第5話

 


『其方らに理解出来ぬかもしれぬが、例え幾度も愚かな争いを繰り返そうとも…やがていつかは変わるのではないかと思っている。人間には可能性が詰まっているのだよ。芽吹くまでまだ少し、時間は必要かもしれぬ。けれど、私は…それが見たい』


 争いをしない。

 人が人を思いやる世界。

 この大陸で、ニーバーナ王はそれが見たいんだ。

 ……直視できない。

 王様、外の世界は、王様の望んでいるものとは真逆だよ。

 腐敗は蔓延り、金と欲にまみれた奴らは自然を食い荒らしながら奴隷を消耗品として使い捨てるんだ。

 汚くて、汚くて…こんな綺麗な王様にはとても、見せらんない…。


 ああ、そうか。

 ソラン姫は…母さんはその事に絶望したんだ…。

 こんな綺麗な王様が、こんなになるまで自分を犠牲にして支え続けた世界がこんなにも汚くて変わらないことに…。


『だから滅ぼすの』


 なにより、こんな酷い世界を作り上げたのはーー


『私は間違っていた。私の民は獣以下の生き物だった』


 労働力として死ぬまで酷使されたり、手足がなくなっても弄ばれたり。

 犯されて、殺されて。


『こんな文明、あってはいけない』


 いつ飽きられて殺されるか分からない毎日。

 恐怖。

 奴隷だって心があるのに…!


『醜い…これは人じゃない…人の皮を被った魔物』


 同じ人間なのに。

 人間なのに!


『こんな奴らこそ生きている価値がない。一刻も早く…この化け物を滅ぼすのよ…』


 同じ命なのに!


 …同じ命だから…そんな事しちゃ、ダメなんだよ…。



「王様…外の世界は…すごく、汚いよ…」

『………』

「お金持ちと権力のある奴が戦争したり奴隷を金で買って弄んで笑ってる世界だ。平民様だって奴隷なんて消耗品と同じだと思ってる。全然命が平等じゃない。同じ人間なのに人間だって思われてないんだ。…王様が望んでる世界と真逆だよ。…王様の事だってこんなに追い詰めて、母さんにも絶望させて…」


『だから滅ぼすの』


「…俺の中で今、母さんがこんな世界を滅ぼしたいって願ってる。…でも、同じ命だからそれはやっちゃいけないって思う。俺も奴隷として生きてきたけど…それでもダメだと思うんだ。世界は王様の願ってる世界に全然寄り付きもしないけど…それでも、もし、王様がいいよって言うんなら……この世界を、助けてくれない…?」


「…ハクラ、それは……王にはそんな力…」


 うん、わかってる。

 めちゃくちゃ、無茶苦茶言ってるの分かってるんだけど…でも…!


「…頭の中に声がするんだ…」

「え?」


『滅ぼさないと…』


「母さんの声が…」


『みんな殺さないと…』


「…恨んでる声がするんだ…!」


『みんな死んで、詫びろ』


「…ハクラ…」

「魔書を開いたからか?」

「…ハクラの中にあった膨大な魔力…あれがさっきハクラの中から出て行った病呪だとしたら、今ハクラの中に残っている魔力はソラン姫の思念かもしれない。ハクラ、彼女はなんて言ってるんだ?」

「おい…そんな事…!」

「彼女がどんな病呪を込めたのか分からなければ対処できない!」

「……っ」

『…ケルベロスの子…』


 フレディ…。


「…僕が助ける。だから教えて、ハクラ。君の母上は何をそんなに恨んでるの?」


『みんな死んで。苦しんで、腐って死ね』


「…苦しんで、腐って死ねって言ってる…」

『…ならば恐らく腐肉の呪詛だ。末端より肉が腐り、生き絶えるまで己の腐肉臭に苦しむ病…』

「……呪詛なんて専門外だろ、俺ら…! 安請け合いすんなよ、どーする気だ⁉︎」

「そんなもの、黒炎で病呪を燃やすしかないだろ」

「いやいやいやいや、無理だろ! 上位級ケルベロスならいざ知らず…俺らハーフだぞ⁉︎ それにあんな勢いで出て行ったんだ、もう風で霧散して広まってる!」

「!」

「魔書を開いたのは僕だ。責任は僕が取らなければならないだろう。とにかく少し落ち着いて考えよう。病呪とはいえ、すぐに大陸中には広まらないはずだ。この近辺から発症者が出るのだって、時間はあるはずだよ」


 綻び続ける大地。

 それに加えて病気の呪詛…!


「だとしても、大陸崩壊は早まってんだぞ…⁉︎ その上病呪まで…詰みだろ! ニーバーナ王、この大陸はもうダメだ、バルニアン大陸に戻ってくれ! あんたの子孫に顔向け出来なくなる!」

『…………』

「ニーバーナ王!」


 ヨナの言う通りだ。

 大地は崩落して、人は病に苦しめられる。

 全部全部アバロン大地の人間の自業自得…。


「…………、…おい…ちょっと背中見せろ…」

「はえ?」


 いきなりヨナの方に背を向けさせられる。

 今度は何⁉︎


「……しくった…フレディ、悪い、マジごめん…」

「?」

「…ハクラが誘拐されたことあったろう…? オークションん時だ」

「ああ、あったね」

「あん時、ハクラの背中見てベルゼルトンの為政者が言ってたんだ…」


 ギリアムが俺の背中を見て言っていたこと…。

 ソランが預言の魔女とか………あ。



 ーーなんと言う幸運…ベルゼルトン、我が領土…! ここにソラン「最期の預言」があるのか…ククク…それが分かれば世界は、このアバロン大陸は俺のものに…ーーー



「……………」

「……この背中の数字、まさか…シンバルバ王国文字じゃなくて…」

「…シンバルバ王国文字だよ。…でも、成る程…緯度と経緯か…ニーバーナ王のお体の位置を指していたとすると…ベルゼルトンで王の体が発掘されたのはギリアム氏がこれを『預言』の場所と勘違いしたから…。ソラン姫は大陸崩壊を進めようともしていたのかもしれないな…。シンバルバ王国文字を使う事で二重の意味を込めていたのだとしたら…相当恐ろしい奥方ですね」

『ソランは怖い女だったからな…』


 怖すぎるわ!


「悪い…もっと早く気付くべきだった…」

「いや、これは分からないよ。…むしろ今気づけたのがすごい」

「うんうん」

「…ソラン姫の目的がアバロンを滅ぼす事なら、見事に事態悪化してるしね」

「うん、うん…」

『…私の体を掘り起こしたというのか。……あれは大地を守る守護石…掘り起こされてしまえば龍脈と地脈の繋がりに綻びが生じる…』


 フレディが考えてた一番最悪なパターン⁉︎


「…ニーバーナ王よ、知恵をお借りしたい。このままでは大地は崩壊し、民は病で死に絶えます。我らに出来る事はありませんか」

『…………。うむ…其方ら、ケルベロスの子ならば『霊剣』は持っておるか?』

「!」

「…!」


 れいけん?


「…あるには…。しかし、我らの剣は純血のケルベロスの物とは別物です」

「俺たちは…片親が半神半人なんです」

『アルバート・アルバニスか…』


 …れいけんってなんだ?


『殺して、みんな早く殺して…』


 …くっ…この声頭の中で、ずっと…!

 何とかならないのか…⁉︎


『みんな死んじゃえばいいのよ…』


 …………。

 そんな事、言うな…。

 ヨナが言ってた!

 大切じゃない命なんて、ない!


『人の枠を外れし英雄が其方らの父か。しかしケルベロスは雄ばかりのはず…どうやって生まれた?』

「………。父は母を、決闘で捩じ伏せ妻としました。ケルベロス族は番を持つと千年に一度、発情期を迎えるらしく、その時は子を孕める様になるようです」


 ………。

 今なんかすごくツッコミどころ満載の話をしていたような…⁉︎


『ならば問題なかろう、『理と秩序の番犬』としての血の力を示して見せよ』

「……お待ちください、我らの霊剣でなにを…」

『其方らの霊剣を媒介に、我が魂で病呪を浄化する!』

「は、はぁ⁉︎ い、いや、そんな事したら王が…! 転生できなくなるぞ⁉︎」

『そこは賭けよ。私が転生出来なくなるかは其方らの霊剣の力にかかっている。頼んだぞ』

「…! ……ヨナ…」


 フレディが笑顔を浮かべる。

 でも、なんか、切羽詰まってる感が…。


「……………、か…帰れなくなっちまうぞ…」

「お前がいる。後のことは頼むよ」

「フレディ…な、何する気なんだ…⁉︎」

「僕の方がケルベロスの血は濃い。だから…」


 拳を胸に当てるフレディ。

 握られた箇所に柄が伸びる。

 え、れいけんって…。


「僕の“生命力”…生存ギリギリまで込めた『霊剣』をお前に託す! 王に恥をかかせるなよ、ヨナ!」

「フレディ!」

「フレディ⁉︎」


 煙出てる!

 フレディの体から煙が!

 胸から引き抜かれた白い刃の…これが、霊剣⁉︎

 …………え…⁉︎


「…………………」

「……………わふ!」

「………………」


 地上に居た。

 ニーバーナ王が戻った俺たちを追うように、地面をすり抜けて浮上してくる。

 なんで戻ったかって言うと、フレディが赤ちゃんになったからだ。

 服が地面に散らばり、あーあーという赤ちゃんに。

 ブワッと汗が出る。

 ええと、こ、これは…?


 せ、説明、説明プリーズ、ヨナ…!


「………霊剣はケルベロス族の者が己の生命力を凝縮して顕現させたモンだ。…黒炎以上の切り札…秘密兵器だな…。込められた生命力によって形やその能力なんかが変わるって言われてる…。フレディの霊剣には『氷』の力があるはずだ」

「…そ、それを取り出しちゃったからフレディはこんな姿に…」


 赤ちゃんに…。

 …そして、ヨナが持っている黒い柄の剣がフレディの生命力の塊…霊剣!

 パッと見ただけでもものすごい特別な力みたいなのが溢れてる…。


『…十分だな…その剣に我が光の力を与えよう』

「う…い…胃がいてぇ…」

「えええ⁉︎」


 なんで⁉︎


「…重圧が辛い…」

「が、頑張れよ⁉︎」

「…なんで俺にそんな重役が回ってくるんだ…」

「ここでまさかのネガティヴ⁉︎」


 でも、ヨナっぽい!

 ヨナらしい!


「…………。なら俺がやるよ!」

「お前が何言ってんだ⁉︎」

「アバロン大陸のことだし! えっと、ほら、俺一応シンバルバ王族の末裔だし? アバロン大陸のことは俺がやる方がいいのかなって」

『! …………』

「どうしたらいいのか教えて! 俺やってみるから!」

「やってみるって…遊びじゃねーんだぞ⁉︎」

「分かってるよ!」


 そうだ、分かってる。

 ヨナはアバロンのこと好きじゃねーんだもんな。

 俺も別に特別思い入れがあるわけじゃないさ。

 奴隷としていつか金持ちたちの娯楽として生きて死ぬんだろうなって思ってたんだから。

 こんな世界、こんな大陸…


『滅べばいい』


 俺もそう思うよ。

 でも、でも…


「命は大切なんだろ!」



 俺たちの…奴隷の命も!

 人間以外でも生きてる命も!

 助けられるなら、助けたいじゃんか!

 俺みたいな無力なガキでもやれることがあるんなら!


「………」

「助けてもらってばっかりだから! …俺…フレディにも、ヨナにも…だから…」


 助けてもらうってすごいんだ。

 世界の色が変わるみたいに、眩しくなるんだ。



(……英雄の資質…)



 フレディやヨナみたいになりたい。

 少しでも近づきたい!

 だから、俺はーーー!



 ーーー『僕が助ける』


『だから滅ぼすの』


 ーーー『人命優先しろ!』


『私は間違っていた。私の民は獣以下の生き物だった』


 ーーー『君たちの心、身体、人生、夢や希望、選択の責任も何もかも全て君たち自身のものなのだから、自分で選べ』


『醜い…これは人じゃない…人の皮を被った魔物』

 』


 ーーー『君はもう“僕の国の民”だ。僕が守るべき、僕の国の人間なんだ。…一秒でも長く幸福に生きておくれ』




「母さんみたいじゃなく、二人みたいな“王族”の方がいい‼︎‼︎」


 どん!

 ヨナが自分の胸に拳を当てる。

 フレディがやったみたいに。

 え、まさか…。


「…ああ、ならなってみろ。お前ならなれる…!」

「………!」

「ニーバーナ王、こいつにやり方教えてやってくれ。…俺たちの『命』を貸すんだ…あとでちゃんと返せよ?」

「……ヨナ…!」


 黒い柄の、フレディのとは形の違う剣。

 ほんの少しフレディより短い。


「…借りる…!」


 赤ちゃんになった二人はサイズ同じ。

 赤ちゃんの頃はマジで瓜二つかよ。

 …あれ……俺、泣いてた…?

 笑って初めて自分が泣いていたのに気が付いた。


『…ソランの子…いや、シンバルバの最後の血よ…いいだろう、其方ならば私もより強い力を貸すことが出来る…! 私はシンバルバ王族、ソラン・シンバルバと誓約を交わしたドラゴン…』

「…教えてくれニーバーナ王! やり方を!」

『…その前に』

「⁉︎」

『…我らの力を合わせても、ソランのばら撒いた病呪を打ち消すことしか出来ぬ! それは忘れるな』


 …大地の崩壊はどうにもならねーってことだな。


「うん、それは…この大陸の民が…偉いやつらが変わるしかないんだよな。本当に助かりたいなら、バルニアンのドラゴンの王様たちや幻獣たちに力を借りるしかない…」


 でも彼らは、今のアバロンの民を滅ぼしはしても助けてなんかくれない。

 このままじゃアバロンの民は繰り返すだけだから。

 だから変わるしかないんだ。

 …たった五年で…変わるしかない。

 なまじ無理な話だな…。


「…普通ならさ…」

『うん?』

「五年でみんなが変わるなんて無理だと思うんだけどさ…でも、俺やってみるよ」

『…………ああ…』


 二振りの剣。

 本当なら俺みたいなガキには両手でも扱えなさそうなフレディの『霊剣』。

 フレディのより少し短いけど、やっぱり片手では持てなさそうなヨナの『霊剣』。

 見た目に反して二振りとも羽根みたいに軽い。

 それを掲げる。

 ニーバーナ王の半透明な体から、光が溢れて霊剣に染み込む。

 元々半透明だったのが、もっと薄くなるニーバーナ王の体。


『…私は孵化の準備に入る。アルバニスの王子たちに礼を言っておいてくれ』

「待って! それならその前に俺も言いたいことがあるんだ」

『?』

「…こんなアバロンをずっと守ってくれてありがとう! …でももういいよ。バルニアンでゆっくり休んでくれない? …俺たちきっと、変わるから!」

『…………』


 十分してもらったから。

 フレディたちも、コートの上に寝かせて。

 あと少し待ってて。


『……ああ…そうさせてもらうとしよう…』


 王様の体が消えるまで、光は霊剣に注がれた。


『病呪を浄化する! …“我らが”やるぞ! …剣を掲げろ! その力を解放するんだ‼︎』


 ソラン姫の夫のニーバーナ王と、息子の俺で!

 言われた通り剣を掲げる。

 力を解放……




 ーーー『魔力を使うのは心…もしくは精神力!』




 ヨナが言ってた!

 魔法は心で使うもの!

 集中しろ、体の中の魔力を取り出すのとは逆だ!

 二振りの霊剣の力をーーー解き放つイメージ‼︎‼︎‼︎







 自分の声が聞こえない程、空気が振動する。

 光が洪水みたいに周りに拡がっていく。

 う、腕がはち切れる…!


 …う、は、はち切れてもいい!

 母さんの呪い…、病呪…を!

 アバロンから、消してーーー!






『………ニーバーナ…わたしは…』

『…良いんだ…分かっている…。…ゆっくり、休もう……』

『………………』




 ドラゴンの 咆哮。

 世界中に響く。

 そこに居るのだと、誰しもが分かるほど。

 空に銀に輝く金剛の鱗を纏ったドラゴンが、人間の魂を連れて飛び立っていった。





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