ハクラと銀翼のニーバーナ
第1話
二時間後ーーー。
「ふぁ〜あ…。やっぱり寝っぱなしは体が痛む。……この村に宿泊施設はないの?」
「市場で聞いてみりゃいいだろ。…まあ、村の規模から考えてなさそうだよな」
「じゃあ今日も車中泊か…お風呂入りたいな〜」
「温泉気持ちよかったもんな〜」
と言う感じで体を伸ばすフレディ。
村の中に戻ってくると、結構賑わい始めてる。
市場というには店舗数五店という微妙な数ではあるものの、品数は多いと思う。
しかしやはりというかなんというか、ヨナの軍服コートを見るとほとんどの村民が奇異の目と緊張感漂う距離を取る。
「!」
パン屋見っけ。
…で、そのパン屋に小麦粉を運び入れてるのは肉体労働用の奴隷だ。
痩せこけて疲れ切ってるな〜。
…でも一応靴は履かせてもらってるんだ?
「パン屋あったぜ」
「…硬いパンは飽きたぜ」
「飲食店はないのかな?」
「聞いてみる」
パン屋に入る前に、その裏口へ何キロもありそうなでかい小麦粉袋を担いだ奴隷の兄さんに…。
「ねえ、飲食店ねぇの?」
「え…」
「…………」
「………、…カフェが…あっちの通りに…」
「ありがとう」
「……」
驚いた顔される。
うん、わかってる。
「ありがとう」なんて、普通言われねーもんな…びっくりするよな。
「…向こうにカフェあるってさ」
「…こんな小さな村にも奴隷がいるのか」
「多分、村で奴隷を買ったんじゃねーかな〜。パッと見、一軒につき一人〜とかじゃねーと思う。村で数人の奴隷を使いまわしてんだよ」
「うえ…村全体でこき使ってるってことかよ。エグ…」
「…労働力として買うのはありだからなー」
「根深いね…。同じ人間だろうに、なんとも思わないのかな?」
前はスルーしてたけど、人外として二千年生きてるフレディが言ってるって思うと結構重みがある。
けどさ、フレディ…違うんだよ。
「多分、平民様も奴隷を人間だなんて思ってないよ。同じだと思ってない。姿が人間に似てる別なモンだと思ってそう」
「…………」
「…同じ種族って考えがねぇってことか?」
「そうなんじゃない? …俺もそう思ってた」
「…ハクラ」
姿が同じ、別な生き物。
鉄格子の中に入れられて、そこから道行く平民様を眺めてていつも思ってた。
何が違うとかわかんねーけど、多分生き物として別モンなんだろうなって。
あれはあーゆー生き物で、俺たちはこーゆー生き物なんだって。
みんなわかりきってると思ってたけど…フレディたちからすると同じ『人間』って種族の括りなんだもんな…。
「…括りが同じ『人間』なのになんで奴隷だけ酷い仕事させられたり簡単に殺されたりするんだ?」
「…そうだよ、この大陸の者たちはそこに目を伏せているんだ。…皆が気付けばいいのにね…」
「…………。そっか」
みんな知らない振りしてるのか。
その方が楽だし当たり前だと思ってるんだ。
…じゃあ仕方ないな。
とりあえず教えてもらったカフェに来てみると、まあ、ご近所さんが集まる場所って感じだ。
「あ、朝の…」
「あ! 朝の!」
昼時だし、一仕事終わって…みたいな集まりの中に朝一番最初に尋ねたおっさんがいた。
…げ…。
「………」
「…………」
冒険者兄弟のお兄さん。
…とその奥さんと娘さん?
奥の一角に座ってサンドイッチ食ってる。
ジョナサンに気がつくとお兄さんはあからさまに目を逸らす。
「聞きましたよ! お二人は幻の大陸から来たとか!」
「……誰から聞いた…」
「……………」
…一番口の滑りそうなおっさんに…。
それで目を合わせようとしないのかよ…。
「バルニアン大陸って本当にあったんですね! アロンたちはそれを見つけたんですよね⁉︎ ね⁉︎」
「……ヨナ…どういう説明をしたんだ」
「んー…」
…確かに返答に困る…。
あの兄さん、ヨナの事なんて言いふらしたんだ…?
「王子様だったって聞いたんですけど本当ですか⁉︎ なにか証拠みたいなのとかあるんですか⁉︎」
「おいおい、ダンガンさん、やめなよ! 本物の王子様だったらどーするんだい! 無礼者、って首切られちまうかもしれんよ⁉︎」
「はっはっはっ! まさかぁ⁉︎」
「なんでだよ、夢があっていいじゃないか! わしは好きだよ、そういう話!」
「いや、実際軍服着てるしさ〜」
「セイロン、お前の言ってた人ってこの人だろ? 本当に王子とか言っちゃったの〜? 全然王子っぽくねーぞーぉ? ぎゃははははははは!」
「………」
…うわぁ…カフェなのに酒場みたいになってらぁ…。
酒臭いおっさんの集まりじゃねーか…。
「…………僕の弟がーーー」
「待て! マジ待て! いいからそういうフォローマジいらねーから! まず落ち着け!」
はっ、とした時にはヨナがフォローに入ってた。
め、目がキレ気味…!
そうだった意外とそういうの気にするんだフレディは!
そして行動も早いんだ!
赤ら顔のおっさんマジ余計なこと言うなぁぁぁ!
死にてーのかこるぁぁ⁉︎
「他国の民にいちいちキレるなよ。知られてねーのはむしろ好都合だろ?」
「…それはそれとして、お兄ちゃん侮辱と無知は罪だと思うな」
「よ、酔っ払いの言うことだから!」
「酔っていれば何をしてもいいの? いやぁ、ダメだよねぇ…?」
………。
カフェ内が静まり返る。
酔っていたおっさんも、空気は読めるようだ。
「えーと、ほら、ご飯! ご飯食べよう! お、お持ち帰り出来ますか⁉︎」
「…は、はい…」
きっとお腹減ってるんだ!
そーゆーのですぐ怒りやすくなるしこの人。
「ほ、ほらほらフレディ…リック様! サンドイッチだよ! なににする⁉︎」
「…え〜…?」
え〜???
まさか不満なの、と思ったら表情はワクワクしてる。
…やっぱり腹減ってただけか…。
んっとに腹減ると機嫌悪くなるとかガキか!
「鹿肉のサンドイッチなんてあるのかい? わあ、食べたことないよ僕」
「しか? しかってどんな動物?」
「鹿は馬の親戚みたいな奴らかなぁ。この地方では冬場だけ食べるんだよ。あとは猪肉なんか珍しがられるね。どっちも臭みが強くて初めての人にはあんまりオススメできないんだけど…」
真横の王子様が目ェキラッキラさせとるがな。
「じゃあそれ二つ。ハクラ、お前どれにするよ」
「俺ハニーミルク!」
「それ三つ」
…だよね!
二人はめちゃ甘党だもんね!
「ちなみにお肉だけとかは売ってないのかな?」
「…あ、あっちに肉屋がありますけど…」
「やめろ。生肉はさすがに買わねーぞ!」
…フレディまじ肉食系…!
「えー、いいじゃないか。ヨナ、料理してよ」
「しねぇよ。そもそもお前肉に関しては料理とは呼べねーだろ」
…ほぼ焼いてないのが好みだもんなぁ、フレディは。
「…おい、どれが王子だって?」
「あの背の高い軍服の男だよな? ダンガンさん」
「あ、ああ…そういう話だよなセイロン」
「…ああ…」
「本当に王子なのかぁ? バルニアン大陸が本当にあるって? …なんかこう、高貴さが感じられねーなぁ?」
はぁ?
あのおっさんなに言ってんの、マジで言ってんのか?
フレディもヨナも高貴さが滲み出とるわ!
あー、酔っ払いは無視だな無視!
「…因みにだけど…この村に宿泊施設はないのかな?」
「隣の村にはありますよ。この村には残念ながらありませんけど…」
「では…お風呂入りたいんだけど、この村で旅人でも入れる所はないかな?」
「…それなら共同温泉が村の南に…」
「共同…。…うーん、そこは我慢するしかないかな?」
「そうだな」
「ありがとう。それじゃあ腹拵えしてから行ってみるとしようか」
「待った待った。その共同温泉って持って行ったほうがいいものとかある?」
「そうだな…タオルは自分で持って行きますよ。湯船にタオルは入れない、体は必ず洗って湯船に入る…とかルールはあるよ」
へー、そんなルールあるのかグリーブトって。
ラズ・パスと違って温泉は特別な効果があるんだもん、入り方にもやっぱりこだわりがあるんだな!
アフォールの麓の村の温泉は個室についてたから、気にせず入っちゃったけど。
「興味深い文化だね。何故タオルは入れてはいけないんだい?」
「他にも入る人がいるので、できるだけ湯を汚さないように…」
「成る程、体を洗ってから入るというのも湯を汚さないための配慮ということだね。フィルターを通してろ過したりしないの?」
「? ふぃ…」
ふぃる…え、なに?
ろか、っていうのもなに?
「風呂の成分までなくなっちまうんじゃねーの?」
「それもそうだね。温泉には様々な成分が入ってるものだものね。…地質に関係あるんだろう? ああ、時間があるなら全部調べたかったな! 獄炎竜ガージベル王と賢者ザメル王の恩恵…!」
「うちの国にもあんだろ温泉…帰ったらそっち調べろや」
「あ、アルバニスにも温泉あるんだ?」
「あんぜ。ガージベル王とザメル王はバルニアン大陸に居るからな」
「でもアバロン大陸はニーバーナ王が治めてきた事でバルニアン大陸とは地質が変化しているはずだろう? 知的好奇心が刺激されるよ」
「お前の知的好奇心ツボは訳わかんねーんだよ…」
「ちしつってなに?」
「土の性質、成分などの事かな。その土地その土地で育つ作物や生息する生き物が違うのは気候の他に土の成分や性質が違う為であって、それは温泉に特に影響がーー」
「そーゆーの車内でやれや。金はこれで足りるかい?」
「は、はい…毎度…」
車内でみっちり教えてもらおう!
買い込んだサンドイッチを抱えてカフェを出る。
…の、前にちらりと酔っ払いたちとあのお兄さんを見た。
兄さんにはやはり目を逸らされる。
ヨナにあんだけ言われてまだわかんねーのかな?
それともヨナに謝るタイミングなくてモヤモヤしてんのか?
「…あとは保存の効く食べ物を買ってトルトニート岩壁橋だね。どのくらいかかるだろう?」
「アフォール山からここまで約一日だったからな…ここからトルトニートまでは…四日か五日はかかるか?」
「…途中に村とかあるなら休憩に寄っておくかい?」
二人は進路の話か。
うーん、なんかいよいよって感じだなー。
ベルゼルトンへの国境の橋。
お金払うことになるんだよな。
まあ、俺が出す訳じゃねぇけど。
そこから龍脈の中心に更に向かうんだ。
そこにニーバーナ王が、いる…。
俺の背中に封じられたメッセージ…ニーバーナ王宛だと思われる、ソラン姫からの…。
「…あ、あの、ジョナサン王子…」
「ん?」
あ、冒険者兄弟のお兄さん。
店から追いかけて来たのか。
「…朝は、失礼なことを言って…本当に申し訳ありませんでした」
「……」
「!」
ちらり、とヨナが見たのは地図を片手に持つフレディ。
そ、そうだヤバイ!
フレディまだ飯食ってねぇ!
そんな中ヨナがボロクソ言われたとか知ったら…!
「さ、さて、知らねーな。悪ぃが腹減ってんだ。飯食わにゃならねーから…」
「ま、待ってください! …ジョナサン王子に言われなければ俺は弟たちのことを…」
「い、いいからマジでそういうの…胸にしまっとけ」
「………………」
あばばばばば…!
に、兄さんマジで今はタイミングってもんが悪ぃって!
フレディが俯いて地面見てるって!
…え? なんで地面?
「フレディ? どうしたの?」
「……し」
し?
「…ヨナ! 結界を張れ! でかい!」
「⁉︎」
「え! なにが⁉︎」
突然顔を上げたと思ったらフレディが叫ぶ。
と、ほぼ同時に地面が揺れ始めた。
ええ、ちょ、昨日もあったのに⁉︎
頻度多くね…、って、どんどんでかくなる!
「う、うあ…!」
立ってられね…!
地面に膝をつく。
ふわふわしたものが足元を覆い始める。
植物の、蔦?
「ダメだ、温度が足りねぇ!」
「っち! …保たないいぞここ! …人命優先しろ、ヨナ!」
ここ⁉︎
ここ保たないってーーー
フレディが言うより早く腕に黒い炎を纏う。
黒炎…『氷』の、炎!
それを揺れる地面に叩きつけるフレディ。
「……クソ、マジか……、…生命立つ大地に申し奉る! 我を星の理より解き放て!『ゼロ・グラビティ』!」
「おあ⁉︎」
しゃがむヨナが地面に両手をついてなんか言った。
両手から広がる魔法陣の光。
お、おお…⁉︎
う、浮いた…!
いや浮くのは初めてじゃねーけど…!
「お、おおお…⁉︎」
「う、うわあああ⁉︎」
地面が揺れに耐えきれずひび割れ始めた瞬間だった。
ヨナの魔法で人が浮く!
俺だけじゃなく、前にいた兄さんも、道を歩いていた他の村民の人も!
そしてひび割れたところがフレディの氷で立ち所に埋まっていく…んだけど!
「……! …少し無茶だがやるしかない! このままだと“呑まれる”!」
「マジかよ! …どこに⁉︎」
「な、なにがー!」
「一キロ先! 戻っていい! やれるな⁉︎」
「っ、やってやらぁ!」
「だからなにがーーー⁉︎」
ドゴォ!
って、聞いたことのないような轟音。
…割れた。
目の前の地面が。
氷の補修も意味がなかったように。
砕けて、真っ暗な割れ目に呑まれていく。
の、呑まれるって、コレですか〜〜!
「囚われぬ自由の象徴に申し奉る! 我を願う地へと導き給え! 『テレポーション』!」
新しい魔法陣が一瞬で広がっていく。
水面に石投げた時のアレみたい!
えーと、そう、波紋!
「うがっ!」
…が、顔面に雪…が。
な、なんだよ、今度はなにが起きたんだよ?
「…ってぇ…」
頭をあげる。
俺の他にも何人も雪に頭やら足やら腰やらを埋もれさせている、この光景。
なに?
なにが起きたの本当に。
「……っ、…ハクラ、起きやがれ! おい、えーと、この村の奴!」
「は、はい!」
「人数確認しろ! 足りなきゃ助けに行かなきゃなんねー!」
「え、え?」
「地割れだ! 最近地震が頻発していただろう⁉︎ あれでお前の村の地盤が完全に食い破られたんだ! 地割れに呑まれたら死ぬ! 人数確認して足りねーの教えろ!」
「…じ…⁉︎ …は、はい、わかりました…!」
「ハクラ、お前も手伝ってやれ! 俺はゲートの『出口』を作る!」
「…ゲートの…あ!」
転移魔法の『出口』ってやつか!
その方が早いから…。
「わ、わかった! …あれ、フレディは…」
「あいつは村で俺が飛ばしきれなかったのを助けてるはずだ。室内にいるやつらは連れてこれなかった!」
「…っ」
それで人数確認…。
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