第5話
「宿は町の中央な。で、橇どーなったんだよ」
「いや、そのことなんだけどね」
「ん?」
「ルキニー村まで最低五日はかかるってさ。橇を引く動物の体力もあるから適度に休ませて欲しいって。思った以上に時間がかかるみたい。借りた橇も支社がある町に返却してくれって。トルトニート岩壁橋にも支社はあるそうだけどここから東に少しいくと首都に近い少し大きな街があって、そこからならトルトニート岩壁橋行きのバスが出てるんだって…。そっちは直通で、乗り継ぎはあるけど一日くらいで着くってさ…」
「え、マジか…」
「どうする? 急ぎの旅というわけではないけれど、あんまり時間もかけたくないよね」
「フレディ寝坊助だしな」
「そう、それもあるし」
「いや、改める努力しろよ。……? ………」
…あ、ヨナなんも言わなかった。
…やっぱその辺も気にしてたのか。
…優しいできた弟さんだな、フレディ!
「確かにそれだと橇は時間がかかりすぎるな。…飛ぶか、やっぱり」
「個人的にはその方が楽だけど、この国で野宿は少しきついよね」
「…確かに。俺、野宿苦手だしな」
スノーバイクは雪道しか走れない。
橇は時間がかかりすぎる。
長距離バスだとルキニーの村には寄れないし、乗り換えがある。
徒歩(魔法でスピードアップ)だと荷物が制限されるから野宿がきつい、か…。
「…この国には列車ないのかな?」
「あ、どうだろうね?」
「あったとしても港や首都みてぇなでけぇ街にしか通ってねーんじゃねーか?」
「そ、それもそっかー」
列車もなしか。
マジでどーすべきだ?
「………仕方ない、作ろう」
「作…え?」
「あー、成る程、その手があったか」
「そうと決まれば夕飯食べる店を探しつつ野宿の道具とか食糧買い込んで宿へ行こう」
「え、ちょ、待っ…作るって何を⁉︎」
「氷で。魔力で動く車を」
「車⁉︎」
車ってお金持ちが移動に使う個人用のバス小さいバージョンの事か⁉︎
飛行機よりも珍しいやつじゃね⁉︎
「アバロン大陸にもあるのかねぇ?」
「バスや飛行機や列車があるならあるんじゃないのか? 同じものではないだろうけど」
「実物は見た事ないけど、あるよ! 金持ちしか持ってないし金持ちが敷地内とかでしか使わないんだよ!」
「…そーゆーところが遅れてるんだよな〜…」
「僕らの国では金持ちじゃなくても個人で持てるよ。まあ、あまり街中で持つ物ではないけどね」
「そうだな、郊外とか仕事で使うやつがほとんどだな」
「え、え…やっぱり魔力で動くの?」
「そうだよ。バルニアン大陸のほとんどの動力は魔力だもの」
アバロン大陸は石油とか石炭。
でもそれらは自然の恵み、資源ってやつだ。
「アバロン大陸は地中に埋まった石炭や石油だろう? いつか枯渇するのに、その時どうするつもりなのかな?」
「その前に大地が崩壊して滅びるんじゃねーの?」
「えー、僕はエネルギー源の枯渇が早いと思うけどな〜。地脈にエネルギーが通っていないんだよ? …そろそろ作物が育たなくなっている地域も出ているはずだ」
「そうなると食糧難が先かもな。…どちらにしても“詰み”だろアバロン大陸」
「リーバル王子は「元々グリーブトはそこまで作物の育つ土地柄ではなかった」と前置きしてたけど、専門家がやはりそういう指摘をしていて、次のエネルギーや主食に変わるものを探している、みたいなことを言ってたよ。他の二国も同様だろうね」
…つ、詰んでるな〜…アバロン…。
街を歩くだけでも奴隷宿舎があっちこっちにある、この光景を見ると…本当にアバロンが変われるのか…。
いや、変わらないとこの大陸は滅ぶ。
多分もう、気付いてるやつは気付いてるんだ。
だからリーバル王子はフレディと話をした。
奴隷制度撤回についてもちょっとだけ口にしてたし。
「…フレディ、リーバル王子は変わろうとしていたのか?」
「…どうかな、彼は読み取りづらい物言いをするから…。まあ、僕らへ情報提供と称して接触してきたんだ、何かしら考えてはいるだろう。けど…」
「王族とはいえ一国の王子が一人で何かするのは限界があるだろうな。この国の王がリーバル王子の考えにどの程度賛同するのかもわかんねーしな〜」
「なにより、ベルゼルトン…大陸の中心で内戦が勃発しているのは良くないね。戦争はいろんなものが滞る。国内情勢にまで他の国も口は挟めないだろうし…ぶっちゃけ僕らもそんなに興味ないしね」
うーん、ぶっちゃけるなー!
…とはいえベルゼルトンは俺も…(例の兄弟で)あんまり関わりたくないしな。
「ま、この大陸のことはこの大陸の者たちでなんとかすべきだろう。でも、ニーバーナ王のことは我々にも他人事ではないからね…僕らは王の無事を最優先で動くとしよう」
「意義ナーシ」
「う、うん」
そういうところはぶれねーんだよなー。
まあ、二人はバルニアン大陸の王子様だもんな。
この大陸のことはこの大陸の人間が責任を持つべきっていうのは同感だ。
だってこの大陸をこうしたのは、この大陸に住んでいた人間なんだもんな…。
俺が生まれるずっと前から積み重ねて来た、この大陸の人間たちの行いの結果…。
だからアバロン大陸の人間が変わらないと。
********
とりあえず野宿に必要なものやある程度の食糧を買い込んで、ジョナサンが取った宿へ。
うーん、雪国の宿ってなんか…オシャレだな!
木の柵に囲まれてて、雪の積もった庭をお客が楽しめるようにガラス張りになってて…オシャレ!
「なんか温泉あるってよ」
「わあ、いいね!」
「温泉! 俺入った事ねー!」
「部屋に付いてるらしいぜ。…で、誰から入る?」
「じゃん…!」
「けん!」
「え、ちょ、ちょ、ちょ…⁉︎」
ぽん!
…たまにこの兄弟のノリがわかんねーし付いていけねー‼︎
「じゃ、お先に〜」
「…クッソ! 後出しのくせに…!」
部屋に入るなりお風呂…温泉に直行するフレディ。
悔しそうなヨナと買って来た荷物の整理を始めたんだけど…多分動体視力的な話だよな…人外のじゃんけんマジレベル高ぇ〜…。
勝てる気がしねーよ。
「で、それはそうと服買ってきたんだけど着るよな?」
「いきなりなんの話⁉︎」
「だってダッセーだろ、なんか。いや、買ってきたのどーせこの町の服屋だから大差はねーんだが…」
オシャレさんめ…。
あ、でも昨日買ってもらったやつよりヨナ好み。
…つまり派手。
「…あーでも着替えあるの助かる。ありがとヨナ」
「あーいや、こっちこそだな」
「?」
「…なんでもねーよ」
「???」
因みに俺が一番最後に入った温泉は最高に気持ちよかった!
景色も最高だったし!
で、翌日だ。
っても昼だけど。
町から出て、目指すのはやや北東。
ルキニーの村だ。
俺が預かった袋の中身…アバロン大陸からの冒険者兄弟の遺品を、遺族に返す。
未だにこの人たちがバルニアン大陸に、無事着陸していたらどうなっていたんだろうと思わずにいられない。
残念な形ではあるけど、彼らの勇気は讃えるべきだ。
で、それよりも橇を作るって言ってたフレディだよ。
作るって、これから?
いやいや、それはさすがに…。
「…ふふ、この国はいいね…僕の魔力と相性抜群…♪」
「え、え⁉︎」
黒い炎…幻獣が持つという黒炎。
そしてフレディの黒炎に付属した能力は『氷』!
右腕を覆うよう燃え上がった黒炎があたりの雪を飲み込みながら、形成された造型物。
確かに橇だ。
橇だけど、まるで馬車みたいな大きさ!
扉もついてるし、屋根もある!
屋根っつーか…まさか、二階?
で、でか…これ動くの?
え、え、え、え!
作るって、氷で作るって事〜〜⁉︎
「…ただし椅子は柔らかくねぇからこれケツに敷いておけよ」
「ク、クッション…」
「僕の魔力で動くから、動物に休憩させる必要もないよ。一日動かせばさすがに疲れるから明日は休みたいけどね」
「これなら中で野宿もできるだろ。ほれ、乗った乗った」
「僕寝るから。運転は頼んだよヨナ」
「寝るの⁉︎ え? 運転⁉︎」
「へいへい…」
とりあえず縦長の馬車って感じの乗り物…ただし下は橇。
小さい階段を登って扉をくぐれば、半透明な青白い氷で出来た座席と運転席。
そして運転席とは逆の位置、つまり後ろ側に梯子があった。
フレディは迷わず梯子を登っていく。
「ハクラ、てめーもぼけっと突っ立ってねーで仕事しな。荷物二階に運べ」
「へ、は、お、おう?」
昨日買い込んだ諸々。
食糧とか、服とか道具とか寝袋とか。
でも寝袋っていうか、いや、なんか二階にはばっちりベッドっぽいものが二つある!
狭いけど、ベッドの上に扉付きの棚までも!
荷物はその棚の中に一式しまう。
す、凄すぎ…。
「ふぁぁ…」
「まだ眠いの?」
「うーん。まぁね、これから疲れるから」
「これからって…」
「君も魔法の練習で体が動かなくなっただろう? これからそれと似たようなことになるんだから大目に見てよ。僕の魔力蓄積量がいくら膨大といっても、この質量を維持しながら長くて一日か二日動かすのは少々骨が折れる。出来るだけ温存しておきたいんだよね」
「! …あ…。あれか…」
確かに動かなくなる。
そうか、体内の魔力を使うってそういう…。
「よいしょっと」
という訳でフレディは買っておいた荷物の中からブランケットやクッションをベッドの土台に積んでいく。
…今朝フレディが起きる前、やけにヨナがクッションとかふかふかのブランケット買ってきたと思ったけどこういう事か…。
昨日買ってきた服も派手かつ厚手だし。
いや、グリーブトは雪国!
派手はともかくどの服も基本厚手だけど。
「うーん、やっぱり硬いなー。とはいえマットレスはさすがに帰るとき処分に困るもんな〜…」
そ、それは…。
「仕方ない。我慢しよう。それじゃあおやすみ」
「お、おやすみ…」
ブランケットを被り、フレディは二度寝した。
…今更だけどベッドの土台下にも収納スペースが…!
すげぇ、便利すぎだろ!
なんだこの半透明な氷の馬車!
つーかこんなの本当に動くのか?
「おい、ハクラ! 荷物終わったのか?」
「あ、終わったよー」
下からヨナの声。
粗方しまい終わったし、運転席もよく見たい。
一階に降りると、そこはなんだか船の舵みたいな物が。
へー、ほー、ふーん、これで運転するのか〜!
「……………(クッソキラキラした目で見てやがる)……あとでやり方教えてやるよ。俺も運転しっ放しは疲れっから」
「マジでェ⁉︎ ヤッタァ‼︎」
「とりあえず見てな。いいか、この下のペダルを踏むと…」
座席の下にあるペダル。
ヨナがそれを踏むと、ガコン、と氷の車が浮い………え、浮かんだ?
「浮くから、さらに踏み込んで進む」
「浮く意味は‼︎」
「それなりに重いからな、進む時の勢いだ」
勢い⁉︎
と、聞こうと思ったがヨナが踏み込んだ途端、車がガコンと前向きに下がった気がして思わず前を見た。
前は透明な氷で覆われていて、進行方向がちゃんとわかるようになっている。
雪でイマイチよくわかんない道を走り出した…いや、滑り始めた氷の車。
そのスピードはどんどん上がっていく。
「スピード調整もこのペダルで出来るから、まぁ後は慣れだな」
「な、慣れ!」
「曲がりたいときは舵で進路を変えろ。止まる時はペダルから足を離せばいい。ただし、急に止まると前方に向かってぶっ倒れる恐れがあるからゆっくり止まれよ」
なにそれこわい!
でも操作は全部ペダルと舵か〜!
簡単そうでよかった!
…でも、フレディが作ったってことは、だ。
「こーゆーのがバルニアンの車なのか?」
「そうだな、こーゆーのが多いな。もうちょい複雑ででかいのもあるけど。…多分うちの国に来たら驚くぞお前」
「な、なにそれ…やめろよそーゆー言い方…! ドキドキとワクワクもと興奮が膨れ上がるだろ…!」
「……それは別物なのか?」
「別物だバカヤロウ! 期待と興奮とはしゃいじゃうアレだよ!」
「…ふ、ふーん…?」
こうしてヨナに指導してもらいながら、氷の車の旅は始まった。
多少浮いているみたいで、雪の上をスイスイと進む。
この爽快感。
フレディの魔力で維持され、進んでるんだよな。
なんつーか、想像以上にグリーブトの道がしっかり舗装されているのにも関わらず対向車的なものが全くねぇことに驚きを隠せねぇ。
「おい、地図」
「へいよー」
そしてなんだかんだ目的地のルキニー村は遠い。
まあ、一国をほぼ横断する感じだし、仕方ない。
ルキニー村の後はそこからやや北西にあるトルトニート岩壁橋か。
どこも行ったことの無い場所だからどんなもんかワクワクするなー。
っていうか今更だけど、アバロン大陸って三つのやたらでかい島が寄り添うように出来てるんだ。
バルニアン大陸もそうなのかな?
「なあなあヨナ、バルニアン大陸の地図とかねーの?」
「いきなりなんだよ」
「いや、アバロン大陸の地図見てたら島がぴったりくっついてるみたいな感じだからさ〜。バルニアンはどーなんだろうって」
「ああ。…いや、アバロン大陸は元々四体のドラゴンの王がバルニアンを出て、それぞれ自分にあった気候で暮らすために造った島だと思うぞ。それをニーバーナ王が御しやすくする為に引き寄せたんだろう。バルニアン大陸は幻獣族が自分たちとドラゴン族が暮らすのに申し分ない広さを求めて造ったから、こんな風に島が寄せ集まった感じではねーな。まあ、幻獣族は親父が大陸平定してからは、北にでかい島作ってそっちに移住してっけど」
「………と、ところどころ途方も無い事言ってねぇ?」
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