第2話

 


 兄さん…セイロンさんって人について村の人が何人こっちに来てるのかを確認する。

 事態が飲み込めてない人がほとんどだけど、あのまま村にいたら地割れに呑まれて死んでいたんだ。

 みんな家族を心配して誰がいない、誰は今の時間あそこにいる、とか色々教えてくれて、それをその都度ヨナに報告した。

 ヨナは『思考共有』っていう魔法でそれをフレディに連絡して、フレディが助けた人はヨナが作った『出口』から現れる。

 それが繰り返されると、村の人は合流して、その都度村の惨状が情報として広まった。


「…家が全部残らず地面に呑まれちまった…! ああ…畑もさ…!」

「そ、そんな…」

「おい、どうするんだ? 村は…家がなくなって…!」


「…はぁ…面倒くせぇ…」

「ヨナ、大丈夫?」

「まだ平気だ。俺らの魔力量舐めんなよ。それより村の奴らに身の振り方聞いておけ。あの村、もう戻れねーぞ」

「うえ…」


 そりゃ面倒だなー。

 家がどうの、畑がどうのって嘆いてるのに帰れないなんて言ったら更に混乱するよー。


「とにかく目先のことだけでもいい、考えさせろ。今夜寝るところ、身を寄せられる村がねぇかどうか」

「…わかった」


 と、いうことをセイロンさんに伝えると、村人を落ち着かせていた彼すらも青ざめた。

 でも、仕方ない。

 セイロンさんも地面が割れたのは見ていたはずだし、後から来た村人に現状は聞いているはずだ。


「…どうしてこんなことに…」

「…元々地震は増えてたんだろ?」

「確かに多くなっていたけど、まさかこんな事になるなんて…!」

「………」


 …まあ、俺もそれは思う。

 まさかこんな事になるなんて…。

 大地が保たない。

 大陸が崩壊する。

 フレディもヨナも何度も言っていた。

 この大陸…アバロンにはもう、大地を潤すドラゴンがいない!

 …その結果が…あれ…。

 本当の意味で俺は、大地が崩壊するって意味を理解してなかったんだ。

 足元の全てがなくなるって事だった。

 思い出してもゾッとする…!


「なぜ! なぜお前がいる! まだわしの娘が来ていないんだぞ!」

「?」

「⁉︎」


 なんか切羽詰まった声。

 その方を見ると赤ら顔のおじさんだ。

 あの酔っ払いが指差してるのはーーー。


 パン屋にいた奴隷のにいちゃん…!


「………す、すみませ…」

「ふざけるな! お前が生きていてわしの娘が死んだらどう責任を取る! この! 奴隷が!」

「!」


 赤ら顔のおやじの手にはでかめの石!

 ちょ、あんなの当たったら怪我す…!


「おい」

「!」

「八つ当たりはやめときな。みっともねーぜ」

「…!」

「…ヨナ…!」


 ヨナがおやじの手を掴んで石を離させてくれた。

 …つーか、速…!

 さっき俺の後ろにいたのに…。


「…全く民度が低いと面倒事が多くなる。もう少し助け合うとか、思い遣るとかねーのかね? …まぁいい、立てるか」

「…は、はい…」

「お前の他に奴隷は何人いたんだ?」

「え? …あ、よ、四人…」

「…四人か…まだ許容範囲内…」

「! もしかしてアルバニスに?」

「この様子じゃそれしかねーだろ。とりあえず説明しておけ」

「わかった!」


 確かに、村の人たちは奴隷にまで気は配ってくれねーだろうしな。

 奴隷のにいちゃん…名前はない。

 仕方ないからナナシのにいちゃんと呼ぶ事にして、アルバニスのことを話す。

 そりゃ最初こそ信じちゃもらえねぇが、本当のことだし奴隷に他に行き場はない。

 それは本人が一番分かってる。


「けど名前ないの不便だなー。ヨナー」

「なんだ」

「名前ないんだって」

「…つけてやれよ、困るだろ」

「え、俺よくわかんねーよ…ヨナがつけて」

「俺がァ? …んー、じゃあクルシャナ」

「だってさクルシャナ! よろしくな〜!」

「…あ、は、はい…! ありがとうございます…」


 ちなみにどういう意味か聞いてみた。

 クルシャナはアルバニスの植物で、冬に実を付ける珍しい品種なんだそうだ。


「花は黒く、香りが強いから香水にも使われる。実は冬の貴重な非常食として重宝されてな。クルシャナの実で作るエールは温めて飲むと滋養強壮に効果があり、冬場湯船に入れると体が冷めにくくなるんだ。葉は煎じてやれば漢方としても使えて…」

「へー、すごい植物なんだなー」


 …そしてヨナがフレディのことを言えないくらいペラペラ解説してるー。

 こういうとこほんと兄弟だなー。

 …………とりあえず…村の人は大体来たかな?

 家族に会えて安心して、次に今後のことを考えて焦り始める。


「ジョナサン王子!」

「…あんだよ」

「父と母は来たのですが、妻と娘がまだ…!」

「…他は?」

「あとは妻と娘だけです!」

「…んー…」


 粗方村の人は揃ったのか。

 いやいや奴隷はクルシャナしか来てねーよ。

 他にも四人、いるはずだもんな。


「これで全員」

「ルルー! ノーラ!」


『出口』からフレディが六人の人間を引き連れて出て来た。

 奥さんと娘さんご無事で何より。

 泣きじゃくりながらの感動の再会を眺めながら、なんとなく冷めた気持ちになった。

 フレディは奴隷の男女に手を差し伸べて「大丈夫?」と聞いているから、多分その差。


「…ハァ〜…さすがに疲れたな…」

「リーバル王子には借りがあるからね…これで多少返せただろう」

「村の様子は?」

「壊滅だ。あの周辺数十メートル、呑まれたよ。大穴が空いていてお前の蔦がなければ全員助けられなかった」


 あ、ヨナの張った蔦…!

 その為だったんだ!


「予想以上に崩壊の進行が速いな…五年保たないんじゃないか、コレ」

「…なんか妙じゃねぇか? ラズ・パスで体験した地震よりヤバかったぞ」

「僕もそれは気になっていた。…そもそもラズ・パスは龍脈から一番遠い国だ。それなのに、龍脈に比較的近いグリーブトで崩落が起きるなんて…」

「………、ベルゼルトン…内戦中って言ってたよな…? …まさか龍脈になんか余計なことを…」

「…なんとも言えないが可能性はゼロじゃないな…。…リーバル王子に…聞いてみるか…」

「……龍脈になにかあったら…崩壊が早まるのか?」

「ああ、大陸が今もなんとか維持されてるのは龍脈にわずかにニーバーナ王の力が残っているからだろうからな」

「…残って…る…」

「そう、長続きしないよ。…でも王の力は強大だ。外的な要因がなければ十年は保つだろうと…思っていたよ」


 …その外的な要因があった、って二人は考えてるのか。

 つーか、グリーブトでこれってことはラズ・パスは大丈夫なのか…?

 ラベ・テスは…。

 ボルネのおっさんは…。


「その辺りは後で考えよう。今はルキニー村の人たちだ。日が暮れる前に近くの村で保護してもらった方がいい。気温も低いしね、この国」

「けど大丈夫か? 近場の村も崩落するんじゃ…」

「そうだね…その辺りのこともリーバル王子に言っておいた方がいいだろう。えーと、村長はいるかい? …ヨナとハクラは奴隷たちを頼むよ」

「ああ」


 …やっぱ二人は頼りになるよな。

 フレディが村長に詳しい説明と今後の事を話すように、俺もクルシャナとほかの四人の奴隷にアルバニスへの移住を提案して説得し始めた。

 五人とも他に選択肢はないからと了承してくれたけど、出来ればリゴたちみたいに喜んで行ってほしいよ。

 俺だって早く行ってみたいんだからさー。


「まあ、向こうで何か困ったことがあればランスロットっつー騎士を頼ればいい。あいつならなんとかしてくれる」

「ランスロット、様ですか」

「フレディ…リック様の友達なんだってさ。俺の友達のリゴっていうやつも先にアルバニスに行ってるから、会ったらよろしく言っといてよ」

「…? 友達…?」

「うん、俺奴隷だったんだ」

「え⁉︎」

「でもフレディとヨナに買ってもらって、奴隷じゃなく人間にしてもらった。俺たちは奴隷じゃなくて人間だから、自分の好きなことして好きなように生きていいんだよって教えてもらったんだ。だから俺は二人についていって、そんで一緒にアルバニスに行く!」


 ルキニー村の人たちがこっちを見ながら「何言ってるんだ」と声に出してるのは気付いたけど、気にならない。

 ああいう生き物なんだ、あの人たちは。

 奴隷も人間っていう種族なのに、それに気付いていないんだろ?

 気付いた時にクルシャナたちに謝ってやればいいんじゃねーの。


「アルバニスに奴隷はいない。俺たちのように王族はいるが、権威は民の方が上なんだ。こっちの生活の方が合うっつーんなら帰す事もできるから、あんま深く考えずに行ってみてくれ」

「奴隷がいない⁉︎」

「ああ、まあ、その代わり色々こっちにいない神聖な生き物が居る」


 ドラゴンとか幻獣とかな。


「だ、騙されないぞ!」

「ちょ、ちょっと父さん!」


 …あ、またあのおっさんか…。

 今度は何騒いでんの?

 突然聞こえてきた大声に、注目が集まる。

 村長と話していたフレディを指差して「どうせお前らが仕組んだんだろう!」とか言ってる。

 頭にハテナマークが飛ぶ。

 …なんて?


「お前らが俺たちの村を穴に落としたんだろう⁉︎ いぃったい! 俺たちになんの恨みがある⁉︎」

「おい、コージル! なに言ってるんだ⁉︎」

「そうだよコージル、そんな事してこの人になんの得があるんだ? 助けてくれた恩人だぞ!」

「お前らが言ったんだろ! こいつらがぁ、バルニアン大陸とかいうありもしない大陸から来たって!」

「父さん! ああ、ごめんなさい王子様! 父は酔ってて、まだ混乱しているんです!」

「あんな事の後では無理ないですよ。気にしていないので大丈夫です、お嬢さん」


「…女の人には神対応だよな、フレディって」

「家訓がな、あんだよ。アルバニス王家に代々伝わる…『どんな女でも女は大事に!』…っていう家訓が」

「…家訓かぁ…」


 …どんな女でもって…その家訓どうなんだ…。


「いい人面して俺たちを信用させて、皆殺しにするつもりだろう⁉︎ この悪魔め!」

「父さん!」

「…まあ、見殺しにしても別に構わないんですけどね…」


 ああ、本音がポロリと!


「グリーブトのリーバル王子にはなかなかに良くして頂きましたから…彼の民をむざむざ見殺しにするのは不義理でしょう」

「リ、リーバル殿下とお知り合いなのですか⁉︎」

「そうですね、まあ、話をする程度には」


 …なんとも言えない距離感を感じる…。

 まあ、リーバル王子に良くしてもらったのは間違いない。

 うんうん、と頷く俺とヨナ。

 ざわつく村人と、驚いて黙り込む赤ら顔のおやじ。

 …そろそろ酔いが冷めたかー?


「…ほ、本物の王子…? …い、いや…アルバニス王家なんて聞いたことが…」

「村長、あちらのジョナサン王子は息子たちの遺品を届けてくれた! 私はバルニアン大陸の王子だと信じている! 息子たちが辿り着いたバルニアン大陸から来たと! そう仰ったんだ!」

「あたしも信じてるよ! バルニアン大陸はあるんだ! あの子たちは幻の大陸に行ったんだよ! これがその証拠さ! …王子様、どうか無礼をお許し下さい!」

「俺もだ! ジョナサン王子は諭してくれた…弟たちは勇敢だったと言ってくれたんだ…! ルルーとノーラを助けてくれた方を疑うことは出来ないし…」

「いや、この際僕が王子という立場なのはどうでもいいはずですよ」


 なんと⁉︎

 村人全員がビックリマーク頭に飛んでるよ⁉︎


「目先のことをまず考えなさい、あなた方。村はもうない。再建するにも土地が崩落しているから同じ場所には作れない。なにより崩落した地点の近くは新たな崩落の危険が極めて高い! オススメはできないな」

「そ、そんな…! では我々はどうしたらいいんですか⁉︎」

「それを今すぐに考えなさい。近場の村に保護を求めるのもありですが、人口密集地は崩落の危険性が高まるので移動するなら出来るだけ山脈…高いところがいいと思いますよ」


 なんで?

 と、ヨナを見上げると「山脈、特に火山帯は地脈が密集してるから崩落し難い」と教えてくれた。

 ただし…。


「崩落は少ないがこの時期の山は雪崩の危険があるから完全に安全とは言えねーな。大陸崩壊が進めば火山は噴火して大地を溶かすだろうし」

「安全な場所ねーじゃん⁉︎」

「大陸崩壊っていうのはそういう事さ。…崩落も大陸内部に通っていた地脈から熱量がなくなったせいで、脆くなった地盤が海底に沈んだせいだろう。…それなのに石炭や石油まで奪っちまえば、地盤はより不安定になるし、クッション性もなくなる。崩落はそういうもんの積み重ねで起きるのさ」

「……あ、ありゃあ…」


 としか言いようがないやー。


「とにかく、今夜寝るところの確保はした方がいい。こんな雪の中、いくら大勢で身を寄せ合っても凍死しますよ」

「た、確かに…」

「…悪いけど、僕らは先を急ぐ必要が出て来たのであとは自分たちでなんとかして下さい。…あ、くれぐれも崩落地点に近付き過ぎないように。見に行くのは構わないけど、絶望感が増すだけだし危ないですよ」

「え、ちょ、待ってください! そんな、こんなところに放置されても…!」

「あなた方は“僕の国の民”ではないので頼られても困ります。元々僕らはあなた方の国と関わるつもりがなかった。助けを求めるのなら自国の王にお願いします。…それにあなたが村長でしょう? なぜ僕に頼るんですか。村民を守り導く立場ならあなたがしっかりしなさい!」

「い、いや、私は…た、確かに村長という立場ではあるがやりたくてやってるわけじゃ…」

「…あまり頭が痛くなるようなことを言うのは控えて下さい。空腹でイライラしているんだ、殺したくなってしまう」


 …やっぱり…。

 …あ、今ヨナと心が通じた気がする。


「…フレデリック、とりあえず最低限の事だけして先へ進もうぜ。大地が崩落し始まったとなっちゃ、長居は出来ねぇ」

「そうだね…」


 ボッ、とフレディの腕に黒炎が灯る。

 その炎が円を描くと、辺りの雪が集まり…氷と雪の大きなテント…っぽいのが出来上がる。


「これは…⁉︎」

「わ〜、かまくら〜!」


 かまくらっていうらしい。

 村の人全員入れそうな大きさだ。


「…最悪今日はそこで風を凌ぐなりして下さい。村長が頼れないなら、村民の皆さんは話し合って今後を決めていけばいいと思いますよ」

「…い、一体どんなマジックだ? …こんな大きなかまくらが一瞬で…!」

「…そんな事より、おまんまだよ! 家がなくなっちまったんじゃあどうやって食ってくのさ…!」

「…なにか残っていないか、探しに行ってみよう」

「ダメよ、あなた! …何も残っていないわ…あるのは大穴だけよ!」

「そ、そんな…俺たち本当にこれからどうすりゃいいんだよ…?」


 みんな途方に暮れてる。

 フレディもヨナも奴隷以外をアルバニスに転送する気は皆無みたいだ。

 …ラズーでフレディは言っていた。

 この状態の大陸を助けるつもりはない。

 奴隷を作り、虐げ続ける国には国として助ける価値がないって。

 …こんなに早く目の当たりにすることになるなんて、思わなかったけど………これがこの大陸の未来…。


「行こう、二人とも。近くの村でリーバル王子に事の次第を伝えて先へ進む」

「…結局面倒見んのかよ」

「まあ、最低限はね」


「ジョナサン王子! …ええと、それから…」


 呼び止めた兄さんにフレディが「フレデリックと申します」と丁寧に自己紹介する。

 優しいなぁ。


「…助けてくださりありがとうございました…」

「…人道的立場から最低限の支援を行なったまでです。礼は不要ですよ」

「いえ、それだけではなく!」

「………」

「…それだけではなくて…」


 言葉を待つ。

 けど、出てこないみたいだ。

 痺れを切らしたヨナが一歩だけ近付いて口を開く。


「命は大切だろう」

「! …は、はい!」

「…ああ…大切じゃない命なんてないんだ。…お前らがそれにちゃんと気付いたら俺たちも、もっと親身になって助けてやれたんだけどな」

「…え?」

「…お前は奴隷の命の数を数えなかった。つまりはそういう事なんだろう? 俺たちはどんな命も見捨てたくはないんでな…」

「君たち行くよ。…歩けるかい?」

「だ、大丈夫です」

「は、はい…歩けます…」

「少し離れたら転移魔法でアルバニスに飛ばすから、アルバニスに行ったら怪我を診てもらうといい。ランスロットに言えば大概なんとかしてくれるから…何も心配しなくていいよ」

「…あ、あの! 奴隷たちをどこへ…」

「うちの国で引き取ります。あなた方に面倒見られるんですか?」


 …フレディの言葉に押し黙る村民の皆さん。

 そりゃそうだ、自分たちのことでいっぱいいっぱいなんだから。

 食糧の心配もあるし、奴隷に食わせる飯はねぇと言い出す人もちらほら…。


「……!」

「…じゃあな、頑張って生き延びろよ。弟たちの分もな」



 …命は大切だ。

 あんたの言うことは正しいと思う。


 けど…。



「…『ゲート・オープン…アルバニス』……さ、さっきと同じようにこの陣に入って。すぐアルバニスの王都に着くから」

「は、はい」

「アルバニスでまた会おうな〜」


 魔法陣の中へ消えてくクルシュナたち。

 いーなー、羨ましい。

 っていうか…。


「魔法ってやっぱり呪文言うんだ?」

「本来は要らないよ。特に僕らは普段使わないんだけどね…」

「今日はちっと規模がな…。村一つ分だぞ」

「そして僕はサポート系の魔法はあんまり得意じゃない!」


 何堂々と宣言してんだこの人。


「…サポート系は俺も得意な方じゃねーんだよ。回復は得意だけど…。幻獣は戦闘種族だかんな…」




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