとうにいい人だったんだと思う。

 部屋の片付けが苦手で、命令すればいいものを「リゴ〜、部屋の片付け手伝っておくれ〜」と泣きそうな声で頼んでくる。

 その反面「あんまり俺と仲良くなったら買い手が決まった後苦労するからな! 軽口叩くのは店の中の俺だけにしとけよぅっ!」と気遣ってくれた。

 気は利かないが、気遣いのできる人だったと思う。

 店の奥の主人の部屋の片付けを手伝いに行くと、いらなくなった古新聞などを読ませてくれたり切れ端をくれたりする。

 そして、店内の女の奴隷たちは檻が開いていていつでも出入り自由。

 水が飲みたくなったら飲んでいいし、腹が減ったら店の奥の厨房を自由に使って料理をしてもいい。

 主人曰く「家事ができた方が売れるだろう」と言っていたが、性奴隷に食事を作らせたがる金持ちはいないだろう。

 彼女たちはそんな主人が好きだったらしく、よく自主的に店の中を掃除していた。

 外の男の奴隷たちよりも接する機会の多い彼女たちにとっては、お父さん的な人だったようだ。

 …いや、マスコットキャラクター?

 隣の娼館の娼婦たちも随分主人に心を開いていたし、デブで守銭奴でしょうもない感じの人だが人柄は本当に優しかった。

 なんというか、努めて奴隷と仲良くしないよう頑張ってた感のある人だったというか。


「成る程…。では奴隷の仕事は? 扱いはどの様な?」

「! …それは…俺たちの様な体格の男の奴隷は主に労働力だったり、コロシアムの闘士などに使われます…。女や子供は性奴隷…老人になると、コロシアムの獣の餌などです」

「! …餌…? そんなバカな…人をですか?」

「…なんと、野蛮な…」


 相当オブラートに誤魔化したが、皆さんの反応はフレデリック、ジョナサンと同じだった。

 やはりこの国ではこう思われるものらしい。

 安心した様な、くすぐったいような、変に違和感を感じて複雑でもある。


「…貴様らはあまり知らぬだろうが、四千年前のバルニアン大陸でも奴隷は存在していた。俺が王になった時に廃止したが、それでも長らく偏見差別は残っていたな。…性奴隷は特に需要が多かった為、なくすのに苦労したものよ」

「…娼婦資格はそのために制定したのですよね」

「そうだ。需要が尽きぬ以上、提供する者も絶えない。資格制度を設ければ、合法的にそれらを満たすことができる。無論、娼婦の地位向上は娼婦たちのこれまでの努力の賜物だ」

「それでも性暴力は尽きませんが…」

「アバロン大陸では、その性暴力が合法なのですね。…改めて外界の民とは分かり合えない気がして参りました…」

「彼らもいずれ我らと同じ考えに行き着くでしょう。それが今ではなかったという話です。さて、では次に皆さんはこの国で何がしたいのか、してみたいことの希望をお伺いさせていただきましょう」


 きた!

 リゴが顔をようやく上げた。

 が、やっぱりアルバートを見た瞬間下げた。

 だめだ、神々し過ぎる。


「…そちらの方は希望がおありのようでしたが?」

「は、はい。俺は、勉強がしたいです。奴隷は学が学べません。でも、こちらの国は誰でも学ぶことが出来ると…殿下たちが…!」

「おお、なんと! 学問に興味がおありなのですか? それは素晴らしい!」

「他の者たちは?」

「……お、俺は…まだ、そういうのがよくわからねぇ、です…」

「俺も…」

「俺も、よくはわかりません」

「陛下…」

「奴隷として生きてきた者は己で思考する事を悉く奪われるものよ。良い、エルメール、貴様の案を採用する。思うがまま、試してみよ。貴様ならどうとでも出来るであろう。ディルハルツ、息子のサポートは貴様がやれ。スタフルに連絡して、俺の名の下に奴隷の受け入れを始めさせろ。どうせ愚息どもも同じ事をやるだろうからな。予算が足りんならば『剣舞祭』を取りやめても構わん」


 バサ、とマントが翻る。

 踵を返したアルバートの言葉にリゴは顔を上げた。

 奴隷を、受け入れる?

 それは、まさか…。


「陛下、それはなりません。『剣舞祭』は陛下の誕生祭です。民の楽しみを奪われるおつもりですか? それに『剣舞祭』優勝者は騎士団入隊が認められます。それでなくとも近年フレデリック殿下が余計な事を言うので騎士志望者が激減しているのですよ。陛下からも言ってやってください」

「全くでございます。騎士団は民を守るものでございます。おかげで我が子、ハーディバルがあの歳で騎士隊長の一角に祭り上げられる事になったのをお忘れですか? 陛下と殿下がそんなだから…」

「必要ならば俺が出る。愚息どももな」

「アホですか?」

「バカでございますか?」

「…………」


 執事親子の毒舌たるや。

 あの王様に堂々と罵詈。

 自然に体が震えた。


「エ、エルメール殿、ディルハルツ殿…陛下にそれは言い過ぎでは…」

「なりません。全くなりませんぞ陛下。スヴェン隊長は少々お口を閉じられよ。貴方方が最近休みなく魔獣討伐に勤しまれておられるのも元を正せばフレデリック殿下のアホの無責任発言が原因…」

「殿下の言い分も分からんではございませんが、それはそれこれはこれでございます。なのに陛下までそのような事をおっしゃっては、志望者がさらに減ります! 騎士団は民を守るためのもの…それを維持するために陛下と殿下が成すべきは志望者たちへ激励の言葉をかけてやる事であり、追い返すようなことは言うべきではございません」

「………。…俺が出た方が早…」

「ナンセンス! 陛下! お立場をお弁え頂きたい! 何度言わせるのですか⁉︎ 私共の先先先先先代辺りから何度も申し上げておりますが!」

「陛下は王位をフレデリック殿下にお譲りになるおつもりが多少なりとてあるのでしょう? いい加減隠居のあり方をご理解下さい! それでなくとも…….」

「……………………」


 くどくど。

 くどくど。

 執事親子の長々としたお説教が始まった。

 …ことで、スヴェン隊長が果てしなく嫌そうな顔のアルバート王をどうフォローしたものかとオロオロし始まる。

 そんなスヴェン隊長にパルも体を左右に揺らしてオロオロし始まった。

 どうしようこれ、終わりが見えないぞ。


「はいはい、その辺りにしておきなよエルメール殿、ディルハルツ殿。お客人たちがお困りだよ!」

「! ラッセル隊長…」


 とめどないお説教サウンドを大声で止めたのはスヴェン隊長よりも薄手の騎士服の男。

 肌は黒く、鎧の類は一切つけていない。

 しかし「隊長」と言うことは…。


「こんにちは陛下、ご機嫌麗しく…なさそうですね!」

「…討伐帰りか」

「ええまあ。今回は少し時間が掛かってしまいましたけど、なんとか」

「隊長の貴方がこうも毎回駆り出されるなんて…海竜騎士隊の人員不足は深刻ですね…」


 ギロ、と睨まれたアルバート王は思い切りあからさまに目を逸らす。

 とりあえず、王様と王子たちが何かやらかして騎士団は人員不足が深刻のようだ。

 なにをした、なにを。


「まあ、おいら戦うのは好きだからね! まあ~ったく構わないよ! 女の子可愛かったし!」

「なんて?」

「あ、なんでもありません!」


 アルバート王にお説教している時より低い声出た。

 ふと、重そうな長いソファーを一人で軽々持ち上げた先程のエルメールの姿を思い出す。


 …そういえばこの人物理的にヤバイ人だった。


「…そ、それよりエルメール殿、お客人たちになにか提案があったのではないのですか? 先程奴隷の受け入れがどうとか、仰っておられましたが…」

「話のすり替えは良くないと思います」

「え? なになにここでいつもの痴話喧嘩? まーたスヴェン隊長が女の子からのプレゼント断りきれなくて貰っちゃった感じ〜?」

「女性からのプレゼント如きで私は怒ったりしません。そもそも一般市民からの贈呈品は騎士団の規律に違反する行為でーーー」

「個人的に貰うのはありじゃん? んもう、エルちゃんは相変わらずお固いなー。そんなんじゃスーくんが本気で浮気した時大変じゃな〜い?」

「し、しませんよ⁉︎ …ああ、いや、そうではなくて…ラッセル隊長、今その話は…! 陛下の御前ですし…!」

「そういえばそうだった。すいません陛下! でも気になりますよね⁉︎ 話をすり替えて怒るなんて、マジ嫉妬する彼女感〜」

「確かに。パパも二人の進展気になってたの」

「………………」

「…………………」


 ごくり…。

 黙り込む二人に、ここへ来る途中諸々の事情をうっかり弟さんに聞いてしまった四人は息を飲む。

 な、なんでこのタイミングで修羅場…。

 意味がわからなすぎて関係ないのに泣きそうになった。

 隊長だかなんだか知らないがこのラッセルというチャラ男め、マジで余計なことを…!

 どうやらこのチャラ男も執事のパパさんも、お二人が別れておられることは存じないようだ。

 というか、パパさんも二人が付き合っていたのをご存知だったのか。

 公認だったのか。

 それなのに別れたのか。


 ………なんという修羅場…。


「…お前たち付き合っていたのか?」

「あれ? 陛下は知らなかったんですか」

「…そ、うだったのか。…だとしたら…いや、スヴェン、貴様…例の見合いのパーティ断っても良かったのだぞ?」

「え⁉︎」

「……あ…」


 あ…って。


「…い、いえ…私もヴォルガン家の跡取りとして、後継は残さねばなりませんので……」

「…そうか…。確かに、ヴォルガン、エーデファー、フェルベールは古い。他が潰えていく中、残っているのはこの三家だけだからな…」



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