第4話

 


「このままを維持するのであれば、この大陸の為政者は人間ではなくただの魔獣だよ。悪魔といってもいい。純粋な欲の塊…。そんなものにいつまでも統治されていてもいいのかな、この大陸の民は」

「…そんな事ないと思う。この大陸ではそれが当たり前なんだ。…だからわかんないんだよ、奴隷がいない世界っていうのが」


 もしウェロンモ兄弟がバルニアン大陸で人のいる町に最初に降り立っていたら…。

 その兄弟が無事帰還してバルニアン大陸の事を、アバロン大陸に伝えられていたなら…。

 当たり前が当たり前じゃない世界が、そこにあるのだとみんなが知ったら…!


「…入るよ」


 ハッとした。

 顔を上げると招待状が受付に受理されているところ。

 皆仮面を被り、光厳華麗なロビーを劇場へとエスコートされていく。

 俺たちも一人の仮面を被った案内人によって席まで案内された。

 うわ、仮面ないの俺らだけだけど…。


「………! …さ、最上階の個室席」


 うわ、一等席じゃん!

 こんな場所の招待状って…あ、ベルゼルトンの死の商人から譲ってもらったんだっけ?

 そりゃ一等席なわけだ。

 でも、実際どうやって他の為政者と話をするつもりなんだ?

 ここ、個室なのに…。


「役者が揃ったら舞台に上がるよ。司会が登壇したら始めるとしよう」

「お、おお…」


 ガラスがあるのにどうやって…。

 って、そんなの魔法が使えるフレデリック様たちには関係ないのかな。

 ざわざわと賑わう一階席。

 暗がりでわからないが、二階席にも人が座り始めている。

 多分、フレデリック様の目的である為政者連中はここと同じような個室で、ガラス越しにステージを眺めるんだろう。

 彼らの目的はメイン。


「そういや、受付で変な冊子もらったけどなんだこれ」

「今日出品される奴隷の名簿じゃねーかな。それでお目当の奴隷を事前に決めておくんだろ」

「うげ…」

「…あれ、今日のメイン、名字がある…マドレーナって去年ベルゼルトンでは貴族扱いだった家名じゃねぇっけか?」

「昨日細長い奴隷商が連れてた自己主張の激しいお嬢さんじゃねぇか?」

「あ、ああ…」


 そういや昨日か。

 なんか昨日は濃ゆいもの見過ぎて忘れてた。

 …落ちた貴族すら奴隷にしちまうとはなぁ。

 そう考えると明日は我が身なのに、よくここの奴らは楽しみそーな顔で待ってられるな〜。

 気味が悪ぃや。


「…あっという間に満員御礼ってか。そろそろ始まりそうだな」

「本当だ。明かりが消えたね」

「…なんか変な感じだな…」

「うん?」

「俺、毎年一番最初にステージに出されるんだ。毎年初期値段がアホみたいに高くて誰も買わないから。買い手がつかねーって分かってたから最初に出されて、誰も入札せずステージの裏に戻されて…ホッとしてた。…でもステージの裏に戻った後は絶望した顔の奴隷たちに羨望とか怒りとか、たまに憎しみみたいな目で睨まれた。なんでお前ばっかりって」


 そういうやつらは大体良い値で買われていく。

 どうなるのかは知らない。

 多分、路上で殺されるよりも酷い死に方をするんだと思う。

 今も大事にされてる奴隷なんか聞いたことねぇし。

 偉い奴らにとって奴隷は消耗品なんだから。


「…いずれその報いは受ける事になるさ」

「そうだな。少なくとも、この大陸の奴らは皆同罪だ。それが当たり前だと見て見ぬ振りをして、同じように差別してきたんだからな」


 壇上の端に置かれた台に、鐘を持ったタキシードの男が上がった。

 仮面を被り顔は見えないがいつもの司会の男だ。

 客に向かって一礼すると、男はにんまりと笑う。

 手を挙げて、マイクのスイッチを入れた。


「レディース、アーンド!ジェントルマーン! ええ、ええ、紳士淑女の皆様、そう、皆様のことでござぁーいまぁーす! 今宵は待ちに待ちました年に一度のどっれーーーいオークション! 前夜祭などでお楽しみ下さったと思いますが〜〜、ン〜〜! これより〜、本・番! ン〜〜で、ございまーす!」


 次に長ったらしいオークションの説明だ。

 客の逸る気持ちに漬け込み、長ったらしい説明で煽るんだ。

 だがそれが始まる前に、フレデリック様が右手をガラスへとかざす。


「え」

「敬虔なる我が王よ、その姿を顕現し、愚かなるアバロンの民へ道を示し給え」


 黒い炎!

 そしてフレデリック様の指先には青い魔石が挟まってる。

 案の定一瞬でガラス越しに、人間以外の全てが凍り付く。

 この部屋だけじゃない。

 下の二階席も、一階席も、ステージも全部だ!

 青銀の氷が建物中を凍り付かせた。

 な、なんつー派手な…!

 これからどうするんだ⁉︎

 客は突然自分たちの座っていた席が硬い氷に変わって、立ち上がってオロオロとし始まる。

 ステージ上の司会も固まって、裏方に目線を送って説明を求めている。

 まあ、そうだよな!

 しかし、ステージに巨大な柱みたいな水晶状の氷柱が伸びると、怯えてステージの下に逃げていく。

 まあ、あれはビビるよな!

 そしてその氷柱に、ゴツい鎧と真紅のマントを纏った黒髪の男が映る。

 うつ、映るだと?

 氷に、映像みたいなもんが、映るぅぅぅ⁉︎


「え、ちょ、まさか⁉︎」


 いってても四十代っぽい、その男。

 目元がジョナサンに超似てる!


「うちの親父」

「やっぱり!」


 ってことは、あれが…あの人が…!



『アバロンの民、そして王族ども…俺の名はアルバート・アルバニス。バルニアン大陸、アルバニス王国国王だ。今日はお前らにメッセージを送ってやる。有り難く受け取るがいい』


 め、めっちゃ上からーーーー!


『一ヶ月ほど前、貴様らの大陸より飛行機が一機、我が国内をすっ飛ばしドラゴンの森へと墜落した。あれは宣戦布告かなにかか? 喧嘩なら買っても良かったんだが貴様らの真意が分からん。だから息子どもをそっちへ派遣して調べた。どうやらお前らはそれどころではないようだな。戦争する気がないんなら、こっちとしても文句はない。あれはただの事故、という事なんだろう。…だから今後とも我が国は貴様らの大陸とは関わり合いにはならん事にした。それで良かろう? もう二度と妙なものをこちらには飛ばすな。これは警告と捉えてもらっても構わん』


「お、親父のやつなんつー乱暴なメッセージを…」


 た、確かに…喧嘩なら買うとか言っちゃってるしー。


『対話の力も持たぬ猿どもよ。貴様らの文明が多少なりと進歩しているとことを望む。…ではな』


 ……………………。

 ……………………………え?

 ちょ………え、ちょ….っえええええ!

 今のでおわりーー⁉︎


「父上らしい…。仕方ない、少しフォローに行こうか。ハクラはここで待っておいで」

「そうだな。どうせ誰も入れねえ」

「う、うん」


 確かに。

 扉どころか壁も床も天井も凍り付いてる、もんな。ん?

 二人はどうやって出るの?

 二人の姿もあの氷柱に映すの?

 と、思ったら二人はガラスからひょいと外に出ていく。

 …え?

 ど、どうやったの⁉︎

 ガラス抜け⁉︎

 俺は出来ねぇよ⁉︎

 いや、出来てもここからじゃ落ち…!


「う、浮いてらっしゃる…」


 二人はなにか乗り物に乗っているわけでもない。

 初めて俺が二人を見かけた時のように、あの川を歩いていた時のように、宙に浮いていた。

 そのまま…浮かんだまま、氷柱のところへ降り立つ。

 客席に転げ落ちていた司会が飛び上がり、一階席も二階席もざわざわと騒ぎ出す。

 なんていうか、ようやくことの異常さに頭が付いてきた感じだろうな…。

 この大陸の人は魔法なんて見たことないんだから…。


「こんばんは、アバロンの民。僕はフレデリック・アルバニス。アルバニス王国第一王子です」

「同じく、第二王子ジョナサン・アルバニスだ」

「父がそれなりに無礼なメッセージを申し訳ありません。根っからの武人体質なのです。しかし、父がああ断じた以上我がバルニアン大陸とアルバニス王国は再びアバロンの地と断絶する事となるでしょう。少なくとも、このように自国の民を物のように扱う低俗な文化と我が国は相入れません。ご理解いただくか、もしくは改善していただければこちらも相応の対応をさせて頂きますが…さて…」


 ゾワッとした。

 フレデリック様が微笑んだだけなのに。

 一階席の金持ちたちの怯えた姿がその威圧感の凄まじさを物語っている。

 なんというか、俺が普段接してるフレデリック様の威圧とは比べ物にならない!


「さぞや、アバロンの地を収める為政者の方々は私と父の物言いに物申したく思っておられるかもしれませんが、忘れておられるのなら思い出していただかなくてはなりません。貴方方アバロンの民の祖先は、バルニアン大陸平定戦争で敗れている。この地に逃れて再び文明を築き上げた貴方方の祖先へは敬意を払いますが、貴方方は彼らの負の遺産までまるごと受け継いでしまったようだ。三千年という長い歳月…どこかで捨てるなり見直すなり出来たはずなのに、未だこのように自らが守り愛すべき民を奴隷として売買するなど…まさに愚行の極み! 科学を進歩させても、為政者を含めアバロンの民の中身は全く成長していない!」


 バ、バッサリ言ったーーー…!


「しかし、人とは変われる生き物だ。そう、科学と同じように進歩できる。私と弟はまだ少しこちらの大陸を見て回るつもりなので、その間、我が国との国交に興味があるのであれば相応の成長を見せて頂きたい。…楽しみにしていますよ、三ヶ国を統べる者たち」


 えええぇ…⁉︎

 あ、あんな言い方で本当にいいのーー⁉︎

 だってバルニアン大陸のこともアルバニス王国のことも伝説でしか語り継がれてねーんだぜ⁉︎

 それなのに突然現れてあんなごっつ上から目線で…!

 信じる奴いるのか⁉︎

 下手したらただの手品師か詐欺師みたいに思われて終わるかもしれないのに…。


「僕らの挨拶と父からのメッセージは確かに伝えましたよ。さて、私情で申し訳ないが所用を済まさせて頂こうか…」

「ふんぎゃ⁉︎」


 !

 舞台袖からペゴルが!

 まるで見えない糸か何かに引っ張られるみたいに飛び出してきた。

 何をする気だ?


「…僕の従者をよくも掻っ攫ってくれたね。僕は自分の部下に余計な手を出されるのが女性を乱暴に扱う輩よりも嫌いなんです」

「え、あ、い、いや…あの、ワ、ワタシは…!」

「ん? それどっちも揃ってねぇ?」

「…そうだね…」


 二人がペゴルから目線を外して見やったのは、ペゴルが連れていた例の元貴族のお嬢様奴隷たちだろう。

 今日の目玉にされていた…あのお嬢様奴隷たち…!


「お、お待ちくださイ! ワタシは依頼を受けたダケでございまして!」

「五月蝿い」


 笑顔。

 笑顔だ。

 笑顔のままだが、ペゴルは新たに床から生えた氷柱に拘束される。

 フレデリック様、あれは、マジギレなのでは…ジョナサン!

 と、止めなくていいのか⁉︎


「聞いたところによるとアバロンの民は凍傷で手足を失った者まで売り物にするそうだね」

「ひ…ひっ…!」

「…そう怖がらないで。少しは人の痛みや恐怖を…これで理解できるようになるかもしれない。勿論、君だけではなくこの場の全員がだ…。それに貢献できるなんて素晴らしいことじゃないか? …ああ、でも君は依頼で僕の従者に手を出したんだったっけ…じゃあ、お金は支払おう。この場で四肢を失ってくれないかな? 相応の額は払うよ」

「⁉︎ ヒ、イ、イヤ…お許しを、お許しをーー⁉︎」


 …!

 ちょ、ええ?

 いやいや、そ、そんな!

 お、俺全然気にしてない!

 そ、そんな事…!


「うん、ダメかな。あの子はもう僕が守るべきアルバニス王国の民だ。それに手を出した者を、アルバニス王国第一王子たる僕が許すわけにはいかないだろう? …君の他にももう一人、君に依頼した者がいるんだよね? 大丈夫、ちゃんと同じように裁いてあげる。それに命まで奪おうというんじゃあない…義手や義足を付ければ日常生活は送れるようになるよ。…まさか義手や義足もないわけではないだろう?」


 ぎしゅとぎそくって何⁉︎


「ひいぃ…! い、いやダァァアァ! 誰か、誰か助けてェェ!」

「そう言った者たちへ君のその手は差し伸ばした事はあるのかい?」


 氷柱から氷が僅かにペゴルの手足を覆う。

 その部分から…氷が折れた…。

 四肢が凍ったまま…もげた…っ!

 ベシャリと床に落ちる手足のなくなったペゴル。

 ジタバタと短くなった手足を動かして逃げようとしている。

 悲痛な悲鳴と泣きじゃくる声、それと、一階席から上がる恐怖の声。


「僕の国の民に手を出した、罰だよ」

「良かったな、手足で。この人、本当は腹に風穴開けるつもりだったんだぜ?」

「…、…っ!」


 え、えええぇ〜…。

 こ、怖すぎるっしょそれ〜〜っ!


「アバロンの民とはいえ淑女の皆様の前でそれはグロすぎるかな〜と思ってね。そりゃ、凍らせた状態で腹に穴を開けても別に臓物ぶちまけたりはしないけど…断面は見えちゃうからね」


 ヒ、ヒイィ…。


「司会の御仁」

「は、はひ!」

「済まなかったね、勝手に乱入して予定を狂わせてしまって。…続けるといい」

「…え…い、いや…あの…」

「心配しなくても、ほら」


 フレデリック様が指を鳴らすと会場を覆っていた氷は光の粒のようになって消えていく。

 あっという間だ。

 あっという間に、会場は元に戻った。

 途端に一階席や二階席にいたお客は出入り口へと殺到する。

 会場は阿鼻叫喚の大混乱ってやつだ!


「……やれやれ、品のない悲鳴だ。民度が知れるね…」

「少し脅しすぎたんじゃねーの」

「皆殺しにしなかっただけマシだろうに」

「んな事したら戦争まっしぐらだろ」


 俺のいた個室の観覧席も氷がすっかり消え失せた。

 これがフレデリック様の氷の魔法…いや、黒炎能力…。

 一階席、二階席の観覧席からすっかり人は消え、いつの間にか司会も腰を抜かしながら逃げていった。

 その時ようやく、俺はこの部屋の外の廊下から話し声がするのに気がつく。


「おい、親父! なんなんだよあれは⁉︎」

「…本人たちが言っていたではないか…バルニアン大陸を制したアルバニス王の倅たちだと。伝説は真(まこと)であったということよ」

「は? ふっざけんな! 伝説は嘘っぱちだから伝説っつーんだろ⁉︎ するってーと何かい、ドラゴンがこの大陸を守ってるって話しも伝説じゃなく真実だとでも言う気かよ⁉︎」

「…少なくともソランはそう申しておった」

「ソランって親父が昔ハマってた娼婦だろう⁉︎ 夜伽話を信じてんのか⁉︎ 馬鹿か! おい、あの男どもを縛り上げな!」

「よせ、カルラ姫。全くラズ・パスの姫君は短気だね。短気は損気だよ」

「リーバル」


 ………。

 と、扉で聞き耳を立てておりますハクラがお送りします。

 …ま、まさかラズ・パスとグリーブトの王族…⁉︎

 カルラ姫ってラズ・パスのお姫様だぜ⁉︎

 んで、リーバルはグリーブトのリーバル王子⁉︎

 …ってことはカルラ姫に親父って呼ばれてたのはラズ・パスのヘル・ログ王⁉︎

 …そ、そしてこの流れで行くとまさか…!


「通路で王族が何を屯っているのですか」


 変態の兄貴だーーー!

 この声間違いようがぬぇぇ!


「やあ、ディリム。君も避難かい?」

「今更必要ないとは思いますが、下の観覧席は既にもぬけの殻ですからね」

「だよねぇ、僕も運営スタッフに早く会場の外に避難して下さいってまくしたてられてさぁ」

「はん! 男が揃いも揃って情けないねぇ! たった二人なんだ、警備員総出で追い込めば取っ捕まえてくだらねーことを二度とほざけねぇように締め上げるくるぇわけねーだろうによぉ!」


 …こ、怖いなうちの国のお姫様…言葉遣いが姫じゃねぇ…。

 ひ、姫ってなんだっけ…。


「カルラ姫こわーい。やりたきゃやれば? 僕は国に帰らせてもらうからさ。…ベルゼルトンの貴族嬢が出品されるって言うから楽しみに来たのに、これじゃオークションは中止でしょ? こんな暑い国にいる意味がなくなったよぉ」





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