第9話
「さて、そういうことで、だ。チビ、お前の母親かもしれない女の事だ。もし本当に預言者とだったなら…多分、ニーバーナ王の妻だ」
………………。
????????
んん?
ニーバーナって、ドラゴンの王様って…え?
「…俺は?」
「結論から言うと、ということだよ。それからまだ可能性の段階。少し順序立てて僕らの推察を話そう」
「よ、よろしくお願いします…」
頭が真っ白になったっつの、訳わからん!
娼婦ソランがドラゴンの王様の妻?
いやいや、いやいや?
だってアバロンにはドラゴンなんていねーぞ?
「まず、この大地…アバロン大陸に棲んでいた『八竜帝王』の話はどこまで知っているの?」
「え、えーっと、なんか難しい名前のドラゴンが四匹住んでた…?」
「獄炎竜ガージベル、賢者ザメル、雷鎚のメルギディウス、銀翼のニーバーナ」
「そうそれ」
「うん、そう。この四体の竜王は、アバロン大陸に一族と共に棲んでいた。しかしバルアニス大陸が僕らの父、アルバート・アルバニスに平定された事で彼らの棲んでいたこの大地に、敗戦国の王族貴族、更には兵や民が逃げて押し寄せたのさ」
「は…」
「本来ならドラゴンの棲む大地に人間が根付けるはずもない。特にガージベル王とメルディギウス王は苛烈な性格で、人間を強く拒み、移り住もうとした人間を根絶やしにしようと言い出したそうだ。けれど逆にザメル王とニーバーナ王は温厚な方で、彼らに土地を譲ろうと言い出した。元々バルアニス大陸を我が父、アルバートが平定した暁にはドラゴンと幻獣が棲まう土地を不可侵とする宣誓があったそうだよ。その約束を覚えていた彼らは、アバロン大陸から去る事にした…」
「けどな、ドラゴンが全て移住するとアバロン大陸は魔力のない、枯渇した大地になるとニーバーナ王は残留を決意したんだと。彼の一族はバルアニス大陸へ移住を果たしてはいるが、ニーバーナ王は今もアバロン大陸で人間の世界の為に大地の生きる力を与え続けている…っていうのが俺らの世界では語り継がれる伝説だ」
「…は…はあぁ…」
な、なんて凄い話だ…リアル御伽噺みてぇ。
あ、いや伝説か…。
「ドラゴンはその強い魔力と生命力を大地に分けて、水を循環させ、植物を育たせ、空気を美しく保ち、土に養分を与える。アバロンの民が使う水も食料も、ニーバーナ王が「残る」と決断したからこその自然の恵みだろう。でなければとうの昔に自然の資源は枯渇していたはずだ」
「ドラゴンの魔力は自然を豊かにさせる。自然というものが形を取るとドラゴンになる、って言われてるくらいだ」
「そんな彼は一族が全て引き払う少し前に、敗戦国のお姫様、ソラン姫と婚約…正確には契約をしたと言う。婚姻という形のそれは、ニーバーナ王がアバロンの大地に魔力を与え続ける事の対価として姫を娶るというものだった…らしい」
「そうしねぇとアバロンに人間は住み続けることができねぇからな。ソラン姫は自分の身を差し出して、後世の自分の国の民まで守ろうとしたんだろう…って、伝わってるな」
「ソ、ソランって…」
伝説の娼婦奴隷ソラン…。
俺の母さん…かもしれない人。
「君のお母様もソランという話だよね。ただ、本当に君が彼女の息子かどうかは誰もわからない…」
「うん…偽物も多いっていうし…俺は物心ついた時から奴隷商店に居たから…親の顔なんて知らない」
「それに三千年前の話だしな〜…人間なら死んでるぜ」
「だね。けど、仮説を立てるとしたらそのソランという女性が婚姻契約後、真にニーバーナ王と結ばれた可能性だ」
「ドラゴンと真に番う者、その血を肉を与えられ、不老となりて神となる…か」
「え、か、神…⁉︎」
あれ、なんかそれ、どっかで聞いたことあるような…?
「……フレデリック様たちの親父さんとおんなじ…?」
「………。僕らの父か、そうだね。あの人が食べたのは幻獣の肉だったそうだけど…確かにそれが原因で不老になったらしいね」
「え?」
「愛し合った相手に食われる方がきっと幸せだっただろ〜なぁ…」
「…それはそれとして、ハクラの母が本当に数千年を生きたソラン姫だとしたら預言ができるくらいの魔力を持っていても何の不思議もないという事だ」
「………! …まさか…?」
「な? まさか、だろ?」
二人が俄かに信じられないのも無理ない話。
しかし二人も「あくまで憶測であり、推察」と断じる。
数千年前のお姫様が、ドラゴンと契った。
それも血と肉を喰らうほど強く。
滅多にない事らしいが、決してないことでもないという。
そして不老になっただけで不死になったわけではないから、そのほとんどは事故や病で亡くなるそうだ。
「…じゃあ、その推察が本当だとして…俺は……」
言葉が詰まる。
俺は、何なんだ?
そもそもソランの息子として本物かどうかも怪しいのに。
ジョナサン「それに関して、お前の拐かしを指示したおっさんが言っていたな? 背中のタトゥーが“本物”だって」
「!」
「ちょっともっかい見せてくれねぇ?」
「あ、うん…」
服を脱ぐ。
あれ、結局俺も脱いでるな?
上半身素っ裸…。
「? …⁉︎ …待て」
切られて多少短くなった髪を持ち上げて、二人に背を向ける。
その時、少し慌てた声のフレデリック様に俺とジョナサンは体が凍りつく感覚に襲われた。
あ………わ、忘れて…た。
「…ハクラ、君、髪はどうしたの…? 結構長かったよね…? 腰まであったよね…? なんで肩くらいまで短くなっているの…?」
「お、お前の好きなセミロングだろ…」
「そういう問題じゃないよ…明らかに職人が整えた風じゃないよ…? え? なに、まさか…」
「いや、その…えーーと…?」
あ、汗が滝のように流れる。
やり場のない手を彷徨わせるジョナサン。
街が消える…か?
たかが俺の髪の毛ごときで…?
いや、いや…!
「フレデリック様がセミロング好きだと聞いたもので!」
振り返って満面の笑み…を、作った。
しかし振り返った俺は己のある信条を思い知ることとなる。
知っていたはずだぜ、俺…。
確認は、しない方が幸せな時もある。
今がその時だ。
「…そうだね、セミロングは好きだよ。長すぎず短すぎず、ヘアアレンジも可能で髪留めやリボンを選ぶ楽しみがある。かく言うヨナの髪も僕が切ってるし、三つ編みは僕が教えたしやらせてるし羽根飾りは僕が作ってあげたものだし」
ウワア…!
し、知りたくなかった…。
ジョナサンの右側の三つ編みと、それを纏める羽根飾りって……えええ…そ、そうだったのぉ〜⁉︎
「でもね…僕は長髪も割と好きだ。ストレートな黒髪が風に靡く様はどこか神秘的だし、上質なシャンプーの香りを感じさせる長髪は実に魅力的だと思う。ハクラ、君の髪は実に珍しい白と黒の混色…。それが腰まで長い。サラサラストレートとはいかないが、それは今後シャンプーなどでいくらでも改善していけたはずだ…いけたはずだったんだ…!」
そ、想像していた以上に熱い…!
フレデリック様にこんな一面があったなんて…!
俺の髪についてここまで語ってるなんて、夢か⁉︎
「それがなんで短くなっている⁉︎ 僕のためだと⁉︎ 僕は自分の性癖についてヨナと父上にしか話していないぞ!」
「親父とそんな話したのかよ⁉︎」
「バラしたのかヨナ⁉︎」
「うっ! そ、それは…」
矛先がまさかのジョナサン!
「じゃあお前の性癖を僕がこの場でバラしてもなんの問題もないな」
「待っ、待って! それは違…! なんか違っげーだろー⁉︎」
暴露されても俺が困る!
正直どうでもいいし特に知りたくねぇ!
でもどうしたらいい?
矛先が例の変態兄貴に向けられても困る!
フレデリック様が暴れたらジョナサンでも止められないらしいし!
「ヨナの好みは人の嫁! 人妻、人の彼女、片想相手がいるもアリ! 難易度高めの高嶺の花タイプだとなお良しの、攻略系に燃える男ー!」
「うわあああ! 窓開けてなに叫んでんだーーーー⁉︎」
…………。
フッ…家族の前では我儘で短気でガキっぽい、か……。
「やめてよお兄ちゃ……!」
「………………」
「………………」
「…………………。え?」
窓全開の所で叫んでたフレデリック様の腰にしがみつく巨漢。
……今なんつった…?
「……お…お兄ちゃん…」
「……………。こ、殺せ…いっそ殺せーー!」
「…しょうがないな、ほらほらごめん、泣かないでヨナ。お兄ちゃんが意地悪しすぎちゃったね」
「優しくするな‼︎」
……お兄ちゃん…。
…………お兄ちゃん………。
ジョナサンが、フレデリック様を………お兄ちゃん……。
リプレイが止まらない…エンドレス…お兄ちゃん…。
お兄ちゃん…。
お兄ちゃん……。
「……お兄ちゃん…」
「やめろ‼︎」
いや、まあ、確かにジョナサンのお兄ちゃんはフレデリック様ではあるんだけれど。
間違いではない。
間違いではないんだが。
「それで、本当にハクラの髪を切ったのは誰? ハクラに刃物は持たせていないし、お前が切ったんだとしたらもっと僕好みに切るだろう? ついでにな〜んで助けに行っただけなのにそんな事になるの? ほら、可愛いヨナ? 怒らないからお兄ちゃんに話してご覧。ハクラが自分で説明責任を果たしてくれてもいいよ?」
「ひ…」
「ヒッ」
顔が…!
笑顔が…!
い、一切の誤魔化しが効かない…!
怒らないからっていうか…!
(もう怒ってんじゃねーか‼︎)
(もう激おこじゃんん⁉︎)
ジョナサンとアイコンタクトする。
俺たちがフレデリック様に怒られる義理なくねぇ?
と、俺が思ったのはジョナサンに伝わっていたようだ。
強く頷かれる。
あと、ただただ怖い。
しかしあの兄貴のことを話すとなると流れであの弟のことも話さなきゃいけなくなりそうで…それは嫌だな。
ジョナサンも多分、そこがネックなんだ。
同じ兄弟としてあれは見れたもんじゃなかっただろうし、聞くに耐えなかったと思うし…。
俺ですら変な妄想が繰り広げられた。
…まあ、あの妄想はただの現実逃避だったけど…。
「………。…あの武器商人の息子が途中で入ってきて……」
「息子さん? ふぅん? それでその子に切られたの…」
「あ、ああ…その方が好みみたいなことは言って、いた…」
…やっぱジョナサンも深い解説は避けた。
だよな…。
「…そう…じゃあ明日その子に会ったら相応の代償を支払ってもらわないとだね。僕の楽しみを一つ奪ったんだから……」
「………………」
「………………」
…よ、喜ぶべきか、怯えるべきか…。
「………。フ、フレディ、お前今日はもう寝ろよ…やっぱ魔法で無理やり起きたから、思考が破壊衝動に負けてるぞ」
「えー。…まあ、確かに眠いけど………そもそもまだハクラの背中のタトゥーを見せてもらってないよ」
「‼︎ 忘れてた…!」
「そうだった…俺も忘れてた…」
けどその前に、とジョナサンが近づいてきた。
そして俺の肩を掴み、どえらい真顔で…
「さっきのは忘れろ…! 俺の王国でのイメージが崩れる!」
「さっきの……、…お兄ちゃん?」
「忘れろ! そして口外するな!」
「わ、分かったよ…」
必死だな。
「隠したい気持ちはわからないでもないけど、お菓子作りと絵が趣味で、庭にはお前のガーデニングスペースがあるし、軍馬の世話係からその仕事を奪ったりしてるんだから…動植物の世話が大好きな生まれる性別を間違えてきたかのような女子力の高いマッチョ王子って、もう城中にバレて…」
「うっさい!」
「………………」
フレデリック様も相当中身とイメージ違うけどジョナサンはもっと違うんかい!
…お兄ちゃん呼びの衝撃の方がまだでかくて、ジョナサンの城での生活なんか驚きが少ないくれぇだぜ!
「そんな性格のくせに性癖はなかなか過激なんだよね。そんなところも可愛いよ、ヨナ」
「もう本当黙れよあんた!」
泣きそうだし。
「もうやだこの人ほんと嫌い…」
「ああ、ごめんよ、ヨナ。お前の反応が可愛くてつい虐めてしまったね…お兄ちゃんを許しておくれ」
「だからそれをやめろっつーの! もうガキじゃねーんだぞ! そもそも同い年のジジイだからな⁉︎ 俺ら‼︎」
「泣かない泣かない、よしよし」
「泣いてねぇ! だからいい加減にしろ!」
……本当に弟が可愛くて可愛くてたまらないって顔だ、フレデリック様…。
つまるところ要するに、ジョナサンをからかうことで機嫌が直ってるっぽい。
…仕方ない、ジョナサンには尊い犠牲になってもらおう…。
大丈夫、俺は口外しないぜ!
「なに親指立ててんだチビ!」
「い、いや〜」
「…ハクラ、ちなみにひとつ言っておくけれどヨナをこのネタでいじっていいのは僕だけだからね?」
「はい、分かりました。一生死んでも口外しません」
「………お前そんな流暢に敬語喋れるキャラだっけ…? っていうかやっぱりからかってんのかよ! マジでいい加減にしろよこのクソ兄貴!」
「分かった分かった、可愛い弟と従者が上半身半裸で狼狽えるのが面白くってね…つい」
「はっ…」
(そうだった…ジョナサンはともかく俺も上半身裸だった…)
謎の絶望感に襲われる。
ジョナサンはサイズの小さい服を着てるのが嫌で脱いでただけだけど、俺は…。
自分の今の格好忘れて半裸ではしゃいでたなんてジョナサンと同類みたいじゃないか!
「…〜〜、…はい! 俺はなにがどーなってんのか分かんないっスからね!」
後ろを向いてようやく、背中のタトゥーとやらをフレデリック様へと見せた。
俺は自分の背中なんて見えないし、週一の川での水浴びの時も誰かに何か言われたこともない…(髪長かったからか?)から、背中にタトゥーが彫ってあったことすら今の今まで知らなかったぜ。
「?」
なんか押し黙られた。
しかし足音が近づいてくる。
窓辺に居たフレデリック様が近付いて、椅子を引く。
それに座ると「ちょっと触らせてもらうね」と声がかかった。
わざわざ声を掛けてくれるあたり、紳士だ。
そしてフレデリック様が触れたのは肩甲骨の辺り。
…俺が一番見えねー場所だ。
「……これを君を欲しがっていた武器商人さんも見たのかい? なんて言っていたの?」
「? なんかソランの最期の預言がある場所だ〜って、ベルゼルトンに帰るって言ってた。数字? が差す場所はベルゼルトンにあるって」
「いや、これは数字ではないね」
「数字じゃねぇの? 俺はてっきり…」
「そういえばお前はあまり城から出ないから、古代シンバルバ王家の文字は知らなかったな。現代のバルニアン大陸の数字は古代シンバルバ王家の文字が由来になっているだ。シンバルバ王家は父上に敗北した最後の国家と言われている。敗北国となったため、土地や文化の一部は我が国に吸収されたという。シンバルバ国があった現ルレイラ地方には今もシンバルバ国時代の建造物が残っていて、観光名所になっているよ」
「…あんたほんとそういうの好きだよな…。…じゃあ数字なのに文字のように読めるもんなのか?」
「通訳魔法で分かるもんなんじゃないの?」
「通訳魔法にもそれなりに限界はあるものなんだよ。古すぎるものは、知識のある者でなければ理解できない」
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