第4話

 


「因みに橇を引く動物は狼、大鹿、トナカイ、奴隷から選べるそうだ」

「狼! いいね、僕ら幻獣の血が入ってるから狼って聞くとテンション上がるね」


 どういう事っすか…。


「それじゃあ橇にしようか。当然動物の飼い主もセットで付いてくるんだろう?」

「知らねー。まあ、麓の町で聞けばいいんじゃねーの?」

「そうだね、昼食が終わったら出立しようか。それでいい? ハクラ」

「まず服を着てはどうでしょうか…」

「え? ああ、うん? そうだね?」




 服を着たフレデリック様がもくもくマイペースに食事を終えてから、俺たちはアフォール山を降る事にした。

 昨日のうちにリーバル王子が買ってくれたグリーブトの一般的な服装と装備を準備して、基地の軍人さんたちにお礼を言う。

 出てすぐに改めて思い知らされる。

 俺はてっきり徒歩で降るんだとばかり思ってたんだ。

 ヨナに荷物でも持ち上げるかのように、ひょいと担がれる。


「え?」


 声を掛ける間も無く、二人の両足の踵部分に薄い光の魔法陣みたいなものが浮かび上がった。

 よく見せて、と叫ぶより早く、弾丸みたいに飛び出した!

 雪の上すれすれを、滑るように!

 浮いてて、しかも雪が舞うくらいのスピードでガンガン下って行く。

 こ、これが魔法!

 あばばばばば⁉︎

 ふ、普通に歩いたら間違いなく何時間もかかる道のりを、とんでもないスピードで降っていくぅ〜〜⁉︎



 んで。



「い、生きた心地がしなかった…」

「わりぃ。一応慣れてないお前のためにスピードはかなり落としたけどな」

「あれで⁉︎」

「飛行魔法が使えるようになればあの程度のスピードすぐ慣れるよ」

「あの程度って、結構なスピード出てたよ⁉︎」

「なにを言うんだい、ハクラ。僕らがどうやってこの大陸まで来たと思っての? マックススピードでバルニアンからアバロンまで二時間弱、景色は海ばかりだったけどすごく楽しかったよ!」

「スピード狂の言うことはあんまり聞くな。…なんの参考にもならねー…」

「そんな要素まで⁉︎」


 フレデリック様…寝汚くて生肉好き、短気でキレっぽいお子様のドS属性だけでなくスピード狂属性まで…!

 どんだけギャップをお持ちなんだよ⁉︎

 こんな虫も殺さないような穏やかで優しい顔しておいて!


「…ところで一つ重大なことが判明したよヨナ」

「なんだよ」

「……眼鏡に雪が積もって前が見えない」

「……よくそれであのスピード出してたなお前…!」


 死ぬよ!

 普通死ぬよ‼︎


「…変装用で眼鏡掛けてたけど、雪が付くと水滴になって見え辛くなるし建物内に入ると曇ったりして不便だな。グリーブトでは掛けるのやめようか…」

「………。まあ、いいんじゃねーの? どうせもう為政者どもへの挨拶は終わってっし」

「気に入っていたんだけどな、伊達メガネ。アルバニスに帰ってからも続けようかな。どう思う? 眼鏡があっても王子らしいかな?」

「…目が悪くなったのかと心配されるんじゃねー? まあ、少なくとも親衛隊どもはなにしたってキャーキャー言うだろうさ」

「親衛隊⁉︎」


 そんなのあるの、っていうかありそう!

 フレデリック様ならそーゆーの普通にありそう!


「……多分、お前が考えてるようなモンではねーぞ、親衛隊」

「え?」

「…よく騎士志望の子に僕ら王族を守りたいって言ってもらうんだけどね、生憎人間に守って貰うほど弱くないんだ僕ら。でも国民の中には王族に信仰心のようなものを寄せたがる者が一定数いるそうなんだよ。だからそういう者たちの気持ちを満たす為に、そういう団体の存在と活動は許可しているんだ。ツバキさんは「自分を王族の括りに入れるな」ってめちゃくちゃ嫌がってたけどね」


 …所謂ファンの集いか…。

 アルバニスに行ったら俺も入ろう。

 どんな活動するのか知らないけど心惹かれる。


「それより、あれが例の町じゃねーか? …日暮れまでまだ時間はありそうだが…今日は宿を取って休むか?」

「いや、…二手に分かれてどっちも確保しよう。出立は明日にするけど、その方が効率がいいだろう?」

「そうだな…それじゃ、俺は宿を探すわ。お前ら橇な」

「え」

「え」


 俺とフレデリック様⁉︎

 俺とヨナじゃなくて⁉︎


「…いや、なんだよその意外! みたいな顔。…そもそもハクラはお前が買ったんだろう? 俺にばっか面倒見させんな」

「え、あ、あー、そ、そうだね?」

「…………」

「…………」


 …え、なんの沈黙…?


「………。…じゃあ、行こうかハクラ」

「は、はい」

「お互い見つかったら一旦ここに集合しよーぜ。じゃ」

「ああ…」


 ………。

 雪道をズカズカ街へ消えていくヨナを見送る俺とフレデリック様。

 俺たちも橇のレンタルしてくれるところを探さないと…だよな。


「……。とりあえず町の人に橇を貸してくれるところを聞いてみようか」

「う、うん」


 …あれ、なんか、すんげー、ギクシャクするな。

 なんでだ?

 別に喧嘩とかしてたわけじゃねーんだけど…。

 ……あれか…ほとんどヨナとばっかりだったからか。

 フレデリック様って寝てる時間も単独行動時間も多いし、自然とヨナとの時間が増えたんだよな。

 この間二人きりの時はあれか、ラズーでのホテルで寝る時か…。

 あ、あれはあれでひどい時間だった…。


「最近ヨナとどんなこと話していたんだい?」

「え! …えーと、最近は…魔法の使い方とか教わってた!」

「…そうか、君、人間にしては体内魔力量が膨大だものね」

「あとはー…アルバニス王国の騎士の種類ともか! ランスロットさんって人が騎士の中で一番強いって。ヨナがランスロットさんはフレデリック様の友達って言ってたけど…」


 フレデリック様の数少ない友達。

 数少ないってところが今更ながら少し気になるけど…王子様だもんな、簡単に友達とか作れないんだろうな。

 見上げてみると、少しだけキョトンとしたフレデリック様。

 それから、ちょっとだけ笑み。


 ………あれ?

 なんだ、その笑み…なんか…。


「…そうだな、彼は友と呼べるな。…まあ、代替わりする度に騎士団長は良い関係でいてくれるけれど」

「…代替わり…?」

「…ランスロットは…三代前の騎士団長、コルニ・エーデファーの孫にあたる男でね…コルニの面影があるからどうしても構ってしまうんだよ。さすが子孫というか…」

「………」


 代替わり…って…。


「…人はすぐ老いてしまうから、ランスロットにもさっさと結婚して子孫を残してもらいたいな。…ハクラもアルバニスに行ったらまずお嫁さんを見つけなよ? …君たちの時間は有限なんだから」


 代替わり。

 二千歳。

 …二千年…。

 半神半人のお父さんと幻獣のお母さん。

 寿命の概念がない両親。

 老化もない。

 アルバニスは分かんないけど、一般人の寿命は五十年から六十年。

 フレデリック様…。



 ーー『人の人生は有限だ。それを忘れず、残りの人生を歩むといい』



 …何度も、人の時間は有限って…そういうことだったのか。



「…寂しかった?」

「ん?」

「いや、それって、すげー…寂しかったんじゃねーかなって…。仲良くなっても、ずっと一緒にはいられねーんだろ…? 同じように歳とって死んでいくこともできねぇって…なんか……考えると…」


 知り合った奴隷が売られて行った先で死ぬ、なんて話はよく聞いた。

 一言二言言葉を交わしただけの相手でも、なんとなく寂しさを感じるのに。

 友達だったりなんてしたら、そりゃ…。

 きっと、すげー、寂しいと思う、から。


「………。…昔はね」

「昔?」

「寂しいかったし悲しかったけど、今はもう慣れてしまったよ。むしろ君たち人間は純粋にすごいと思っている。百年にも満たない限られた時の中で、恋をして伴侶を選び、子孫を残し、繋いでいくんだ。僕らにはなかなか出来ない事をいともあっさりと…すごいよ、君たちは」

「………」


 人間は。

 君たちは。

 僕らには。

 …そりゃ、確かにフレデリック様たちは『人間』の括りじゃないのかもしれないけど…。

 そんなあからさまに…!


「…だから大切に生きるんだよ、ハクラ。一度は殺そうとした相手にこんな事を言われても、信用出来ないかもしれないけどね。…でも、君はもう“僕の国の民”だ。僕が守るべき、僕の国の人間なんだ。…一秒でも長く幸福に生きておくれ」

「……………」


 …この人…。

 この人はーーー。


 諦めたんだ。

 見切りを付けたんだ。

『人間』と『半神半人と幻獣のハーフ』で区切りをつけたんだ。

 仕方ない…、だって二千年だぞ?

 何度どころじゃない、何十回何百回…。

 何十人じゃない、何百人何千人…。

 見送り続けたんだ。

 違うんだから仕方ないって、そう思うことで麻痺させたんだ…。

 悲しいも寂しいも、長続きさせないように。

 短い人間の一生が、少しでも幸せであるよう見守る事でーーー王族として、国民の理想の王子様に…“なった”のか…。

 多分、ヨナも。

 そしてそれが、アルバニス王国の裏の顔…。

 決して死ぬ事のない王と王子たち。

 変わることもなければ揺るぐ事もない玉座と王政に…言い方は悪いけど国民は“飼い慣らされている”んだ。

 四千年平和なら、それはそれでいい事なのかもしれないけど…。


 まるで、呪いみたいじゃないか。

 …アルバニス王家は、国民の“奴隷”みたいじゃないか…!



 ーー『けど、例え王子でなくなっても多分やることは俺もフレデリックも変わらねぇだろうさ』



「…………フレデリック様は…」



 ーー『俺もあの人もあの国が好きだからな。王族でなくなっても民のために尽くす』



「もし自分が王族じゃなかったら、何をしてたと思う?」

「え? は? 王族じゃなかったら? え、そうだねぇ…?」



 ーー『民に尽くすっつー事は国に尽くすつー事だ。俺たちはそれが幸せなんだよ。死ぬことが民のためになるんなら、俺もあの人も喜んで死んでやる』



「…今と変わらないと思うな。父上が王でなくても僕は僕の国を、民を…いや、君たち人間を愛しているから。君たちが幸福に生きていける場所を守るのに尽力するよ。例え君たちに嫌われても、疎まれても…刹那の時の中で人間という生き物が限りなく美しく輝くのを見てしまったから…。…まあ、こういう事を言うとツバキさんは…すごく怒るんだけどね…」


 笑顔かよ。

 …………………。

 バルニアン大陸…アルバニス王国の民はーーー本当に、幸せなんだな…。

 ヨナの言ってた通りだ。

 この人は、この人たちは根っから王族なんだ。

 人を導き守る人なんだ。

 …誰かのために、生きる人…。

 奴隷もある意味では同じだ。

 権力者、金持ちの道楽だったり、労働力だったり。

 そこに自分の意思はあまりないし、心から望んでそうありたいなんて奴はマジで奴隷根性の権化だと思うけど…。

 …なんだろう、この差。

 奴隷と王族。

 全然違うのに、ある意味では同じ存在理由。

 勿論、この人たちに言わせれば、だけど。


「でもいきなりなんだい? 僕が王族じゃなかったら、なんて…」

「う、ううん…なんでも、ない…」


 …そんなこの人の願いなんだろう、子孫を残して欲しいって。

 多分、逃れられない別れを想った上で子孫たちの行く末を守ってあげたいんだ。

 でも、どうしよう…俺…俺は…。

 この人とそんな別れ方、したく、ねーな…。

 いや、そんなこと言っても寿命はどうしょもねーんだけど…。


「あ、人がいる。失礼、お尋ねしたいことがあるんですが」

「はい?」

「橇の貸し出しを行なっていると聞いたのですがどちらになりますか?」

「ああ、それならそこの角を曲がって、真っ直ぐ進んだ広い牧場だよ」

「ありがとうございます。…行こう」

「あ、う、うん」


 ……どんなに短気でガキっぽい人だったとしても、俺の何倍も生きていて、これからも生きていく人なんだ。

 アルバニスの国を、民を、なにより人間を愛し続けてこの先もずっと生きていく。

 ガキの俺にはまだ遠い未来の話のようだけど、この人にとってみれば『今』でさえ瞬きの間なのかもしれない。


 …なら。


「フレ…フレデリック!」

「⁉︎」

「…俺も、フレデリックさ、フレデリックと友達になる! …一秒でも長く友達でいたいから、今から従者兼友達って事で、いい⁉︎」


 寂しいって言ってた。

 リゴたちに敬語はいいとか、王族は民に仕えるみたいなこと言ってた時。

 寂しかったんだ。

 分別はつけてても、それでもやっぱり。

 …なら、俺は…俺に出来ることは…!


「……うん、いいよ…!」

「…へへっ」


 ちょっとだけびっくりされたけど、すぐに見たことのない笑顔になった。

 憧れの人だけど、でも、フレデリック様…俺はあんたに、めちゃくちゃ憧れてるけど、でも、だからこそ…!


 この人の真横に立ちたい。

 この人みたいになりたい。

 いつか、この人に頼られるような、そんな男になりたい!



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