第10話

 


「例えば、ハクラにはヨナが通訳魔法をかけただろう? その場合ヨナが知っている範囲の知識しか君には理解が出来ない。僕が君に通訳魔法を用いていたら、僕の知識の範囲になる。因みに僕らがこの大陸にきた時に通訳魔法を使ったの相手は君を売っていた奴隷商人。彼からこの大陸の文字や言葉の意味を“お借りした”んだ」

「! …そ、そうだったんだ…」

「お前んとこの主人は頭悪そうではあったが、知識はそれなりにあったって事だ」

「国を股にかける商売人は最低限の知識があるからね。彼に通訳魔法を使ったのは正解だったね」


 …意外とすごかったのか、あのデブの守銭奴のボッタクリ野郎。


「…ってことは、だ。このタトゥーを入れたやつは古代…シ、……」

「シンバルバ王国!」

「そのなんとかって国の文字なら数字に勘違いされて、真の意味は分かる奴にしか分かんねーだろうって思ってやったってこと、だよな?」

「そうなるな。かなり知識のある人間でないと、失われた意味を正しく理解してこの文字を使うことはできないだろう」

「あのさあのさ、フレデリック様は、じゃあその意味がわかるの⁉︎」

「ふふん、こう見えて考古学は千年くらい嗜んでいるからね…もちろん読めるよ」

「? …せん…? え?」


 千年?

 え? 俺何か聞き間違えた…?


「……言ったろう、俺たちの親は半分人間半分神、そしてもう片方は幻獣なんだ」

「父にも母にも人間のような寿命という概念がないからね、僕らにも老化や寿命はない、と、思われている。人間…まぁ半分だけだけど…と、幻獣のハーフなんて僕らしかいないから本当のところどうなのかはよく分からないんだけどね」

「え、え…? え、じゃ、じゃあ、二人は…」


 いってても二十代半ばくらいだろうって思ってたけど…。


「い、いくつなの…」

「えーと、今年建国4589年、だっけ? 五代目の父上が王座を継いでから千年後くらいに生まれた、はず…? 忘れたな」

「細けぇ歳なんざ数えてねーなぁ〜〜…親父はもっと年齢不詳だろ。ツバキさんに至っては…歳なんか聞いたことねぇな」

「そうだね、うーん…だから大体二千歳くらいかな?」

「にせ…」


 二千歳…。

 お、お、お…おう…ジョナサンの「お兄ちゃん」並みの、威力…!

 こんなに人間と変わらないのに…。

 いや、でも…。


「そ、そんな事が…?」

「バルニアン大陸はドラゴンが人の身近に生きている世界だからな。さっきも言ったがドラゴンと婚姻契約した者だっている」

「僕たちのような幻獣のハーフは他に聞いたことはないけどね」

「それよりよ、あんまりもったいぶるなフレディ。チビの背中にはなんて書いてあるんだ?」


 あ、そうだった!

 俺の背中にあるタトゥーの真の意味。

 古代語とかちょっと見てみたい気もするけど…。


「…親愛なる我が王へ」

「メッセージかよ」

「………。ハクラ、魔石…君の国でいうクレア・ルビーの使い方は覚えている?」

「え? あ、うん? 魔法を閉じ込めておける便利道具だろう?」

「そう。…そして、恐らく君自身も“そう”だったんだ」

「…え?」


 振り返ると、一歩下がったフレデリック様が思案顔になって腕を組む。

 その奥には目を丸くしたジョナサン。

 …えーと、俺がクレア・ルビー?

 いや、魔石?

 意味がわかんないんだけど…。


「…チビは人間じゃねぇと?」

「いや、肉体は人間に間違いない。それは分かっていた。けど、古代語にあしらわれているような蕾の方」

「?」


 そういえばソランの花の蕾が描いてあるって言ってたよな?

 それの事?

 …俺からは見えないけど。


「これは古代語のメッセージに準ずる“中身”だろう。要するにハクラは…まあ、これも憶測の域を出ないけど…そのソランという女性から彼女が王と認めた人物への…手紙だね」

「…! チビは封筒って事かよ?」

「そうなるね。ただ、人間の体を器にするような伝達手段で、言葉だの文字だのを送るとは到底思えない!」

「………」


 クレア・ルビー…いや、魔石は魔法を保存できる道具。

 そして俺は、それとイコールって事。

 手のひらサイズの魔石に入る魔法とは桁違いの何かが、それとイコールの俺に入ってる…?

 つまりそういう事だよな…?


「………、…だが…確かにそれなら人外の俺たちと体内魔力の蓄積量が変わらないのも…」

「そういう事だ」


 !

 …俺は伝達手段…。

 背中のメッセージは古代語…。

 この時代ではバルニアン大陸で数字としてしか使われなくなっている。

 …それじゃ、少なくともこの大陸の人間が関わっているんだとしたら…やっぱりフレデリック様の推察が一番可能性が高いことになるのか。

 この大陸に残った八匹のドラゴンの王様の一体『ニーバーナ』王。

 そのニーバーナ王と婚姻契約ってやつをして不老になったらしい、ソラン姫。

 偶然にしては重なりすぎっていうか、フレデリック様たちの推察だと筋が通る。

 例えどんなに信じがたいもんでも、それは俺が無知だから。


「…なにより、だ、ハクラ」

「?」

「君の名前を聞いた時少し僕は驚いたんだ。ハクラ、君の名前。それはニーバーナ王が王になる前に使っていた名前だからね」

「…え…⁉︎」

「ニーバーナ=ハクラ…ドラゴン族は王の座に着くと名前が変わる。ハクラはニーバーナ王のもう一つの名前、所謂『幼名』ってやつなんだ」

「…………っ」


 そんな、俺の名前まで…。

 これじゃ、なんかもう…完全に、俺…。

 あ、だからジョナサンは今日(もう昨日か?)リゴたちの服買いに行った時にニーバーナ王の名前を出して俺に鎌かけたのか!


「…偶然で片付けるには色々と条件が揃いすぎている。でも…」

「どうした?」

「…ハクラのこの背中のメッセージさ。…親愛なる我が王とやらがニーバーナ王だとしたなら、これは僕が開くわけにはいかない。とはいえそのニーバーナ王がご健在で、今どこにいるのかまではわからない…」

「確かに。けど見つけちまった以上は届けるべき…だよなぁ? 本当のところこの考えで合ってるのかも分からんが」

「………」


 俺の背中の事なんだ。

 俺の背中に、多分、ニーバーナ王宛のメッセージ。

 俺が本物のソランの息子なら、俺はそれをそのドラゴンに届けるべき…な気がする。

 母さん、かもしれない人がドラゴンの奥さんで三千年くらい生きてる人かもしれなくても、それはそれとして。

 だってそのおかげで俺はーーーこの素晴らしい王子様たちに出会えたんだから!


「あのさ、あのさ、手掛かりがないなら俺のこと売ってた主人に話を聞いてみない⁉︎」

「? …いや、そうか! …確かに…もしかしたら…」


 俺の事を「ハクラ」と名付けたのが誰なのかくらいはわかるかも。

 ハクラは雑草の名前とか言ってたけど、俺の背中のタトゥーにソランの花が描かれてるから、そこから適当に言い訳したのかもしれない。

 第一、奴隷って入れ替えが激しいのに、この主人頭おかしいんじゃねーかってくらい高値に設定して買い手がつかないのだって正直おかしかったんだ!

 売ってなんぼの商売で、値下げすることもなく何年も、俺が物心ついた時からずっと…!

 長年感じていた違和感の正体がもしも俺の背中のメッセージと直結しているんだとしたら…!


「成る程、聞いてみる価値はあるね。でもそれなら明日の…いや、今日か…今日のオークションで捕まえて締め上げよう」

「いや、普通に問い正そうぜ。なにも締め上げなくっても…」

「…いや、あのおっさんは締め上げねーとなんも吐かないと思うよ」

「お前、自分が世話になってきた人に対して厳しくね?」


 いやー、あんまいい記憶ねぇし…。

 がめつくて守銭奴でしょーもねぇデブとしか思えねぇよあのおっさん!


「そうと決まればもう寝ようか。オークションは夜からだから、僕はしっかり寝て備えるよ!」

「そうだな、お前はそうしろ、心から」

「うん、うん」


 さっきの殺意に満ちたフレデリック様とか、ジョナサンを満面の笑みでいじり倒すフレデリック様とか、あれが継続とかだと疲れる。

 いや、フレデリック様的にはあっちが素なのかもしれないけど。


「…………。ジョナサン、俺、今度こそジョナサンと同じ部屋で寝ていい?」

「…あー、やっぱフレデリックの寝相と寝顔の威力はでかかったか。…いいぜ」

「ありがと…」


 というわけでフレデリック様の部屋からは退席させて頂いた。

 不満げに「え〜、寂しい〜」と拗ねてらっしゃったが、俺はあの衝撃に二度も耐えられる自信がない。


「そうだ、あともう一つありがと!」

「あん?」

「えっと、捕まったのを助けてくれて…。そういやー、まだ礼を言ってなかっただろ?」

「いや、あれは…」

「分かってるって。俺を囮にしたんだろ? でもさ、そのまま見捨てないでくれたじゃん」


 普通のお偉方は奴隷なんざ使い捨て。

 でも二人は俺の事をちゃんと助けてくれた。

 この二人に助けてもらうのは何度目だろう?

 正直、出会って四日しか経ってないなんて信じらんないくらい…ここ数日が濃ゆいぜ。

 俺の存在価値とか、存在理由とか、世界観とか。

 そーゆーのを根っこからあっさり覆してくれちゃってさ。

 …感謝しかねーよ、ほんと。


「いや、お前はもっと怒るべきだ」

「え、なんで」

「自分で言ってただろ。囮にするとこを事前に言っておけば良かっただろうって。俺もそう思う。だから、悪かったな…無駄に怖い思いをさせて。そんなつもりなかったんだ…」

「………」


 王族が…王子様が…俺なんかに謝った…。

 確かに怖い思いはしたけど、でも…俺は不思議と二人が助けてくれると思ってたからそこまで絶望はしてねぇ。

 …うん、そうだ、こいつの、二人の…こういうところを数日だけだけどたくさん見せてもらったから…だからだ。


「いいよ、俺も…別にそこまで怖くなかったし」

「いや、あの状況は怖いだろ」

「うん、でも…信じてたんだ。ジョナサンたちが助けてくれる、ような気がする! って!」

「…えらく曖昧な信じ方だな…」


 うんまあ。

 でもうそじゃねーし。


「実際ほんとに助けてもらったしさ。ヘーキヘーキ」

「…………(マジで過ぎたら気にしねーし、こいつは…)…今後は気を付ける」

「うん」


 ぽん、と頭の上に乗るでっかい手。

 なんか、ジョナサンはやっぱフレデリック様ともリゴとも違うな。

 もしかしてこれが…「兄ちゃん」って感じのやつなのかな?


「あのさ、あのさ、俺もたまにジョナサンのことヨナって呼んでもいい?」

「はあ?」

「いやー、なんかさっきの二人を見てたら…ちょっとだけ羨ましかったからさ〜…。ジョナサンって俺の兄ちゃんみたいな感じだし?」

「は、なんだそりゃ………たまにだけだぞ」

「やったー、ありがとヨナ!」

「早速かよ」


 図々しいかな。

 でも、部屋に戻ったら風呂に入れてくれるし慣れない着替えも手伝ってくれるし…兄弟ってこんな感じなんだろうなって、つい思っちまって…。


「んじゃ、おやすみハクラ」

「!」


 こういうところとか、さ。




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