第5話
まるで死刑宣告。
跳ね上がる肩。
訴えかけるようなスヴェン隊長の眼差し。
「スコーンです。ミルクジャムです」
「う、うまそう…」
「チーズとハミュルの実のジャムもございます」
と、皿に乗せたスコーンとジャムを差し出される。
それで一瞬気が緩む。
なにしろ軽食のラックパフしか食べていないのだ、これはこれで実に美味しそう。
美味しそうなお菓子といい香りのお茶を前に勝手に腹は音を立てる。
「それで、皆様は何故にアバロン大陸からバルニアン大陸へ? 使者という形でお迎えした方がよろしいのでしょうか? しかし、我が国ではアバロン大陸と国交断絶を陛下が決断されたばかりとお伺いしております」
「…私もそれは伺っていました。殿下たちは何故アバロン大陸よりあなた方をこの地へ招かれたのでしょうか…。不躾な質問ですが、もしお答えできるものでしたらお聞かせ願いたい…」
「そ、それはあの…」
あれ?
ランスロット団長はスヴェン隊長には話をしていると言っていたような?
いや、もしかしたら「アバロン大陸からお客さんくるよー」くらいのノリだったのかもしれない。
…そんな気がしてきた。
「…あの、アバロン大陸には、奴隷制度がまだありまして…」
「お、俺たちはその奴隷なんです。フレデリック殿下たちは、俺たちを哀れんでくださって…」
「そ、そうなんです。俺たちを奴隷商から買い取って、この国の民にならないかと…言ってくれたんです」
「す、すいません…俺たちその気になって来ちまったんです!」
思わず頭を下げる。
いくら奴隷制度がないと聞いていても、奴隷があつかましくソファーに座ってお菓子とお茶をいただくなんてやっぱり非常識だったのだ。
ソファーから降りて、床に座ろうとしたところスヴェン隊長に慌てて引き止められる。
「そ、そうでしたか! 本当に不躾な質問をして申し訳ございませんでした! お気を悪くされたのなら改めて謝罪致しますので、そのままで!」
「成る程、理解いたしました。あの殿下たちらしいです」
「…エルメール殿…」
「…では皆様はこちらへ移住される目的と受け取ってよろしいでしょうか?」
「…許されるのなら…」
学問を学びたい。
これはリゴの、夢だ。
フレデリック殿下たちから文字を読む力をもらった。
あの感動といったらない。
顔を上げる。
「あの、俺はこの国で学問を学びたいんです! この国はそういうこともできると…」
「畏まりました。では居住区にお部屋を手配いたします。それと、今後のことを考え、皆様には陛下に謁見して今のお話をして頂きます。すぐに陛下のご都合を確認して参りますので、お待ちください」
「え…」
全身が石にでもなったかのように固まる。
陛下とか言わなかったか今。
陛下って、あれだろう?
王様だろう?
この国のーーーー王様⁉︎
「ままままま待ってください、へへへへ陛下⁉︎ どどどういうことですか⁉︎」
「うちの殿下たちの事です。皆様のような境遇の民を見てしまえばなんとかしてやりたいとか考えます、絶対。大方国交断絶解除条件に奴隷制度見直しを提示する程度には気に掛けます。そして、皆様のような奴隷というのは少数ではないと推測いたします」
「そ、それはまあ…」
「では、殿下たちがこちらに送ってくる奴隷の方々が皆様で終わるとは考えづらい。どうせ手当たり次第に「奴隷として扱われる民にはアルバニス王国で人として楽しく生きて欲しい」とか言い出してじゃんじゃんばかばか送ってくるに決まっております。あの野郎はやりますよ、そのくらい。百人か、二百人単位と思えばいいでしょうか? いえ、千人単位を想定しておいたほうがいいかもしれません。あの野郎はそのくらいやりかねません」
…所々王子様のこと「野郎」って呼んででらっしゃる…。
「ではこちらはその体制を整えておくべきです。いくら考えなしのお人好しでも、そんな大人数、受け入れ態勢も整っていないのに送ってくるとはさすがに考えづらいですから…。その為にもまずは陛下のご理解と許可が必要となります。千人単位と仮定した場合さすがに『慈愛の庭の城壁』にも預かりきれませんから…」
ブツブツとなにか計算し始まった。
そんな彼をなにやらほんわかした表情で眺めるスヴェン隊長。
…どの辺に和むポイントがあるのかわからない。
突然立ち上がるエルメール。
窓の方へブツブツ呟きながら歩いていって、そして戻ってくる。
「…纏まりました。私は陛下にお時間を頂いて参ります。お迎えに上がりますのでお待ちくだい」
纏まったってなにが⁉︎
そんな四人の疑問は言葉になる前に…。
「…先に申し上げておきますが、陛下は殿下たちよりも遥かに気難しいお方です。威圧感に気圧されぬようお気をつけください」
「ま、待ってください! あ、会うのは確定なんですか⁉︎」
「確定です。それでは失礼いたします」
一礼の後、退出していくエルメール。
取り残された四人の空気は凍りついていた。
数時間前までは、フレデリックたちが王子であることすら知らなかったのに。
むしろアルバニス王国という名前さえ知らなかった。
バルニアン大陸が存在するということも信じていなかったのだ。
なのに、あとどのくらいかの時間でその一国の王と謁見だと?
床に座り込んで頭を抱えた。
「む、むり…俺たちみたいな奴隷が一国の王に謁見なんて…!」
「絶対ポカやる…」
「終わった…」
「…………」
「その、お茶淹れなおしましょうか?」
********
スヴェン隊長に淹れてもらったお茶をきちんと頂いて、生きた心地のしない気分の中、四人は竜舎に案内された。
その名の通り騎士団に所属するエアドラゴンの寝床だ。
太い木の上に設置された餌場。
太い幹、太い枝のその木はユグドラシルという名前の木。
成長すると六十メートル以上にもなる超巨大樹で、バルニアン大陸南方に存在する『ドラゴンの森』や『幻獣の里』はこの超巨大樹が森となって生い茂っているという。
「我々が駆るエアドラゴンは翼竜族の末席。知能は高く、長い年月我々人間と共生していたことで穏やかな性格をしています。パル!」
木の上にスヴェン隊長が声をかけると、一頭のドラゴンが鳴き声をあげて翼をはためかせて降りてきた。
漆黒のドラゴン。
大きさは人間二人分だろうか。
二本の足でしっかり大地を踏みしめ、短い手を伸ばしてスヴェン隊長に近付いてくる。
『クエェ〜』
「パル〜、お疲れ様。今日も綺麗だよ」
『クエ〜』
抱きしめ合う一人と一頭。
大層懐いておられる。
そして、それよりもまず何よりも…。
「ドラゴンだ」
「ほ、本当にドラゴンが…い、生きて動いて鳴いている…!」
「襲われたりしないんですかっ」
「そうですね…頭がいいので、からかったりふざけたりすると爪で殴られるくらいはありますが…」
考えただけで血塗れ案件である。
「人間を食べたエアドラゴンの話は聞いたことがありませんね。エアドラゴンは果物を好み、肉はあまり食べません。そうそう、よく翼竜族と飛竜族は間違われやすいのですが、生態としてはかなりの違いがあります。祖は同じだそうですが翼竜族にはこの様に手があり、果物や野菜を掴んで食べるんです。飛竜族は手が翼に進化しており、主に肉を好んで食べます。これは果物などをもいで食べたりができない為と言われていますね」
「そうなんですか…!」
「エアドラゴンはそんな翼竜族の中でも比較的飛竜族に近い生活をしていた種で、巣を木の上に作る習性があるんです。これは高い場所で暮らしていた名残と言われ、餌となる果物を探し易いからなのではないかと言われています」
「あれ、みんな色が違いませんか?」
「良いところに気づかれましたね! ドラゴンは人間と同じようにそれぞれ得意な属性魔力があり、それによって主に八色の体色を持っているんです! パルは『闇属性』なので漆黒です!」
「属性魔力?」
「あ、アバロン大陸には魔法がないんでしたね…。属性魔力は『八大霊命』のことです。地、水、火、風を四霊命と呼び、それに上位属性である雷、氷、光、闇を加えたものを八大霊命と括っています。厳密には木、石、気体、熱など更に細かいものを属性として数えるべきという学者もいたりしますが、八大霊命はドラゴン族と幻獣族より伝えられものであり人間がそこに異を唱えるべきではないですよね。ああ、失礼、話が逸れてしまいました…なんにしても生き物に限らず、世界に存在するものは全てこの八つの属性のどれかに所属しており、得手不得手があり、複数の属性を得意とするものもあります。分かりやすい例ですとハーディバル隊長ですね、彼は『闇属性』を中心にほぼ全ての属性が得意なそうです。しかし『闇属性』の対極である『光属性』はやはり苦手なようで、回復や防御系の魔法は他の属性を応用して行っています」
「それはつまり、属性によって出来ることと出来ないことがある…と言うことですか?」
「その通り…」
「………」
「…………」
「…………」
なんだかすごく長い話が始まった。
隣のドラゴンも先程より若干目が細まって、呆れているように見える。
「パルは闇属性…無効化や吸収などの魔法が使えます。この世界で最も頼りになる私の戦友です」
『クエェ!』
より長くなるのかと思えば、意外とあっさり終わった。
ドラゴンとの熱い抱擁が再び交わされる。
どうやら確かに襲われる心配はないようだ。
リゴが一歩近づき、ドキドキしながら「俺が触ったりしても大丈夫でしょうか?」と申し出る。
「大丈夫ですよ。パルは群れの中でも最年長ですから、よく人に慣れています」
「ほ、本当ですか?」
『クエ』
おら撫でてみろ、と言わんばかりに頭を下げてリゴへ差し出すパル。
近付いた頭に、リゴは慌てて両手をあげる。
けれどやはり好奇心には勝てない。
恐る恐る、頭に触れてみる。
「す、すごい…ザラザラ…それにこれは…」
「鱗です。気をつけてください、鱗の生えている方向と逆に撫でるとドラゴンは怒り出しますから」
「え⁉︎」
思わず手を離す。
そう言うことは撫でる前に言って欲しい。
「逆鱗といいます。逆に撫でなければ大丈夫ですよ」
「げきりん…」
「なんというか、生えている方向と逆に撫でられると不愉快なんだそうです。でもこうして流れ通りに撫でると…」
『〜〜♪』
「嬉しそう、ですね…」
首、肩、頭と鱗の方向に撫でれば撫でるほどご機嫌になっていくようだ。
頭をスヴェン隊長の頰に押し付けて、まるでもっと撫でろと言わんばかりの甘えぶり。
「最年長と言っていましたが、寿命はどのくらい…」
「エアドラゴンの寿命は凡そ三百年と言われています。ドラゴン族の中では短命ですね」
「……さっ…」
三百年?
それで短命?
声が出ない。
「パルはもうすぐ二百歳…この群れの中では最年長です」
「…ふ、普通のドラゴンはもっと長いんですか?」
「ほとんどのドラゴンが数千年と言われています。ただ、人間と共生するドラゴンの多くは数百年ですね。とはいえ、地竜ニーグヘルなど、一定の知恵と力を持つドラゴンは転生する事も出来るそうです。古い肉体を棄て、心臓を卵の殻で覆い、幼竜に戻る…。魔力などはリセットされますが記憶や力を引き継いだりするんだとか…」
「転生…すごいですね!」
「そうなんですよ!」
拳を握るリゴに拳を握って返すスヴェン隊長。
なんか、熱い。
「幼竜の時期は意外と短いといいますが…転生を行うドラゴンはあくまでも幼竜の時に世話をしてくれる誰かがいることが前提…野生のドラゴンではまず見られないそうです。つまり、人への信頼の証と言っても過言ではない…。エアドラゴンは人と共に生きてきたことで寿命が短くなったといいますが…それでもいつか、転生するエアドラゴンが現れないかと私は思っているんです。確かに我々は寿命が違います。けれど…私たちはこうして心を通わせることができる。その信頼をずっと持ち続けてくれたなら…こんな幸せなことはないじゃないですか」
「素晴らしい事だと思います…」
記憶を引き継ぐことはずっと覚えていてもらうということ。
人間のわがままかもしれないが、願わずにはいられない。
そしてなにより、人間が必ず世話をしてくれるから幼竜になっても大丈夫…なんて思ってもらえたら人間だって幸せだ。
スヴェン隊長はそう言っているのだ。
「…貴方程ドラゴンにご執心な変態はそうそう生まれてこないと思いますスヴェン隊長」
「エル、メール殿…」
『クェ〜』
バッ!
短い両手を広げて短い足で現れたエルメールに駆け寄るパル。
これは多分「大好き! 大歓迎!」的な感じの行動なのだろう。
エルメールもしっかり両手を広げて迎え撃つ。
熱い抱擁が交わされる。
「こんにちはパル、今日も鱗が輝いていますね」
『クエェ〜』
「そうですか、スヴェン隊長がまた木に登って貴方を隅から隅までクリーニングしたんですね。木から落ちませんでしたか?」
『クエ、クエ』
「ああ、やっぱり落ちかけたんですね? それも夜、また貴方の寝床に入り込んだと…部屋があるのだから部屋のベッドで寝るように伝えてください」
『クエ、クエェ!』
「な、なぜ⁉︎」
「なぜじゃありません、パルにもプライベートというものがあるって何度も言っているじゃありませんか。彼ももうすぐ父親…今後は子供のお世話もあるんですから、ドラゴンの巣に泊まり込むのはやめて差し上げなさい」
「そんな、パル…」
…急に込み入った話になった。
いや、それよりもエルメールが戻ってきたということはーーー!
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