余談~王都アルバニス~

第1話

 


 奴隷として生まれ、奴隷として生きてきたある日…リゴは隣で仲良くしていた少年奴隷が二人の男に買われていくのを目を細めて眺めた。

 どうか幸せに暮らせ。

 なんて、奴隷には到底叶わぬ夢だ。

 二度と会うこともない。

 そう思っていた三日後、奴隷商店の主人が毎年のように「オークション、行くよ」と言うので連れてこられた首都ラズー。

 そこでまさかの再会。


 そこでリゴは他の奴隷たちと共に人生を変えられた。

 ハクラの主人になった人は、幻の大陸バルニアンの王子だったのだ。


 ……その後の事は割愛する。

 ともかくリゴたち四人は、バルニアン大陸に来る事になった。

 詳細は本編で確認してほしい。

 この話は、リゴたちがアルバニス王国についてからの出来事である。





 バルニアン大陸アルバニス王国首都『アルバニス』




「!」


 ラズーの宿屋に居たはずの四人。

 リゴ、ウィーゴ、ザール、コゴリは目の前に広がる光景に固まった。

 巨大な魔法陣。

 それを囲うように広がる巨大な門は、八つ。

 その先には更に巨大な大都市が果てしなく続いている。


「な、な…」


 ラズーの比ではない巨大都市。

 これが、バルニアン大陸の首都『アルバニス』。

 開いた口が塞がらない。

 魔法陣からは何十人もの人間が次々どこからともなく現れ続ける。

 固まった四人はその場にへたり込む。


「な………。…なんてことだ…」


 圧倒的。

 ありとあらゆるものが、そこから見ただけで分かる。

 魔法の国だと?

 とんでもない。

 この国は科学の国だ。

 そうでなければこんな巨大都市になるはずがない。

 飛行機でワイワイしているアバロンとは、もう何もかもが違う!


「どうかしたんですか? もしかして転移酔い?」

「え、あ…」


 転移陣から一向に動かない四人に、眼鏡の美しい女性が声を掛ける。

 髪を耳にかけ、笑顔で覗き込む。

 あまりの可憐な女性に違う意味で固まる四人。


「もしかして王都は初めて? うふふ、他の街から初めて来たら驚いてしまいますよね。でも“出口”にずっと居ると危ないですよ。さあ」

「は、はい、すみません」


 女性に促され、転移陣の外まで並んで歩く四人。

 なぜかその間もリゴの背中に引っ付いたままの三人。

 陣から出ると、女性は振り返ってまた微笑んだ。


「はい、よくできました! …あ、やだごめんなさい! つい…」

「い、いいえ」


 出た途端振り返ってその一言。

 停止した思考。

 しかし、すぐに心にぐさりと熱いものが刺さる。

 こんな感情は知らない。


「私あそこの魔法学校で教師をしているからつい…ごめんなさいね」

「え、が、学校の先生…⁉︎」

「はい。去年から…! だからまだまだ新米なんですけど…。あ、私の話なんかどうでも良かったですよね! ごめんなさい!」

「と、とんでもない!」

「も、もっと聞きたいくらいです!」

「? 皆さんがどうして王都に来たのかはわからないですけど、もし道がわからないようならあそこの騎士様に聞いてみて下さい。王都が初めてなら、目的地まで案内して下さいますよ! 私も初めて王都に来た時はお世話になったんです」

「そ、そうなんですか!」


 女性が指差した先には門。

 門の左右には、白い鎧の騎士がいる。

 見回すと各門に二人ずつ立っているようだ。


「エメリエ、やっと来た。…あら、なぁに、その子達」

「あ、ミュエ先生! 王都に初めて来た方々みたいで、陣の真ん中で座り込んでいたからつい…」

「田舎者ねぇ。ゲートの出口で驚いてたら街中で腰抜かして動けなくなるんじゃないのかしら? あなたたち、王都が初めてなら悪いことは言わない。衛騎士に目的地まで同行してもらいなさい」

「え…え?」

「なぁに、煮え切らない態度ね…。…ちょっと、そこの新米騎士!」


 胸元の開いたローブの女性…ミュエ先生とやらが門番のような騎士を呼びつける。

 ひょえ、っとか聞こえた気がするが、離れた門の左右でアイコンタクトをしてから一人の騎士が近づいてきた。


「困っていそうな市民がいたら自分から声をかけなきゃダメじゃない。騎士学校でなにを学んだの。もう一度入り直した方がいいんじゃないの?」

「も、申し訳ありません!」

「…全く…今年の新人もイマイチね。さ、この人たちはこの騎士に任せてさっさと行くわよ。今日は図書館の整理も終わらせないといけないんだから」

「あ、そうですね。…それじゃあ皆さん、王都を楽しんでいって下さいね」


 は、はい…。

 声の揃う四人。

 手を振りながら近場の門から街へと歩いて行く先生たちを見送った。

 そして残されたのは、騎士とリゴたち。


「…。あ、担当させて頂きます! 騎士ハメストと申します! 王都にようこそお越しくださいました! 何かお困りのことはございませんか⁉︎」


 敬礼した騎士はわざわざ名乗って、四人に用件を聞いてくれた。

 硬直する。

 騎士という職業の人間も初めて見るが、立て続けに親切にされたのも生まれて初めてだ。

 お困り…とは?

 混乱し始めたところに、はっと一人の名前を思い出した。


「あ、あの…フレデリック王子にランスロットという騎士に話をしてくれと言われて…」

「⁉︎ え、フレデリック殿下に、ランスロット団長でありますか⁉︎」

「…ええとあの、そ、そうです、ランスロットさんという騎士に、会いたいんです…!」

「…しょ、少々お待ちください!」


 やはり王子の名前を出すとそりゃ驚かれる。

 だが次に驚かされるのはリゴたちだった。

 騎士は耳に付けていた棒のようなものに話しかけたのだ。


「団長、ランスロット団長、こちら『炎ゲート』のハメストであります。団長にお話がある方々がいらっしゃいます! なんでもフレデリック殿下に団長にお話するよう言付かってらっしゃるそうであります。いかがいたしますか」

「???」


 あんな棒切れになぜ話しかけるのだろう。

 と、思ったら少しの間を置いて騎士は「了解致しました、ご案内します」と続ける。

 何か話がまとまってしまった…?


「申し訳ありません、団長が…『ファブァリアルの水公園』に来てもらえないかとの事なのですが…」

「ファブァリアルのすいこうえん…?」

「王都南部にある公園です。自分がご案内するであります!」

「お、お願いします」


 ビシッと敬礼する騎士に、それしか言えないリゴ。

 他の三人もコクコクと頷く。

 見知らぬ土地、想像を超えた文明文化。

 騎士について行くと、彼が立っていた門の方へと歩いて行く。


「そういえば皆様は王都が初めてでらっしゃるのですよね? 門についてご説明してもよろしいでしょうか?」

「門って、ここの…えーと八つの門ですか?」

「はい。あ、ご存知なら失礼致しました!」

「いえ! 教えてください!」


 リゴの知識欲スイッチが入る。

 伝説の大陸、唯一無二の王国のこと。

 知りたいに決まっているではないか!

 そう言うと、騎士は笑顔で門を指差した。


「それではご説明いたします! こちらは王都の大ゲート、転移陣の広場から街の八方への入り口となります通称『八大霊命門』と申します。門の一番上に紋章があるのは見えますか?」


 と、指さされた先を見上げる。

 門の上部中央に、成る程紋章が光っていた。

 八つそれぞれ色も形も違う。


「この門は八大霊命に擬えて作られており、地を東、火を南、風を西、水を北、氷を北西、雷を南西、光を北東、闇を南東と分けているんです。これで街の目的地への大凡の方角を知ることができるようになっております」

「成る程…」

「えーと皆さんをこれから案内しますファブァリアルの水公園は南部…南にありますので『火の門』を通ります」


 赤い紋章の門。

 これ程の大都市だ、目的地への方角が分かるのは助かる。


「あと、もし地図をお持ちではないのでしたら紙の地図を無料でお渡ししております。ご利用になりますか?」

「地図を頂けるんですか⁉︎」

「はい、大都市の上かなり入り組んでおりますから…。紙で申し訳ないのですが」

「?」


 地図って紙以外なにがあるのだろう?

 頭に疑問符を飛ばしつつ、門の中にある窓から四枚の地図を持って来た騎士から地図を受け取った。

 開いてみるとまるで世界地図でも見ている気分になる。

 これが王都という一つの街の地図だとは…。


「今こちらになります。目的地であるファブァリアル水公園はこちらです。では、案内いたしますのでこちらへどうぞ」

「え、あ、あの、本当に公園まで案内してくださるんですか?」

「お仕事中なんじゃ…」

「お気になさいませんな。我々は首都を守る衛騎士です。この街のことは隅々まで存じております! 皆さまが街の中で危険な目に合わぬよう、お守りするのもまた我らの仕事です」


『火の門』にいたもう一人の騎士にもそう言われると、もう二の句が告げない。

 絞り出しても「よろしくお願いします…」だ。

 なんというプロ根性。


 そして歩き出した街の中は、四人の想像をまたもや遥かに超えた。

 美しい街並み。

 街路樹には見たこともない鳥がとまり、愛らしい鳴き声を披露する。

 細い裏路地にもゴミひとつなく、きちんと舗装されていた。

 電話線のようなものはなにひとつ見当たらない。

 アバロン大陸ではどの街でも、電話線が張り巡っているものなのに。


「あの、この国では連絡手段はどのような…」

「? 通信端末をお持ちでは無いんですか?」

「え、ええ。つうしん、たんまつ?」

「へぇ、珍しいですね。…端末は魔石を応用、加工したものです。これは魔科学が使われていますね。こういうツルツルの画面のガラスが魔石で…中身は機械でできてるんです。国民はみんな自分の連絡IDを持っているでしょう? それを入力すると連絡ができるんですよ」

「は、はあぁぁ…」


 見せてもらった物は成る程、ツルツルのガラスのようなもの。

 手の平サイズで、ぱかっと二つに割れた。

 まるで女性の使う手鏡のようだ。


「王都に長く滞在なさるなら持っていた方がいいですよ。通信だけのものなら安価ですから、購入をお勧めします」

「? 通信以外にも用途があるんですか?」

「え? ええ。ほら、最新の物だと映画やドラマも観れるというじゃないですか。僕あれ欲しいんですよ〜、騎士になってからドラマ全然観れなくて……あ、し、失礼しました、私情を…」

「あ、いえいえ?」


 …ドラマ?

 映画?

 さ、最新???

 訳のわからない単語に困惑していると、道が次第に坂になる。

 そこを登った先にはだだっ広い公園。

 緑豊か過ぎるだろ、と突っ込みたくなるような…もはや森のような場所だ。

 中央にはこれまた大きな池がある。


「あ、こちらがファブァリアル水公園です。水鳥が多く生息していて、生態を学んだり観察ができます。もうひとつ上にも池があるんですけど、そこは許可を取れば釣りもできるんですよ」

「つ、釣り⁉︎」

「? あ、あの、あれはなんですか?」


 コゴリが見つけて指差した先には荷馬車のようなものが。

 甘い匂いを漂わせ、中には人がいる。


「え? ラックパフ屋ですよ? 珍しいですか?」

「ラックパフ?」

「あそこのラックパフは美味しいですよ。私たまに買いにきます」


 …その返答では謎は解けない。

 近づいて見ると男の店員に「いらっしゃいませ」と笑顔で言われてしまう。

 これは買わないといけないパターンでは…。


「すみません、彼らラックパフを知らないようなのでお見せしてもいいですか?」

「ええ、もちろん」


 彼が手に取ったのはメニュー表。

 それを差し出される。


「ラックパフは手軽に食べられる軽食の代表です。パフにラックの肉をスライスした物を野菜と一緒に包んで食べるんですよ。ソースは三種類からお選びいただけます。パナーンとゾルデ、そしてトルメです。一番人気はやっぱりトルメですね」

「お、おお…」


 とても薄いパンのようなもの…パフに、なんだかよくわからないがラックという生き物の肉を野菜と一緒に包んで食べる食べ物のようだ。

 腹の音がなる。

 そういえば朝から食事していない。


(朝といえば…アバロンではもう日も暮れていたのに…)


 空を見上げると太陽はまるで上がったばかり。

 一体どういうことだろう。


「…一度食べて見ることをお勧めします! 美味しいですよ!」

「そうだな! ではトルメソースのラックパフを六つ頼む! 心配しないでくれ、私のおごりだ!」

「うわぁ! ラ、ランスロット団長⁉︎」


 バシーン!

 ハメストの肩を男が後ろから叩く。

 キラキラとした黄土色の髪と目の、如何にもな好青年…。

 この男がフレデリックの言っていた、ランスロットという騎士。


「…六つって事は最後の一つは僕がもらっていいんです?」

「もちろんだハーディバルくん! 今日も私のお守りお疲れ! あ、私にはコーメルミルクを一つ頼む!」

「当然の報酬です」


 そしてその背後には態度のでかい子供が一人。

 彼もまたローブ状の騎士服を纏っている。

 あんな子供が騎士?


「…! …どうぞ」

「…どうも…」


 その子供にもラックパフが手渡されて、全員分。

 それを見届けてから、大声でランスロットが「遠慮はいらない! ガブッといきたまえ!」と叫ぶ。

 一斉に食いつく騎士三人。

 と、ぼんやり見ていたリゴ他三名。


「いえ、ではなくですね⁉︎」


 ナチュラルに奢ってもらったばかりか手に持っているけれど、そうじゃない。

 そうじゃないんだ。




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