第6話

 


 島を作ったとか、その島を引き寄せて一つの大陸っぽく集めたとか、新しく島を作ったとか…。

 え、なにドラゴンとか幻獣ってそういう事易々できちゃうの?

 出来ちゃっていいもんなの?


「…お前の中のドラゴンと幻獣がどーゆーもんかはわからねーが、少なくともお前が考えている以上に奴らはとんでもねー生き物だぞ。世界であり自然そのものだからな。…まあ、実際目にすりゃ嫌でも肌で感じるはずだ」

「世界…」

「アルバニスに行ったらツバキさんに…俺らの母親になった幻獣に会わせてやるよ。死ぬ程怖ェけど、子供は好きみてぇだから多分殺されねぇと思うぞ」

「………。え、どういうこと?」

「人間嫌いなんだよ、幻獣族は。ツバキさんは特に人間嫌いな方みてぇ。…それなのに親父がな〜……うん、まあ…多分ビビるぞ初見は。…初見で殺されることはねぇと思う…が、まあ…怖いから覚悟しておけや。絶対会わせてやるから」

「その絶対ってなに⁉︎ なんか怖い! 会ってみたいって思うのにその押しがなんか怖い!」


 濁し方も怖い!

 そして…気が付いたら外も暗い!

 ほ、本当に陽が落ちるの早ぇなグリーブト!

 いや、麓の町を出立したのが昼過ぎだったせいもあるのかもしれねーけどさ。


「…っていうか、ヨナ、陽が落ちたのに進むの危なくねぇ? このスピードで突き進むの怖くねぇ?」

「んー、俺ら基本夜目は効くからなー。まだ昼間みてぇに見えるからなー」


 幻獣の血すげぇ。


「でもちょっと腹減ったかも。なんか食うもんねーの?」

「あー、パンなら荷物の中に…え、運転しながら食う気? 危なくねぇ?」

「…そうか? まあ、一旦止めるか。さっさと進みてーんだけどな」

「ルキニー村までどんくらいかかんのかな?」

「地図を見る限り、ここから休みなしで進めば明日の昼過ぎには着くんじゃねーか? …近くにいくつか村はあるが…」


 と、そこまで話した時だ。

 なんか変な音がする。

 地面の方から、ゴゴゴゴゴ…と、這うような…。

 ヨナが突然前を向いて、ペダルを踏み込んだ。


「え⁉︎ なに⁉︎」

「地震だ、後ろの席に座って掴まってろ! 浮かすぞ!」


 浮かす⁉︎

 え、この氷の車を⁉︎


 ヨナの足元が魔法陣で光ると、周りの景色が上下に揺れ始める。

 暗くても車内の光で周りが揺れてるのは分かる!

 そういえば…!


「ヨナ、ヨナ、なんで車内は明るいんだ⁉︎」

「え、今かよ⁉︎ …ランプあんだろ、天井に」

「本当だ⁉︎」


 すげぇこの氷の車、天井にランプまであったのか!

 暗くなるまで気付かなかった!

 あれでも、中で光ってるのはなんだ?

 火ではなさそうだけど…。


「なにあれ火じゃねーよな? なんか白い」

「お前、いくらこいつが浮いてるからって気ィ抜き過ぎだろ。地面ぶっ壊れてんだぞ」

「あ、そ、そっか…」


 ヨナが浮かせてくれてるから車の中は揺れてない。

 でも、地面は未だに崩壊の一途を辿ってる。

 アバロン大陸は時間がないんだ。


「よっと…」


 粗方揺れて、治ってきた頃にヨナは車を雪道へと戻す。

 まだ少しクラクラしている感じがするけど…。


「…まあ、さっきも言ったが…ドラゴンの王たちがそれぞれに合った気候の島を作った。それをニーバーナ王が御しやすくする為に寄せ集めたのがアバロン大陸。ニーバーナ王がいなくなれば当然こうなるわな。…十年と見積もっていたが、地震の間隔がこうも頻繁だと八年…いや、下手したら五年もたねーかも」

「マジか…」

「んで、ランプの中身は灯火の魔法だろ。外からは見えねーから虫も寄ってこねーよ。…いや、そもそも虫とか飛んでるのか、この国?」

「…ラズ・パスはでっかいゴキとか普通に居たけど、グリーブトはいなさそうだよな!」

「…ゴキってなんだ?」

「アルバニスにも居ないんだ? あ、いや、ヨナってお城に住んでるんだもんな、見たことないだけじゃねーの? ……って、ゴキの事はどーでもいいわ!」

「…なんなんだよ…」


 えーと、地震で話が逸れたけど…地図地図…っと。

 …今どの辺りなんだ?


「バルニアンはアバロンよりでかいんだっけ?」

「あ? ああ。まぁ、大陸の約半分近くはドラゴンの森とケルベロスの森に覆われてるけどな。それでも人間が住むには十分すぎんだろ」

「…大陸の半分…。やっぱりドラゴンと幻獣ってでっかいんだろうな〜」

「…まあ、そりゃあな」


 きっとスッゲー迫力なんだろうな!

 くぅ、早く行ってみてぇ、アルバニス!

 あ、それよりヨナの飯か。

 今更感があるけど二階に登ってパンとバターを持って行った。

 もしかして徹夜して運転するのか?


「俺代わろうか?」

「二階で寝てこい。クッションとブランケットまだあるんだろ?」

「けど、ヨナも疲れてるだろ?」


 昼間からぶっ通しだし。


「いや、地図を見るとまだ半分も来てねぇ。これじゃ明日の夜になっちまう」

「そんなに急がなくてもいいんじゃねーの?」

「あのな、いくら俺らの体内魔力量が人外だからって限度はあるんだぜ?」

「…この氷の車…?」

「そ。…まあ、この国はフレディと気候的に相性が良いけど…。…それに、なんかやな予感すんだよなぁ…」

「やな予感?」


 なんだいきなり。

 嫌な予感?

 不吉だなぁ…。


「…気のせいならいいが…なんか、な。…なんつーか、お前じゃねぇが最終目的地がベルゼルトンって分かった時から…なんかこう、なんか、な」

「え…なんだよそれ…怖い」

「フレディには言うなよ。俺の勘はあんまり当たらねーから…余計な警戒させる事もねーだろ。…まあ、多分アレだろ。お前と同じモン見ちまったからだろ」

「…あの兄弟かぁ…だよなぁ」


 今思い出してもうえってなる。

 俺を弟と同じ容姿にしようとする兄貴と、兄貴に…ううん、俺は目隠しされてたから詳細は分からねーが…まあ、アレな感じのヤバい兄弟だったのは間違いねぇ。


「……つーかひつと言っていいか」

「…俺も同じ事考えてると思う」

「…このパン絶対スープにつけて食べるやつっぽい」

「…このパン絶対スープにつけて食べるやつっぽい」


 ハモった。


「だよな」

「おう」



 でも全部食べた。

 パン自体はやっぱり美味しかったと思う。


 それからだ。

 氷の車の旅が始まって丸一日ほど経った。

 ルキニーの村が見えたのは、ヨナの予想通り翌日の深夜。

 村には灯すら見えない。

 もうみんな寝静まっているんだろう。

 ようやく着いたのに、ちょっと残念だ。

 けど時間ばっかりは仕方ない。

 今日はヨナが二階で寝て、俺は一階の座席で寝ることにした。

 行動は明日。

 フレディは起こさず俺とヨナで行くことにした。







 ********



 そして、日が昇る。

 朝だ。


「…とりあえず店があれば食糧の買い足しだな。でもパンばっかりだと飽きるよな。スープ食いたい。グリーブトのスープ美味いし」

「あー、体バキバキすっわ。…食糧はそうだな。バターも悪くねーんだがあったかいモン食いてぇよな、この国。…ま、適当に村人に話を聞いて見るか。この規模の村ならすぐ見つかるだろう」


 …と、ヨナが言うのは冒険者兄弟のことだと思う。

 思ったけど、目的がそもそもそれなのであえて言わねぇ。

 どんな反応されるのか、正直ちょっと怖いし。

 …ただ、きっと親って悲しいモンなんじゃねーのかなって…。

 俺は親とかいなかったからよう分からんけど…ずっと一緒に居た仲の良い奴隷がいなくなる時はいつも寂しいし悲しかったと思う。

 リゴが売られた時は特にそう思ったもんな。

 よし、気を取り直して煙突から煙が上がり出した村へと踏み込んだ。


「…とりあえず村を一周するべきか、適当な家を訪ねてみるか」

「煙突から煙が出てる家はもう人が起きてるだろうし、ドア叩いてみるか?」

「まあ、それが手っ取り早いよな」


 と言うことで、手始めに村の入り口から一番近い、煙突から煙が出てる家をノックしてみる。

 男の声で返事があり、扉が開く。

 ヨナの姿に頭の上の方が禿げたヒゲのおっさんは跳ね上がる。


「は…ぐ、軍人様が何用で⁉︎」

「ん? あー、いや、これ借りもんで……。…軍人ってわけじゃねーんだが…」


 あ、これはフラグだな。

 ヨナの格好はリーバル様が気を利かせて貸してくれた軍人用のコートなんだ。

 これは今後グリーブト各地で間違われるな〜。


「あの、すいません、えーと、冒険者兄弟の家ってどこ、ですか?」

「冒険者兄弟?」

「ウィロンモ兄弟? っていう人たちの…」

「ウィロンモ…! ああ! もしかしてあいつら見つかったんですか⁉︎」


 家の奥から女の声で「えぇ、あいつらが見つかったの⁉︎」と聞こえた。

 …そうか、狭い村だからみんな知り合いってやつなのか。


「…いや、まあ…。ご家族にお会いしたいんだが…どちらの家になりますかね?」

「…? …もしかして、やっぱり死んじまったんですか…?」

「……ご家族の方にお会いしたいんだが、家はどちらになりますか」

「あんた、そんなのは家族が先に決まってるだろう⁉︎ 早く案内してやんな!」

「お、おお、それもそうだな! こっちです! ご案内します!」


 ほっ。

 案内してもらえるのはありがたい。

 おじさんについて行くと村の南にある一軒家に辿り着く。

 庭もあっていい家だな。

 まあ、この村大体そんな感じだけど。

 つーかラズ・パスとは家の感じが全然違うな。

 やっぱり雪国だからなのか、屋根は超三角にとんがってる。

 おじさんがずかずかと庭に入って扉をノックしつつ、大声で「マーリー、ルシアン! お客だぞ!」と叫ぶ。

 少しして、一組の年老いた夫婦が扉を開けた。


「ダンガンうるさいね、何だいこんな朝っぱらから」

「客?」

「ああ、ほら、軍人様がな!」

「だから…。もういいや…」


 諦めるの早!


「…ウィロンモ兄弟のご家族の方で間違いないですか?」

「! あの子達が見つかったんですか⁉︎」

「今どこに⁉︎ 無事なんですよね⁉︎ 怪我してたりとか…!」

「アロンたちが見つかったのか⁉︎」


 あ、中にまだ人が。

 …え、また夫婦?

 小さな女の子を抱えた女の人と、二十代っぽいお兄ちゃん。

 あー、でも通りででかい家な訳だ?


「…まぁ、その辺も説明したいんですが…」


 チラッとヨナは案内してくれたおっさんを見る。

 おっさんは何かを察して、変な笑顔を浮かべ手を振りながら「そ、それじゃあ俺はここいらで…」と後ずさりして行く。

 …村中に言いふらしに行くに一票。


「どうぞお入りください! マーリーお茶を!」

「あ、ああ! すぐに! ルルー、ノーラを二階に連れて行って!」

「は、はい、お義母さま!」


 …まあ、ドタバタだ。

 中に招かれて、客間に通されて、おばさんが大慌てで「うちで一番いい茶葉がこれしかなくて!」とハードルを下げながらお茶を出してくれる。

 俺はともかくヨナは舌が肥えてそうだからどうだろう?

 ラズ・パスで見たことのない…多分あれが暖炉!

 火がパチパチ燃える場所の前にテーブルと椅子が置いてある、その一番あったかいところに座らされた。

 おじさんとおばさん…多分兄弟の両親。

 それから、若い男の人。

 弟たちが、とか聞こえたから兄弟のお兄さんかな?

 とにかく家族が落ち着いて座るのを待った。


「…ご連絡もせず突然押し掛けて申し訳ありません」

「とととととんでもございません! こちらこそなんのおもてなしもできませんで…! …いや、えっとその…」

「…息子たちは、コリンとアロンは…!」

「順を追ってお話しさせていただきます」


 なんか、ヨナがいつもとキャラ違う。

 …あれか、フレディみたいな王子様モードか?

 ヨナも出来たんだな王子様モード。

 …しかし、すごい緊張感…。

 泣きそうなおじさんとおばさん。

 ……これからこの人たちに…説明するんだ…。


「まず、自己紹介させて下さい。俺はこの国の人間ではありません。ご子息が目指したバルニアン大陸のアルバニス王国、第二王子ジョナサン・アルバニスと申します」

「…えっ…。………え?」


 まあ、そうなるよねー。

 バルニアン大陸はこっちの大陸じゃあまず伝説!

 存在すらあやふやなお伽話の世界!

 そっから理解させなきゃならねーんだよな…。


「…弟たちは、伝説の大陸を見つけた…って事、なの、か? ま、まさか…?」

「そんな、まさか? だ、だとしたら…! …ええ? いえ、待っとくれ! あ、あんた、いや、お、王子様って言わなかったかい⁉︎ 王子様⁉︎ 幻の大陸の王子様が? えええ? ど、どういう事だい、ちょっと待っとくれ!」

「…あー…いや、どうぞゆっくり驚いて下さい。待ってますんで」


 うん。

 俺もとりあえず頷いて待つ事にした。

 おかげでおじさんとおばさんとお兄さんは頭を抱えたまま、オロオロオロオロ、右往左往して…多分五分位「信じられない」を繰り返していたと思う。


「…し、失礼を…いや、申し訳ない! ど、どうしても信じられなくて…!」

「まあ、信じてもらわんでも俺は構わないんですけどね。…けど、御宅のご子息らがうちの大陸で余計な事をしなければ、俺たちはこっちの大陸に来ることはなかった。我が国と我が大陸はこの大陸、アバロンとは断絶していたかったんですよ」

「…え…」

「どういう…」

「…そもそもバルニアン大陸がこちらで伝説だの幻だの言われているのは我が国がこちらとの国交を一切望まないからでした。しかし、御宅のご子息たちはそれに穴を開けてしまった。最も最悪な形でね」


 …あれ…なんか言い方きついな…?

 顔色がますます悪くなるおばさんたちに、淡々と話を続けるヨナ。

 なんか、怖い?


「まあ、アバロン大陸の科学の進歩がここまで進んでいた以上遅かれ早かれこうなっていたのかもしれません。しかし、だからこそご子息たちは残念でした。我が国の…せめて人のいる町に降り立ってくれたなら、我々ももっと良い形でこの大陸と接触していたかもしれない」

「…ま、待って下さい…残念、って……息子たちは、生きているんですよね?」

「大変残念でした。“ご遺族”の方には申し上げ難いですが…ご子息たちは我が国でも不可侵の神域に落下して亡くなったんです。………」


 ヨナのアイコンタクトで、俺はずっと預かっていた袋から兄弟の遺品を取り出した。

 血が付いた服の一部。

 袖と、上着のアップリケ。

 それと靴が片方。

 真っ青になる三人の顔に、背筋が冷めた。

 …家族の死って、人をこんな顔にしちまうもんなんだ…?

 なんとなく、オークションに出される時の奴隷と同じ様になってる。


「ご子息らが亡くなったのは我が国でも不可侵の神域。入ることができるのは我が国の王族のみ。その為、我々がご子息らに気付いた頃にはご遺体は獣に喰われておりました。申し訳ないですがご遺体はお返しすることは出来ません。ご遺族の方にお返しできる様、こちらでご子息の物と思われるものを集めて持ってまいりました。ご確認ください」

「…そんな……そんな…」

「………遺体が……ま、待って下さい…弟たちは、獣に喰われて…? そんな、どうして…どうして助けてくれなかったんだ⁉︎」

「⁉︎ ……?」


 涙を浮かべて叫ぶお兄さん。

 どうして助けて…くれなかった?

 何言ってるんだ?

 ヨナはちゃんと説明してたし、こうして遺品を持ってきたのに。

 その上かなりオブラートに、ついでにこの国の人にも分かりやすいように説明してるぞ?


「……心中お察し致します。しかし、我が国としては神域に無断で侵入した者を助ける事は出来ない。あの地の獣は神の獣。落下した場所が悪過ぎたとしか申し上げられない」

「それは、つまり弟たちを見殺しにしたってことか⁉︎」

「彼らにも非はあることをお忘れなく。彼らは我が国で最も立ち入ってはならん場所に無断で侵入した。運が悪かったんです」

「なんだそれは…! 人の命より大切なものがあるとでも言いたいのか⁉︎ 運が悪かった…? そんな言葉で片付けられると思ってるのか‼︎」


 ……。

 ………?


「……。………彼らは勇敢だったと俺も思いますよ。まだ見ぬ土地を求めて、危険を顧みずに壁海へ立ち向かった。命懸けの挑戦だったのでしょう? 貴方方はそれを承知なさってたのでは?」

「……………」

「それは…! だが、だからって見殺しにされて…!」

「……おい、俺は兄貴ほどこーゆーことが得意ってわけじゃあねぇんだ。あんまり苛つかせんなよ」

「⁉︎」

「⁉︎」


 いきなり素に戻んのかよ⁉︎


「………。こっちだって御宅の弟さんたちのおかげで迷惑被ってんだ。…もう一回言いますよ? 我が国はアバロン大陸と国交を行うつもりは一切なかった!」

「………!」

「…だがあんたの弟たちの勇気は買う。勇敢だったと俺は思っているし認める。そして実に残念だった。神域じゃあなく、人のいる街に降りていたなら何かが変わっていたかもしれない。こっちとしても彼らの死は勿体無かったと思っている。彼らが我が国との橋渡し役になっていた可能性がゼロではないからだ。あんまりみみっちい事言ってくれんなよ、あんた兄貴だろう? …結果は残念だったが、弟たちの事をそんな風に言うな。誇りに思え! 誰もやらなかった事をやった事には間違いねぇんだからな!」

「…………うっ…」


 ………。

 やっぱりヨナも王族だなー。

 いや、知ってたけどさ。

 …めっちゃカッケーよ、ヨナ。


「…とにかくこっちの誠意であり、彼らへの賞賛も込めてあんたら遺族へ遺品を届けに来た。確認して受け取ってくれ。そっちに受け取る気がないなら、アルバニスに持って帰って手厚く弔う」

「………、…いえ、こちらで…どうか我々に…。ありがとうございます…王族の方が自ら出向いてくださっただけで…我らは十分でございます…」

「…うっ…うっ…!」

「……くっ…う、うう…!」


 ……暗…。

 二人死んだだけでなんでこんなに…。


 ………。


「…なあ、ヨナ…命って大切なのか?」

「……ああ、お前には違和感か?」

「うん、だって…」


 窓の外を見る。

 どこの家も立派な大きい家だ。

 そして、この家からは奴隷宿舎が見える。

 きっとこの村の奴隷たちが入ってるんだろう。

 小さい村って奴隷宿舎を作ってその村の奴隷を集めて入れておくらしいから。

 …変なこと言うよな。

 命は大事って言う割に、あんなボロボロな奴隷宿舎に奴隷を入れるのか。

 こんな雪の積もってる場所に。

 ここまで歩いてきただけでも寒かった。

 あの宿舎の中は、あったかいのか?


「……少なくともアルバニスでは大切なもんだよ、民の命は」

「………」


 人の命は大切か。

 …奴隷の命は紙より安いのにな。

 奴隷じゃなくて、人間として扱われるようになってから分かんなくなった。

 俺とこの人たちと何が違うんだろう?

 この人たちと奴隷と、何が違うんだろう…?


「……?」

「…用件は済んだ。…えーと、あと買い物か。食糧買えるところってありますかね?」

「…え? ええ、村の中心に…。でもまだ開いてませんよ。あと二時間ほどしたら、どの店も商売を始めると思いますが…」

「二時間後か、分かりました。ありがとうございます」

「と、とんでもない。こちらこそ…」


 よく、分からない。

 この人たちの言う事が。

 家族が死んだだけでなんであんなにヨナを怒ったんだ?

 確かに冒険者たちは勇敢だったと思うよ、俺も。

 もったいなかったし残念だった。

 人里に着陸してたら色々歴史が変わってたと思うし!

 …でも死んじゃったんだ。

 残念だけど。

 …この人たちにとって残念以外の悲しいが重すぎる気がする。

 変なの。

 おじさんに見送られて家を出る。

 庭を通り過ぎて、おじさんが家の中に入ったのを確認してからヨナを見上げた。


「…あのさ、わかんねーんだけど」

「おう」

「あの人たちなにをあんなに泣いてるんの? 死んじまうのって仕方なくねぇ? あんなに怒ったり泣いたりして…情緒不安定なのか?」

「……。んー…まあ、簡単に言うと…家族と離れたり、家族が死ぬ事が当たり前じゃねぇのさ。普通はな。お前はちっと誰かが死ぬのを見過ぎちまった。だから慣れちまってんの。あの人たちは慣れてねーの。…その差だろう」

「…ふーん…?」


 それであんなに人のせいにするのか〜?

 人が死ぬのなんか当たり前じゃねぇか。

 フレディなんか割とよく言ってるぜ。

 人の時間は有限だって。

 俺もそう思う。

 だから人生後悔ないようにやりたい事とか見たいものとか知りたい事は、やって見て知っておきたいもんじゃん?

 奴隷だった頃から俺はそう思ってたけど…あの人たち…あのお兄さんはそうじゃないって事なのか?

 変な人だなー。

 …いや、変なのは俺?

 ちょっと前の俺ならそんな事思いもしなかったもんな?

 だって奴隷と平民様、金持ちや権力者は別もんだと思ってた。今も少しそう思ってる。

 でもフレディたちに出会って、人間扱いに慣れてきて、わかんなくなって…。

 少なくともあの兄さんとヨナの言う通り命は大切だと俺も思う。

 奴隷にだって心も人格も命もあるんだ。

 俺は奴隷だから、……だったから、それをよく知ってる。

 あの兄さんはそれを知らないのかな?

 わかってないのかな?

 この村にも奴隷はあるみたいなのに。

 …どうして分からないんだ?

 自分の家族の命は何より大切って言うのに。

 …俺たちとあんたたち、何が違うっていうんだよ…?

 身分?

 バカ言えよ、ベルゼルトンの貴族嬢ですら奴隷にされちまうような世界で、身分なんて結局無いのとおんなじじゃないか。

 …これが無知?

 知らないってこと?

 この村の人だけの話じゃない。

 この大陸…アバロンの人間が目をそらし続ける矛盾と違和感……。



「市場が開くまで二時間か〜…車に戻って仮眠でも取るか」

「そーだな、ヨナは寝たほうがいいかも。運転しっぱなしだったもんなー。二時間後ならフレディも起きる頃だな?」

「いやー、あいつの寝汚さは舐めるもんじゃねえぞ? 飯も寝ながら食うやつなんだからな? 着替えさせても起きねーような、とことん睡眠に貪欲な奴だからな?」

「あ、はい……」


 …なんつーか、あれだな。

 言葉の重みが…違う!




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